表示設定
表示設定
目次 目次




審判の日

ー/ー



​      ー*ー*ー*ー


​「愛してる」 期待しすぎて 聞いたのは 「皿を洗え」と 猫の低音


      ー*ー*ー*ー




 この世界では、愛玩動物が十歳の誕生日を迎える瞬間、生涯で一度きり、人間の言葉を放つ。それは神託のように崇められ、あるいは暴露本のように恐れられていた。


​「もし『散歩が短い』なんて言われたら、俺は立ち直れないよ」



佐藤は、ちゃぶ台を囲んで愛犬の柴犬・コテツを見つめていた。今日がその十歳の誕生日だ。

SNSでは「掃除しろ」と叱られた主婦や、「愛してる」と言われて号泣する独身男の動画が溢れている。



​コテツはといえば、いつも通り無愛想に、畳の上で「のの字」になって寝ている。


佐藤はこの十年間、独身の寂しさをコテツにぶつけてきた。深夜の泥酔した愚痴、誰にも言えない仕事の失敗、そして鏡に向かってこっそり練習していたアイドルオタクのコール。



​(頼む、せめて『飯』とか、無難な言葉にしてくれ……!)



​時計の針が重なる。午前零時。

コテツがむくりと起き上がった。その瞳には、今までになかった知性の光が宿っている。佐藤は唾を飲み込み、正座した。


​コテツが口を開く。湿った鼻がピクリと動いた。

「……お前」

低く、落ち着いた、まるですべてを見透かしたような老紳士の声だった。佐藤の背中に冷や汗が流れる。


「お前、……」

​くるぞ。過去の失態を責められるのか、それとも感謝されるのか。


​「……お前、幸せになれよ」


​沈黙が流れた。

コテツはそれっきり、ふいっと顔を背けると、再びいつものように丸まって寝息を立て始めた。知性の光は消え、そこにはただの、少し毛艶の悪くなった老犬がいるだけだった。



​佐藤はしばらく呆然としていたが、やがて鼻の奥が熱くなった。


「……余計なお世話だよ」


そう呟いて、佐藤はコテツの柔らかい首元に顔を埋めた。

明日からは、少しだけ丁寧な暮らしをしよう。このお節介な同居人に、いつか空の上で胸を張って再会できるように。



      ー*ー*ー*ー


​ またあした その一言を 抱きしめて 
 次の十年  共に歩まん


      ー*ー*ー*ー





スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む %(パーセンテージ)の食卓


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



​      ー*ー*ー*ー
​「愛してる」 期待しすぎて 聞いたのは 「皿を洗え」と 猫の低音
      ー*ー*ー*ー
 この世界では、愛玩動物が十歳の誕生日を迎える瞬間、生涯で一度きり、人間の言葉を放つ。それは神託のように崇められ、あるいは暴露本のように恐れられていた。
​「もし『散歩が短い』なんて言われたら、俺は立ち直れないよ」
佐藤は、ちゃぶ台を囲んで愛犬の柴犬・コテツを見つめていた。今日がその十歳の誕生日だ。
SNSでは「掃除しろ」と叱られた主婦や、「愛してる」と言われて号泣する独身男の動画が溢れている。
​コテツはといえば、いつも通り無愛想に、畳の上で「のの字」になって寝ている。
佐藤はこの十年間、独身の寂しさをコテツにぶつけてきた。深夜の泥酔した愚痴、誰にも言えない仕事の失敗、そして鏡に向かってこっそり練習していたアイドルオタクのコール。
​(頼む、せめて『飯』とか、無難な言葉にしてくれ……!)
​時計の針が重なる。午前零時。
コテツがむくりと起き上がった。その瞳には、今までになかった知性の光が宿っている。佐藤は唾を飲み込み、正座した。
​コテツが口を開く。湿った鼻がピクリと動いた。
「……お前」
低く、落ち着いた、まるですべてを見透かしたような老紳士の声だった。佐藤の背中に冷や汗が流れる。
「お前、……」
​くるぞ。過去の失態を責められるのか、それとも感謝されるのか。
​「……お前、幸せになれよ」
​沈黙が流れた。
コテツはそれっきり、ふいっと顔を背けると、再びいつものように丸まって寝息を立て始めた。知性の光は消え、そこにはただの、少し毛艶の悪くなった老犬がいるだけだった。
​佐藤はしばらく呆然としていたが、やがて鼻の奥が熱くなった。
「……余計なお世話だよ」
そう呟いて、佐藤はコテツの柔らかい首元に顔を埋めた。
明日からは、少しだけ丁寧な暮らしをしよう。このお節介な同居人に、いつか空の上で胸を張って再会できるように。
      ー*ー*ー*ー
​ またあした その一言を 抱きしめて 
 次の十年  共に歩まん
      ー*ー*ー*ー