宙に浮く祝日
ー/ー ー*ー*ー*ー
背中へと 小さな羽の 芽吹く朝
シーツの海を 三センチ浮く
ー*ー*ー*ー
二十五歳の誕生日。朝、目が覚めると背中が少しくすぐったかった。鏡を覗き込むと、肩甲骨のあたりに白い綿毛のような、掌サイズの翼が二つ。
誕生日の二十四時間だけ、誰の背中にも小さな翼が生える。空を飛ぶにはあまりに心許ないサイズだが、これがある間だけ、人は地面から三センチほど浮き上がることができるのだ。
「……よし」
私はスリッパを履かずに、フローリングの上へ一歩踏み出した。足裏に伝わる冷たさはない。代わりに、空気の層を蹴るような、むず痒くも柔らかな感触。ふわりと、身体が数センチだけ宙に浮いた。
掃除が捗る。足跡がつかないから、ワックスを塗りたての床だって自由に歩ける。私は鼻歌まじりに、普段は手が届きにくい棚の上の埃を払った。
午後は庭へ出た。ガーデニングが趣味の私にとって、この「浮遊」は特別な意味を持つ。育てている苗を踏みつける心配をせずに、花壇の奥まで入り込めるからだ。
「今日は一段と機嫌が良さそうですね」
隣の家の老人が、生垣越しに声をかけてきた。彼の背中には翼がない。誕生日は先月だった。
「ええ、年に一度の特権ですから」
私は少しだけ得意げに、スミレの鉢の上で静止してみせた。
夜になり、翼の輝きが少しずつ薄れ始める。重力がゆっくりと、でも確実に私の踵を床へと引き寄せる。三センチの自由が終わろうとしていた。
この翼でどこか遠くへ行けるわけではない。けれど、いつもの景色をほんの少し高い視点から眺めるだけで、明日からの三百六十四日を、また地道に歩いていける気がするのだ。
日付が変わる直前、私は最後の一跳ねをして、ふかふかのベッドに飛び込んだ。
ー*ー*ー*ー
日付ごと 重力戻りて 脱ぎ捨てた
羽の白さが 夢に残れり
ー*ー*ー*ー
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