「よぉ、横島」
「 “田嶋” は、どうした?」
いつもの朝、教室に入ってから早々に話し掛けてきたフックの顔に “田嶋” が掛かってないことの違和感を覚えた俺は挨拶を返すのも忘れて、その所在を尋ねた。
田嶋のねぇこいつなんて、ダミ声がウゼェだけの癖毛野郎じゃねぇか……
「だから田嶋は、俺だっつうんだよ!!……まぁ、いいや。フレームが曲がったから、修理に出してんだよ」
「お前が、大切に扱わないからだぞ」
「ふんっ、言ってろ」
反応が芳しくない……
もう、このネタに付き合う気はないってことか?少し寂しいぞ。弄れないじゃないか。
たが、フックはそんな俺の感傷(?)お構い無しに口を開く。
「もう、これを機にコンタクトにでもしてみるか?」
「何で……!?」
唐突な言葉に、素で戸惑う俺……眼鏡キャラから眼鏡取ったら、何が残るんだよ?ダミ声だけじゃ、鬱陶しいからマジで止めてくれよ!
「な、何でって……まぁ、イメチェンだよ」
「イメチェンくらいで田嶋を捨てるのか?ってか、余り “本体” から離れたらお前消滅しちまうだろ?」
「しねぇよ!愛子か?俺の眼鏡は、付喪神かなんかか!?」
「違うのか?」
「当たりめぇだ!!まだ2、3年しか使ってねえよ!もぅ、いい!」
そう言うと、フックの野郎は肩を怒らせながら自分の席に行っちまった………ったく、コンタクトにしたら弄れねぇだろうに……
◇◇◇
「コンタクトにしたぞ!」
「よく解んねぇな……」
次の日の朝……昨日と同様、(教室に)来て早々に話し掛けてきたフックがこれ見よがしに宣言したが、それに対する俺の第一声がそれだ。
もっと言えば、別に解りたくもない。田嶋のねぇ癖毛が、コンタクトの癖毛に変わっただけだしな。誰得だよ?
「うるせぇ!気分の問題だ、もうお前に「眼鏡が本体」なんて言わせねぇよ」
「コンタクトが本体……」
「しつけぇっ!!」
ダミ声を大にして言うと、そのまま席に戻って行った。
「そこまで気にしてたのか……」
「『青春』ね……」
「いや、違うだろ?」
いつものように本体に肩肘をついて外を見ながら黄昏れる愛子の呟きに間髪なしにツッコむが、愛子はその姿勢のまま達観したように続ける。
「『青春』とは、なにも特別な出来事だけを指すものじゃないわ。今のような、クラスメイトとの何気ないやり取り……そういう小さな積み重ねだって立派な青春よ」
「ふ〜ん……」
“当たり前に出来ることが実は幸せなこと”的な理論と同じだって言いたいのか。
まぁ、今後 “田嶋” でフックを弄れなくなるのは多少残念ではあったが、特に俺の印象に残るような出来事でもなかったんで、その朝以来その事は綺麗さっぱり忘れちまった。
◇◇◇
「よお、横島」
「ん……?」
田嶋がフックに “決別” と “封印” されてから、1週間くらいした日だろうか。以前と変わらない田嶋の姿がそこにあった。
「久しぶりだな……」
「昨日会ったろ」
「いや、田嶋に言ったんだよ」
「テメェ……!!コンタクトすると、眼が痛くなるんだよ」
「安いのしてるからだろ?」
「いや、そうなんだろうけど…………」
したことねぇけど、同じコンタクトでもピンキリあって使い捨てとかの安物だと、眼が痛くなったり、乾燥したりすることがあるって聞いたことがある。
どうせ、こいつの事だから料金ケチったんだろ?
「ちゃんとしたの買えよ」
「……始めは買い換えようと…………思ったんだよ」
なんだ?やけに歯切れが悪いな。
「金が無いのか?」
そう言うと、フックがおずおずと口を開いた。
「いや、金じゃなくて……その、眼鏡に戻そうと思う…………」
「何で……?」
いや、 “ぶっちゃけ” どうでもいいんだけど、つい流れから条件反射して聞いちまった。
「誰も気付かないんだ」
「お前が、誰だか解らないってことか?」
皆、 “田嶋” でお前を識別してるから仕方ないよな。
「んなわけ、あるか!!誰も眼鏡からコンタクトにしたことにツッコまないんだよ!」
「ああ、なるほど」
眼鏡モブが眼鏡なしモブに変わるだけだもんな。誰も興味わかねぇよ……
「毎日痛いの我慢して登校してんのに、誰も何も言やしねぇ!もぅ、馬鹿らしくなっちまったよ!これなら、眼鏡の方がマシだぜ」
「そうか……じゃあ、改めて宜しくな “田嶋” !」
やっぱりお前が居なきゃ、フックは存在出来ないらしい。しっかり支えてやれよ♪
「だから、眼鏡に向かって言うなぁ!!」
クラスに響き渡る眼鏡モブの怒声…………そして、誰もそれを気にしないのがお約束。
「『青春』ね……♪」
そんな俺達のアホな会話を横で聞いてた愛子が達観したように呟くのも、またお約束……