――人狼の里――
「考えは変わらぬか……?」
「はい!!」
「…………解った、許可しよう」
「ありがとうございます!長老!!」
◇◇◇
“美神様、お客人がお見えになっています”
「お客?今日は、誰とも約束してないはずだけど……」
事務所で書類整理をしてる最中に話し掛けてきた、人工幽霊壱号の声に私は戸惑いの声を上げる。
“『犬塚シロ』様です。お通ししますか?”
「シロが!?……1人で来てるの?」
“はい”
『犬塚シロ』……人狼族の少女で、1年くらい前に関わった人狼族による辻斬り事件で縁が出来た者の1人だ。最後にあったのも半年以上前……確か、犬の予防接種を受けさせた時だったわね。
「何事かしら?解ったわ、通してちょうだい」
そう人工幽霊壱号に伝えると、ちょうど部屋の掃除をしていたお絹ちゃんの方を見る。当たり前だけど彼女にも見当つかないようで首を傾げるばかりだ。
そんな部屋が若干の困惑に支配されてから、程なくしてシロが部屋まで入ってきた。
前に会った頃より、少し背が伸びたかしら?
銀色の長い髪。そして、その前髪には赤のメッシュが入った独特のヘアスタイル。父親と母親の両方の特性を受け継いだ結果らしい。
顔立ちは整っていて美少女と呼称しても問題ないレベルだけど、両眼から放たれる生気が強すぎて悪童と言った印象を受けるのは珍しいのかもしれない。
体付きの方は普段から野山を駆け回ってるお陰で、全く無駄が無くしなやかな感じを受ける。
その体をTシャツとGパン、更にその上にロングコートを重ねて覆い、そこに頑丈そうなキャンバスバッグを背負って、刀袋に包まれた木刀を持つと完全に武者修行スタイルね。
…………それと、見た目は中学生くらいだけ実際はもっと幼い。実年齢は10歳くらいかしら?
さっき言った事件で重症を負った際、この娘は種族特有の能力、 “超回復” と私達の注ぎ込んだ霊気によって傷を癒やした。その副作用のせいで傷の回復と一緒に、体が急成長してしまったのよね。
「お久しぶりでござる!美神殿!!お絹殿の!!」
「あんたも相変わらずね……シロ」
「久しぶり、シロちゃん」
満面の笑みで闊達に口を開くシロ………本当に元気がいいわね。さっきまでの困惑した空気もこの娘の勢いで全部吹き飛んだ気がするわ。
表情を見る限り厄介事ってわけでもなさそうだけど、本当に何なのかしら?
「今日はいきなり来て、どうしたの?」
「まず、長老からの手紙を読んで欲しいでござる」
そう言って、シロは手紙を差し出して来る。
手紙を書くくらいなら、注射の時みたいに事前に送ってくれればいいのに……
そう思いながら、如何にも時代掛かった体裁の手紙を受け取る。
彼の方も相変わらずね……目の前のこの娘は、まだ都会的だけどあそこの連中は未だに着物姿に刀なんか差してるから、一緒に居るとタイムスリップでもした気分になるわ。ずっと人間と関わりを絶って暮らしてきたから仕方ないとも思うけど……
◇◇◇
「なるほど……大体話は解ったわ」
長老からの手紙を読み終えた私は、目の前で元気よく尻尾を振る人狼娘に向かって答えた。
「はい!是非とも美神殿の所で修行させて欲しいでござる!」
長老の手紙に書いてあったことは、大体こんな感じ……
・あの事件以来、人狼族は人間との交流を進めようとしている
・シロが東京での修行を熱望していて、上記の一環として事情を知ってる私に面倒を見て欲しい
・そして、それが突然かつ不躾なお願いであることは重々承知していて、無理なら普通に断って貰って構わない…………と言うか長老、私に体よく断って欲しいんだわ。
本来貴重な人狼族の娘を外に預けるのに、付き添いも付けずに手紙だけで頼もうとしてるのがいい証拠よ。内容から察するに、相当この娘にせっつかれたのね。
…………どうしようかしら?断るのは簡単だけど。
「ねぇ、シロ……ここに居たいって言うなら、それ相応の働きをして貰うことになるけど大丈夫なの?私は、タダで居候させる程甘くはないわよ」
「勿論でござる♪拙者に出来ることなら、なんなりとお命じ下され!」
「なら、あんたには私の助手をして貰うことになるわ。現場では常に荷物持ちをして、時には除霊作業も手伝って貰う。命が危険に晒されることだってある。覚悟は出来てるの?」
「危険を怖がるような腑抜けに、武士を名乗る資格は無いでござる!拙者、どのような危険があろうとも美神殿に付いてく所存でござる!!」
ハキハキとした、いい返事ね。
結構強く見据えたのに、しっかり私を見返してきた。目の中に強い意思を感じるわ。
どっかの馬鹿も初対面の時は似たようなこと言ってたけど、この娘なら悪霊や妖怪なんかにビビることも無さそうね……
「採用ね♪あんたを面倒見るって、私からも長老に返事をしとくわ」
「ありがとうございます、美神殿!」
「取り敢えず、上の空き部屋を使って頂戴!お絹ちゃん、シロを案内して上げてくれる」
「はい」
「宜しくお願いします!お絹殿!また、一緒に仕事出来ますなぁ♪拙者、今から楽しみでござる♪♪」
「ふふ、こっちこそ宜しくね♪シロちゃん」
早速仲良くやってるか。あの2人なら大丈夫そうね……
取り敢えず、2人の関係性を見て安心する。
そして同時に、案内されて部屋を出ていくシロを見ながら思った。
面倒事を一つ抱えることになるかもしれないけど、これは拾いものかもだわ。ここんところ2人で除霊するのも割と大変だったし、人狼の身体能力なら荷物持ちなんて屁でもない。それに、雑魚霊程度なら余裕で蹴散らせる。
何より、あの娘の面倒を見るってことで “タダでコキ使える” ってのは美味しすぎる♪♪
そんな風に考えて、思わずニヤケ笑いしそうになるのを必死に堪えていたら…………
ダダダダダッ! バンッ!!
「みみみみみ、美神殿ぉ!!?」
「な、何よ!?」
な、何なの?そんな勢いで開いたら、扉が壊れるじゃない!
だけど、目の前の獣娘はそんな私の心情知ったこっちゃないとばかりに捲し立てる!
「せ、先生がっ………!!横島先生が辞めてしまったと言うのはぁ〜……本当でござるかぁ!!?」
「あ……ああ、あいつね。辞めたわよ」
案内して貰ってる最中にお絹ちゃんから、あの馬鹿のこと聞いたのね。
「シロちゃん……!」
シロの大分後になってお絹ちゃんが入って来るけど、彼女の呼び声は獣娘に全く届いてないらしい。
「いつぅ!?なにゆえぇ!!?」
「半年以上前ね、「あんたなんか使えない」って言ったら、そのまま出てったわよ」
“あの話” をぶり返すとお絹ちゃんが辛そうな顔するから、適当に濁す。それに、あんな奴普通に使えないし考えるのも、思い出すのも嫌よ!
…………しっかし、この娘はこの娘でどんだけあの馬鹿を慕ってんのよ……?
「先生が使えない……?意味が解らないでござるぅ!!本当に……先生は本当に、ここには居ないのでござるかぁ?」
「居ないったら、居ないわよ!」
「そんなぁ…………では、先生は今いずこに?」
「『伊達雪之丞』って男と一緒に除霊事務所やってるみたいよ……知らないけど」
現金ねぇ……さっきまでの元気が、完全に萎んで半泣きになってるじゃない…………
あんにゃろう、居なくなってからも人を煩わせてくれるんだから……
「あぁ………これでは、何の為に里を降りたか解らないでござるぅ……」
「ここで、修行する為でしょ!!?」