私が恋をした相手には、将来を誓い合った恋人がいる。くすんだ茶髪の女。私の艶々とした濡れ羽色こそ彼には相応しいのに、彼は私に見向きもしない。
女は頻繁に彼の部屋を訪れては、食事をしたり、映画を観たり、一日中笑って過ごしている。実に幸せそうだ。
そんな二人を見かけるたびに悔しくなった。未だに話しかけることすらままならない自分が、心底惨めだと思う。
だから腹いせに、君の部屋にキラキラ光るイヤリングを置いてやった。
いつになっても私と彼の関係が進展しないのなら、強制的にイベントを起こすしかないだろう。
これはゲームだ。プレイヤーである自分が動かなければ、何も物語は始まらない。
「ねぇ。これ……何?」
「何って、知らないよ。どこに落ちてたんだよ」
「どこって、そこ。本当に心当たりないの?」
あの女はイヤリングを手にして、訝しそうな顔で君に詰め寄っている。ここまでは計画通り。
私はニヤリと口元を緩めて、彼らから見えない位置に姿を隠す。二人の間を取り巻く空気が、徐々に悪くなっていくのが分かった。
これに味を占めた私は、数日後に宝石のついた指輪をわざと落として彼の部屋から立ち去った。
二回目となれば、あの女は激しく君を問い詰めるはず。浮気相手の落とし物か、いったい誰を部屋に上げたんだ、と君を責め立てるに違いない。
そう。これは単純なゲーム。
私が持ち込むアイテムはどれもこれも、恋人たちの仲を引き裂くのに適した形をしている。キラキラとした女性の持ち物ばかりだ。
私の落とし物に先に気がつくのは誰なのか。それによって君の人生は大きく変わるだろう。君が先に気づけば難を逃れるだろうし、あの女が先に気づけば修羅場は免れない。
「……ちょっと」
洗濯物を取り込もうとした女が、屈み込んで落とし物を拾い上げる。怪訝そうに眉根を寄せて、それから君の名前を呼んだ。これで新たなイベントが発生するはずだ。イベントが進むにつれて二人の仲は冷えて、そこから先は破局に向かってまっしぐら。
しかし、今度ばかりは目論見が外れた。
どれだけ待っても喧嘩している様子は見られなかった。
それどころか、私が落とした指輪を二人で物珍しそうに眺めているじゃないか!
「見て。本当にきれい。そこにまた落ちてたの」
「悪戯にしては凝ってるよなぁ」
ねぇ、それを落としていったのは私だよ。何で君は気づいてくれないの。
何であの女は、知らない女の所持品を手にして嬉しそうにしてるの。訳が分からない。
今日も私の声が彼に届くことはなかった。いつも透明な壁に阻まれてしまう。もしかして、彼女が側にいるから気づかないふりをしているのだろうか。
そのとき。
「……私、落としていった子に心当たりあるんだ」
ほんの数メートルの距離で、恋敵が私に向かって微笑んでみせた。
あれは、勝者の余裕だ。絶対にそうだ。
このままだと勝てない。あの女は私の存在に気づいているくせに、私に彼を奪われるだなんて夢にも思っていない。日に日に焦りだけが膨らんでいく。
こうなったら、正面からぶつかっていくしかない。
ある日、仲睦まじく話している二人めがけて私は突進していった。こうなったら嫌でも私の姿を目にすることになる。ここで初めて君と目が合った。驚いて声も出せないのか、私のいる方を指差してパクパクと口を動かしている。
ガツン。
嫌な音がして頭に強い衝撃が走る。透明な壁に思いきりぶつかった私は、視界がぐらぐら揺れる中、君たちの目の前でぐったりと身を横たえた。
まさか、これでゲームオーバー?
冗談じゃない。私はまだ、君と直接言葉を交わしたことすらないのに。
「……これ、生きてる? 失神してるだけ?」
透明な壁が取り払われ、二人がひょっこりと顔を出した。かわいそうと呟いたのは、愛しの君ではなく憎き恋敵。
彼は私のことをチラリと横目で見るだけで、憐れむことすらしなかった。
「放って置いたらまた飛べるようになるかな?」
「だといいけど。死骸なんて処理したくねーし……それより窓だよ、窓。割れてたらヤバいよな」
寄り添う二人の姿は徐々に霞んで消えていく。視界の端で、真っ黒な羽がひらりと舞い上がった。閉じかけた窓からは二人の会話がうっすらと漏れ聞こえてくる。
「それにしても……きったねぇな」
忌々しそうな彼の台詞を、あの女が厳しい声で遮った。
「何でそんなこと言うの。まん丸の目が可愛かったじゃない。それに……最近ここによく来てた子だよ」
「えー? そうなの?」
「キラキラした物が好きなのよ。イヤリングとか、指輪とか、ベランダに置いていったのはきっと……」
彼は私のことなんて認識していなかったのに、恋敵は私の存在を知っていた。私が落とし物を置いていった張本人だと理解していた。きっと彼は、慈悲深い彼女のことをますます愛していくのだろう。
もしかしたら私は、二人の仲を引き裂くどころか、仲を進展させるチャンスを与えてしまったの?
黒々とした自慢の羽根を広げる元気もなくして、私は力なく「カァ」と鳴いた。敗北宣言だ。