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ぱらして(本文)

ー/ー



 私の家は、昔から「ぱらして」と呼ばれる何かを祀ってる。ぱらしては座敷童子のような存在で、その家に住み着いている間は繁栄をもたらすんだって。

 でも、私はその存在を疑ってた。

 栄えてる気配をこの家で感じたことはなかった。私たちはどこにでもいるような庶民で、決して裕福ではないし。
 両親は高齢だけど、私に不自由な思いをさせないよう働き続けている。定年を迎えても再雇用枠で働き続けてずっと働き詰めだ。
 親のことを考えたら、そろそろ離れるべきなのかも。老いた親の経済力に頼って、いつまでも寄生するのは申し訳なかった。

「私たちが健康で働けるのも、ぱらしてのおかげなのよね」
「ありがたいことだ。ぱらしては、心優しい人間のところにしか現れないと聞くからな」

 何かにつけて、今の自分たちがあるのは全てアレのおかげだと両親は語る。これを聞いて、姉はいい顔をしないだろうなと思った。

 遠方に住む歳の離れた姉。さやか。

 たまに家に帰ってくることもあるけど疎遠だ。ぱらしての名前を出してありがたがっている両親を、常に冷ややかな目で睨んでいる。
 私が物心ついたときには家を出ていた姉だから、当然親しくはない。帰ってくると両親と喧嘩ばかりになるから、さやかが帰省しているときはできるだけ顔を合わせないよう部屋に篭った。
 それでも三人の会話は聞こえてくる。お前は早く結婚しろとか、介護の必要はないとか、親が余計なことばかり言うから姉もついヒートアップする。

「いつまでお人形遊びを続ける気なの。もう歳なんだから現実見てよ!?」
「ぱらしてのおかげで、私たちとっても幸せよ。ねぇ?」
「それ、私への当てつけ? 孫の顔が見たくても見られないからって!」

 姉はだいぶイライラした様子で、両親の隣に置かれた市松人形を睨みつけた。

「母さんの言う通り。この子がいたから、寂しいなんて思わずに生きてこられたんだ」

 子どもが巣立った後の寂しさを、次第に開いていく夫婦の溝を埋めてもらった。そう言って二人は笑ってる。
 姉には、ぱらしてが見えてない。見えるのは、人形の髪を撫でて優しく声をかける両親だけ。

「ぱらしては、私たちの希望なの」
「さやかもいつか、ありがたく思う日が来る」

 二人とも、そんなこと思ってたんだ。
 生きているだけで感謝されるなんて思ってもみなかったから、二人の本音を聞いて驚いた。文字通り私はただの金食い虫で、老夫婦の財産を食い潰すだけの存在なのに。姉からしたら疎ましいことこの上ないだろう。

「……いい加減にしてよッ!!」

 さやかが悲鳴のような声を上げて人形を掴もうとする。よく手入れされた人形が、両親の手から離れてぱたんと倒れた。受け止めようとした両親もバランスを崩して床に倒れ伏す。人形を庇おうとしたのか、母と父は頭を強く打ったようだった。
 宿主が傷ついたことで、私の意識は突然クリアになる。
 今になって思い出した。人間のふりをしているうちに、自分が人間になりかけていたことを。

「……え」

 ああ、やっぱり中は窮屈だ。
 長く住みつきすぎて、危うく元々の人格を失くすところだった。

「……え、なに……?」

 ガタガタ震え出したのは人形……の頭ではなく、その隣にいる二人の頭。
 限界だ。
 これまで育ててくれた人間の頭からずるんと飛び出して、十何年ぶりに外界の光を浴びる。二人の耳から飛び出してきた私を、姉は血の気をなくした顔で見つめていた。
 父と母から一本ずつ、合わせて二本。
 二本から一本に融合した私は、愕然としている姉に向かって飛ぶ。老夫婦から乗り換えるなら、今しかないと分かっていた。あっという間に耳から入って脳に辿り着いた私……ではなく「僕」は、彼女の好む姿を瞬時に解析して再現する。新たな宿主が好む見た目をした男に。
 ほら、彼女の目にはちゃんと見えているはずだ。

「今日からよろしくね、お姉ちゃん。いや……さやかちゃん」

 ぐちゅぐちゅと軽く動いて記憶を書き換えていく。人形はあってもなくてもよかった。あれは幻覚を補助するための道具でしかない。

「僕、さやかちゃんがいないと生きていけないよ。代わりに、家事は頑張るからさ」
「う、ん。わ、わ、分かった……私、もっと仕事頑張るね。幸せにするね」

 僕たちは宿主にとって都合の良い幻覚を見せて、労働意欲を刺激する。たとえば、寂しい老夫婦には優しい末の娘を。仕事一筋の孤独な女性には、甘え上手な彼氏を。愛しい者を守るために、彼らは懸命に働いて財産を増やそうとする。

「無理はしないでね。でも、仕事を頑張ってる君のことが好きだよ」
「ぱらして……私、頑張るから……」

 さやかは瞳を蕩けさせて虚空を抱き締める。
 長い夢から醒めて、茫然としている両親の目の前で。
 彼らは、脳に直接響く甘い台詞にとても弱い。人は優しい生き物だ。うっかり使い潰さないように上手く管理していかなくては。

 ぱらしての正体とは、人間の脳に寄生する虫型の生物だ。この生態と形状こそが、我が種族が「ヒモ」と呼ばれる由縁らしい。


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 私の家は、昔から「ぱらして」と呼ばれる何かを祀ってる。ぱらしては座敷童子のような存在で、その家に住み着いている間は繁栄をもたらすんだって。
 でも、私はその存在を疑ってた。
 栄えてる気配をこの家で感じたことはなかった。私たちはどこにでもいるような庶民で、決して裕福ではないし。
 両親は高齢だけど、私に不自由な思いをさせないよう働き続けている。定年を迎えても再雇用枠で働き続けてずっと働き詰めだ。
 親のことを考えたら、そろそろ離れるべきなのかも。老いた親の経済力に頼って、いつまでも寄生するのは申し訳なかった。
「私たちが健康で働けるのも、ぱらしてのおかげなのよね」
「ありがたいことだ。ぱらしては、心優しい人間のところにしか現れないと聞くからな」
 何かにつけて、今の自分たちがあるのは全てアレのおかげだと両親は語る。これを聞いて、姉はいい顔をしないだろうなと思った。
 遠方に住む歳の離れた姉。さやか。
 たまに家に帰ってくることもあるけど疎遠だ。ぱらしての名前を出してありがたがっている両親を、常に冷ややかな目で睨んでいる。
 私が物心ついたときには家を出ていた姉だから、当然親しくはない。帰ってくると両親と喧嘩ばかりになるから、さやかが帰省しているときはできるだけ顔を合わせないよう部屋に篭った。
 それでも三人の会話は聞こえてくる。お前は早く結婚しろとか、介護の必要はないとか、親が余計なことばかり言うから姉もついヒートアップする。
「いつまでお人形遊びを続ける気なの。もう歳なんだから現実見てよ!?」
「ぱらしてのおかげで、私たちとっても幸せよ。ねぇ?」
「それ、私への当てつけ? 孫の顔が見たくても見られないからって!」
 姉はだいぶイライラした様子で、両親の隣に置かれた市松人形を睨みつけた。
「母さんの言う通り。この子がいたから、寂しいなんて思わずに生きてこられたんだ」
 子どもが巣立った後の寂しさを、次第に開いていく夫婦の溝を埋めてもらった。そう言って二人は笑ってる。
 姉には、ぱらしてが見えてない。見えるのは、人形の髪を撫でて優しく声をかける両親だけ。
「ぱらしては、私たちの希望なの」
「さやかもいつか、ありがたく思う日が来る」
 二人とも、そんなこと思ってたんだ。
 生きているだけで感謝されるなんて思ってもみなかったから、二人の本音を聞いて驚いた。文字通り私はただの金食い虫で、老夫婦の財産を食い潰すだけの存在なのに。姉からしたら疎ましいことこの上ないだろう。
「……いい加減にしてよッ!!」
 さやかが悲鳴のような声を上げて人形を掴もうとする。よく手入れされた人形が、両親の手から離れてぱたんと倒れた。受け止めようとした両親もバランスを崩して床に倒れ伏す。人形を庇おうとしたのか、母と父は頭を強く打ったようだった。
 宿主が傷ついたことで、私の意識は突然クリアになる。
 今になって思い出した。人間のふりをしているうちに、自分が人間になりかけていたことを。
「……え」
 ああ、やっぱり中は窮屈だ。
 長く住みつきすぎて、危うく元々の人格を失くすところだった。
「……え、なに……?」
 ガタガタ震え出したのは人形……の頭ではなく、その隣にいる二人の頭。
 限界だ。
 これまで育ててくれた人間の頭からずるんと飛び出して、十何年ぶりに外界の光を浴びる。二人の耳から飛び出してきた私を、姉は血の気をなくした顔で見つめていた。
 父と母から一本ずつ、合わせて二本。
 二本から一本に融合した私は、愕然としている姉に向かって飛ぶ。老夫婦から乗り換えるなら、今しかないと分かっていた。あっという間に耳から入って脳に辿り着いた私……ではなく「僕」は、彼女の好む姿を瞬時に解析して再現する。新たな宿主が好む見た目をした男に。
 ほら、彼女の目にはちゃんと見えているはずだ。
「今日からよろしくね、お姉ちゃん。いや……さやかちゃん」
 ぐちゅぐちゅと軽く動いて記憶を書き換えていく。人形はあってもなくてもよかった。あれは幻覚を補助するための道具でしかない。
「僕、さやかちゃんがいないと生きていけないよ。代わりに、家事は頑張るからさ」
「う、ん。わ、わ、分かった……私、もっと仕事頑張るね。幸せにするね」
 僕たちは宿主にとって都合の良い幻覚を見せて、労働意欲を刺激する。たとえば、寂しい老夫婦には優しい末の娘を。仕事一筋の孤独な女性には、甘え上手な彼氏を。愛しい者を守るために、彼らは懸命に働いて財産を増やそうとする。
「無理はしないでね。でも、仕事を頑張ってる君のことが好きだよ」
「ぱらして……私、頑張るから……」
 さやかは瞳を蕩けさせて虚空を抱き締める。
 長い夢から醒めて、茫然としている両親の目の前で。
 彼らは、脳に直接響く甘い台詞にとても弱い。人は優しい生き物だ。うっかり使い潰さないように上手く管理していかなくては。
 ぱらしての正体とは、人間の脳に寄生する虫型の生物だ。この生態と形状こそが、我が種族が「ヒモ」と呼ばれる由縁らしい。