11 街角の天使

ー/ー



 それから数分たち、パーティーの空気にも慣れた頃……。

「烏丸社長!」

 刈り上げにポニーテールの小柄な男性が声をかけてきた。

「まさか来てくださるとは。驚きました。はああ、貴公子のようですね。いい匂い……!」

 とても高いテンション。

「こちらこそ。素晴らしいご活躍、拝見しております。――紹介しましょう。うちの新しい秘書、倉田ひかりです」

 対する烏丸さんも、少しだけ声のトーンが高い。

「初めまして。倉田と申します。よろしくお願いします」

 そして私はいつも通りのテンションで頭を下げる。付け焼刃のノリは失敗する。
 普段通り。礼節を持って接すれば上々だ。

「栄保グループCEOの栄保です。初めまして」

 パーティーの主催者であり世界的な人気クリエイターの彼は、いかにも芸術家といった佇まいだ。
 お会いできたら新作動画の感想を伝えようと心に決めていた。
 しかし……。
 顔を上げた瞬間、栄保社長の目が倍以上に広がり、そして、あ! と一声叫びこう続けた。

「路上の天使だ……」
(ん? 天使?)

 戸惑う私の前で栄保社長は背広のポケットからスマホを取り出した。
 尋常でない速さでカメラロールをタップする。

『大丈夫ですか? 誰か! 救急車を!』

 聞き慣れた声にハッとした。

(え……?)

 画面に目を凝らすと、そこには会長を支える私が映っていた。
 ベンチに会長を座らせ、『ちょっと待っててくださいね』と自動販売機で水を買っている。一本を首筋のあたりに押し当て、もう一本の蓋を開けていた。そう。このあと、ぐったりしている彼に何とか水を飲ませたのだ。

「ほら、天使さながらでしょう。優しさと可憐さが言動からにじみ出ている。白いワンピースがこんなに似合う女性、今どきいないと言いますか……控えめに言って最高オブ最高、です」
「………………!」

 興奮している栄保社長の前で私は石化する。
 ひらひらと揺れるフレアーは、否応なしに会社説明会を思い出し、場違いの罪に打ちのめされた。
 この格好で神聖なる就活の場を訪れたなんて。
 天使どころかお花畑の住人だ。ええ。褒め言葉じゃない意味で。

「私を覚えてませんか? 昨日、救急車を呼んだものです」

 私の頭の中に自撮り棒を手にしたTシャツロングヘアの男性が浮かび上がってくる。
 帽子を深く被っていて、ほとんど顔が見えなかったけれど……。
 会長の介抱を手伝ってくれたあの時の彼だ。

「あっ。す、すみませんっ。気がつかなくて!」
「いえいえ、それどころじゃなかったですよね。私には忘れられない出会いでしたが」

 栄保社長はどこか遠い目で言う。

「あなたの流れるような動きに目を奪われてしまいまして。つい動画を回したままに」
「どれどれ」

 烏丸さんがスマホを覗き込む。そして会長に目を止めたようだった。

「顔が真っ青だ。結構深刻だったんだな。病院では元気そうだったが」
「? この男性、お知り合いですか?」

 首を傾げる栄保社長に、烏丸さんは告げる。

「ええ。祖父です」
「なんと! 不勉強で気がつかず失礼しました。では、倉田さんは会長のお供を?」
「いいえ通りすがりですよ。この時は私とも無関係です」
「はて。それなのに今は秘書? アンビリバボー?」
「奇跡が起きたんですよ。一夏の奇跡が」

 烏丸さんは芝居がかった表情で言った。

「素性も、何も知らない彼女ですが、病院で祖父に引き合わされ、ダイヤモンドは拾わねば、と一目で採用を決めました」

 きゃああああああ、と。
 黄色い声を上げそうになった。
 そのセリフをそのイケボとその美しい顔で言うのは反則すぎる。
 しかも。

(彼がダイヤと称したのはこの私)

 やめてください、恥ずかしい!
 しかも、その説明、微妙に真実と違いますよね!

「きゃあああああ。素晴らしい選択眼。流石、烏丸社長!!」

 エンターテイメント業界を担う新進気鋭のアーティストはキラキラと瞳を輝かせる。私の代わりに叫ばれて、逆に平静を取り戻せた。

「価値あるものは懐に入れる。その判断力に惚れ惚れします! 運命の出会い……羨ましい!!! ズルいですぞ! 烏丸社長!!!」
「ち、違います。そういうわけじゃ」

 私はあたふたと言い訳しているのに、烏丸さんはにっこりと、胡散臭い笑みを浮かべ、

「栄保社長にもきっと見つかりますよ。運命の女性が。狙った獲物は逃さない。それが、合言葉です」

 なんと彼はますます勘違いさせそうなセリフを吐いた。

(一体何を考えてるの……!)

 もちろんそういう意味じゃない。気に入った、程度の意味合いである。
 もっと言えば、彼は私の言う「サファリ」の例えが気に入っている。
 だから、意味深な言葉を使いたがるのだ。

(ねえ、烏丸さん、そうですよね……!)

 しかし栄保社長は絶対に勘違いをしていそうで――。

「最高です! 恋の師匠と呼ばせてください!!!」

 ポカンと口を開けている私の前で、2人は謎に盛り上がっている。

(疲れた……)

 私は会話に混ざるのをやめた。
 新米秘書にはまだまだ社長の処世術はわかりません。

「ひかりさん! この動画、アップしていいですか? ストリートで出会った天使のように優しい美女。連絡先を聞かなかったのを後悔していたんです。もちろん、邪な気持ちじゃありません。映像マンとして、見逃せない素材で」
「あ……それは」

 申し訳ないですが、お断りします、と続けようとしたのに

「大歓迎です」

 烏丸さんが私を遮り許可を出す。

「本当ですか! あ、でも会長がNGかもしれませんね」
「とんでもない。むしろ喜びますよ。何ならインタビューしてやってください。タイトルはそうだな。『街角で見つけた小さな優しさ』とか」
「会長まで!!! ありがとうございます!!!! 愛してますっ! 烏丸社長!!!!」

 スキップしながら栄保社長が去ったあと、烏丸さんは呆れ顔で言った。

「しかし君はどこにいても、何かしら爪跡を残す奴だな」

 この、一気に真顔に戻る感じ。
 やっぱり、さっきのテンションは、芝居だったんだ。

「烏丸さんっ。一体何を企んでるんですか!!」

 本人には言えないが、もう心拍数が大変な事になっている。

「栄保社長は恋愛脳だ。合わせたんだよ。実際盛り上がっただろう?」
「それは……そうですが……」
「しかし、これは使えるな。よし」

 何か思いついたような烏丸さん。

(嫌な予感しかしないんだけど……)

 そして予感は当たってしまう。

「今から君は俺のパートナーだ。まあ、自然体でニコニコしてればいい。あとは俺が何とかするから」

 ろくでもない提案が繰り出された。
 どうやら彼はこの茶番を、パーティーの間中、続けるらしい。
 これには呆れた。

「は? 冗談はやめてください」

 正直、ドキドキなんて全然しない。本気じゃないとわかってるからだ。
 きっと今のコントが、彼なりに楽しかったのだろう。
 無駄を嫌う烏丸さんだが、私をからかうのは好きみたいだ、と私はもう気づいている。
 そうだとしても。

(使えるだなんて失礼な。私はモノじゃないんだから)

 いくら推しで素敵な人で、かっこよくて、そばにいるだけで緊張してしまうオーラの持ち主だとしても、心のないパートナー宣言なんて、ときめきゼロ。だからとても冷静だったのに。

「冗談じゃないんだな。これが」

 烏丸さんは私の腰をぐい、と引き寄せる。

「言ったろう。ねらった獲物は離さない」

 ドキン、と心臓が……。
 爆発しそうなほど跳ね上がる!!!!!!
 ど、ど、ど、どうしよう。
 こんなパーティー会場で!!

(まさか…………本気??)

 どくどくと、血液の流れる音が鼓膜に響く。
 さっきの冷静さはどこへやら。いや、嘘。さっきも凄くドキドキしてた。
 気づかない振りをしていただけ。それなのに。

 本気だったら……私……どうすればいいの?
 多分真っ赤になっている私を見て、烏丸さんはふっと笑う。

「言ったよな? それが、ビジネスの基本だ、って」

 ビジネス?
 上昇しまくっていた心拍数が、ピタリと止まる気配がした。

 そんなセリフ、記憶に全くないんですけど。


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「烏丸社長!」
 刈り上げにポニーテールの小柄な男性が声をかけてきた。
「まさか来てくださるとは。驚きました。はああ、貴公子のようですね。いい匂い……!」
 とても高いテンション。
「こちらこそ。素晴らしいご活躍、拝見しております。――紹介しましょう。うちの新しい秘書、倉田ひかりです」
 対する烏丸さんも、少しだけ声のトーンが高い。
「初めまして。倉田と申します。よろしくお願いします」
 そして私はいつも通りのテンションで頭を下げる。付け焼刃のノリは失敗する。
 普段通り。礼節を持って接すれば上々だ。
「栄保グループCEOの栄保です。初めまして」
 パーティーの主催者であり世界的な人気クリエイターの彼は、いかにも芸術家といった佇まいだ。
 お会いできたら新作動画の感想を伝えようと心に決めていた。
 しかし……。
 顔を上げた瞬間、栄保社長の目が倍以上に広がり、そして、あ! と一声叫びこう続けた。
「路上の天使だ……」
(ん? 天使?)
 戸惑う私の前で栄保社長は背広のポケットからスマホを取り出した。
 尋常でない速さでカメラロールをタップする。
『大丈夫ですか? 誰か! 救急車を!』
 聞き慣れた声にハッとした。
(え……?)
 画面に目を凝らすと、そこには会長を支える私が映っていた。
 ベンチに会長を座らせ、『ちょっと待っててくださいね』と自動販売機で水を買っている。一本を首筋のあたりに押し当て、もう一本の蓋を開けていた。そう。このあと、ぐったりしている彼に何とか水を飲ませたのだ。
「ほら、天使さながらでしょう。優しさと可憐さが言動からにじみ出ている。白いワンピースがこんなに似合う女性、今どきいないと言いますか……控えめに言って最高オブ最高、です」
「………………!」
 興奮している栄保社長の前で私は石化する。
 ひらひらと揺れるフレアーは、否応なしに会社説明会を思い出し、場違いの罪に打ちのめされた。
 この格好で神聖なる就活の場を訪れたなんて。
 天使どころかお花畑の住人だ。ええ。褒め言葉じゃない意味で。
「私を覚えてませんか? 昨日、救急車を呼んだものです」
 私の頭の中に自撮り棒を手にしたTシャツロングヘアの男性が浮かび上がってくる。
 帽子を深く被っていて、ほとんど顔が見えなかったけれど……。
 会長の介抱を手伝ってくれたあの時の彼だ。
「あっ。す、すみませんっ。気がつかなくて!」
「いえいえ、それどころじゃなかったですよね。私には忘れられない出会いでしたが」
 栄保社長はどこか遠い目で言う。
「あなたの流れるような動きに目を奪われてしまいまして。つい動画を回したままに」
「どれどれ」
 烏丸さんがスマホを覗き込む。そして会長に目を止めたようだった。
「顔が真っ青だ。結構深刻だったんだな。病院では元気そうだったが」
「? この男性、お知り合いですか?」
 首を傾げる栄保社長に、烏丸さんは告げる。
「ええ。祖父です」
「なんと! 不勉強で気がつかず失礼しました。では、倉田さんは会長のお供を?」
「いいえ通りすがりですよ。この時は私とも無関係です」
「はて。それなのに今は秘書? アンビリバボー?」
「奇跡が起きたんですよ。一夏の奇跡が」
 烏丸さんは芝居がかった表情で言った。
「素性も、何も知らない彼女ですが、病院で祖父に引き合わされ、ダイヤモンドは拾わねば、と一目で採用を決めました」
 きゃああああああ、と。
 黄色い声を上げそうになった。
 そのセリフをそのイケボとその美しい顔で言うのは反則すぎる。
 しかも。
(彼がダイヤと称したのはこの私)
 やめてください、恥ずかしい!
 しかも、その説明、微妙に真実と違いますよね!
「きゃあああああ。素晴らしい選択眼。流石、烏丸社長!!」
 エンターテイメント業界を担う新進気鋭のアーティストはキラキラと瞳を輝かせる。私の代わりに叫ばれて、逆に平静を取り戻せた。
「価値あるものは懐に入れる。その判断力に惚れ惚れします! 運命の出会い……羨ましい!!! ズルいですぞ! 烏丸社長!!!」
「ち、違います。そういうわけじゃ」
 私はあたふたと言い訳しているのに、烏丸さんはにっこりと、胡散臭い笑みを浮かべ、
「栄保社長にもきっと見つかりますよ。運命の女性が。狙った獲物は逃さない。それが、合言葉です」
 なんと彼はますます勘違いさせそうなセリフを吐いた。
(一体何を考えてるの……!)
 もちろんそういう意味じゃない。気に入った、程度の意味合いである。
 もっと言えば、彼は私の言う「サファリ」の例えが気に入っている。
 だから、意味深な言葉を使いたがるのだ。
(ねえ、烏丸さん、そうですよね……!)
 しかし栄保社長は絶対に勘違いをしていそうで――。
「最高です! 恋の師匠と呼ばせてください!!!」
 ポカンと口を開けている私の前で、2人は謎に盛り上がっている。
(疲れた……)
 私は会話に混ざるのをやめた。
 新米秘書にはまだまだ社長の処世術はわかりません。
「ひかりさん! この動画、アップしていいですか? ストリートで出会った天使のように優しい美女。連絡先を聞かなかったのを後悔していたんです。もちろん、邪な気持ちじゃありません。映像マンとして、見逃せない素材で」
「あ……それは」
 申し訳ないですが、お断りします、と続けようとしたのに
「大歓迎です」
 烏丸さんが私を遮り許可を出す。
「本当ですか! あ、でも会長がNGかもしれませんね」
「とんでもない。むしろ喜びますよ。何ならインタビューしてやってください。タイトルはそうだな。『街角で見つけた小さな優しさ』とか」
「会長まで!!! ありがとうございます!!!! 愛してますっ! 烏丸社長!!!!」
 スキップしながら栄保社長が去ったあと、烏丸さんは呆れ顔で言った。
「しかし君はどこにいても、何かしら爪跡を残す奴だな」
 この、一気に真顔に戻る感じ。
 やっぱり、さっきのテンションは、芝居だったんだ。
「烏丸さんっ。一体何を企んでるんですか!!」
 本人には言えないが、もう心拍数が大変な事になっている。
「栄保社長は恋愛脳だ。合わせたんだよ。実際盛り上がっただろう?」
「それは……そうですが……」
「しかし、これは使えるな。よし」
 何か思いついたような烏丸さん。
(嫌な予感しかしないんだけど……)
 そして予感は当たってしまう。
「今から君は俺のパートナーだ。まあ、自然体でニコニコしてればいい。あとは俺が何とかするから」
 ろくでもない提案が繰り出された。
 どうやら彼はこの茶番を、パーティーの間中、続けるらしい。
 これには呆れた。
「は? 冗談はやめてください」
 正直、ドキドキなんて全然しない。本気じゃないとわかってるからだ。
 きっと今のコントが、彼なりに楽しかったのだろう。
 無駄を嫌う烏丸さんだが、私をからかうのは好きみたいだ、と私はもう気づいている。
 そうだとしても。
(使えるだなんて失礼な。私はモノじゃないんだから)
 いくら推しで素敵な人で、かっこよくて、そばにいるだけで緊張してしまうオーラの持ち主だとしても、心のないパートナー宣言なんて、ときめきゼロ。だからとても冷静だったのに。
「冗談じゃないんだな。これが」
 烏丸さんは私の腰をぐい、と引き寄せる。
「言ったろう。ねらった獲物は離さない」
 ドキン、と心臓が……。
 爆発しそうなほど跳ね上がる!!!!!!
 ど、ど、ど、どうしよう。
 こんなパーティー会場で!!
(まさか…………本気??)
 どくどくと、血液の流れる音が鼓膜に響く。
 さっきの冷静さはどこへやら。いや、嘘。さっきも凄くドキドキしてた。
 気づかない振りをしていただけ。それなのに。
 本気だったら……私……どうすればいいの?
 多分真っ赤になっている私を見て、烏丸さんはふっと笑う。
「言ったよな? それが、ビジネスの基本だ、って」
 ビジネス?
 上昇しまくっていた心拍数が、ピタリと止まる気配がした。
 そんなセリフ、記憶に全くないんですけど。