10 3歩でつまずく文明人

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 会場に続く廊下には赤いビロードの絨毯が敷かれ、その豪華さはニュースなどで垣間見たレッドカーペットさながらだった。
 黒服のスタッフがVIPのコサージュをつけドアを開く。

「烏丸商事CEO、烏丸怜様とお連れ様のご入場です!」

 アナウンスが響くと同時に、フロア中の視線が一斉に私たちへと注がれた。

「烏丸怜?」

「ビジュアル最強の御曹司!? パーティー嫌いじゃなかったの?」

 騒がしい声に、一瞬気が遠くなる。
 そうだった。隣にいる人はこのビルのオーナーでもある。
 知る人ぞ知る有名人(しかも見た目が麗しい)なのだ。

(どうして私はこんなところに……)

 烏丸さんが素敵で注目されているからこそ、隣のポジションを占領しているのが申し訳なくてたまらない。初出勤がパーティー参加だなんて、イレギュラーもいいところだ。

「わかりやすく怖気づくな。そんなんじゃ、戦う前に気持ちで負けるぞ」

 そっと囁かれ、ハッとした。今、この人、戦うって言ったよね。

「そ、そうですね。仕事中なのに私ったら」

 仕事、をわざわざ強調する。
 ここは文明社会だ。サファリじゃない。誰も命のやり取りなんてしていない。

「仕事? いや、目的はリベンジだと言っただろう」

 リベンジ。私の辞書にはない言葉が、さらりと薄い唇から吐き出される。

「いえいえ、これは私の初仕事ですっ!」

 周囲の注目と立場の重さに気を取られ、大事なことを忘れていた。
 この会場のどこかに先輩たちがいて、烏丸さんは彼女たちに何かする気満々である。

(復讐に燃える御曹司なんて……! 萌えそうだけど、やっぱり駄目!)

 私は平和主義。100対0で相手が悪いなら別だけれど、ほんの数%でも自分に非があるのなら相手を責めるより自分を変えようと思うタイプ。
 だけどこの麗しきCEOは、どんな場所もサファリへと変えてしまう男なのだ。

(会社説明会リターンズだけは絶対に避けなきゃ)

 私は使命感にブルリと震える。

「ったく、あんなひどいこと言われて腹は立たないのか? 怒ると死ぬ呪いにでもかかっているのか。君は」
「何か私にも悪いところがあったのかもしれませんし」

 烏丸さんの目が一瞬光り、私は慌てた。

「それより烏丸さんが何をするつもりなのかわからなくて怖いんですよ!」

 思わず声のボリュームが上がり、慌てて口を押さえた。
 そのまま小声で囁き返す。

「でも、信じてもらえるのは嬉しいです。ありがとうございます。烏丸さんって見かけによらず優しいんですね」

 何故だか彼は眉根を寄せた。

「君って人は」
 
 呆れたような声で呟かれ、私はこう付け加えた。

「あっ、見かけによらずは間違いです、ごめんなさい」
「もういい」

 烏丸さんは嘆息した。

「一応、俺も文明人だからな。こんな場所で血の雨を降らせるつもりはない」

 どうやら分かってもらえたみたいだ。

「ホッとしたような顔しやがって……」
「うっ……」

 図星を突かれて、私は思わず目を逸らした。
 烏丸さんは苦笑する。

「さあ、行くぞ」
「あ、はい」

 それにしても、高いヒールは歩き慣れてなくて、いつもより歩幅が狭くなる……。

「きゃっ」

 早速つんのめってしまったけれど、彼の腕がガッチリと私のそれを支えてくれた。

「三歩でよろめく人間を初めてみた。捕まってろ」

 烏丸さんが私の腕を自分の腕へと導いた。

「ありがとうございます」

 私は俯き、赤くなる。

(烏丸さんって、やっぱり優しい)

 さっきは自然に言えたその言葉がなぜか口に出せなかった。



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 会場に続く廊下には赤いビロードの絨毯が敷かれ、その豪華さはニュースなどで垣間見たレッドカーペットさながらだった。
 黒服のスタッフがVIPのコサージュをつけドアを開く。
「烏丸商事CEO、烏丸怜様とお連れ様のご入場です!」
 アナウンスが響くと同時に、フロア中の視線が一斉に私たちへと注がれた。
「烏丸怜?」
「ビジュアル最強の御曹司!? パーティー嫌いじゃなかったの?」
 騒がしい声に、一瞬気が遠くなる。
 そうだった。隣にいる人はこのビルのオーナーでもある。
 知る人ぞ知る有名人(しかも見た目が麗しい)なのだ。
(どうして私はこんなところに……)
 烏丸さんが素敵で注目されているからこそ、隣のポジションを占領しているのが申し訳なくてたまらない。初出勤がパーティー参加だなんて、イレギュラーもいいところだ。
「わかりやすく怖気づくな。そんなんじゃ、戦う前に気持ちで負けるぞ」
 そっと囁かれ、ハッとした。今、この人、戦うって言ったよね。
「そ、そうですね。仕事中なのに私ったら」
 仕事、をわざわざ強調する。
 ここは文明社会だ。サファリじゃない。誰も命のやり取りなんてしていない。
「仕事? いや、目的はリベンジだと言っただろう」
 リベンジ。私の辞書にはない言葉が、さらりと薄い唇から吐き出される。
「いえいえ、これは私の初仕事ですっ!」
 周囲の注目と立場の重さに気を取られ、大事なことを忘れていた。
 この会場のどこかに先輩たちがいて、烏丸さんは彼女たちに何かする気満々である。
(復讐に燃える御曹司なんて……! 萌えそうだけど、やっぱり駄目!)
 私は平和主義。100対0で相手が悪いなら別だけれど、ほんの数%でも自分に非があるのなら相手を責めるより自分を変えようと思うタイプ。
 だけどこの麗しきCEOは、どんな場所もサファリへと変えてしまう男なのだ。
(会社説明会リターンズだけは絶対に避けなきゃ)
 私は使命感にブルリと震える。
「ったく、あんなひどいこと言われて腹は立たないのか? 怒ると死ぬ呪いにでもかかっているのか。君は」
「何か私にも悪いところがあったのかもしれませんし」
 烏丸さんの目が一瞬光り、私は慌てた。
「それより烏丸さんが何をするつもりなのかわからなくて怖いんですよ!」
 思わず声のボリュームが上がり、慌てて口を押さえた。
 そのまま小声で囁き返す。
「でも、信じてもらえるのは嬉しいです。ありがとうございます。烏丸さんって見かけによらず優しいんですね」
 何故だか彼は眉根を寄せた。
「君って人は」
 呆れたような声で呟かれ、私はこう付け加えた。
「あっ、見かけによらずは間違いです、ごめんなさい」
「もういい」
 烏丸さんは嘆息した。
「一応、俺も文明人だからな。こんな場所で血の雨を降らせるつもりはない」
 どうやら分かってもらえたみたいだ。
「ホッとしたような顔しやがって……」
「うっ……」
 図星を突かれて、私は思わず目を逸らした。
 烏丸さんは苦笑する。
「さあ、行くぞ」
「あ、はい」
 それにしても、高いヒールは歩き慣れてなくて、いつもより歩幅が狭くなる……。
「きゃっ」
 早速つんのめってしまったけれど、彼の腕がガッチリと私のそれを支えてくれた。
「三歩でよろめく人間を初めてみた。捕まってろ」
 烏丸さんが私の腕を自分の腕へと導いた。
「ありがとうございます」
 私は俯き、赤くなる。
(烏丸さんって、やっぱり優しい)
 さっきは自然に言えたその言葉がなぜか口に出せなかった。