魔法学園アルカディア。
入学するには有権者、スクールの教師、あるいは高名な魔法の師匠からの推薦状が必要だ。それに加えて面接、さらに学科試験と実技試験を突破しなければならない、非常に厳しい学校である。
面接当日——。
生徒と推薦者はペアになり、面接室の外の廊下に並んで座っていた。廊下には緊張した面持ちの子どもたちと、彼らに付き添う大人たちが静かに待機している。
その中の一組。あどけない少年と、その少年の推薦者である魔法の先生が並んで座っていた。
だが、二人の表情はどこか憂鬱だ。もちろん、この学園の試験が難しいという事実も影響しているが——
「ですから!この子はね!そんな汚いことはするわけありませんわ!」
突然、面接室の中から響く怒声。誰かが激昂しているらしい。
(ずっと喧嘩してるよ……)
少年は顔を引きつらせながら、隣の魔法の先生をちらりと見た。
(面接官と喧嘩するとかやべえ……)
廊下に並ぶ他の生徒や推薦者たちも、不安げに顔を見合わせている。面接を控えた張り詰めた空気の中、騒々しい声は止む気配がなかった。
ドアの向こうで何が起きているのかは見えない。しかし、聞こえてくる声だけで緊迫感が伝わってくる。
「いやいや!エリシアさんの言うこともわかるんだが……やっぱり試験は別室で……」
男性の声が、なんとか事態を収めようとしているようだった。
「あのねぇ!こんなの……、じゃあ何ぃ!?差別!?これ差別ですわね!第三者に訴えて出ますわよ!」
女性の声がそれを一蹴するように響き渡る。
(——なんかすごいことになってる……)
廊下に座る少年は縮こまりながら、耳に入ってくる会話にますます不安を募らせた。
「じゃなくて……他の生徒さんも怖がるからね……」
必死に説得を続ける男性の声。
「そんなの怖がることありませんわよ……、こんな……私たちが言い争ってる前でこうやって……大人しく座ってる子が怖いだなんて!」
エリシアと名乗るその女性は、少しも引く気配を見せない。
少年は横目で自分の推薦者である魔法の先生を見たが、先生も苦笑いを浮かべるばかりで何も言わない。
(試験って……こんな怖いものだったっけ……?)
外の廊下は張り詰めた沈黙が続き、面接室の中では一触即発の空気が膨らんでいく。少年の不安は最高潮に達していた。
「でも他の方の目もありますし……試験の公平性にも関わりますんで……」
男性の声が、なおも説得を続ける。
「公平ですわよ!みんな椅子に座って試験を受けるんでしょ!?」
エリシアの声は一切揺るがない。
「いや、そうなんですけど……ほら、この子は魔族ですから」
——魔族だって?
その言葉が廊下に伝わると、一瞬、周囲がざわついた。
とはいえ、魔族が人間界にいないわけではない。
確かに珍しい存在だが、特にこの学園のような場所ではときどき見かける話でもある。差別が全くないわけではないが、理不尽に忌み嫌われるのも稀な時代になっていた。
「ちょっと肌の色が違うとか……生まれた場所が違うとか……そんな理由で別室送りになんかされたらたまったもんじゃありませんの!」
エリシアが怒気をはらんだ声でまくし立てる。
「いや……じゃなくて……エリシアさんの言う通りなんですが……」
男性の声は次第に押され気味だ。
「だったらみんなと同じにしなさいよ!」
「一応ね!一応……その……不正防止というか……ねぇ……カンニングの可能性も……」
「だからそんな汚い真似はしないって言ってるでしょ!魔族ですわよ!こんな……誇り高き……」
面接室の中の声は、ますますエスカレートしていく。廊下に座る少年たちは、半ば呆然としながらも耳をそばだてる。
(誇り高き……魔族……?)
その一言に、少年はふと隣の魔法の先生を見上げた。先生はどこか苦笑しながら肩をすくめ、目を細めて面接室の方を見つめている。
廊下の空気が再び静まり返る中、面接室からはまだ声が聞こえ続けていた。
「エリシアさんねぇ……一応言っておきますが、万が一カンニングが発覚した場合ね……全教科ゼロ点で永久追放となってしまいます。」
面接官の冷静な声が響いた。
「だからするわけないでしょうが!」
エリシアは机を叩くような勢いで反論する。
「まぁまぁ、それはいいんですけど。いや、これはね……我々の問題なんですよ。」
「……あん?」
疑念をはらんだエリシアの声が、低く響く。
「カンニングしたかどうかのね、その……立証が難しいというか、いや、逆か……カンニングをしてないということが……どうしても……わからないもんでして……」
——ドカ!
面接室の扉の向こうから、机を蹴るような大きな音が聞こえた。廊下の少年たちは一斉に身を縮め、緊張の色を隠せない。
「わからないってどういうことですの!」
エリシアの怒声が再び響く。
廊下にいる少年たちは、顔を見合わせながらますます不安げな表情を浮かべていた。試験前の静寂を打ち破るような激しいやり取りは、まだしばらく続きそうだった。
「いや、要はね……健全性が担保できないというか……他の受験生もいますから。」
面接官の言葉には、どこか歯切れの悪さが滲んでいた。
「……」
エリシアは黙り込んだまま、鋭い視線を相手に突き刺している。
「そういった前でね……まぁ、うちも100年単位でやってる学校ですし……こんな例は初めてというか——」
「もういいですわ!」
エリシアが椅子を勢いよく引いて立ち上がった。
「あのねぇ!この学校なんか行かなくったって育成可能ですの!後悔しますわよ!」
——バタン!
扉が乱暴に開かれる音に、廊下にいた少年とその先生はハッとした。
現れたのは貴族風の女性。
目も合わせたくないほどの怒りを全身に漂わせながら、廊下を足早に進んでいく。そして振り返ると、部屋の中に向かって呼びかけた。
「ほら!行きますわよ!こんなレベルの低い学校なんか……全く!」
その言葉に応じて、受験生らしき生徒が扉から姿を現す。
——ワシャワシャワシャワシャワシャワシャ。
「ヒィ……!」
「うお!」
廊下にいた受験生たちは驚きのあまり飛び上がり、思わず道を譲った。
そこに現れたのは、漆黒の球体。
その球体には夥しい数の触手が生えており、その一本一本に目玉が付いている。それらの触手はそれぞれ別々の方向に伸ばし、血走った目で「ギョロギョロ」と眺めていた。
その姿を見た廊下の少年は、内心で思った。
(そりゃ……別室だろ……)
そうつぶやかずにはいられない光景だった。