9 シンデレラは信じられない
ー/ー
烏丸さんに連れられて、ビル内にあるヘアサロンへ。
「わー。怜! 久しぶりー!」
ちょうどレジ前にいたサラサラショートヘアの男性スタッフが、店から飛び出してきて両手を広げ烏丸さんを抱きしめる。
「えっ!」
なんという距離感。男性が突き飛ばされる未来を予測し、私は心の中で十字を切った。
しかし烏丸さんは両手を体の側面におろしたままクールに言う。
「朝陽。お前を天才とみこんで頼みがある」
「んまっ。相変わらず褒め上手ねえ。大好き」
うわっ。好きって……。
男同士だけれど、なんだか凄くドキドキする。2人はどういう関係なんだろう。
「で、頼みって何?」
ハグを終えたその人が首を傾げ、その瞬間、なんてチャーミングなの、と思ってしまった。
口角のきゅっとあがった笑顔がとってもフレンドリー。
烏丸さんは見とれている私を前へと押し出した。
「彼女を変身させてやって欲しい。ダイヤの原石をジュエリーに。お前なら出来るだろう」
「えっ」
ダイヤの原石だなんて。
それは褒めすぎでは、と思ったのに。
「任せなさい」
朝陽さんはうなずく。
「まあ。上質な素材ねえ。可愛いわあ。こういう、いかにも女の子、って感じ私、大好き。じゃ、ぱっぱと脱いじゃいましょうか」
「えっ? 脱ぐ?」
思わず後ずさる私を見て、朝陽さんは楽しげに笑う。
「あら、ちゃんと女性スタッフにやらせるわよん。さあ、みんな、腕によりをかけるわよ!」
それから私は洋服を脱がされ紙パンツ1枚の姿にされてしまった。
そして店の奥にあるバスタブで体の隅々までを磨かれる。
水滴をバスタオルで拭き取られ、ベッドの上に仰向けにされ、リンパマッサージを施される。その後くるりとうつむかされ、両手をバンザイの形に固定され、羞恥心に顔が赤くなる。
強引すぎる施術に呆然としている中、パウダーをはたかれ、ヘアスタイルまで整えられ、フィッティングルームへと誘われる。そして先程買ってもらった、ブルーのドレスに着替えさせられた。
「まあ素敵。さすが怜が見込んだ女ね」
朝陽さんは満足そうに腕を組む。
「ありがとうございます。あの、でも、実は私、秘書になったのはたまたまで……」
「何言ってんの。怜の審美眼は本物よ。偶然なんかじゃないわ」
「烏丸さんは他人のいいところを見つける天才ですから……それできっと、私の事も……」
「あなたって、随分自信がないのね。でもまあ、そういう所が魅力なんでしょ。きっと」
朝陽さんは微笑んだ。
「怜はね、滅多に人を褒めたりしないわよ。お世辞だって絶対に言わない。私を天才と呼ぶのは本当に私が天才だから。あなたは彼に見初められた。だって、あなた怜の好みにぴったりだもの」
「えっ。えっ」
「まるで野の花みたいに可憐だもの。彼はね、そういうのに弱いの。ま、怜には秘密、ね。ちょっと待ってて」
朝陽さんはそう言って出ていった。
「朝陽さん……」
私は焦った。
私が烏丸さんの好みだなんて……。そんなのめちゃくちゃ気になるじゃないですか!
と、静かにドアが開いた。
「あ、あの、さっきの話なんですが、」
私は勢い込んで話しかけ……一瞬息が止まるかと思った。
入ってきたのは烏丸さんだった。
フォーマルなブラックスーツに短めのタイ。
タイの位置を直している姿が男っぽく、ビジネススーツとは違う魅力が全身から溢れている。
ただ立っているだけなのに、佇まいが常人とは違う。
神様が完璧な素材ばかりを集めて作った、全く無駄のない美しい生き物。
サファリでライオンに出会ったような、恐怖を通り越した爽やかさを感じた。
彼は、私にまっすぐ向き直ると、ほう、と一瞬立ちすくんだ。
そしてニヤリと笑った。
「眩しいほどに綺麗だな。やっぱり君はダイヤモンドだった」
一瞬で心臓が跳ね上がる。朝陽さんの言葉が頭をよぎり、一層恥ずかしくなってしまった。
「石化したな。まさか見た目を褒められ慣れてない、とか?」
「そ、その通りです。失礼します」
私は思いっきりほっぺたをつねった。
「いたっ」
「……夢じゃねーぞ」
「じゃ、えっと、お願いします。私を甘やかさないでください。褒めて伸びるタイプではありますが、そんな事しなくても私、ちゃんと働きますから!」
本音は「勘違いしそうになるからやめてください」なのだけれど。
……それこそ、何を勘違いしてるんだ、と叱られそう。
「ったく。君は俺に遠慮がないな」
「えっ。むしろ遠慮しまくってるつもりなんですけど」
「口で言うよりこっちの方が早いな……来い」
烏丸さんにちょいちょいと指を曲げて誘われ、私は立ち上がる。彼の前に立つと、肩を掴まれた。条件反射のようにドキッとする。フォーマルスタイルの彼は王子を通り越して神様みたいにさえ思えるほどだから。
「ほら、自分の目で確かめろ」
烏丸さんは私の肩を掴んだまま、くるりと私の体を反転させた。
と、そこにあったのは……。
鏡に映った烏丸さんと、そして……。
「え? 嘘。これが私?」
鏡の中の自分に、私は驚きを隠せない。
丁寧にほどこされたブルーのアイメイク。軽めなファンデーションで整えられた白く艶のある頬にワンピースの淡いブルーが映えて、控えめに言って、お姫様のようだった。
「スーツよりドレスの方が似合ってる」
耳元でそう囁かれる。
鏡の手前にあるスツールに私を座らせると、烏丸さんは床に跪き白いハイヒールを差し出した。
「あ、ありがとうございます。私が……」
「いいから。俺に任せろ」
神様に足をつかせるなんて、あとでバチがあたりそう。
だけどこれ以上時間をとらせるわけにもいかず、私は彼の差し出す靴に片方ずつ足を入れた。
(まるでシンデレラになった気分)
胸の奥がきゅ、っと甘く締め付けられる。
靴を履いた状態で、また鏡の前に立った。
烏丸さんの横にいても、激しくは見劣りしていない、底上げされた私がいる。
「すごいですね。朝陽さんのテクニック……」
「だから、そうじゃないと言ってるだろう」
烏丸さんはじっと私を見つめると言った。
「輝きは君が元々持っていたものだ。自信を持て」
「自信……」
「なんたって今からリベンジが始まるんだからな」
「あ……」
今まで頭の片隅に追いやろうとしていたその事実。
彼は私の元職場仲間への復讐を目論んでいるのだ。
「あの、それ、やめませんか? 私、全然求めてませんので」
「君のためじゃない。俺のためだ」
私のお願いは一蹴される。
「目には目を。歯には歯を。殴りかかってきたのは向こうからだからな」
楽しそうな烏丸さんとは真逆に、私の心は不安に沈む。
(殴り返すなんて出来ないよ)
だって、少しは相手の気持ちがわかるから。
音大を出てもいないのに、長く講師をやっていた自分。
空気を読めなかったから、きっと拗れた。
弱肉強食のサファリが好きな烏丸さん。
私は平和主義なのに……と心の中でため息をついた。
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ちょうどレジ前にいたサラサラショートヘアの男性スタッフが、店から飛び出してきて両手を広げ烏丸さんを抱きしめる。
「えっ!」
なんという距離感。男性が突き飛ばされる未来を予測し、私は心の中で十字を切った。
しかし烏丸さんは両手を体の側面におろしたままクールに言う。
「|朝陽《あさひ》。お前を天才とみこんで頼みがある」
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烏丸さんは見とれている私を前へと押し出した。
「彼女を変身させてやって欲しい。ダイヤの原石をジュエリーに。お前なら出来るだろう」
「えっ」
ダイヤの原石だなんて。
それは褒めすぎでは、と思ったのに。
「任せなさい」
朝陽さんはうなずく。
「まあ。上質な素材ねえ。可愛いわあ。こういう、いかにも女の子、って感じ私、大好き。じゃ、ぱっぱと脱いじゃいましょうか」
「えっ? 脱ぐ?」
思わず後ずさる私を見て、朝陽さんは楽しげに笑う。
「あら、ちゃんと女性スタッフにやらせるわよん。さあ、みんな、腕によりをかけるわよ!」
それから私は洋服を脱がされ紙パンツ1枚の姿にされてしまった。
そして店の奥にあるバスタブで体の隅々までを磨かれる。
水滴をバスタオルで拭き取られ、ベッドの上に仰向けにされ、リンパマッサージを施される。その後くるりとうつむかされ、両手をバンザイの形に固定され、羞恥心に顔が赤くなる。
強引すぎる施術に呆然としている中、パウダーをはたかれ、ヘアスタイルまで整えられ、フィッティングルームへと誘われる。そして先程買ってもらった、ブルーのドレスに着替えさせられた。
「まあ素敵。さすが怜が見込んだ女ね」
朝陽さんは満足そうに腕を組む。
「ありがとうございます。あの、でも、実は私、秘書になったのはたまたまで……」
「何言ってんの。怜の審美眼は本物よ。偶然なんかじゃないわ」
「烏丸さんは他人のいいところを見つける天才ですから……それできっと、私の事も……」
「あなたって、随分自信がないのね。でもまあ、そういう所が魅力なんでしょ。きっと」
朝陽さんは微笑んだ。
「怜はね、滅多に人を褒めたりしないわよ。お世辞だって絶対に言わない。私を天才と呼ぶのは本当に私が天才だから。あなたは彼に見初められた。だって、あなた怜の好みにぴったりだもの」
「えっ。えっ」
「まるで野の花みたいに可憐だもの。彼はね、そういうのに弱いの。ま、怜には秘密、ね。ちょっと待ってて」
朝陽さんはそう言って出ていった。
「朝陽さん……」
私は焦った。
私が烏丸さんの好みだなんて……。そんなのめちゃくちゃ気になるじゃないですか!
と、静かにドアが開いた。
「あ、あの、さっきの話なんですが、」
私は勢い込んで話しかけ……一瞬息が止まるかと思った。
入ってきたのは烏丸さんだった。
フォーマルなブラックスーツに短めのタイ。
タイの位置を直している姿が男っぽく、ビジネススーツとは違う魅力が全身から溢れている。
ただ立っているだけなのに、佇まいが常人とは違う。
神様が完璧な素材ばかりを集めて作った、全く無駄のない美しい生き物。
サファリでライオンに出会ったような、恐怖を通り越した爽やかさを感じた。
彼は、私にまっすぐ向き直ると、ほう、と一瞬立ちすくんだ。
そしてニヤリと笑った。
「眩しいほどに綺麗だな。やっぱり君はダイヤモンドだった」
一瞬で心臓が跳ね上がる。朝陽さんの言葉が頭をよぎり、一層恥ずかしくなってしまった。
「石化したな。まさか見た目を褒められ慣れてない、とか?」
「そ、その通りです。失礼します」
私は思いっきりほっぺたをつねった。
「いたっ」
「……夢じゃねーぞ」
「じゃ、えっと、お願いします。私を甘やかさないでください。褒めて伸びるタイプではありますが、そんな事しなくても私、ちゃんと働きますから!」
本音は「勘違いしそうになるからやめてください」なのだけれど。
……それこそ、何を勘違いしてるんだ、と叱られそう。
「ったく。君は俺に遠慮がないな」
「えっ。むしろ遠慮しまくってるつもりなんですけど」
「口で言うよりこっちの方が早いな……来い」
烏丸さんにちょいちょいと指を曲げて誘われ、私は立ち上がる。彼の前に立つと、肩を掴まれた。条件反射のようにドキッとする。フォーマルスタイルの彼は王子を通り越して神様みたいにさえ思えるほどだから。
「ほら、自分の目で確かめろ」
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と、そこにあったのは……。
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「スーツよりドレスの方が似合ってる」
耳元でそう囁かれる。
鏡の手前にあるスツールに私を座らせると、烏丸さんは床に跪き白いハイヒールを差し出した。
「あ、ありがとうございます。私が……」
「いいから。俺に任せろ」
神様に足をつかせるなんて、あとでバチがあたりそう。
だけどこれ以上時間をとらせるわけにもいかず、私は彼の差し出す靴に片方ずつ足を入れた。
(まるでシンデレラになった気分)
胸の奥がきゅ、っと甘く締め付けられる。
靴を履いた状態で、また鏡の前に立った。
烏丸さんの横にいても、激しくは見劣りしていない、底上げされた私がいる。
「すごいですね。朝陽さんのテクニック……」
「だから、そうじゃないと言ってるだろう」
烏丸さんはじっと私を見つめると言った。
「輝きは君が元々持っていたものだ。自信を持て」
「自信……」
「なんたって今からリベンジが始まるんだからな」
「あ……」
今まで頭の片隅に追いやろうとしていたその事実。
彼は私の元職場仲間への復讐を目論んでいるのだ。
「あの、それ、やめませんか? 私、全然求めてませんので」
「君のためじゃない。俺のためだ」
私のお願いは一蹴される。
「目には目を。歯には歯を。殴りかかってきたのは向こうからだからな」
楽しそうな烏丸さんとは真逆に、私の心は不安に沈む。
(殴り返すなんて出来ないよ)
だって、少しは相手の気持ちがわかるから。
音大を出てもいないのに、長く講師をやっていた自分。
空気を読めなかったから、きっと拗れた。
弱肉強食のサファリが好きな烏丸さん。
私は平和主義なのに……と心の中でため息をついた。