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【使用人】従者と、親友と、あと知らない少年

ー/ー



 ぴちゃんぴちゃんと、水音が鳴り響く海水まみれの洞窟の中、その三人は歩いていた。一人はメイド少女で、もう一人は紺色の水着のエルフ。そして三人目は少年だ。

 メイド以外は学生であり、この洞窟を訪れているのも校外授業の一環だった。危険な状況への対処法を学ぶことを目的として、一行は出口を目指していた。
 しかして、その空気は和気藹々とは程遠い。

「おっと、また大きな水たまりれすね。ここは任せてくだしゃい」

 舌たらずのエルフ少女が肩からかけた鞄に手を突っ込み、小さな宝石のようなものを取り出す。それを水面に向けてかざすと、まさに瞬時。
 ピキピキピキと凍結していき、目の前に氷の橋が生成される。

「さあ、行きまふよ」

 ひんやりとした空気が肌に触れるも、つかつかと一行は前へ前へと進行する。
 何の障害もなく、あまりにも呆気ない。

「――ミモザ様、お待ちください」
「ん?」

 先導していたメイドがスッと手を添えて進行を止める。洞窟の奥の方を見てみれば、何やら大きな蟹がハサミを掲げて行く手を塞いでいた。

 それはこの洞窟内に生息している獰猛な水生生物で、堅甲大蟹(シェルクラブ)という。名前の通り、丈夫な甲羅を持っていて、ちょっとやそっとの衝撃ではビクともしない。

「えいっ!」

 次の瞬間、メイドは飛び上がり、蹴りを繰り出す。すると小石でも弾いたみたいに蟹はすっ飛んでいき、丁度いい具合に水たまりにぽちゃんと落ちた。

「それでは先にまいりましょう」
「ありがとうございまふ、オキザリスしゃん」

 何事もなかったかのようにメイドは先導を再開する。
 それはあまりにも完璧すぎる対処だったと言わざるを得ないが、頑強な蟹を容易に蹴り飛ばすことは生半可なことではできない。

 常人なら蹴った足が折れてもおかしくはなかった。
 それでもそのメイドはケロッとした表情だ。

「うーん、この先の段差、少し高いれすね……じゃあ、これを」

 今度は何をするのかと思えば、また別な宝石らしきものを鞄から取り出し、振りかざすと、地面がゴゴゴとキレイに盛り上がり、あっという間に階段が生成される。
 彼女たちに困難という言葉はないのか、進行が止まることはない。

 ただ、問題があるとすれば、後ろからついてきている少年がここにきて、一切何もしていないということだろうか。仮にも彼も魔術師学院の生徒であり、校外授業を受ける立場のはず。さすがの少年もこれには焦りを覚える。

 洞窟の出口を目指している三人だったが、会話らしい会話も皆無。
 この空気をどうにかしようと思ったのか、少年も痺れを切らす。

「あ、あの、ミモザ、さん、僕――」
「ミモザ様に近付かないで下さい」
「ヒッ!?」

 クラスメイトとしてちょっと会話を試みようとした途端、暗殺者のような身のこなしでメイドが少年の懐に割り込む。

「あ、いや、あの、あのさ。そういえば自己紹介も、まだ、だった……よね?」

 臆しつつ少年は踏み込む。だが、目つきの悪いメイドがギンギンに睨み付け、今にもとって食ってしまいそうなほどの威圧感を出す。

「貴方の名前に興味は御座いません。それに必要なこととも思いません。何故なら貴方とミモザ様は同じ学校、同じ教室を共にしている。今更そんなことに時間を割くのも惜しい。この場は授業の一環でありながら危険も伴う実技の場なのですから」

 堅苦しく、それでいてキッパリと強めの口調でメイドが圧す。
 そこまで言われてしまうと少年も退かざるを得ない。逆に、ここで退かなければ命に関わるのでは、と危険も察知したくらいだ。

 言われていることは確かで、クラスメイトではあるが、日頃同じ教室内で同じ授業を受けているとはいっても、男子と女子にはそれなりに壁がある。
 初めて学校に来たときに簡単な自己紹介もしてはいたが、さすがに面と向かってお互いに自己紹介をしたことはなかった。

「オキザリスしゃん、そんな酷いこと言っちゃらめでふよ。仲良くいきましょ」
「……そうですね。では、もう一歩分だけ近付くことを容認致します」

 それは果たして仲良く、のうちに含まれるのか、はたまた容認されている扱いと思っていいのか。やや竦んだ少年だったが、恐る恐る一歩を踏み出す。

「それではまいりましょう。地図によれば出口はもうすぐです。最後まで油断なさらぬように」

 いつの間に生徒に配られていた地図を従者である彼女が読み解いていたのかは定かではないが、的確に判断し、主を守るかのようにまた先導する。

 そこら中から水がしたたり落ちてくる、あたかも水の中を歩んでいるかのような気分にさせられる海底洞窟内の通路は、次第に傾斜がつき始めていた。

 地面の上を小さく細いいくつもの線を描くように水が流れていく。
 向かい側からは風が吹いており、出口に近付いていることを示していた。

 無傷どころか、体力もそう消費しておらず、洞窟の中をただ歩いてきただけのような実技だった。ほとんどの障害はメイド少女とエルフ少女の二人が難なく退けてきてしまっていたので、最後尾の少年は結局、何の活躍の場もなかった。

 学院のある街から馬車に乗って結構な遠出をしてきておいて何をしにきたのか。少なからずとも少年はその状況下、自分に不甲斐なさを覚えつつあった。

 そんな矢先のことだ。

 ドゴォーンという激しい音が洞窟内に響き渡る。
 何かが何処かで決壊したかのような地響き。

 グワングワンと洞窟内も大きく揺れ始め、壁からちょろちょろと流れてきていた水も一気に噴水のように噴射され、三人の行く手を阻む。

「な、な、な、なんでふか!? 一体、何が起こったんれしゅか!?」
「どうやら何処かで激しい交戦があったのでしょう。岩壁が破損して内部の水流が塞き止められ、結果、洞窟内に影響を及ぼしたのだと思います」

 まるで壁の中を覗き見てきたかのようにメイドが状況を判断する。一体どのような聴覚を持っているのだろう。学生の実技とは比べものにならない経験を積んできていることは容易に想像できるほど。

「揺れはすぐ収まるかもしれませんが――」

 噴きだしてくる水の勢いは止まらない。
 出口の方が高所のせいもあり、進行方向から津波のように押し寄せてくる。

「はわあぁっ!?」

 耐水性を考慮した装備だったが、さすがに鉄砲水を真正面から受け流すような性能などあるはずもなく、またそんなに咄嗟に反応できるほど俊敏ではなかったエルフの少女は激流に足をとられてしまう。

「み、ミモザさんっ!」

 危うく水に流されて傾斜を下っていくところだった少女の身体を、その真後ろにいた少年が支える。そして、腕の中にすっぽりと抱え込むと、もう片方の腕を前方に伸ばし、何やら呪文らしきものをブツブツと詠唱し始めた。

 今にも押し流されてしまいそうな最中、少年の手から突風が迸る。
 少年の構築した風の魔法だ。

 少年の立っている位置を中心に激流がパックリと裂け、辛うじて自身とその腕の中にいるエルフ少女は流されずに済む。
 しばらくすると水の勢いは弱まり、立てるくらいに収まる。

「ありがとうございまふ! 助かりました!」
「あ、うん、上手くいってよか……った……」

 唐突に言葉を失った少年の視線の先に目つきの悪いメイドが立っていた。

「お嬢様が見ていたら何を言われるのか分かりませんが……ワタクシめに代わってミモザ様を助けていただいたことに免じ、見なかったことにします」

 それだけ言うとメイドは踵を返す。
 どうやら二つの意味で命拾いしたようだ。
 少年はそれだけを理解し、ホッと安堵の息をついた。


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次のエピソードへ進む 第149話 水と油に挟まれて


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 ぴちゃんぴちゃんと、水音が鳴り響く海水まみれの洞窟の中、その三人は歩いていた。一人はメイド少女で、もう一人は紺色の水着のエルフ。そして三人目は少年だ。
 メイド以外は学生であり、この洞窟を訪れているのも校外授業の一環だった。危険な状況への対処法を学ぶことを目的として、一行は出口を目指していた。
 しかして、その空気は和気藹々とは程遠い。
「おっと、また大きな水たまりれすね。ここは任せてくだしゃい」
 舌たらずのエルフ少女が肩からかけた鞄に手を突っ込み、小さな宝石のようなものを取り出す。それを水面に向けてかざすと、まさに瞬時。
 ピキピキピキと凍結していき、目の前に氷の橋が生成される。
「さあ、行きまふよ」
 ひんやりとした空気が肌に触れるも、つかつかと一行は前へ前へと進行する。
 何の障害もなく、あまりにも呆気ない。
「――ミモザ様、お待ちください」
「ん?」
 先導していたメイドがスッと手を添えて進行を止める。洞窟の奥の方を見てみれば、何やら大きな蟹がハサミを掲げて行く手を塞いでいた。
 それはこの洞窟内に生息している獰猛な水生生物で、堅甲大蟹《シェルクラブ》という。名前の通り、丈夫な甲羅を持っていて、ちょっとやそっとの衝撃ではビクともしない。
「えいっ!」
 次の瞬間、メイドは飛び上がり、蹴りを繰り出す。すると小石でも弾いたみたいに蟹はすっ飛んでいき、丁度いい具合に水たまりにぽちゃんと落ちた。
「それでは先にまいりましょう」
「ありがとうございまふ、オキザリスしゃん」
 何事もなかったかのようにメイドは先導を再開する。
 それはあまりにも完璧すぎる対処だったと言わざるを得ないが、頑強な蟹を容易に蹴り飛ばすことは生半可なことではできない。
 常人なら蹴った足が折れてもおかしくはなかった。
 それでもそのメイドはケロッとした表情だ。
「うーん、この先の段差、少し高いれすね……じゃあ、これを」
 今度は何をするのかと思えば、また別な宝石らしきものを鞄から取り出し、振りかざすと、地面がゴゴゴとキレイに盛り上がり、あっという間に階段が生成される。
 彼女たちに困難という言葉はないのか、進行が止まることはない。
 ただ、問題があるとすれば、後ろからついてきている少年がここにきて、一切何もしていないということだろうか。仮にも彼も魔術師学院の生徒であり、校外授業を受ける立場のはず。さすがの少年もこれには焦りを覚える。
 洞窟の出口を目指している三人だったが、会話らしい会話も皆無。
 この空気をどうにかしようと思ったのか、少年も痺れを切らす。
「あ、あの、ミモザ、さん、僕――」
「ミモザ様に近付かないで下さい」
「ヒッ!?」
 クラスメイトとしてちょっと会話を試みようとした途端、暗殺者のような身のこなしでメイドが少年の懐に割り込む。
「あ、いや、あの、あのさ。そういえば自己紹介も、まだ、だった……よね?」
 臆しつつ少年は踏み込む。だが、目つきの悪いメイドがギンギンに睨み付け、今にもとって食ってしまいそうなほどの威圧感を出す。
「貴方の名前に興味は御座いません。それに必要なこととも思いません。何故なら貴方とミモザ様は同じ学校、同じ教室を共にしている。今更そんなことに時間を割くのも惜しい。この場は授業の一環でありながら危険も伴う実技の場なのですから」
 堅苦しく、それでいてキッパリと強めの口調でメイドが圧す。
 そこまで言われてしまうと少年も退かざるを得ない。逆に、ここで退かなければ命に関わるのでは、と危険も察知したくらいだ。
 言われていることは確かで、クラスメイトではあるが、日頃同じ教室内で同じ授業を受けているとはいっても、男子と女子にはそれなりに壁がある。
 初めて学校に来たときに簡単な自己紹介もしてはいたが、さすがに面と向かってお互いに自己紹介をしたことはなかった。
「オキザリスしゃん、そんな酷いこと言っちゃらめでふよ。仲良くいきましょ」
「……そうですね。では、もう一歩分だけ近付くことを容認致します」
 それは果たして仲良く、のうちに含まれるのか、はたまた容認されている扱いと思っていいのか。やや竦んだ少年だったが、恐る恐る一歩を踏み出す。
「それではまいりましょう。地図によれば出口はもうすぐです。最後まで油断なさらぬように」
 いつの間に生徒に配られていた地図を従者である彼女が読み解いていたのかは定かではないが、的確に判断し、主を守るかのようにまた先導する。
 そこら中から水がしたたり落ちてくる、あたかも水の中を歩んでいるかのような気分にさせられる海底洞窟内の通路は、次第に傾斜がつき始めていた。
 地面の上を小さく細いいくつもの線を描くように水が流れていく。
 向かい側からは風が吹いており、出口に近付いていることを示していた。
 無傷どころか、体力もそう消費しておらず、洞窟の中をただ歩いてきただけのような実技だった。ほとんどの障害はメイド少女とエルフ少女の二人が難なく退けてきてしまっていたので、最後尾の少年は結局、何の活躍の場もなかった。
 学院のある街から馬車に乗って結構な遠出をしてきておいて何をしにきたのか。少なからずとも少年はその状況下、自分に不甲斐なさを覚えつつあった。
 そんな矢先のことだ。
 ドゴォーンという激しい音が洞窟内に響き渡る。
 何かが何処かで決壊したかのような地響き。
 グワングワンと洞窟内も大きく揺れ始め、壁からちょろちょろと流れてきていた水も一気に噴水のように噴射され、三人の行く手を阻む。
「な、な、な、なんでふか!? 一体、何が起こったんれしゅか!?」
「どうやら何処かで激しい交戦があったのでしょう。岩壁が破損して内部の水流が塞き止められ、結果、洞窟内に影響を及ぼしたのだと思います」
 まるで壁の中を覗き見てきたかのようにメイドが状況を判断する。一体どのような聴覚を持っているのだろう。学生の実技とは比べものにならない経験を積んできていることは容易に想像できるほど。
「揺れはすぐ収まるかもしれませんが――」
 噴きだしてくる水の勢いは止まらない。
 出口の方が高所のせいもあり、進行方向から津波のように押し寄せてくる。
「はわあぁっ!?」
 耐水性を考慮した装備だったが、さすがに鉄砲水を真正面から受け流すような性能などあるはずもなく、またそんなに咄嗟に反応できるほど俊敏ではなかったエルフの少女は激流に足をとられてしまう。
「み、ミモザさんっ!」
 危うく水に流されて傾斜を下っていくところだった少女の身体を、その真後ろにいた少年が支える。そして、腕の中にすっぽりと抱え込むと、もう片方の腕を前方に伸ばし、何やら呪文らしきものをブツブツと詠唱し始めた。
 今にも押し流されてしまいそうな最中、少年の手から突風が迸る。
 少年の構築した風の魔法だ。
 少年の立っている位置を中心に激流がパックリと裂け、辛うじて自身とその腕の中にいるエルフ少女は流されずに済む。
 しばらくすると水の勢いは弱まり、立てるくらいに収まる。
「ありがとうございまふ! 助かりました!」
「あ、うん、上手くいってよか……った……」
 唐突に言葉を失った少年の視線の先に目つきの悪いメイドが立っていた。
「お嬢様が見ていたら何を言われるのか分かりませんが……ワタクシめに代わってミモザ様を助けていただいたことに免じ、見なかったことにします」
 それだけ言うとメイドは踵を返す。
 どうやら二つの意味で命拾いしたようだ。
 少年はそれだけを理解し、ホッと安堵の息をついた。