第148話 下層での遭遇

ー/ー



「ところで、なんか変なカンテラ使ってるな」
「ああ、これはミモザ特製の魔具でな、その名も懐中の発光筒(モバライター)といって――」
「あ、いや、そこまで聞いてない」

 我の口を遮るように言う。まだ説明途中だろうに。なんと愛嬌のない小僧だ。

 洞窟内は水の流れる音だけが延々と響き渡り、あたかも川の中――いや、海の中を歩いているかのような気分になる。
 さっきまで通っていた通常ルートに比べて、立ち入り禁止区域は道と呼べるほどの道はなく、岩と岩の隙間に身体をねじ込んで移動しているような状態だ。

 水没している箇所も多く、既に何回も迂回させられている。
 こんな調子なものだから、上へ進みたいのに、一向に上がれている気がしない。
 だからパエニアも何か喋らないことには気がまいってしまいそうなのだろう。

 ふと、水の流れる方を壁伝いに辿ってみると、結構大きな横穴が空いているのが見えた。水の流れもそれほど速くないし、上の方へ繋がっていそうだった。

 しかし――――

「く……、上に通路が見えるんだが、届きそうにないな」

 せっかく見つけた横穴だというのに、残念かな、位置が高い。
 この身長の低さだけはどうにもならない。

 足を引っかけて上ろうとも思ったが、壁自体がヌルヌルしているせいもあってそれも難しい。せめて横穴の方に余裕を持って手をかけられたら上がれそうなのだが。

「パエニア、お前は届くか?」
「んなこと言われてもな……」

 一応、背の高さだけで言えばパエニアの方が高い。
 身を寄せるようにして、パエニアを横穴の前まで誘導する。
 肌が密着してしまうが、今それどころではない。

「と、届かねえよ……!」
「何をそんなに不機嫌になっておるのだ」

 やはりちょっと背が高いくらいではどうにもならんか。
 せめて大人――まあ、ダリアくらいの身長があれば届きそうだが。

 我も、まともに魔法が使える状態だったなら、身体を浮かせることくらいはできただろうが、こんな狭いところで精密に動かせそうにもないし、成功率は低い。
 下手したらまた壁を崩してしまいかねないだろう。

「む……そういえば」

 ふと思い返して、我はポシェットの中を探る。そして、その指輪を見つけた。

「なんだ、その指輪は」
「ふっふっふ……これはミモザお手製の――」
「はいはい、またミモザの魔具だろ? 何ができる魔具なんだ?」
「ぐぅ、また言葉を遮りおって……。こほん。これは瞬間的人違い(スルーポーズ)といって、身につけたものの姿を変えることができるのだ。背を伸ばすことも髪の色を変えることも服を着替えることさえ自由自在の変身アイテムなのだぞ」

 などと説明しつつ、我はその指輪をはめる。
 特に微調整とかも考えていなかったので、いつも通りに我の姿はミモザの姉、カシア・アレフヘイムへと変身した。

「どうだ。このように一瞬にしてミモザの姉に――むぐ」

 ここが狭いことを忘れかけていた。そして、服の方すら何も考慮していなかった。
 あえなくして、我の身体は岩と岩の間に挟まれ、おまけに窮屈なスク水に締め付けられる形となってしまう。

「まあよい……これで何とか上に届きそうだ」

 壁に張り付くようにして、手探りで横穴へと手をかける。
 丁度良いとっかかりを見つけ、掴めるのを確認。

 グッと力を込めたらどうにか身体を引っ張り上げられた。
 こんなヌルヌルの壁でも背が高ければ案外どうにかなるものなのだな。

「ほら、パエニア。手を伸ばせ、引き上げてやる」
「お、おう。――ッ!?」
「どうした、我の腕を掴め」

 急に様子がおかしくなったが、ともあれそっぽ向いたまま伸ばしてくるパエニアの腕を引っ張り、そのままこちらの身に寄せるように持ち上げる。
 多少なり学院で身体を鍛えてきた我ならこのくらいなら造作もない。

「う、あ、ば、バカっ! ふ、服が破けてるだろ!」

 そこで言われてハッとする。
 ただでさえピチピチのスク水を岩肌にゴリゴリと押しつけていたせいで、かなり無残なことになってしまっていた。

 慌てて我は瞬間的人違い(スルーポーズ)で冒険者の服へと着替える。
 なんか、パエニアにあられもない姿を晒してしまった気がするが、忘れよう。
 あー、一瞬で服も着替えられるなんて、便利な魔具だなー。すごいなー。

 おっと、別にカシア・アレフヘイムのままでいる必要はないんだ。
 ついついミモザの姉スタイルに変身してしまった。

 上層にはネルムフィラ魔導士学院の生徒や職員たちもいるだろうし、下手に目撃されるのも面倒だ。その場で説明するだけなら何のことはないのだが、何せ、そこには我の正体を明かすわけにはいかない奴がいるからな。

「あれ? ひょっとして、カシアさん?」

 ……ッ!?

 狭い洞穴の通路の先、恐ろしく聞き覚えのある声が我の耳に届く。
 恐る恐る振り返ってみると、案の定と言うべきなのか、その姿があった。

「お、お、お前はコリウス!?」
「はい、ボクです」

 誰がどう見たって見間違いようのない軍事国家レッドアイズの王子、コリウスだ。ちゃんと水辺でも動きやすい格好をしていて、まるで冒険者見習いのよう。
 どうしてまたよりにもよってこんな最悪のタイミングで、こいつと遭遇するんだ。

「レッドアイズの王子か。なんでお前、こんなとこにいんだよ。というか、ペアはどうしたんだ?」
「えへへ……ちょっとはぐれちゃいまして。というか、パエニアくんもいたんですね。キミこそどうしてこんなところに?」
「お、俺様は、ちょっと、な」

 自分の使った魔法のせいで壁に亀裂が入って、そこから流れ出した海水に押し流されて下層まで落ちてきた、などということを、このパエニアが正直に話せないであろうことは流石の我でも分かる。

「そうですか……、それよりも、カシアさん! カシアさんもどうしてここに?」
「カシア? こいつの名前は――むぐぅ!」
「ああ、丁度ここいらを探索していたところ、この少年と合流しただけだ!」
「そうだったんですね!」

 すかさず我はパエニアの口元を塞ぎ、身体をこちらに寄せる。今ここでこいつに余計なことを喋らせてたまるものか。
 コリウスにとって、今の我の姿はミモザの姉であるカシア・アレフヘイムであり、パエデロスの令嬢、フィーと同一人物ではない。

 その正体を明かそうものならとんでもなく状況がおかしくなる。
 何せ、コリウスはカシアに対し激しい好意を抱いていて、何度もアプローチをかけようとしてきていた。

 その相手がまさか同じ学校に通っている同級生なのだとバレたらどうなる。このコリウスが「へー、そうだったんですね」だけで済ますとは到底思えない。

 もう二度とカシアの格好では小僧の前に姿を現すつもりなどなかったのに、これでは逆にフィーの姿に戻れないではないか。

「ぁー、ぅー、おほん。そういえばミモザから聞いておるぞ。あのネルムフィラ魔導士学院に入学したのだと。確か今日は、ここで臨海学校だったな。まさかこんなところで会うとは思ってもみなかったぞ、ははは……」

 ここはもう、カシア・アレフヘイムとして振る舞う他ない。白々しいにもほどがある言い回しだが、下手にボロを出さないようにせねばな。
 差し当たっての問題は、我の胸の中でもがいているこっちの小僧の方をどうやって対処すべきか、だが……。

「ボクもお姉さんに会えると思いませんでした。これって運命かもしれませんね」
「ふん。そんなもの、あるわけなかろうが」
「むぐぅー! むぐぅー!」

 どうする、この状況。我は一体どうしたらいいのだ?
 こっちの小僧と、この小僧の二人を同時に対応せねばならんのか?


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「ところで、なんか変なカンテラ使ってるな」
「ああ、これはミモザ特製の魔具でな、その名も|懐中の発光筒《モバライター》といって――」
「あ、いや、そこまで聞いてない」
 我の口を遮るように言う。まだ説明途中だろうに。なんと愛嬌のない小僧だ。
 洞窟内は水の流れる音だけが延々と響き渡り、あたかも川の中――いや、海の中を歩いているかのような気分になる。
 さっきまで通っていた通常ルートに比べて、立ち入り禁止区域は道と呼べるほどの道はなく、岩と岩の隙間に身体をねじ込んで移動しているような状態だ。
 水没している箇所も多く、既に何回も迂回させられている。
 こんな調子なものだから、上へ進みたいのに、一向に上がれている気がしない。
 だからパエニアも何か喋らないことには気がまいってしまいそうなのだろう。
 ふと、水の流れる方を壁伝いに辿ってみると、結構大きな横穴が空いているのが見えた。水の流れもそれほど速くないし、上の方へ繋がっていそうだった。
 しかし――――
「く……、上に通路が見えるんだが、届きそうにないな」
 せっかく見つけた横穴だというのに、残念かな、位置が高い。
 この身長の低さだけはどうにもならない。
 足を引っかけて上ろうとも思ったが、壁自体がヌルヌルしているせいもあってそれも難しい。せめて横穴の方に余裕を持って手をかけられたら上がれそうなのだが。
「パエニア、お前は届くか?」
「んなこと言われてもな……」
 一応、背の高さだけで言えばパエニアの方が高い。
 身を寄せるようにして、パエニアを横穴の前まで誘導する。
 肌が密着してしまうが、今それどころではない。
「と、届かねえよ……!」
「何をそんなに不機嫌になっておるのだ」
 やはりちょっと背が高いくらいではどうにもならんか。
 せめて大人――まあ、ダリアくらいの身長があれば届きそうだが。
 我も、まともに魔法が使える状態だったなら、身体を浮かせることくらいはできただろうが、こんな狭いところで精密に動かせそうにもないし、成功率は低い。
 下手したらまた壁を崩してしまいかねないだろう。
「む……そういえば」
 ふと思い返して、我はポシェットの中を探る。そして、その指輪を見つけた。
「なんだ、その指輪は」
「ふっふっふ……これはミモザお手製の――」
「はいはい、またミモザの魔具だろ? 何ができる魔具なんだ?」
「ぐぅ、また言葉を遮りおって……。こほん。これは|瞬間的人違い《スルーポーズ》といって、身につけたものの姿を変えることができるのだ。背を伸ばすことも髪の色を変えることも服を着替えることさえ自由自在の変身アイテムなのだぞ」
 などと説明しつつ、我はその指輪をはめる。
 特に微調整とかも考えていなかったので、いつも通りに我の姿はミモザの姉、カシア・アレフヘイムへと変身した。
「どうだ。このように一瞬にしてミモザの姉に――むぐ」
 ここが狭いことを忘れかけていた。そして、服の方すら何も考慮していなかった。
 あえなくして、我の身体は岩と岩の間に挟まれ、おまけに窮屈なスク水に締め付けられる形となってしまう。
「まあよい……これで何とか上に届きそうだ」
 壁に張り付くようにして、手探りで横穴へと手をかける。
 丁度良いとっかかりを見つけ、掴めるのを確認。
 グッと力を込めたらどうにか身体を引っ張り上げられた。
 こんなヌルヌルの壁でも背が高ければ案外どうにかなるものなのだな。
「ほら、パエニア。手を伸ばせ、引き上げてやる」
「お、おう。――ッ!?」
「どうした、我の腕を掴め」
 急に様子がおかしくなったが、ともあれそっぽ向いたまま伸ばしてくるパエニアの腕を引っ張り、そのままこちらの身に寄せるように持ち上げる。
 多少なり学院で身体を鍛えてきた我ならこのくらいなら造作もない。
「う、あ、ば、バカっ! ふ、服が破けてるだろ!」
 そこで言われてハッとする。
 ただでさえピチピチのスク水を岩肌にゴリゴリと押しつけていたせいで、かなり無残なことになってしまっていた。
 慌てて我は|瞬間的人違い《スルーポーズ》で冒険者の服へと着替える。
 なんか、パエニアにあられもない姿を晒してしまった気がするが、忘れよう。
 あー、一瞬で服も着替えられるなんて、便利な魔具だなー。すごいなー。
 おっと、別にカシア・アレフヘイムのままでいる必要はないんだ。
 ついついミモザの姉スタイルに変身してしまった。
 上層にはネルムフィラ魔導士学院の生徒や職員たちもいるだろうし、下手に目撃されるのも面倒だ。その場で説明するだけなら何のことはないのだが、何せ、そこには我の正体を明かすわけにはいかない奴がいるからな。
「あれ? ひょっとして、カシアさん?」
 ……ッ!?
 狭い洞穴の通路の先、恐ろしく聞き覚えのある声が我の耳に届く。
 恐る恐る振り返ってみると、案の定と言うべきなのか、その姿があった。
「お、お、お前はコリウス!?」
「はい、ボクです」
 誰がどう見たって見間違いようのない軍事国家レッドアイズの王子、コリウスだ。ちゃんと水辺でも動きやすい格好をしていて、まるで冒険者見習いのよう。
 どうしてまたよりにもよってこんな最悪のタイミングで、こいつと遭遇するんだ。
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「えへへ……ちょっとはぐれちゃいまして。というか、パエニアくんもいたんですね。キミこそどうしてこんなところに?」
「お、俺様は、ちょっと、な」
 自分の使った魔法のせいで壁に亀裂が入って、そこから流れ出した海水に押し流されて下層まで落ちてきた、などということを、このパエニアが正直に話せないであろうことは流石の我でも分かる。
「そうですか……、それよりも、カシアさん! カシアさんもどうしてここに?」
「カシア? こいつの名前は――むぐぅ!」
「ああ、丁度ここいらを探索していたところ、この少年と合流しただけだ!」
「そうだったんですね!」
 すかさず我はパエニアの口元を塞ぎ、身体をこちらに寄せる。今ここでこいつに余計なことを喋らせてたまるものか。
 コリウスにとって、今の我の姿はミモザの姉であるカシア・アレフヘイムであり、パエデロスの令嬢、フィーと同一人物ではない。
 その正体を明かそうものならとんでもなく状況がおかしくなる。
 何せ、コリウスはカシアに対し激しい好意を抱いていて、何度もアプローチをかけようとしてきていた。
 その相手がまさか同じ学校に通っている同級生なのだとバレたらどうなる。このコリウスが「へー、そうだったんですね」だけで済ますとは到底思えない。
 もう二度とカシアの格好では小僧の前に姿を現すつもりなどなかったのに、これでは逆にフィーの姿に戻れないではないか。
「ぁー、ぅー、おほん。そういえばミモザから聞いておるぞ。あのネルムフィラ魔導士学院に入学したのだと。確か今日は、ここで臨海学校だったな。まさかこんなところで会うとは思ってもみなかったぞ、ははは……」
 ここはもう、カシア・アレフヘイムとして振る舞う他ない。白々しいにもほどがある言い回しだが、下手にボロを出さないようにせねばな。
 差し当たっての問題は、我の胸の中でもがいているこっちの小僧の方をどうやって対処すべきか、だが……。
「ボクもお姉さんに会えると思いませんでした。これって運命かもしれませんね」
「ふん。そんなもの、あるわけなかろうが」
「むぐぅー! むぐぅー!」
 どうする、この状況。我は一体どうしたらいいのだ?
 こっちの小僧と、この小僧の二人を同時に対応せねばならんのか?