第147話 海底洞窟を流されて
ー/ー
比較的広めの空洞を歩いていく。さっきまで歩いてきたルートと違って、水たまりは少ない方ではあるが、その代わり、天井からもひっきりなしに海水が流れてくる。
一見すると分かりづらいが、壁が穴だらけなのだろう。
ということはつまり、この辺りはかなり脆いとみた。
あまり派手な魔法をぶっ放すとマジで崩落しかねない。
「なんだ、獰猛な水生生物なんていないじゃないか」
「油断するなよ、パエニア。いつ飛び出してくるか分からんぞ」
壁中いたるところに穴があるのだから、そこから何が出てきてもおかしくはない。
穴の大きさから言って海蛇くらいなら容易にすり抜けてくるだろう。
もう既に連中のテリトリーに入っているといっても過言ではない。
ふと、そのとき、天井から噴きだしてくる水の勢いが増す。
ブシャアアァ、と豪雨のように降ってきたかと思えば、ボト、ボトボトと何かが洞窟の床に転がり落ちてきた。
「やっとお出ましか。退屈しないで済んだぜ」
「バカ、油断するなと言っておるだろ!」
天井から落ちてきたのは何やら甲殻類のようだった。
両手で抱えるくらいの大きさはあるソレが数体。
しかも、ハサミらしき腕を掲げて威嚇してきている。
「こいつは確か、堅甲大蟹だったか。大の大人が鉄製の棍棒で殴ってもビクともしないくらい堅い甲羅を持っている。間違っても蹴り飛ばそうとするなよ」
「でも鈍そうだ。これなら俺の魔法で――」
そういって、パエニアは詠唱を始める。
「閃光迸る一撃の雷鳴!」
バチバチという炸裂音を洞窟内に響かせ、薄暗い空間に眩い光が明滅し――。
「あぎゃぎゃぎゃぎゃっ!?」
「ん、どうした芋。何を騒いでいるんだ」
「この阿呆が! 床が水浸しなのに電撃魔法を使う奴があるか! 我まで感電したではないか!」
かなりビリビリっときたぞ。危うく丸コゲになるところだった……。
パエニアの奴は、自分だけ絶縁のブーツを履いているせいで無事だったようだ。
何処で手に入れたのか知らんが、質の高い魔具だ。
「水生生物は体温が低い。火炎系統の方がずっと有効だ」
「俺様に指図するなよ。撃退できればそれでいいだろ?」
まったく、こいつは生意気な。
見てみると、電撃を浴びた蟹どもはひっくり返っていた。確かに有効ではあるが、その度にこちらにまで危害が及ぶのであれば、こっちの身が持たない。
「ともかく。こいつらが痺れているうちに先を急ぐぞ。倒したように見えるかもしれないが、まだ全然生きてる。相手にするだけ無駄だ」
転がっている蟹を横目に通り過ぎようとする。
すると、また天井から水が噴き出し、新たな蟹が続々と降ってくる。
「ふぅ――あまり、慣れていないんだが――」
と、パエニアは再び詠唱を始める。
「夜明けの白い閃光!」
今度は帯状の火炎が蟹に目掛けて放たれ、一瞬にして包み込んでいき、炎の勢いは増してそのまま爆ぜていった――蟹の甲羅ごと。
「って、おい! 弾き飛ばしてどうする! あいつらの甲羅はこんなものじゃヒビ一つ入らないぞ!」
「いちいちうるさいな……」
目の前に蟹が甲羅丸ごとドッカンと飛んできているのだから文句も出るわ。
あんなのが顔面にぶつかってきたら頭かち割れるぞ。
というか、あれ? これって普通にまずいような。
パエニアの魔法で弾き飛ばされた何匹もの蟹が洞窟の壁にゴッツンゴッツンと衝突していく。
ここが普通の洞窟だったら大したことはなかったと思う。
あの蟹どもも、単なる甲殻類だったのなら何の問題もなかったことだろう。
しかし、ここの壁は恐ろしく脆く、そして蟹の甲羅は岩よりも硬かった。
加えて、あんな爆発で勢いよくぶつけられてしまったらどうなるか。
「お、おい……パエニア。まずいぞ」
バキバキバキと天井や壁から不穏な音が聞こえてくる。大きな何かが一気に割れていくようなヤバい音だ。
走り出そうと思ったときには既に遅く、亀裂によって拡張された穴から鉄砲のように水が噴出してきた。
「がぼ……っ!」
避ける隙すらなく、我の身体は激流の中に飲み込まれていた。
流されるまま、何処に向かっているのも分からない。
どっちが前で、後ろなのか。上はどっちで下がどっちなのか。
自分の体勢がどうなっているのかさえも分からない状態で、全身が引きちぎられそうな感覚とともに我は意識を失った――――。
※ ※ ※
「がはっ――! げほっ、げほっ、い、生きてる……? 奇跡か、これは」
我は海水を吐き出し、岩場の上に四つん這いになっていた。
身体中を壁に打ち付けられたのか、節々が痛い。
あれだけ完璧に準備しておきながらまさか溺れるとは。
まったく、パエニアの奴め、余計なことをしでかしてくれたものよ。
「というか、パエニア? あいつは何処に?」
フラフラと立ち上がってみるが、辺りは物凄い真っ暗だった。
今さらながら思ったのだが、先ほどまで探索していた洞窟がぼんやりと明るかったのは、多分教員たちが光を放つ魔具か何かでも手配していたのだろう。
こんなに闇が広がっているということは、ここは教員たちの関与の外。立ち入り禁止の区域に出ている可能性が高い。
「ええっと……、ああ、あった」
自分の身体をまさぐるようにして確認する。すると我の道具を入れていたポシェットを探り当てた。すかさずポシェットの中を探り、それを手にする。
その直後、我の手元から光が放たれた。
それが何かを説明するまでもない。洞窟探索用の魔具だ。勿論、ミモザお手製。
それによって一気に周囲が明るくなっていく。
魔石が組み込まれているから丸々何日かは照らせる優れものだ。
「パエニア!」
周囲を明るくしたことで、直ぐさまその姿を発見できた。
漂流してきた木っ端みたいに岩場に引っかかっていた。
なんて世話の焼ける小僧だ。
「おい、パエニア。しっかりしろ。生きてるか?」
駆け寄って肩を掴み、陸の方へと引き上げる。地味に重い。
そして体勢を整えて、顔を叩いてみた。
しばらくすると、気がついたのか、パエニアは口から海水を吐き出す。
「――ウゲッ! げほっ! げぼっ!」
「ああ、なんとか生きてたか」
ここで死なれたら気分悪いしな。
「こ、ここは……?」
「どうやら大分流されてきてしまったらしい。少しは反省することだな」
改めて辺りを見回してみると、天井がかなり高い。
山奥の渓流みたいに水が下へ下へと流れていっており、岩場に引っかかったのは運がよかったようだ。下手したらさらに下層に落ちていただろう。
見上げてみたら、天井から滝が流れ落ちているのが見えた。
あそこから落ちてきたらしい。となると、あそこからは戻れそうにないな。
「地図は防水魔法でどうにか無事だったが、さすがに場所が分からんとな……」
記憶している限りを辿ってみるが、下層に落ちたということくらいしか分からず、現在位置が分かりそうな道しるべも見当たらない。
「ど、どうするんだよ」
「上を目指すしかあるまい。立ち入り禁止の区域のようだし、職員もここら辺にはいないだろうからな」
ひょっとすれば先ほどの崩落を察知して救助しに来ている者もいるかもしれないが、だからといってぼんやりと助けを待つわけにもいかない。
事前情報として、ここの海底洞窟は下層ほど凶悪な生物の巣になっていると聞かされている。先ほどの蟹ごときなんて目じゃないレベルのな。
「おい、パエニア。いつまでしょぼくれてるんだ。さっさとこんなところ抜け出すぞ。死にたくなければ上層へのルートを探せ」
ただでさえ面倒な行事だったのにまた厄介なことになったものだ。
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一見すると分かりづらいが、壁が穴だらけなのだろう。
ということはつまり、この辺りはかなり脆いとみた。
あまり派手な魔法をぶっ放すとマジで崩落しかねない。
「なんだ、獰猛な水生生物なんていないじゃないか」
「油断するなよ、パエニア。いつ飛び出してくるか分からんぞ」
壁中いたるところに穴があるのだから、そこから何が出てきてもおかしくはない。
穴の大きさから言って海蛇くらいなら容易にすり抜けてくるだろう。
もう既に連中のテリトリーに入っているといっても過言ではない。
ふと、そのとき、天井から噴きだしてくる水の勢いが増す。
ブシャアアァ、と豪雨のように降ってきたかと思えば、ボト、ボトボトと何かが洞窟の床に転がり落ちてきた。
「やっとお出ましか。退屈しないで済んだぜ」
「バカ、油断するなと言っておるだろ!」
天井から落ちてきたのは何やら甲殻類のようだった。
両手で抱えるくらいの大きさはあるソレが数体。
しかも、ハサミらしき腕を掲げて威嚇してきている。
「こいつは確か、堅甲大蟹《シェルクラブ》だったか。大の大人が鉄製の棍棒で殴ってもビクともしないくらい堅い甲羅を持っている。間違っても蹴り飛ばそうとするなよ」
「でも鈍そうだ。これなら俺の魔法で――」
そういって、パエニアは詠唱を始める。
「|閃光迸る一撃の雷鳴《オーバーボルテージ》!」
バチバチという炸裂音を洞窟内に響かせ、薄暗い空間に眩い光が明滅し――。
「あぎゃぎゃぎゃぎゃっ!?」
「ん、どうした芋。何を騒いでいるんだ」
「この阿呆が! 床が水浸しなのに電撃魔法を使う奴があるか! 我まで感電したではないか!」
かなりビリビリっときたぞ。危うく丸コゲになるところだった……。
パエニアの奴は、自分だけ絶縁のブーツを履いているせいで無事だったようだ。
何処で手に入れたのか知らんが、質の高い魔具だ。
「水生生物は体温が低い。火炎系統の方がずっと有効だ」
「俺様に指図するなよ。撃退できればそれでいいだろ?」
まったく、こいつは生意気な。
見てみると、電撃を浴びた蟹どもはひっくり返っていた。確かに有効ではあるが、その度にこちらにまで危害が及ぶのであれば、こっちの身が持たない。
「ともかく。こいつらが痺れているうちに先を急ぐぞ。倒したように見えるかもしれないが、まだ全然生きてる。相手にするだけ無駄だ」
転がっている蟹を横目に通り過ぎようとする。
すると、また天井から水が噴き出し、新たな蟹が続々と降ってくる。
「ふぅ――あまり、慣れていないんだが――」
と、パエニアは再び詠唱を始める。
「|夜明けの白い閃光《ドーンブレイカー》!」
今度は帯状の火炎が蟹に目掛けて放たれ、一瞬にして包み込んでいき、炎の勢いは増してそのまま爆ぜていった――蟹の甲羅ごと。
「って、おい! 弾き飛ばしてどうする! あいつらの甲羅はこんなものじゃヒビ一つ入らないぞ!」
「いちいちうるさいな……」
目の前に蟹が甲羅丸ごとドッカンと飛んできているのだから文句も出るわ。
あんなのが顔面にぶつかってきたら頭かち割れるぞ。
というか、あれ? これって普通にまずいような。
パエニアの魔法で弾き飛ばされた何匹もの蟹が洞窟の壁にゴッツンゴッツンと衝突していく。
ここが普通の洞窟だったら大したことはなかったと思う。
あの蟹どもも、単なる甲殻類だったのなら何の問題もなかったことだろう。
しかし、ここの壁は恐ろしく脆く、そして蟹の甲羅は岩よりも硬かった。
加えて、あんな爆発で勢いよくぶつけられてしまったらどうなるか。
「お、おい……パエニア。まずいぞ」
バキバキバキと天井や壁から不穏な音が聞こえてくる。大きな何かが一気に割れていくようなヤバい音だ。
走り出そうと思ったときには既に遅く、亀裂によって拡張された穴から鉄砲のように水が噴出してきた。
「がぼ……っ!」
避ける隙すらなく、我の身体は激流の中に飲み込まれていた。
流されるまま、何処に向かっているのも分からない。
どっちが前で、後ろなのか。上はどっちで下がどっちなのか。
自分の体勢がどうなっているのかさえも分からない状態で、全身が引きちぎられそうな感覚とともに我は意識を失った――――。
※ ※ ※
「がはっ――! げほっ、げほっ、い、生きてる……? 奇跡か、これは」
我は海水を吐き出し、岩場の上に四つん這いになっていた。
身体中を壁に打ち付けられたのか、節々が痛い。
あれだけ完璧に準備しておきながらまさか溺れるとは。
まったく、パエニアの奴め、余計なことをしでかしてくれたものよ。
「というか、パエニア? あいつは何処に?」
フラフラと立ち上がってみるが、辺りは物凄い真っ暗だった。
今さらながら思ったのだが、先ほどまで探索していた洞窟がぼんやりと明るかったのは、多分教員たちが光を放つ魔具か何かでも手配していたのだろう。
こんなに闇が広がっているということは、ここは教員たちの関与の外。立ち入り禁止の区域に出ている可能性が高い。
「ええっと……、ああ、あった」
自分の身体をまさぐるようにして確認する。すると我の道具を入れていたポシェットを探り当てた。すかさずポシェットの中を探り、それを手にする。
その直後、我の手元から光が放たれた。
それが何かを説明するまでもない。洞窟探索用の魔具だ。勿論、ミモザお手製。
それによって一気に周囲が明るくなっていく。
魔石が組み込まれているから丸々何日かは照らせる優れものだ。
「パエニア!」
周囲を明るくしたことで、直ぐさまその姿を発見できた。
漂流してきた木っ端みたいに岩場に引っかかっていた。
なんて世話の焼ける小僧だ。
「おい、パエニア。しっかりしろ。生きてるか?」
駆け寄って肩を掴み、陸の方へと引き上げる。地味に重い。
そして体勢を整えて、顔を叩いてみた。
しばらくすると、気がついたのか、パエニアは口から海水を吐き出す。
「――ウゲッ! げほっ! げぼっ!」
「ああ、なんとか生きてたか」
ここで死なれたら気分悪いしな。
「こ、ここは……?」
「どうやら大分流されてきてしまったらしい。少しは反省することだな」
改めて辺りを見回してみると、天井がかなり高い。
山奥の渓流みたいに水が下へ下へと流れていっており、岩場に引っかかったのは運がよかったようだ。下手したらさらに下層に落ちていただろう。
見上げてみたら、天井から滝が流れ落ちているのが見えた。
あそこから落ちてきたらしい。となると、あそこからは戻れそうにないな。
「地図は防水魔法でどうにか無事だったが、さすがに場所が分からんとな……」
記憶している限りを辿ってみるが、下層に落ちたということくらいしか分からず、現在位置が分かりそうな道しるべも見当たらない。
「ど、どうするんだよ」
「上を目指すしかあるまい。立ち入り禁止の区域のようだし、職員もここら辺にはいないだろうからな」
ひょっとすれば先ほどの崩落を察知して救助しに来ている者もいるかもしれないが、だからといってぼんやりと助けを待つわけにもいかない。
事前情報として、ここの海底洞窟は下層ほど凶悪な生物の巣になっていると聞かされている。先ほどの蟹ごときなんて目じゃないレベルのな。
「おい、パエニア。いつまでしょぼくれてるんだ。さっさとこんなところ抜け出すぞ。死にたくなければ上層へのルートを探せ」
ただでさえ面倒な行事だったのにまた厄介なことになったものだ。