第145話 臨海学校、浜辺にて

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 パエデロスから馬車に揺れること数刻ばかし。山を下ったり、谷を超えたりと色々あったが、今、我は潮風の漂ってくる砂浜に立っていた。
 季節柄照りつけてくる日差しはやや熱く、汗ばむ。

「お嬢様、日焼け止めをお持ちしました」
「うむ」

 いつも通りのメイド服を着たオキザリスが汗一つかかずテキパキと動く。何とみるからに暑苦しいことだろう。
 そうでなくとも、今、この砂浜にはネルムフィラ魔導士学院の生徒たちが海を真ん前にして使用人たちと談合を交わしていた。

 今さら説明することもないと思うが、生徒の大半は貴族だし、街からも遠く離れた地に足を運んでいることもあってか、過保護モードが発動している状態だ。
 中には、臨海学校だというのにバカンス状態になってる輩もいるくらいだ。

 我など、いつでもダンジョン探索に向かえるようにスク水を着て準備万全の体制を整えているというのに、なんと呑気なものよ。
 遊びに来たんじゃないんだぞ、まったく。

「みんな~、私のクラスの子はこっちに集まって~」

 引率の教師よろしく、ダリアが声を張り上げる。他のクラスも似たような感じで、それぞれがそれぞれの教師のもとへと集合していくのが見えた。
 こういうのは団体行動だしな、と渋々我は隣にいたミモザと手を繋ぎつつ、その輪の中へと入る。

「とりあえず長旅お疲れ様。といっても本番はこれからだから気を抜かないように」

 ちなみに、ダリアはいつも通りの黒いローブ姿だ。
 周囲に冷気の魔法でも張っているのか、その表情から暑さを感じられない。
 いや、まあ、見た目だけなら暑苦しいのだが。

「到着したばかりだから今はしばらく休憩時間としておくけど、ダンジョン探索が控えてるから無駄に体力は消耗しないようにね。で――」

 そういうや否や、ダリアは地図のようなものを取り出す。
 それと同じものを、他の職員たちが配り始める。

「今、配ったのがダンジョンのおおまかな地図ね。実習するにあたり、ある程度の整備はしたけれど、さすがに隅から隅まで全部とまではいかなかったから、手の届かなかった区域は立ち入り禁止ということでよろしくね」

 我の手元にも地図がやってくる。
 広げて見てみると、なかなか複雑な構造をしている。
 まるで蟻の巣のように入り組んでいて、地中深くまで続いているようだ。

 ただ、かなり浅い階層に赤いバツ印がついており、ここいらがダリアのいう立ち入り禁止の区域なのだろう。それでも十分複雑なのには変わりない。

「このダンジョンは自然の海底トンネルになっていて、あちこち水没しちゃってるし、みんなでゾロゾロ一度に行くと崩れちゃう恐れもあるから、ペアを組んで順番に出発してもらって、ゴールを目指してもらうわ」

 見てみると、出口も入口も何カ所かある。穴ぼこだらけだな。
 迷子になったらどうするつもりなんだ。
 生徒のほとんどは貴族。冒険経験すらろくにないボンボンばかりだろうに。

 今だって、召使いやらなんやらがつきっきりの状態なんだぞ。

「色々と不安かも知れないけどダンジョン内には何人か職員に待機してもらってる。本当に危険なときには対処できるようにね」

 そりゃあ、なんというか、大がかりな遠足みたいだな。

「授業で学んできた魔法をしっかりと応用できれば問題なく越せるはずだから。頑張ってサバイバル経験積んできてね!」

 あの様子だと、ダンジョン内はハイキングコース並みに整備されているような気がする。それこそ、サバイバルのサの字もないくらいに。
 そうでなくとも、装備の持ち込みは自由だし、かなり生ぬるい冒険になりそうだ。

「というわけで、探索始める前にペアを決めてもらいます」
「我は当然、ミモザと一緒だな」
「ダメに決まってるでしょ。ペアは男女よ」
「なぬうぅっ!?」
「そんな天が墜ちてきたみたいな顔してもダメだから。くじ引きで公平にね」

 なんという横暴な! こんなの職権乱用ではないのか!
 生徒の自由意志を剥奪するなど虐待だろう!
 なんで我がミモザ以外とペアを組まねばならぬのだ!

「くじは勿論こちらで用意してあるわ。男女でそれぞれ同じ印のものを引いたらペアを組んでね。ほら、フィー、いつまでも硬直してないで、引きなさい」
「むぅ~~~~……」

 仕方なく我はダリアの手からそのくじを引く。
 味気ない記号が書いてあるだけで何の感慨もない。
 これがどのようなものであれ、ミモザとペアになる可能性は皆無なのだから。

「ふへ~……フィーしゃん以外とペアれすか」

 こんな絶望が待ち受けているとは、よもや思わなんだ。

「……フィーしゃん? フィーしゃん? わたし、ペアの人、探してきまふね?」

 どうしてまたミモザと離ればなれにならねばならぬのか。
 ダリアの奴に問い詰めたい。小一時間問い詰めたい。

 嗚呼、臨海学校なんて早く終わってしまえばいいのに。

 無味乾燥なくじ配りが終わったのか、生徒たちはそれぞれのくじを確認し、ペア探しをし始めていた。ああ、なんと虚無。空が一瞬で灰色に染まった気分だ。

「――おい」

 このまま潮風にさらわれて何処かに飛んでいきたい気分だ。
 海の果て、空の果て、何処までも……。

「おい! 聞いてるのか、芋!」
「んあ?」

 振り向いてみると、いつの間にそこに立っていたのか、パエニアがアホ面をぶら下げていた。まったく、我が感傷に浸っているというのに気の利かぬガキめ。

「お前のくじを見せてみろ」
「くじ……? ああ、そんなものもあったな」

 もはや遠い記憶のようにさえ思えた。
 我の手の中に握られたそのくじをもう一度開いてみる。

「ゲッ!?」
「ん……?」

 パエニアの手にあるくじと、我の持っていたくじに書かれている記号が一致しているではないか。……え? それってつまり?

「お、お、お前とペアかよ!?」
「なんということだ……今日ほど最悪な日はないというのに……」

 何が悲しくてパエニアなんかとペアになってダンジョン探索せねばならぬのか。
 他のクラスメイトたちは楽しそうにはしゃいでいるというのに。
 我の周囲だけ世界が切り取られたかのように空気が死んでおるわ。

「はっ! そうだ、ミモザ。おい、オキザリス! 我の代わりにミモザを頼む!」
「……よろしいのですか? お嬢様」
「ミモザが第一優先だ。何より、ミモザには誰も使用人がついておらん。変な虫がミモザによからぬことを企まぬよう見張れ!」
「御意」

 そういってオキザリスは、いつの間にか消えていたミモザのもとへと走る。
 砂浜だというのに早いこと早いこと。

 ふぅ……、危なかった。最初からミモザとともに探索することしか考えておらんかったから、男女ペアなど想定外にもほどがある。誰がミモザのペアになるのかは知らんが、これで一先ず大丈夫だろう。

「って、おい! 俺を無視すんじゃねえよ」
「なんだ、パエニア。いたのか」
「いたのかじゃねえっての! お前、絶対俺の足を引っ張んなよ?」
「その言葉は貴様に返すぞ」

 ラクトフロニア家の御曹司の実力がいかほどのものかなど知らん。
 というか、コイツちゃんと真面目に授業を受けていたのか?
 それすら怪しいぞ。

 かといって、我もミモザと勉強してきて、完璧に魔法が使えるかと言われたらハッキリ言ってそこまで自信はないのだが。

「はん! 俺様はお前より魔法使える自信はあるぜ!」
「ぁー、はいはい、そうかそうか」

 パエニアの戯言に付き合う気力はさすがに残っていない。
 まだこれだったらコリウス王子に付きまとわれた方がマシまである。

 やれやれ……本当に厄介な催しになってしまったものだ。


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 パエデロスから馬車に揺れること数刻ばかし。山を下ったり、谷を超えたりと色々あったが、今、我は潮風の漂ってくる砂浜に立っていた。
 季節柄照りつけてくる日差しはやや熱く、汗ばむ。
「お嬢様、日焼け止めをお持ちしました」
「うむ」
 いつも通りのメイド服を着たオキザリスが汗一つかかずテキパキと動く。何とみるからに暑苦しいことだろう。
 そうでなくとも、今、この砂浜にはネルムフィラ魔導士学院の生徒たちが海を真ん前にして使用人たちと談合を交わしていた。
 今さら説明することもないと思うが、生徒の大半は貴族だし、街からも遠く離れた地に足を運んでいることもあってか、過保護モードが発動している状態だ。
 中には、臨海学校だというのにバカンス状態になってる輩もいるくらいだ。
 我など、いつでもダンジョン探索に向かえるようにスク水を着て準備万全の体制を整えているというのに、なんと呑気なものよ。
 遊びに来たんじゃないんだぞ、まったく。
「みんな~、私のクラスの子はこっちに集まって~」
 引率の教師よろしく、ダリアが声を張り上げる。他のクラスも似たような感じで、それぞれがそれぞれの教師のもとへと集合していくのが見えた。
 こういうのは団体行動だしな、と渋々我は隣にいたミモザと手を繋ぎつつ、その輪の中へと入る。
「とりあえず長旅お疲れ様。といっても本番はこれからだから気を抜かないように」
 ちなみに、ダリアはいつも通りの黒いローブ姿だ。
 周囲に冷気の魔法でも張っているのか、その表情から暑さを感じられない。
 いや、まあ、見た目だけなら暑苦しいのだが。
「到着したばかりだから今はしばらく休憩時間としておくけど、ダンジョン探索が控えてるから無駄に体力は消耗しないようにね。で――」
 そういうや否や、ダリアは地図のようなものを取り出す。
 それと同じものを、他の職員たちが配り始める。
「今、配ったのがダンジョンのおおまかな地図ね。実習するにあたり、ある程度の整備はしたけれど、さすがに隅から隅まで全部とまではいかなかったから、手の届かなかった区域は立ち入り禁止ということでよろしくね」
 我の手元にも地図がやってくる。
 広げて見てみると、なかなか複雑な構造をしている。
 まるで蟻の巣のように入り組んでいて、地中深くまで続いているようだ。
 ただ、かなり浅い階層に赤いバツ印がついており、ここいらがダリアのいう立ち入り禁止の区域なのだろう。それでも十分複雑なのには変わりない。
「このダンジョンは自然の海底トンネルになっていて、あちこち水没しちゃってるし、みんなでゾロゾロ一度に行くと崩れちゃう恐れもあるから、ペアを組んで順番に出発してもらって、ゴールを目指してもらうわ」
 見てみると、出口も入口も何カ所かある。穴ぼこだらけだな。
 迷子になったらどうするつもりなんだ。
 生徒のほとんどは貴族。冒険経験すらろくにないボンボンばかりだろうに。
 今だって、召使いやらなんやらがつきっきりの状態なんだぞ。
「色々と不安かも知れないけどダンジョン内には何人か職員に待機してもらってる。本当に危険なときには対処できるようにね」
 そりゃあ、なんというか、大がかりな遠足みたいだな。
「授業で学んできた魔法をしっかりと応用できれば問題なく越せるはずだから。頑張ってサバイバル経験積んできてね!」
 あの様子だと、ダンジョン内はハイキングコース並みに整備されているような気がする。それこそ、サバイバルのサの字もないくらいに。
 そうでなくとも、装備の持ち込みは自由だし、かなり生ぬるい冒険になりそうだ。
「というわけで、探索始める前にペアを決めてもらいます」
「我は当然、ミモザと一緒だな」
「ダメに決まってるでしょ。ペアは男女よ」
「なぬうぅっ!?」
「そんな天が墜ちてきたみたいな顔してもダメだから。くじ引きで公平にね」
 なんという横暴な! こんなの職権乱用ではないのか!
 生徒の自由意志を剥奪するなど虐待だろう!
 なんで我がミモザ以外とペアを組まねばならぬのだ!
「くじは勿論こちらで用意してあるわ。男女でそれぞれ同じ印のものを引いたらペアを組んでね。ほら、フィー、いつまでも硬直してないで、引きなさい」
「むぅ~~~~……」
 仕方なく我はダリアの手からそのくじを引く。
 味気ない記号が書いてあるだけで何の感慨もない。
 これがどのようなものであれ、ミモザとペアになる可能性は皆無なのだから。
「ふへ~……フィーしゃん以外とペアれすか」
 こんな絶望が待ち受けているとは、よもや思わなんだ。
「……フィーしゃん? フィーしゃん? わたし、ペアの人、探してきまふね?」
 どうしてまたミモザと離ればなれにならねばならぬのか。
 ダリアの奴に問い詰めたい。小一時間問い詰めたい。
 嗚呼、臨海学校なんて早く終わってしまえばいいのに。
 無味乾燥なくじ配りが終わったのか、生徒たちはそれぞれのくじを確認し、ペア探しをし始めていた。ああ、なんと虚無。空が一瞬で灰色に染まった気分だ。
「――おい」
 このまま潮風にさらわれて何処かに飛んでいきたい気分だ。
 海の果て、空の果て、何処までも……。
「おい! 聞いてるのか、芋!」
「んあ?」
 振り向いてみると、いつの間にそこに立っていたのか、パエニアがアホ面をぶら下げていた。まったく、我が感傷に浸っているというのに気の利かぬガキめ。
「お前のくじを見せてみろ」
「くじ……? ああ、そんなものもあったな」
 もはや遠い記憶のようにさえ思えた。
 我の手の中に握られたそのくじをもう一度開いてみる。
「ゲッ!?」
「ん……?」
 パエニアの手にあるくじと、我の持っていたくじに書かれている記号が一致しているではないか。……え? それってつまり?
「お、お、お前とペアかよ!?」
「なんということだ……今日ほど最悪な日はないというのに……」
 何が悲しくてパエニアなんかとペアになってダンジョン探索せねばならぬのか。
 他のクラスメイトたちは楽しそうにはしゃいでいるというのに。
 我の周囲だけ世界が切り取られたかのように空気が死んでおるわ。
「はっ! そうだ、ミモザ。おい、オキザリス! 我の代わりにミモザを頼む!」
「……よろしいのですか? お嬢様」
「ミモザが第一優先だ。何より、ミモザには誰も使用人がついておらん。変な虫がミモザによからぬことを企まぬよう見張れ!」
「御意」
 そういってオキザリスは、いつの間にか消えていたミモザのもとへと走る。
 砂浜だというのに早いこと早いこと。
 ふぅ……、危なかった。最初からミモザとともに探索することしか考えておらんかったから、男女ペアなど想定外にもほどがある。誰がミモザのペアになるのかは知らんが、これで一先ず大丈夫だろう。
「って、おい! 俺を無視すんじゃねえよ」
「なんだ、パエニア。いたのか」
「いたのかじゃねえっての! お前、絶対俺の足を引っ張んなよ?」
「その言葉は貴様に返すぞ」
 ラクトフロニア家の御曹司の実力がいかほどのものかなど知らん。
 というか、コイツちゃんと真面目に授業を受けていたのか?
 それすら怪しいぞ。
 かといって、我もミモザと勉強してきて、完璧に魔法が使えるかと言われたらハッキリ言ってそこまで自信はないのだが。
「はん! 俺様はお前より魔法使える自信はあるぜ!」
「ぁー、はいはい、そうかそうか」
 パエニアの戯言に付き合う気力はさすがに残っていない。
 まだこれだったらコリウス王子に付きまとわれた方がマシまである。
 やれやれ……本当に厄介な催しになってしまったものだ。