【教職員】呪いの先生は鈍い

ー/ー



 城のように存在感を放つネルムフィラ魔導士学院は、実に遠方にまで認知されるほどに注目を浴びており、その要因ともなっている有能なレッドアイズ国の技術者たちもまた、他国から注目されていたといっても過言ではないだろう。

 何せ、かつて世界を恐怖に陥れたというかの魔王を討伐したという実績を持つ軍事国家レッドアイズに、技術革新をもたらしたとまで言われるのだから。

 その中に含まれているかいないかは定かではないが、ネルムフィラ魔導士学院の教師にして呪術師である、マーガ・キッキバルは、今日も寄宿舎にこもりながら、何やら自身の研究を進めている最中だった。

「うふ、うふ、うふ……、この反応、いい具合……、で、こっちの素材を加えて」

 禍々しい色合いのスープがくつくつと煮えるのを眺めながら、小瓶やら何やらから材料を取り出し、味付けでもするかのようにパッパと振りまく。

 頭からフードをすっぽりとかぶって顔もろくに見えないが、マーガにとってこの格好こそ普段通り。人前でなくとも、あまり顔を晒すことはない。

 彼女は、呪術師として名を馳せているが、魔法技術の開拓者としての顔もあり、ネルムフィラ魔導士学院の教職員の中では非常に若い部類に入るが、レッドアイズ国への貢献度合いで見れば、その実、誰にも引け劣らない。

 故に、今でこそ学校の教員という地位に落ち着いてはいるが、彼女の素性を知る者のほとんどは彼女を慕い、中には崇拝する者も珍しくはない。

「なるほど、なるほど……魔素濃度の係数が――に遷移して――となるから――掌握を簡略化が――」

 ブツブツと呪詛のように呟く。
 おそらくは、そのフードの下は無邪気なほど笑顔に違いない。

 その様はまさに宴。鼓笛隊こそいなかったが、マーガの胸中は囃子のように盛り上がっていたことだろう。
 そんな最中、マーガの部屋にノックの音がコンコンと飛んでくる。

「キッキバル先生、キッキバル先生、いらっしゃいますか?」

 続いて、部屋の外から若い青年の声。
 それはネルムフィラ魔導士学院に通う生徒のものだった。

 そんなノックの音も、生徒の声も、右から左にすり抜けていたのか、もう少しの間を置いて、やや遅れ気味にハッと気付く。

「あ、は~い、先生はいますよ。ちょっと待ってください」

 既に深く被っているフードを直すようにさらに深く被り直し、マーガは扉の方へとのそのそ向かう。カチャリと扉を開けた先には案の定、生徒が立っていた。

「ええと、どうかしましたか? 何か、課題で分からないところでもあったりしちゃったりしましたか?」

 急な生徒の訪問に、きょとんとした顔を浮かべるマーガ。
 もちろん、フードを被っているからそんな表情も見えなかったが。

「先生に、その、差し入れです。朝から部屋にこもりきりだったみたいですから」

 そういって差し出されたのは何ともいい匂いのする手弁当だった。
 窓の外はとうに太陽が立っていて昼過ぎは回っていた。
 締め切っていた部屋の中にこもっていたせいで、分からなかったのだろう。

「あらあら、これはすみません。そういえば、お腹がすいてましたね。丁度いい感じでした。本当にもらっちゃっていいんですか?」
「ええ、たまたま作り過ぎちゃったので、もらっていただければ」

 男子生徒は照れた顔を見せつつ、弁当を手渡し、マーガはそれを受け取る。

「それじゃあ、今ちょっと、あの途中にしちゃってるのがあるので、ごめんなさい。これ、いただきますね。ありがとう」

 ぺこぺこと会釈を添え、扉をゆったりと閉め、またマーガは部屋へとこもる。
 今の一連の流れに、特に疑問もなかった様子だ。

 弁当の箱を持ち上げたり、匂いをすんすんと嗅いだり、おかずをつまみあげたりして、挙げ句、テーブルの上に置き、杖を振るって呪いが掛けられていないかも確認した上で、ようやく口元に運ぶ。

「うっかりさんな生徒さんもいたものですね。こんなに作りすぎるなんて」

 主菜も副菜もバランスよく揃っておきながらも、うっかり作りすぎたなどというのは苦しい言い訳でしかないのだが、マーガはそこを疑ってはいなかった。

 そも、相手はネルムフィラ魔導士学院の寮住まいの生徒である。
 教職員の寝泊まりする寄宿舎とは棟も少し離れているし、朝からこもっていることを把握していることもさることながら、わざわざ自炊した弁当を持ってくることに疑問を持つべきだ。

 今日が休日であることを考慮しても、男子生徒の何気ない差し入れは、教師マーガに対する好意以外の何者でもないのだが、微塵も汲み取られてはいなかった。

「なかなか美味しいですね。あの子の手作りかしら。珍しいですね。この学校の生徒さんって貴族ばかりって聞いてたし、何処で学んだのでしょう」

 パクパクと口の中に放り込み、モグモグといただいて、お腹を満たす。

 よもや、休日は普段から部屋にこもりっきりで、飯もろくに食べていないことを心配してわざわざ食事を届けに来た、とまでは思わなかったのだろう。

「さてさてさて、そろそろ続きを再開するとしましょうか」

 男子生徒の思いは何処吹く風と、マーガの空腹を満たしただけで掻き消えていき、スープの煮込まれる大鍋へと戻っていく。

「ふひ、ふひ、ふひっひ……、媒体は――が適合――で純度を――」

 ボソボソと呟きながらも、マーガの儀式じみた研究は進められていく。

 実のところ、呪術師マーガ・キッキバルの実力や名声とは関係なく、ネルムフィラ魔導士学院の教師マーガ・キッキバルもまたここでは慕われていた。

 それは偏に、彼女が教鞭を執っているからだけに留まらず、フードの下に隠された素顔を知っているからというのも大きいだろう。

 それこそクラス関係なく、マーガへ密かに思いを寄せる生徒は後を絶たず、授業中でも授業外でも接触を試みようとする生徒も決して少なくはない。

 が、しかし。

 マーガが生徒の期待に応えることはなかった。
 彼女は彼女の、教師として成すべきことを成すだけ。

 それほどまでに、彼女は他者への関心が薄く、呪術に対する熱意があるといえる。
 没入できるくらいに熱心だからこそ、彼女は軍事国家レッドアイズでも一目を置かれるほどの技術者なのだろう。

「ぁっはぁ~……我ながら惚れ惚れしますね」

 ふぁさっとフードを脱ぎ、汗にじっとりと濡れる肌を晒し、途切れそうな吐息をもらして、天井を仰ぐ。その表情は紅潮し、色艶がよく、異様なまで扇情的で、魅力的だった。

 普段、顔を隠しているのが惜しまれるくらいの美女がそこにいた。
 その部分だけを切り取ろうものなら至上の絵画となるであろう。

 無論のこと、当人にはそのような自覚があるはずもなく。
 彼女の素顔を知る者全て魅了する妖艶な表情は、虚しくもまたフードの下へとすっぽり隠れていく。

「ああ、もうこんな時刻でしたか。少々熱中しすぎましたね。あはは……結局休日潰して一日中部屋に引きこもってしまいました。ダメですね、こんなことばかりでは」

 そこで、はぁ、と溜め息。

「私ももう少し外に出て人と関わっていかないと。これだから人と距離を置かれてしまうのでしょう……反省」

 と呟き漏らすが、実際問題、距離を置かれているという事実はなく、むしろ距離を縮めたいと思っているものが身近にいたりするのだが、やはりマーガはそれに気付くことはなかった。

 彼女は、そう。レッドアイズ国が誇るネルムフィラ魔導士学院の呪いの先生。
 人との距離を詰めるのも遅ければ、人からの思いにも人一倍鈍いのだった。


スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む 第145話 臨海学校、浜辺にて


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



 城のように存在感を放つネルムフィラ魔導士学院は、実に遠方にまで認知されるほどに注目を浴びており、その要因ともなっている有能なレッドアイズ国の技術者たちもまた、他国から注目されていたといっても過言ではないだろう。
 何せ、かつて世界を恐怖に陥れたというかの魔王を討伐したという実績を持つ軍事国家レッドアイズに、技術革新をもたらしたとまで言われるのだから。
 その中に含まれているかいないかは定かではないが、ネルムフィラ魔導士学院の教師にして呪術師である、マーガ・キッキバルは、今日も寄宿舎にこもりながら、何やら自身の研究を進めている最中だった。
「うふ、うふ、うふ……、この反応、いい具合……、で、こっちの素材を加えて」
 禍々しい色合いのスープがくつくつと煮えるのを眺めながら、小瓶やら何やらから材料を取り出し、味付けでもするかのようにパッパと振りまく。
 頭からフードをすっぽりとかぶって顔もろくに見えないが、マーガにとってこの格好こそ普段通り。人前でなくとも、あまり顔を晒すことはない。
 彼女は、呪術師として名を馳せているが、魔法技術の開拓者としての顔もあり、ネルムフィラ魔導士学院の教職員の中では非常に若い部類に入るが、レッドアイズ国への貢献度合いで見れば、その実、誰にも引け劣らない。
 故に、今でこそ学校の教員という地位に落ち着いてはいるが、彼女の素性を知る者のほとんどは彼女を慕い、中には崇拝する者も珍しくはない。
「なるほど、なるほど……魔素濃度の係数が――に遷移して――となるから――掌握を簡略化が――」
 ブツブツと呪詛のように呟く。
 おそらくは、そのフードの下は無邪気なほど笑顔に違いない。
 その様はまさに宴。鼓笛隊こそいなかったが、マーガの胸中は囃子のように盛り上がっていたことだろう。
 そんな最中、マーガの部屋にノックの音がコンコンと飛んでくる。
「キッキバル先生、キッキバル先生、いらっしゃいますか?」
 続いて、部屋の外から若い青年の声。
 それはネルムフィラ魔導士学院に通う生徒のものだった。
 そんなノックの音も、生徒の声も、右から左にすり抜けていたのか、もう少しの間を置いて、やや遅れ気味にハッと気付く。
「あ、は~い、先生はいますよ。ちょっと待ってください」
 既に深く被っているフードを直すようにさらに深く被り直し、マーガは扉の方へとのそのそ向かう。カチャリと扉を開けた先には案の定、生徒が立っていた。
「ええと、どうかしましたか? 何か、課題で分からないところでもあったりしちゃったりしましたか?」
 急な生徒の訪問に、きょとんとした顔を浮かべるマーガ。
 もちろん、フードを被っているからそんな表情も見えなかったが。
「先生に、その、差し入れです。朝から部屋にこもりきりだったみたいですから」
 そういって差し出されたのは何ともいい匂いのする手弁当だった。
 窓の外はとうに太陽が立っていて昼過ぎは回っていた。
 締め切っていた部屋の中にこもっていたせいで、分からなかったのだろう。
「あらあら、これはすみません。そういえば、お腹がすいてましたね。丁度いい感じでした。本当にもらっちゃっていいんですか?」
「ええ、たまたま作り過ぎちゃったので、もらっていただければ」
 男子生徒は照れた顔を見せつつ、弁当を手渡し、マーガはそれを受け取る。
「それじゃあ、今ちょっと、あの途中にしちゃってるのがあるので、ごめんなさい。これ、いただきますね。ありがとう」
 ぺこぺこと会釈を添え、扉をゆったりと閉め、またマーガは部屋へとこもる。
 今の一連の流れに、特に疑問もなかった様子だ。
 弁当の箱を持ち上げたり、匂いをすんすんと嗅いだり、おかずをつまみあげたりして、挙げ句、テーブルの上に置き、杖を振るって呪いが掛けられていないかも確認した上で、ようやく口元に運ぶ。
「うっかりさんな生徒さんもいたものですね。こんなに作りすぎるなんて」
 主菜も副菜もバランスよく揃っておきながらも、うっかり作りすぎたなどというのは苦しい言い訳でしかないのだが、マーガはそこを疑ってはいなかった。
 そも、相手はネルムフィラ魔導士学院の寮住まいの生徒である。
 教職員の寝泊まりする寄宿舎とは棟も少し離れているし、朝からこもっていることを把握していることもさることながら、わざわざ自炊した弁当を持ってくることに疑問を持つべきだ。
 今日が休日であることを考慮しても、男子生徒の何気ない差し入れは、教師マーガに対する好意以外の何者でもないのだが、微塵も汲み取られてはいなかった。
「なかなか美味しいですね。あの子の手作りかしら。珍しいですね。この学校の生徒さんって貴族ばかりって聞いてたし、何処で学んだのでしょう」
 パクパクと口の中に放り込み、モグモグといただいて、お腹を満たす。
 よもや、休日は普段から部屋にこもりっきりで、飯もろくに食べていないことを心配してわざわざ食事を届けに来た、とまでは思わなかったのだろう。
「さてさてさて、そろそろ続きを再開するとしましょうか」
 男子生徒の思いは何処吹く風と、マーガの空腹を満たしただけで掻き消えていき、スープの煮込まれる大鍋へと戻っていく。
「ふひ、ふひ、ふひっひ……、媒体は――が適合――で純度を――」
 ボソボソと呟きながらも、マーガの儀式じみた研究は進められていく。
 実のところ、呪術師マーガ・キッキバルの実力や名声とは関係なく、ネルムフィラ魔導士学院の教師マーガ・キッキバルもまたここでは慕われていた。
 それは偏に、彼女が教鞭を執っているからだけに留まらず、フードの下に隠された素顔を知っているからというのも大きいだろう。
 それこそクラス関係なく、マーガへ密かに思いを寄せる生徒は後を絶たず、授業中でも授業外でも接触を試みようとする生徒も決して少なくはない。
 が、しかし。
 マーガが生徒の期待に応えることはなかった。
 彼女は彼女の、教師として成すべきことを成すだけ。
 それほどまでに、彼女は他者への関心が薄く、呪術に対する熱意があるといえる。
 没入できるくらいに熱心だからこそ、彼女は軍事国家レッドアイズでも一目を置かれるほどの技術者なのだろう。
「ぁっはぁ~……我ながら惚れ惚れしますね」
 ふぁさっとフードを脱ぎ、汗にじっとりと濡れる肌を晒し、途切れそうな吐息をもらして、天井を仰ぐ。その表情は紅潮し、色艶がよく、異様なまで扇情的で、魅力的だった。
 普段、顔を隠しているのが惜しまれるくらいの美女がそこにいた。
 その部分だけを切り取ろうものなら至上の絵画となるであろう。
 無論のこと、当人にはそのような自覚があるはずもなく。
 彼女の素顔を知る者全て魅了する妖艶な表情は、虚しくもまたフードの下へとすっぽり隠れていく。
「ああ、もうこんな時刻でしたか。少々熱中しすぎましたね。あはは……結局休日潰して一日中部屋に引きこもってしまいました。ダメですね、こんなことばかりでは」
 そこで、はぁ、と溜め息。
「私ももう少し外に出て人と関わっていかないと。これだから人と距離を置かれてしまうのでしょう……反省」
 と呟き漏らすが、実際問題、距離を置かれているという事実はなく、むしろ距離を縮めたいと思っているものが身近にいたりするのだが、やはりマーガはそれに気付くことはなかった。
 彼女は、そう。レッドアイズ国が誇るネルムフィラ魔導士学院の呪いの先生。
 人との距離を詰めるのも遅ければ、人からの思いにも人一倍鈍いのだった。