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第14話 O・TO・RI・SO・U・SA

ー/ー



「桜並木市本町一丁目の……」

 続く番地を真之助が悠長に(そら)んじる。そのひどく間延びした声がオレの不安を(あお)り、

「本当にそこで間違いないんだろうな」

 念を押すように確認すると、真之助は鼻息荒く胸を張った。

「堂々と三田村さんの資料を覗いていたんだから、間違えるはずがないよ。幽霊を見くびらないで欲しいなぁ」

 莉帆(りほ)の事故の詳細を知ったときと同じ手口で、真之助は三田村さんの資料を盗み見ていたらしい。

「でも、三田村さんにバレたら怒られるぜ? さっき、独自捜査はするなと注意されたばかりだぞ」 

「そんなの(まこと)さえ黙っていれば、問題ないじゃないか」

 真之助の子供じみた言い訳にオレは呆れ果てる。

「お前、掟、掟って言う割にはルールや約束を平気で破るよな。矛盾していないか」

「私は死者だから生者のルールに縛られないんだよ」

「調子がいいやつ。思わず尊敬しそうになるぜ。あ、これは皮肉だぞ」

 桜並木警察署をあとにしたオレたちは真っ直ぐ家には帰らず、ある場所へと向かっていた。

 気乗りしないオレは真之助の心変わりを期待して、わざと否定的なことを言う。

「第一、今も現場にいるかわかんねえじゃん。通り魔事件で殺害された被害者がさ」

 そう。オレたちが向かっているのは三年前、通り魔事件が起こった現場だった。

 殺害された被害者の幽霊に接触し、事件の真相を聞き出し、捜査をショートカット。見事、事件を解決してしまおうという算段だ。もちろん、こんな裏技、もしくはチート技を思いついたのは真之助であって、真面目で堅実なオレではない。

「おいねちゃんも莉帆ちゃんもあの世に帰ってしまった今、通り魔事件の真相を知っているのは通り魔に殺されてしまった彼女だけなんだからね」

 被害者は二十代の女性。やはり帰宅途中に通り魔に襲われ、髪を切られた挙句、ナイフによって命を奪われてしまったらしい。時系列的には莉帆の事故より数日前にあたる。それも真之助が三田村さんの資料から盗み見た情報だ。

「大丈夫、事件の真相を聞いたあとはちゃんと彼女を成仏させるから。もちろん、真が」

「他人事だと思って」

「真は莉帆ちゃんを成仏させた上に、おいねちゃんまで守護霊界に帰してあげたんだから、今回だって上手くできるよ。私が保証するって。間違いない」

 真之助はどういうわけか不動の自信を持っているようで、今向かっている事件現場でもオレが上手くやってのけると根拠もなく信じ込んでいる。

 我が子を天才だと勘違いする親バカに近いものがあるのか、完全にオレの実力を見誤り、買いかぶっているわけだ。

 生憎、オレには期待に応えられる実力もなければ、幽霊と対峙する度胸もない。こうして現場に向かう足取りも重りを引きずるように重く、腰も引けているというのに。

 生者()の気も知らないで、とオレは皮肉を丸めて投げつける。

「真之助さんのそのやる気は一体どこから湧いてくるんですかね?」

 しかし、せっかく投げた皮肉玉も真之助の手にかかれば、いとも簡単にかわされてしまう。

「私は真がどうしてやる気を出さないのか不思議だよ。孝志君が通り魔に殺されたかもしれないのに。その犯人を被害者が知っているんだから、接触を試みるのは当然だと思うけど」

「そりゃあ、オレだって慎重になるぜ? 誰かさんが、藤木さんが通り魔だと決めつけたせいで、三田村さんと安藤さんの前で恥をかいたんだからな。二人とも呆れていたぜ」

「私の勘は、あながち外れていないと思うんだけどなぁ」

 藤木さんが通り魔だ──。

 強引とも思える真之助の推測に一度は賛同し、藤木さんを疑ったけれども、素人が刑事の真似事をしたところで無実の人間に罪を着せ冤罪を生み出すだけなのだ。

 そう学んだオレは藤木さんにはきっと()()()()ならない事情があり、一時的に姿を隠しているだけに違いないと解釈し、彼を信じることに決めた。

 しばらく歩くと、事件現場に辿り着いた。

 駅の近くだというのに喧騒とは程遠く、申し訳程度の街灯がポツリポツリと点っているばかりだった。

 安藤さんお気に入りのカフェ「Cafe・cachette(カフェ・カシェット)」からもそう遠く離れていない。

 被害者が絶命した場所もすぐにわかった。真新しい花束が電柱にもたれるようにして供えてあったからだ。

 不思議なことに、莉帆が命を落とした幽霊坂は深海のように暗く、息が詰まるほど物悲しい場所だったのに、今回の事件現場は嘘のように空気が軽く、肌にベッタリとまとわりつく不気味さを感じなかった。

「おかしいなぁ」

 現場の違和感に気がついたのか、真之助がぶつぶつ言いながら首をひねる。

「殺されちゃった彼女の姿が見当たらないんだよ」

「幽霊の彼女が現場から離れちまったってことか?」

「もしかしたら──」

 真之助は世紀の大発見を発表するかのような期待させるには充分すぎる間を置いて屈託なく言った。

「彼女は成仏してしまったのかもしれない」

「殺された人間が素直に成仏するかよ!」

 すかさず異論を唱え、オレは人として取るべき正しい言動を説く。

「フツーは殺されたのなら、相手を呪い殺す勢いでこの世に執着して留まるべきだろ」

「怨霊じゃあるまいし、全員が成仏できないと思ったら大間違いだよ。(まれ)にそういう潔い人もいるんだ」

「だったら、このまま危険な通り魔を野放しにしておけっていうのかよ。元怨霊さんは!」

 今まで保守的な態度を取っていたにもかかわらず、オレは自分でも目を見張るほどの勢いで「せっかくの計画をどうしてくれるんだよ」と手のひらを返す。

 そこでふと思いついた。電球が頭の上でパッと点灯したかのような名案だと思った。

「お前さ、この辺りを歩いてみろよ」

「この辺り?」

 オレは路地を指さした。

「この通り一帯をグールグルとな。霊力を使って生者にしっかり見えるようにするんだぞ」

「ちょっと意味がわからないんだけど」

「真之助さん、これはおとり捜査なのだよ。いいか、通り魔のターゲットは女だ」

 なおも首をかしげる真之助に噛み砕いて説明する。

「真之助は見た目が中性的だから、黙っていればパッと見、女に見えないこともない」

 オレは自説の素晴らしさに陶酔し、とうとうと口を動かす。

「真之助が生者の振りをして路地を歩けば、通り魔が女と見間違えて襲ってくるかもしれない。そこをオレたちで挟み撃ちにして捕まえるんだ。名付けておとり捜査大作戦」

 しかも、通り魔がナイフで危害を加えたところで、真之助は幽霊。被害はゼロどころか超越して無敵に近い。天は最初からオレたちに微笑んでいたのだ。そう確信したオレは、

「頑張ってくれよな、イケメン」

 部下の健闘を祈るように真之助を鼓舞すると、意外なことが起こった。

 雨に濡れた子犬のように真之助が肩をプルプルと小さく震わせたかと思うと、顔を真っ赤に染めて、オレに噛みついてきたのだ。

「真なんか小さいくせに! チビ! 中学生! 童顔!」

 聞き間違いかと思ったがそうではない。子孫に対する親愛も大人気もないその言葉ははっきりとした意志を持ち、繊細でデリケートなオレの心をボロボロに打ち砕くには充分だった。

「お前、いきなりオレのコンプレックスをディスるんじゃねえよ! 母さんにもそこまで言われたことねえのに! 軽く三途の川に足を突っ込むくらい傷つくだろうが!」

 突然、コンプレックスを逆なでされ、怒りの感情に火が点った。

「ほーら、真だって中学生だって言われたら嫌がるじゃないか。私だってコンプレックスなんだ。この中性的な整った顔が」

「イケメンがコンプレックスだって? それは嫌みなのか、嫌みだよな。笑わせんなよ、贅沢者め。それともケンカを売っているつもりなのか? だったら、ご希望通り買ってやるぜ」 

 オレは周囲に人気がないことをいいことに、ますます苛立ちを炎上させた。

「オレだって、『イケメンすぎてツライわー』とか言ってみたいわ!」

「私だって、むしろ『中学生みたいで可愛い』と言われて悩んでみたいよ!」

「また、言ったな? チビで中学生に見える童顔野郎と心の声が駄々洩れだぜ?」

「ふん。そっちこそ、イケメンで中性的に見えるサムライ野郎と思ったね?」

「おいねに『きれいなお兄ちゃん』と言われたときは笑顔だったくせに」

「それはおいねちゃんの前で怒るもの大人げないからさ」

「サイアクだな。やっぱり、女の前でいい恰好しいの色男じゃねえか!」

「また、言ったな!」

 このときのオレたちは取っ組み合いのケンカに夢中になるあまり、背後に迫る怪しい影に気がつかなかった。


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「桜並木市本町一丁目の……」
 続く番地を真之助が悠長に|諳《そら》んじる。そのひどく間延びした声がオレの不安を|煽《あお》り、
「本当にそこで間違いないんだろうな」
 念を押すように確認すると、真之助は鼻息荒く胸を張った。
「堂々と三田村さんの資料を覗いていたんだから、間違えるはずがないよ。幽霊を見くびらないで欲しいなぁ」
 |莉帆《りほ》の事故の詳細を知ったときと同じ手口で、真之助は三田村さんの資料を盗み見ていたらしい。
「でも、三田村さんにバレたら怒られるぜ? さっき、独自捜査はするなと注意されたばかりだぞ」 
「そんなの|真《まこと》さえ黙っていれば、問題ないじゃないか」
 真之助の子供じみた言い訳にオレは呆れ果てる。
「お前、掟、掟って言う割にはルールや約束を平気で破るよな。矛盾していないか」
「私は死者だから生者のルールに縛られないんだよ」
「調子がいいやつ。思わず尊敬しそうになるぜ。あ、これは皮肉だぞ」
 桜並木警察署をあとにしたオレたちは真っ直ぐ家には帰らず、ある場所へと向かっていた。
 気乗りしないオレは真之助の心変わりを期待して、わざと否定的なことを言う。
「第一、今も現場にいるかわかんねえじゃん。通り魔事件で殺害された被害者がさ」
 そう。オレたちが向かっているのは三年前、通り魔事件が起こった現場だった。
 殺害された被害者の幽霊に接触し、事件の真相を聞き出し、捜査をショートカット。見事、事件を解決してしまおうという算段だ。もちろん、こんな裏技、もしくはチート技を思いついたのは真之助であって、真面目で堅実なオレではない。
「おいねちゃんも莉帆ちゃんもあの世に帰ってしまった今、通り魔事件の真相を知っているのは通り魔に殺されてしまった彼女だけなんだからね」
 被害者は二十代の女性。やはり帰宅途中に通り魔に襲われ、髪を切られた挙句、ナイフによって命を奪われてしまったらしい。時系列的には莉帆の事故より数日前にあたる。それも真之助が三田村さんの資料から盗み見た情報だ。
「大丈夫、事件の真相を聞いたあとはちゃんと彼女を成仏させるから。もちろん、真が」
「他人事だと思って」
「真は莉帆ちゃんを成仏させた上に、おいねちゃんまで守護霊界に帰してあげたんだから、今回だって上手くできるよ。私が保証するって。間違いない」
 真之助はどういうわけか不動の自信を持っているようで、今向かっている事件現場でもオレが上手くやってのけると根拠もなく信じ込んでいる。
 我が子を天才だと勘違いする親バカに近いものがあるのか、完全にオレの実力を見誤り、買いかぶっているわけだ。
 生憎、オレには期待に応えられる実力もなければ、幽霊と対峙する度胸もない。こうして現場に向かう足取りも重りを引きずるように重く、腰も引けているというのに。
 |生者《人》の気も知らないで、とオレは皮肉を丸めて投げつける。
「真之助さんのそのやる気は一体どこから湧いてくるんですかね?」
 しかし、せっかく投げた皮肉玉も真之助の手にかかれば、いとも簡単にかわされてしまう。
「私は真がどうしてやる気を出さないのか不思議だよ。孝志君が通り魔に殺されたかもしれないのに。その犯人を被害者が知っているんだから、接触を試みるのは当然だと思うけど」
「そりゃあ、オレだって慎重になるぜ? 誰かさんが、藤木さんが通り魔だと決めつけたせいで、三田村さんと安藤さんの前で恥をかいたんだからな。二人とも呆れていたぜ」
「私の勘は、あながち外れていないと思うんだけどなぁ」
 藤木さんが通り魔だ──。
 強引とも思える真之助の推測に一度は賛同し、藤木さんを疑ったけれども、素人が刑事の真似事をしたところで無実の人間に罪を着せ冤罪を生み出すだけなのだ。
 そう学んだオレは藤木さんにはきっと|の《・》|っ《・》|ぴ《・》|き《・》ならない事情があり、一時的に姿を隠しているだけに違いないと解釈し、彼を信じることに決めた。
 しばらく歩くと、事件現場に辿り着いた。
 駅の近くだというのに喧騒とは程遠く、申し訳程度の街灯がポツリポツリと点っているばかりだった。
 安藤さんお気に入りのカフェ「|Cafe・cachette《カフェ・カシェット》」からもそう遠く離れていない。
 被害者が絶命した場所もすぐにわかった。真新しい花束が電柱にもたれるようにして供えてあったからだ。
 不思議なことに、莉帆が命を落とした幽霊坂は深海のように暗く、息が詰まるほど物悲しい場所だったのに、今回の事件現場は嘘のように空気が軽く、肌にベッタリとまとわりつく不気味さを感じなかった。
「おかしいなぁ」
 現場の違和感に気がついたのか、真之助がぶつぶつ言いながら首をひねる。
「殺されちゃった彼女の姿が見当たらないんだよ」
「幽霊の彼女が現場から離れちまったってことか?」
「もしかしたら──」
 真之助は世紀の大発見を発表するかのような期待させるには充分すぎる間を置いて屈託なく言った。
「彼女は成仏してしまったのかもしれない」
「殺された人間が素直に成仏するかよ!」
 すかさず異論を唱え、オレは人として取るべき正しい言動を説く。
「フツーは殺されたのなら、相手を呪い殺す勢いでこの世に執着して留まるべきだろ」
「怨霊じゃあるまいし、全員が成仏できないと思ったら大間違いだよ。|稀《まれ》にそういう潔い人もいるんだ」
「だったら、このまま危険な通り魔を野放しにしておけっていうのかよ。元怨霊さんは!」
 今まで保守的な態度を取っていたにもかかわらず、オレは自分でも目を見張るほどの勢いで「せっかくの計画をどうしてくれるんだよ」と手のひらを返す。
 そこでふと思いついた。電球が頭の上でパッと点灯したかのような名案だと思った。
「お前さ、この辺りを歩いてみろよ」
「この辺り?」
 オレは路地を指さした。
「この通り一帯をグールグルとな。霊力を使って生者にしっかり見えるようにするんだぞ」
「ちょっと意味がわからないんだけど」
「真之助さん、これはおとり捜査なのだよ。いいか、通り魔のターゲットは女だ」
 なおも首をかしげる真之助に噛み砕いて説明する。
「真之助は見た目が中性的だから、黙っていればパッと見、女に見えないこともない」
 オレは自説の素晴らしさに陶酔し、とうとうと口を動かす。
「真之助が生者の振りをして路地を歩けば、通り魔が女と見間違えて襲ってくるかもしれない。そこをオレたちで挟み撃ちにして捕まえるんだ。名付けておとり捜査大作戦」
 しかも、通り魔がナイフで危害を加えたところで、真之助は幽霊。被害はゼロどころか超越して無敵に近い。天は最初からオレたちに微笑んでいたのだ。そう確信したオレは、
「頑張ってくれよな、イケメン」
 部下の健闘を祈るように真之助を鼓舞すると、意外なことが起こった。
 雨に濡れた子犬のように真之助が肩をプルプルと小さく震わせたかと思うと、顔を真っ赤に染めて、オレに噛みついてきたのだ。
「真なんか小さいくせに! チビ! 中学生! 童顔!」
 聞き間違いかと思ったがそうではない。子孫に対する親愛も大人気もないその言葉ははっきりとした意志を持ち、繊細でデリケートなオレの心をボロボロに打ち砕くには充分だった。
「お前、いきなりオレのコンプレックスをディスるんじゃねえよ! 母さんにもそこまで言われたことねえのに! 軽く三途の川に足を突っ込むくらい傷つくだろうが!」
 突然、コンプレックスを逆なでされ、怒りの感情に火が点った。
「ほーら、真だって中学生だって言われたら嫌がるじゃないか。私だってコンプレックスなんだ。この中性的な整った顔が」
「イケメンがコンプレックスだって? それは嫌みなのか、嫌みだよな。笑わせんなよ、贅沢者め。それともケンカを売っているつもりなのか? だったら、ご希望通り買ってやるぜ」 
 オレは周囲に人気がないことをいいことに、ますます苛立ちを炎上させた。
「オレだって、『イケメンすぎてツライわー』とか言ってみたいわ!」
「私だって、むしろ『中学生みたいで可愛い』と言われて悩んでみたいよ!」
「また、言ったな? チビで中学生に見える童顔野郎と心の声が駄々洩れだぜ?」
「ふん。そっちこそ、イケメンで中性的に見えるサムライ野郎と思ったね?」
「おいねに『きれいなお兄ちゃん』と言われたときは笑顔だったくせに」
「それはおいねちゃんの前で怒るもの大人げないからさ」
「サイアクだな。やっぱり、女の前でいい恰好しいの色男じゃねえか!」
「また、言ったな!」
 このときのオレたちは取っ組み合いのケンカに夢中になるあまり、背後に迫る怪しい影に気がつかなかった。