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第87話 リコの懇願

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 ラグランジュフォー工業地帯にあるフォックス造船所のドックで、特別攻撃艦白鷺(はくろ)級の二番艦、翠鶴(すいかく)の進水式を兼ねた出撃の壮行式が行われた。

 ドックを出港した後、慣らし航海を兼ねて二か月かけて火星まで移動し、フォボス沖のゲートから敵母星のある恒星系に入る予定である。

 式典の前に、悠木とリコは二人きりで翠鶴の艦首付近が見えるドックの指揮所にいた。

「我々フォックスグループは、ゲート生成技術を獲得しました」とリコ。

「よくやった。これで敵の拠点を直接叩ける」と悠木。

「ゲート生成は、もはや神の特権ではないのです」とリコ。

「わかっている」と悠木。

「このまま実用化が進めば、いずれ冥界でも神界でも好きに行き来ができるのですよ」とリコ。

「ああ」と悠木。

「ご主人様、あなた様は神なのです! 私たちの神なのです!」とリコ。「彼らに遠慮なさる必要はもうないのです」

「そうだな」と悠木。

「わたくしはあなた様が恨めしい……」とリコ。

「すまないな」と悠木。

「そうやってすぐに自分の非を認めてしまわれるところが、許せない」とリコ。「わかっていながら、何もしてくださらない。そしてわたくしを置き去りにするのです」

「まったくだな」と悠木。「前に出撃した分身体もそうだったか?」

「相変わらず暖簾に腕押しでございます」とリコ。「こうしてお見送りするのは二度目なのですよ。置き去りにされるわたくしの気持ちを考えてくださらないのですか?」

「お前を連れて行くわけにはいかない」と悠木。

「もう嫌でございます!」とリコ「一人、取り残されるのはもう嫌……」

 二人はしばらく向かいあったまま沈黙した。

「そんなにわたくしのことがお嫌いですか?」とリコ。

「お前のことが好きだから、連れていけぬのだ」と悠木。「なぜ分かってくれぬ」

「あなた様こそ、なぜ分かってくれないのですか」とリコ。「あなた様のお側に仕えることこそが、わたくしの願いなのに」

「だがオレは……」と悠木。

「わたくしのことを本当に思うならば、連れていってくださいまし!」とリコ。

「できぬ」と悠木。

「なぜわたくしだけ、そばに侍らせていただけないのでしょうか!」とリコ。「これほど尽くして、身も心もささげて、明けても暮れてもあなた様を思っているというのに。それなのに、それなのに、こんな宇宙の辺境に取り残されて、胸をかきむしる毎日を過ごしているのですよ!」

「お前のことは考えている」と悠木。

「わたくしめには分かっております」とリコ。「(いくさ)が終わったとしても、物の怪のなれの果てのわたくしめに、帰る地などないことを。どうせ神々からは(さげす)まれ、人々からは(うと)まれる。だから連れて行ってくださいまし! あなた様と死なせてくださいまし! あなた様にすべてを捧げた、わたくしめの最後のお願いでございます! あなた様に飼われた、この哀れな物の怪の最後の願いをかなえてくださいまし!」

「わかった」と悠木。

「本当でございますか?」とリコはすがるような目をした。

「ああ。だがそれは四人目の分身体の出撃の時だ」と悠木。

「なんですって」とリコは妖狐の目を悠木に向けた。

「オレには後二体の分身体が残っている」と悠木。「彼らの面倒を見てほしい」

 リコは悠木の両肩をつかみ、覆いかぶさるようにして顔を近づけた。
「もう無理でございます……。もうこんな寂しさに耐えられませぬ……」

 悠木は手のひらでリコの頬の涙をぬぐった。

「あなた様には勝算があるのでございましょう?」
 リコは声を震わせながら続けた。
「分身体の四人目がここに来るはずがないことを、わかっておられるのでしょう?」

 悠木は倒れ掛かってくるリコの体を支えた。
「お前のことは女王に頼んである。だから心配するな。分身体が一体でも残れば、必ずお前を私の手元に引き取る」

「お忘れですか? わたくしめは女王の配下には、していただいておりませぬ」とリコ。

「だが、女王はお前の保護を約束している」と悠木。

「嫌でございます」
 リコは断固として譲らなかった。
「神々の情けに、すがるつもりはございませぬ」

「強情を言うな」と悠木。

「それならば、最後のお願いがございます」
 リコは(まなじり)を決して悠木を見た。
「わたくしを元の物の怪に戻してくださいまし! この体の術を解いてくださいまし!」

 悠木は悲しい目をリコに向けた。
「それでどうするつもりだ?」

「この宇宙にこころを委ねるつもりでございます」とリコ。

「そんなことはさせられぬ」と悠木。

「もうこの世界にわたくしの居場所はないのです」とリコ。「もうここでお別れでございます」

「リコ……」と悠木。

「泣いても無駄でございます」とリコ。「もう、あなた様の涙には騙されませぬ」

「お前がいなければ、ぼくは生きていけない」と悠木。「お前だってわかっているだろう……」

「だからこそです!」
 リコが叫んだ。
「だれよりも怖がりのくせに、やせ我慢をして一人で震えておられるあなた様を放っておけるわけがありませぬ!」

「小心者で見栄っ張りで臆病者のあなた様をそばでお支えすることが、わたくしの唯一無二の存在意義なのです。それなのに、それなのに、手を振ってここでお見送りすることなどできるはずがありませぬ……」

「だが、お前を不幸にはできぬ」と悠木。

「物の怪にとって、(あるじ)に見捨てられ、神に監視されて生きること以上の不幸がありましょうか」とリコ。

「だが、オレと死んでは何も残らぬ」と悠木。

「魂の抜け殻である物の怪に元から価値などありませぬ」とリコ。「だからこそ、あなた様におすがりしているのです」

「お前は断じて抜け殻などではない」と悠木。

「あなた様のそのお気持ちが、わたくしに新しい命を吹き込んだのです」とリコ。

「だとしても、お前はオレにとって守るべきものであることに変わりはない」と悠木。

「それはわたくしにとっても同じ事。あなた様に頂いた命を、あなた様のためにお使いする以外にありませぬ」とリコ。「なぜ分かってくださらないのですか?」

「だが二人とも死んでどうする?」と悠木。

「堂々巡りでございます」とリコ。「あなた様はわたくしの主として、わたくしがあなた様と共に進むか、ここで別れるかをお決めください」

「別れることなどできぬ」と悠木。「オレはお前なしでは生きれない」

「だからこそ、わたくしにとって、あなた様が唯一無二の生きる意味なのですよ」とリコ。「あなた様と死なせていただけることが、一番の幸せなのです」

「だが……」と悠木。

「なぜわたくしのすべてを奪って、奪って奪いつくしてくださらないのです!」とリコ。「それがわたくしの幸せであり、主様の務めでございます!」

「ありがとう、リコ……」
 悠木はリコの胸にもたれかかった。

「分かってくださればよいのです、主様」
 リコは悠木の小さな体を受け止め、強く抱きしめた。



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 ラグランジュフォー工業地帯にあるフォックス造船所のドックで、特別攻撃艦|白鷺《はくろ》級の二番艦、|翠鶴《すいかく》の進水式を兼ねた出撃の壮行式が行われた。
 ドックを出港した後、慣らし航海を兼ねて二か月かけて火星まで移動し、フォボス沖のゲートから敵母星のある恒星系に入る予定である。
 式典の前に、悠木とリコは二人きりで翠鶴の艦首付近が見えるドックの指揮所にいた。
「我々フォックスグループは、ゲート生成技術を獲得しました」とリコ。
「よくやった。これで敵の拠点を直接叩ける」と悠木。
「ゲート生成は、もはや神の特権ではないのです」とリコ。
「わかっている」と悠木。
「このまま実用化が進めば、いずれ冥界でも神界でも好きに行き来ができるのですよ」とリコ。
「ああ」と悠木。
「ご主人様、あなた様は神なのです! 私たちの神なのです!」とリコ。「彼らに遠慮なさる必要はもうないのです」
「そうだな」と悠木。
「わたくしはあなた様が恨めしい……」とリコ。
「すまないな」と悠木。
「そうやってすぐに自分の非を認めてしまわれるところが、許せない」とリコ。「わかっていながら、何もしてくださらない。そしてわたくしを置き去りにするのです」
「まったくだな」と悠木。「前に出撃した分身体もそうだったか?」
「相変わらず暖簾に腕押しでございます」とリコ。「こうしてお見送りするのは二度目なのですよ。置き去りにされるわたくしの気持ちを考えてくださらないのですか?」
「お前を連れて行くわけにはいかない」と悠木。
「もう嫌でございます!」とリコ「一人、取り残されるのはもう嫌……」
 二人はしばらく向かいあったまま沈黙した。
「そんなにわたくしのことがお嫌いですか?」とリコ。
「お前のことが好きだから、連れていけぬのだ」と悠木。「なぜ分かってくれぬ」
「あなた様こそ、なぜ分かってくれないのですか」とリコ。「あなた様のお側に仕えることこそが、わたくしの願いなのに」
「だがオレは……」と悠木。
「わたくしのことを本当に思うならば、連れていってくださいまし!」とリコ。
「できぬ」と悠木。
「なぜわたくしだけ、そばに侍らせていただけないのでしょうか!」とリコ。「これほど尽くして、身も心もささげて、明けても暮れてもあなた様を思っているというのに。それなのに、それなのに、こんな宇宙の辺境に取り残されて、胸をかきむしる毎日を過ごしているのですよ!」
「お前のことは考えている」と悠木。
「わたくしめには分かっております」とリコ。「|戦《いくさ》が終わったとしても、物の怪のなれの果てのわたくしめに、帰る地などないことを。どうせ神々からは|蔑《さげす》まれ、人々からは|疎《うと》まれる。だから連れて行ってくださいまし! あなた様と死なせてくださいまし! あなた様にすべてを捧げた、わたくしめの最後のお願いでございます! あなた様に飼われた、この哀れな物の怪の最後の願いをかなえてくださいまし!」
「わかった」と悠木。
「本当でございますか?」とリコはすがるような目をした。
「ああ。だがそれは四人目の分身体の出撃の時だ」と悠木。
「なんですって」とリコは妖狐の目を悠木に向けた。
「オレには後二体の分身体が残っている」と悠木。「彼らの面倒を見てほしい」
 リコは悠木の両肩をつかみ、覆いかぶさるようにして顔を近づけた。
「もう無理でございます……。もうこんな寂しさに耐えられませぬ……」
 悠木は手のひらでリコの頬の涙をぬぐった。
「あなた様には勝算があるのでございましょう?」
 リコは声を震わせながら続けた。
「分身体の四人目がここに来るはずがないことを、わかっておられるのでしょう?」
 悠木は倒れ掛かってくるリコの体を支えた。
「お前のことは女王に頼んである。だから心配するな。分身体が一体でも残れば、必ずお前を私の手元に引き取る」
「お忘れですか? わたくしめは女王の配下には、していただいておりませぬ」とリコ。
「だが、女王はお前の保護を約束している」と悠木。
「嫌でございます」
 リコは断固として譲らなかった。
「神々の情けに、すがるつもりはございませぬ」
「強情を言うな」と悠木。
「それならば、最後のお願いがございます」
 リコは|眦《まなじり》を決して悠木を見た。
「わたくしを元の物の怪に戻してくださいまし! この体の術を解いてくださいまし!」
 悠木は悲しい目をリコに向けた。
「それでどうするつもりだ?」
「この宇宙にこころを委ねるつもりでございます」とリコ。
「そんなことはさせられぬ」と悠木。
「もうこの世界にわたくしの居場所はないのです」とリコ。「もうここでお別れでございます」
「リコ……」と悠木。
「泣いても無駄でございます」とリコ。「もう、あなた様の涙には騙されませぬ」
「お前がいなければ、ぼくは生きていけない」と悠木。「お前だってわかっているだろう……」
「だからこそです!」
 リコが叫んだ。
「だれよりも怖がりのくせに、やせ我慢をして一人で震えておられるあなた様を放っておけるわけがありませぬ!」
「小心者で見栄っ張りで臆病者のあなた様をそばでお支えすることが、わたくしの唯一無二の存在意義なのです。それなのに、それなのに、手を振ってここでお見送りすることなどできるはずがありませぬ……」
「だが、お前を不幸にはできぬ」と悠木。
「物の怪にとって、|主《あるじ》に見捨てられ、神に監視されて生きること以上の不幸がありましょうか」とリコ。
「だが、オレと死んでは何も残らぬ」と悠木。
「魂の抜け殻である物の怪に元から価値などありませぬ」とリコ。「だからこそ、あなた様におすがりしているのです」
「お前は断じて抜け殻などではない」と悠木。
「あなた様のそのお気持ちが、わたくしに新しい命を吹き込んだのです」とリコ。
「だとしても、お前はオレにとって守るべきものであることに変わりはない」と悠木。
「それはわたくしにとっても同じ事。あなた様に頂いた命を、あなた様のためにお使いする以外にありませぬ」とリコ。「なぜ分かってくださらないのですか?」
「だが二人とも死んでどうする?」と悠木。
「堂々巡りでございます」とリコ。「あなた様はわたくしの主として、わたくしがあなた様と共に進むか、ここで別れるかをお決めください」
「別れることなどできぬ」と悠木。「オレはお前なしでは生きれない」
「だからこそ、わたくしにとって、あなた様が唯一無二の生きる意味なのですよ」とリコ。「あなた様と死なせていただけることが、一番の幸せなのです」
「だが……」と悠木。
「なぜわたくしのすべてを奪って、奪って奪いつくしてくださらないのです!」とリコ。「それがわたくしの幸せであり、主様の務めでございます!」
「ありがとう、リコ……」
 悠木はリコの胸にもたれかかった。
「分かってくださればよいのです、主様」
 リコは悠木の小さな体を受け止め、強く抱きしめた。