第86話 陰謀論
ー/ー 発端となったのは、あるゲームマニアの発見だった。
伝説的なVRMMO(仮想現実大規模多人数同時参加型オンラインゲーム)として知られていた「冥界ゲート探索」は、すでに一世紀以上前にサービスを終えていた。ゲーム内で致命傷を負うと現実世界で本当に死んでしまう、という事故が多発したためである。しかし、その多彩な登場人物、精緻な背景と世界観の奥深さにおいて、「冥界ゲート探索」を超えるゲームはこれまでに存在しなかった。ゲーム内での立体映像は今でも動画共有プラットホームで人気コンテンツとして流通していた。
戦時中ではあったが、物資を消費しないコンピューターゲームは、政府公認の娯楽として広く普及していた。
ゲームマニアの安田敏行は、高校のホームルームで配布された「瑠璃子白書」を退屈な授業の合間に目を通していた。白書によれば冥界は実在する。そして「冥界ゲート探索」は仮想現実の世界でのゲームではなく、実際に冥界へ侵入したアバターが活動した記録だと記されていた。さらに、第一次防衛戦争時の涙の魔術師が、「冥界ゲート探索」の冥界方のキャラクターである犬首夜太郎と同一人物であると書かれている一節を見つけた。
敏行は動画共有サービスのコンテンツを検索し、涙の魔術師と犬首夜太郎の映像を見比べてみると、確かに両者の容姿はそっくりであった。ゲーム仲間で同じ公営住宅に住む周康夫にこの話をすると、康夫も興味を示した。
普段からゲーム配信をしていた二人は、涙の魔術師と犬首夜太郎の同一人物説を都市伝説として動画共有のソーシャルメディアに配信した。大きな反響があり、検証するサイトがいくつも立ち上がった。両者は容姿だけではなく内向的な性格や皮肉を好む喋り方がよく似ていると分かった。
その後、第一次防衛戦争時に火星軌道の魔女として知られた誘惑のリリスと「冥界ゲート探索」の有名なプレーヤーだった「弦月のリリス」との同一人物説が提起された。映像を確かめてみると、二人の容姿が瓜二つであることが分かった。
この検証に対して、第三公女瑠璃子は異例の声明を出した。火星軌道の魔女リリスは「弦月のリリス」と同一人物であることを認めただけではなく、防空隊地球圏第一艦隊の司令官、一条リリス大佐と同一人物であると述べた。
この声明に対し、政府の官僚たちはくだらぬ陰謀論だと一笑に付した。また、多くの市民は公女の冗談だと解した。
その後、瑠璃子は十二歳の少年である井沢悠木との婚約を発表した。その少年は涙の魔術師の生まれ変わりの三番目の分身体であると説明された。瑠璃子は一般の世論からは浮世離れしたおかしな皇族だと思わるようになった。
瑠璃子と伊沢悠木の結納の儀式に、一条リリス大佐が新郎側の代表として参加した。リリスがその幅広な帽子と取り、瑠璃子と悠木の前にひざまずく様子がテレビ中継されたとき、一部の視聴者が熱狂した。アップで映し出されたその容姿は、まぎれもなく第一次防衛戦争での火星軌道の魔女であり、「冥界ゲート探索」での弦月のリリスであった。
不死不老の美貌の魔女が防衛戦力の要である防空隊地球圏第一艦隊の司令官であることは、否定しがたい事実として一般の市民に受け入れられていった。それに伴って「瑠璃子白書」の支持者が増えていった。
女王主催の作戦会議ののち、高田アリサ大佐が指揮する義勇軍の艦隊が地球の衛星軌道を周回した。第二次特別攻撃作戦に出撃する涙の魔術師と彼の座乗艦翠鶴を火星まで護衛するためだという。
その艦隊の陣容は旗艦の高速巡洋艦ヴィヴィアン、正規空母アルテミス、救難艇ブラバツキー、さらに地球圏で新たに加わった通信艦パープルキティの四隻だった。
この艦隊だけで地球圏を制圧できる戦力だった。地球の暫定政権と連合海軍の首脳部は頭上を周回する脅威に震えた。
高速巡洋艦ヴィヴィアンは第一次防衛戦争時の涙の魔術師の座乗艦として知られていた。この一事のみでも、義勇軍が涙の魔術師の生まれ変わりである伊沢悠木の存在をいかに重く受け止めているかが分かった。また救難船ブラヴァツキーには、悠木を強奪するための大気圏降下可能な陸戦隊を乗せていると噂された。
しだいに「瑠璃子白書」が広く読まれるようになり、涙の魔術師の本当の経歴と第二次特別攻撃作戦の内容が一般に知られていった。いつしか涙の魔術師は花を愛でるという噂が巷に広まり、悠木が住む黒魚風之宮に大量の花が送られてきた。その多くは名もなき人々からのものであった。境内は花で覆いつくされた。
「戦争で荒れた地上のどこに、こんなに花があったのだろう」と悠木はつぶやいた。
悠木は出撃準備のため、黒魚風之宮を出て桐子が運転する車で宇宙港に向かった。途中の沿道は人々で埋め尽くされていた。人々は片手に高く花をあげて振った。悠木からは、野原に咲きあふれる花が風に揺れるように見えた。
戦時中ではあったが、物資を消費しないコンピューターゲームは、政府公認の娯楽として広く普及していた。
ゲームマニアの安田敏行は、高校のホームルームで配布された「瑠璃子白書」を退屈な授業の合間に目を通していた。白書によれば冥界は実在する。そして「冥界ゲート探索」は仮想現実の世界でのゲームではなく、実際に冥界へ侵入したアバターが活動した記録だと記されていた。さらに、第一次防衛戦争時の涙の魔術師が、「冥界ゲート探索」の冥界方のキャラクターである犬首夜太郎と同一人物であると書かれている一節を見つけた。
敏行は動画共有サービスのコンテンツを検索し、涙の魔術師と犬首夜太郎の映像を見比べてみると、確かに両者の容姿はそっくりであった。ゲーム仲間で同じ公営住宅に住む周康夫にこの話をすると、康夫も興味を示した。
普段からゲーム配信をしていた二人は、涙の魔術師と犬首夜太郎の同一人物説を都市伝説として動画共有のソーシャルメディアに配信した。大きな反響があり、検証するサイトがいくつも立ち上がった。両者は容姿だけではなく内向的な性格や皮肉を好む喋り方がよく似ていると分かった。
その後、第一次防衛戦争時に火星軌道の魔女として知られた誘惑のリリスと「冥界ゲート探索」の有名なプレーヤーだった「弦月のリリス」との同一人物説が提起された。映像を確かめてみると、二人の容姿が瓜二つであることが分かった。
この検証に対して、第三公女瑠璃子は異例の声明を出した。火星軌道の魔女リリスは「弦月のリリス」と同一人物であることを認めただけではなく、防空隊地球圏第一艦隊の司令官、一条リリス大佐と同一人物であると述べた。
この声明に対し、政府の官僚たちはくだらぬ陰謀論だと一笑に付した。また、多くの市民は公女の冗談だと解した。
その後、瑠璃子は十二歳の少年である井沢悠木との婚約を発表した。その少年は涙の魔術師の生まれ変わりの三番目の分身体であると説明された。瑠璃子は一般の世論からは浮世離れしたおかしな皇族だと思わるようになった。
瑠璃子と伊沢悠木の結納の儀式に、一条リリス大佐が新郎側の代表として参加した。リリスがその幅広な帽子と取り、瑠璃子と悠木の前にひざまずく様子がテレビ中継されたとき、一部の視聴者が熱狂した。アップで映し出されたその容姿は、まぎれもなく第一次防衛戦争での火星軌道の魔女であり、「冥界ゲート探索」での弦月のリリスであった。
不死不老の美貌の魔女が防衛戦力の要である防空隊地球圏第一艦隊の司令官であることは、否定しがたい事実として一般の市民に受け入れられていった。それに伴って「瑠璃子白書」の支持者が増えていった。
女王主催の作戦会議ののち、高田アリサ大佐が指揮する義勇軍の艦隊が地球の衛星軌道を周回した。第二次特別攻撃作戦に出撃する涙の魔術師と彼の座乗艦翠鶴を火星まで護衛するためだという。
その艦隊の陣容は旗艦の高速巡洋艦ヴィヴィアン、正規空母アルテミス、救難艇ブラバツキー、さらに地球圏で新たに加わった通信艦パープルキティの四隻だった。
この艦隊だけで地球圏を制圧できる戦力だった。地球の暫定政権と連合海軍の首脳部は頭上を周回する脅威に震えた。
高速巡洋艦ヴィヴィアンは第一次防衛戦争時の涙の魔術師の座乗艦として知られていた。この一事のみでも、義勇軍が涙の魔術師の生まれ変わりである伊沢悠木の存在をいかに重く受け止めているかが分かった。また救難船ブラヴァツキーには、悠木を強奪するための大気圏降下可能な陸戦隊を乗せていると噂された。
しだいに「瑠璃子白書」が広く読まれるようになり、涙の魔術師の本当の経歴と第二次特別攻撃作戦の内容が一般に知られていった。いつしか涙の魔術師は花を愛でるという噂が巷に広まり、悠木が住む黒魚風之宮に大量の花が送られてきた。その多くは名もなき人々からのものであった。境内は花で覆いつくされた。
「戦争で荒れた地上のどこに、こんなに花があったのだろう」と悠木はつぶやいた。
悠木は出撃準備のため、黒魚風之宮を出て桐子が運転する車で宇宙港に向かった。途中の沿道は人々で埋め尽くされていた。人々は片手に高く花をあげて振った。悠木からは、野原に咲きあふれる花が風に揺れるように見えた。
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