「美味くない……」
俺は、目の前に出されたステーキを噛み締めながら呟いた。
“不味い” と言わず、敢えて “美味くない” と言ったのは出された料理が決して悪い物ではないからだ。
当然だ。ファミレスとは言え、メニューの中で1番高い物を頼んだんだ。普段の俺なら、特に何も考えずにパクついてただろう。
そうならないのは、先日の迎賓館で高級食材をふんだんに使った、これまた凄腕の豪華シェフによる特製料理をドカ食いしたからだ。
たった1日半とは言え、あそこまで超一流の味を堪能しちまったら、普段自分の食ってる物が如何に粗末だったかを否が応でも実感しちまう。
「たった1日で、お主も随分贅沢になったもんじゃのう……」
「仕方ねぇだろ?あれは、中々忘れられない体験だ」
テーブルの向かい座る爺さんが嫌味半分、やれやれ半分と言った感じで毒づいて来るのを軽く受け流す。
あんただって、高級肉やワインを「美味い、美味い」とか言いながら堪能してたじゃねぇか。
ちなみに奴の手前には、俺と同じメニューが置いてある。
「人生には、良い時も悪い時もある。現在、堪能出来る幸せを自覚出来なければ何処まで行っても不幸になるだけじゃて……」
「貴重な助言ありがとうよ………」
流石、かつて『ヨーロッパの魔王』とか呼ばれながら、最近まで極貧生活してた人間の言う事は違うわな……
今は、国会議事堂での騒ぎから丸一日経ったお昼過ぎ。
漸く西条から開放された俺達は、4人で都内のファミレスに入っていた。
隣に居る雪之丞は、ステーキの他にハンバーグも含めて合計3人前の肉料理をガツガツ食って、爺さんの隣に居るマリアはロイヤルミルクティーを飲んでいる。
そう………マリアは、ミルクティーを飲んでる。
これは、最近爺さんが搭載した機能で、マリアに食の楽しみを味わって欲しくて着けたらしい。勿論、エネルギーも摂取出来る。
「香気成分を分析・ハチミツの糖分が舌のセンサーを強く刺激・中枢回路に『幸福』の疑似信号が送出」
はっきり言って、助手ロボットには完全に不要な機能だ。
今更ではあるが、爺さんにとってマリアはそれ以上の存在と言う事だろう。
話は戻る。
昨日のテロリストとの一戦の後……当たり前だが、議事堂は大騒ぎだった。
まぁ、その後処理は例によって西条達オカルトGメンや警察の人間達がやったんだが、俺達も敵を倒したから「はい、さよなら」なんて訳には行かず、事情聴取なんかを含めた諸々に付き合わされてこんな時間になったわけだ。
そして、演説を潰された国王は、滞在予定を2日伸ばし改めて演説を行うと言う。
ただ、議事堂はテロリストが暴れてくれた所為(西条達は何故か俺が壊したみたいな目で見て来たが、多分気の所為だ……)で使えなくなったので警備のしやすさや格式的な理由から、ここまで滞在していた迎賓館に特設会場を作って行うとの事だ。
警備に至っては、警察だけでなく本国から派遣された応援部隊(勿論、精霊獣装備)も加わって凄い陣容になっていた。やはり、1人のテロリストに護衛を全滅させられたのは、ザンスにとっても相当堪えたらしい。
しかも、驚いたのがその部隊が到着したのが騒ぎのあった数時間後………なら、そいつらが来てから演説してりゃ、あんなピンチに陥る事も無かったんじゃないか?
……と始めはそうに思った。
だが、よくよく考えてみれば国王は国の看板を背負ってるんだ。護衛が居ない事を理由に延期なんてした日にゃ “テロリストに屈しました” と世界に宣言する事になる………難儀な話だ。
「しかし、とんだ正月休みになっちまったぜ……」
まぁ、中々出来ない体験をしたとも言えるが………
「…………お主等は事務所でダラダラして、迎賓館でもダラダラしてたじゃろう?」
俺と爺さんがそんなやり取りをしてると、さっきまで食うのに夢中になってた雪之丞が割り込んで来る。
「馬鹿言うなよ。その代わりにくっせぇ下水道で何時間も待たされたんだぞ」
「下水道なら、儂等も走り回ったわい。それに何時間も掛けて敵の経路を割り出したのは、儂等や西条達なんじゃからな。ちゃんと分け前寄越すんじゃぞ」
「イエス・マリアも情報処理・頑張りました」
「わぁーってる、わぁーってる。いつも通り、等分でいいな?」
「やれやれ……」
◇◇◇
ザシュッ……
「…………しかし、難儀な場所だよ。入る度に1回1回除霊しなきゃならないとは……」
「クハハハハッ!お陰で鍛錬には、全く苦労しないぜぇ。西条の旦那♪」
「今日来たのは、ザンスの件ですか?部長殿」
華麗な剣捌きで周囲の悪霊を処理した後、溜息混じりに呟く西条へ俺達はそれぞれ声を掛ける。
事務所へ1台の覆面パトカーから西条が降りて来たのは、議事堂での騒ぎから1週間程したある日の事だった。
今回は、運転手意外に部下は居ない。まぁ、来た所で前回同様なら車で待機するだけだろうから居ない方がいいか。
そんな風に思っていると、西条はやや憮然としたような表情で答える。
「今日は、君達に渡す物があって来たんだ」
そう言って、剣を車へしまうと代わりに小さな紙袋を取り出して来た。
渡す物……?書類か何かか?
報酬は既に振り込まれてるし、煩わしい手続き(主に書類関係)は全部済ませた筈だが………
俺のそんな疑問を他所に西条は、袋の中から小箱を取り出しそれを俺達へそれぞれ手渡して来る。
なんだか、無造作に渡されたが………結構な高級品じゃないか?これ……
黒光りする木製の重厚な感じの外観に角の部分の補強には、如何にも手の込んで作られてそうな銀細工。
そして、箱の真ん中に施されてるいるのは………
「こりゃあ……」
「ザンスの紋章………」
この正月、TVで何度も見た。
確か、国旗にもこれがある。来日する時に、飛行機の横に掲げられて居たザンスの国旗は特に印象的だったな。
「開けてみたまえ。国王陛下からの “せめてものお礼” だそうだ」
そうして、俺達は西条に促されるようにして小箱を開ける。
そこには、これまた如何にも高級そうな赤い布の真ん中に、その高級の遥か上を行くであろう大振りな精霊石が “でん” と鎮座していた。
キャパシティが貧弱で、これ以上言葉で表現出来ない………
「おいおい……」
「………幾らするんですか?」
「さあな。それは、市場に出回ってない謂わば “ザンス特製” 品だ。売りに出せば、最低でも数億は下らないだろう」
“せめてものお礼” で数億か……精霊石の上に乗ってる国は、スケールが違うな………
「数億かよ。旦那からも金貰ってんのに、何か悪ぃな……」
「気にすることはない。君達のお陰で僕は、身に余り過ぎる栄誉を授かる事になったんだからね」
「……………………」
………あんたは、謙遜したいのか?それとも、嫌味でも言いたいのか?
勲章……今回の一件で西条は、オカルトGメンを代表してザンス大使館で国王から勲章を授与された。理由は、勿論国王と王女を救ったからだ。
新聞では、デカデカとこう載っていた。
『ザンス国王、暴漢に襲撃されるも無事 ― ICPO西条部長、身を挺して守護』
週刊誌やTVのワイドショーでは、『イケメンオカルト部長』だの『正義の騎士』だの連日大騒ぎ。中には『美しき守護者』なんて文字もあった。
黙っていれば、貴公子然としたこの男は本当に絵になる。
だから、この騒ぎは当然の結果と言えるのかもしれないが………何か釈然としない。
国王と王女を守ったのは雪之丞だし、西条が身を呈して守ったのはSP達に銃を向けられてた “俺” なんだからな……
情報が色々ねじ曲がって………いや、何が言いたいかと言うと、要するに俺達の活躍が全部西条の手柄と言う事になっているんだ。
…………別に不満はないし、仕方ないとも思ってる。
手柄を上げたのが連行した重要参考人でしたなんて言ったら、それこそ警察の面子は丸潰れだ。もし、そんな事になれば例え無実であろうと、俺と雪之丞はタダじゃ済まなかったろう。
警察は面子保って、俺達は身の安全を確保する。
それ等を同時に解決するには、どうしても目に見える “英雄” が必要になるが、その役が西条だったわけだ………だけど、感謝はしないぞ。
まぁ、奴も俺達とは違った意味で釈然としてないようだが………
「国王は、本当は君達を讃えたかったんだよ。自分達を救ってくれた “英雄” としてね」
「はっ、止せやい。英雄なんて柄じゃねぇ」
「………同じく。讃えられるような人間じゃありませんからね」
「………………もっと、騒ぐかと思ったけど……意外だな」
「信用ねぇな。まぁ、いい。俺は、俺達嵌めた馬鹿を取っちめる事が出来たんだ。それで、満足♪それが出来たのは旦那、あんたのお陰だ。俺は感謝してるぜ」
「私の方も……美味い物を食わせで貰った上に、こうして多額の報酬まで受け取れたんだ。文句を言えば、罰が当たりますよ」
「目の前でスイーツを食い散らかしてくれた時は、射殺してやろうかと思ったがね………まぁ、いい。君達は、良くやってくれた。また、その武威が必要になった時は、よろしく頼むよ……それじゃあ」
肩を竦めながらやれやれと言った感じで西条は言うと、そのままパトカーに乗って帰っていった。
………本当に渡すだけの為に来た感じだな。
まだ忙しいのか、それともこんな場所一刻も早く立ち去りたかったんだか……多分、両方だ。
………………それでも、あいつ……「よろしく」なんて言ったな。
わざわざ頼んで来た事も引っ括めて、今回の一件で奴の信頼(どの程度だか知らんが……)を勝ち得たのか?
まぁ、それはさておき……
「どうした?」
さっきから、腕組んで黙りコクってる雪之丞へ声を掛ける。
「武の威力で “武威” ………良い響きだ……♪」
「……………………」
何……?
俺達、『鴉』と『武威』になんの……?お笑い芸人………?