「旦那様!」
夜の分の仕事を進めていると、使用人の一人が慌ただしく書斎の扉を開いた。
年配の使用人で執事のような仕事を任せている男だ。
俺が続きを促すと、使用人は恐る恐るといった様子でカードのようなものを差し出してきた。
「……それは?」
「いつの間にか旦那様の寝室に置いてあったのでございます」
カードを見ると大きな文字で、
『予告状。
黒木一族の秘宝を頂く。
怪盗フォニー』
などとふざけたことが書かれていた。
「悪戯だろう」
「ですが寝室にあったのです」
思わず顔を顰めてしまう。
悪戯にせよ本気にせよ、こんなことをする奴が屋敷にいるのだ。
ここはとある地方都市の端にある山の中。
俺の一族は古くから山の上に建てられた屋敷で暮らしてきた。
元々は付近の山を管理する家系だったが、今は日本中で事業を展開するまでに成長している。
俺は今の黒木家当主だった。
とはいえ展開した事業は任せっきりで、自分の財産の管理をしながら気ままに暮らしている。
「秘宝というのはやはり……」
「間違いないだろうな」
使用人の言葉に頷いた。
『一族の秘宝』というのは屋敷にあるダイヤのことだろう。
大それた言い方だが、家宝であるのは間違いない。
もっとも、屋敷の人間なら誰でも知ってるような話ではあるが。
手放すつもりもないので正確な金額は分からないが、売れば少なくとも数億円ほどにはなるだろう。
「失礼します!」
そこに別の使用人の声が聞こえてきた。
今日はやけに使用人が書斎に飛び込んでくる。
「どうした?」
「来客です」
「今は取り込んでいるから、会えないと伝えろ」
「ですが……」
「?」
「お客様は警察の方のようでして」
「…………」
「いやぁ、夜分遅くにすみませんね……」
「いえ」
くたびれたスーツの中年男性だった。
警官らしくないのが、逆に警官らしい気がした。
「小田原と言います。県警の警部をやっています」
「はぁ……」
小田原警部は警察手帳を見せてくれる。
俺はと言えば、展開が急すぎて頭がまだ完全には追い付いていなかった。
「こちらに予告状と書かれたカードが届きませんでしたか?」
「! どうしてそれを?」
ちょうど気になっていたことを言い当てられて、思わず声を荒げてしまう。
この警部と関係があるとは思っていなかった。
予告状はついさっき俺も知ったばかりだ。
警察が知っているはずはない。まだ通報もしていないのだから。
「やはり来てましたか。実は県警にも同じものが届いてまして……。
この近くで黒木一族と言えば、こちらかなとお伺いしたんです」
小田原警部が懐から予告状を取り出した。
確かに同じものだ。わざわざ警察にも出したのか……。
「今日は遅いから私だけ来ましたが、明日には部下も来ます。
ぜひ護衛させてください。なぁに! 万全の警備をお約束しますよ!」
警部はどんと胸を叩く。
自信満々といった様子だが、逆に不安を覚えてしまう。
警部を書斎に連れて行くと、詳しい事情を聞くことにした。
すぐに警部は怪盗について語り始める。
「怪盗『フォニー』。最近、有名になってきた泥棒です。
フィクションに憧れてるのか、こうして予告状を送り付けて盗みに入る」
「へぇ……知らなかった」
「ま、警察の間では有名なコソ泥ですよ。
県でこいつの担当になってしまいまして、私が追いかけてるんです」
俺は予告状が送られた経緯について話すことにした。
つまり、屋敷の中に怪盗がいる可能性が高いということだ。
「ふむ、なるほど」
「写真などがあれば良いのですが……」
考え込む警部に俺が提案する。
すると警部はごそごそと懐を漁って一枚の紙を取り出した。
「こちらが似顔絵です。
どうですか? 見覚えはありませんか?」
警部が似顔絵を見せてくれる。
まるで少女のような顔立ちだった。いや、本当に少女か?
しかし使用人は多い。全員の顔を覚えている自信はなかった。
どこかで見たような気もするが……。
「あのー、旦那様?」
いつの間にか部屋に使用人がやってきていた。
扉から恐る恐る中を覗き込むようにしている。
「どうした? 来客中なのだが」
「申し訳ありません!」
俺がそう言うと、まだ若い使用人は深く頭を下げる。
「ですが、この使用人が金庫の前で怪しげな動きを……」
「あ」
使用人が別の使用人を部屋の中へと引っ張った。
すぐに小田原警部が声を上げる。
「怪盗『フォニー』です!」
咄嗟に警部の方を見る。
言い訳できないくらい、その使用人は持っている似顔絵とそっくりだった。
「……とりあえず逮捕だ」
警部は手錠を出すと怪盗の両手にがちゃり、と嵌めた。
ただし警官は言わない方が良い台詞だったかも知れない。
この短時間で予告状が届いて、警部が来て、犯人が捕まってしまった。
……一体なんだっていうんだ。
「詳しい状況を教えてくれ」
とりあえず正確な情報を知ろうと、使用人に声をかける。
使用人の返事は分かりやすかった。
「金庫の前に彼女が立ってたんです」
「それだけじゃあ、怪しいとは言えないだろう?」
「金庫に聴診器を当てながらダイヤルを回していたので……」
「…………」
随分と古風な手口である。
分かりやすいのは間違いないが。
怪盗を見る。
間違いなく十代の少女だった。
小柄な体格で肩口に揃えた髪。視線だけが異様なまでにふてぶてしい。
屋敷の制服を着ているから、潜入していたということだろう。
「とうとう捕まったな。観念しろよ」
「…………」
警部が詰め寄ると怪盗はそっぽを向いた。
最初は機嫌の良かった警部だが、その様子に首を傾げる。
「うーん」
「……何か気になることでも?」
最終的には考え込んでしまう。
俺としてはさっさと終わらせたいが、仕方ないので水を向けた。
「念のため、金庫の中を確認しましょう。
実は既に盗んだ後かもしれません。コイツを甘く見たら痛い目を見ます」
どう見ても、心配はなさそうに思えるが……。
俺たちは念のために金庫へと向かうことにした。
「立派な金庫ですなぁ」
「だろ? ……痛っ」
金庫の置かれた部屋に来るなり、警部がしみじみと呟いた。
しかし手錠に繋がれた怪盗の軽口を聞いて、その頭を叩いた。
誰にも見えないように、俺は古びたダイヤル式の金庫を開ける。
そっと豪華な装飾の施されたダイヤを取り出した。
金銭的な価値だけでなく、歴史的な価値もある家宝だ。
目利きのできる使用人へと俺はダイヤを慎重に渡す。
「……間違いなく本物です」
ほっと胸を撫でおろした。
やはり盗まれる前に捕まったのだ。
怪盗は何食わぬ顔で明後日の方向を向いており、感情は読み取れない。
「念のため私にも見せてもらえますか?
ダイヤ自体は本物でも何か細工されていたら大変です」
そう言いながら、既に警部は懐から手袋を取り出している。
細工の想像はつかないが、俺はダイヤを警部に手渡した。
警部は「むむむ」なんて言いながらダイヤを色々な角度から眺め始める。
見れば、隣の怪盗が警部の方をちらちらと覗き込んでいた。
そして、急に身を乗り出した。
「ねぇ! 私にも少し見せてよ!」
「バカモン! 近づくな!」
警部は怪盗から遠ざけるように、ダイヤを握った右手を伸ばす。
さらに左腕で怪盗を押し返そうとする。
俺はまじまじと怪盗を見てしまう。
首を伸ばしてダイヤを一目見ようとする姿は年相応の少女にしか見えない。
しかし今の動きを見ると、ダイヤを狙っているのは間違いないのだろう。
甘く見ていたが警戒するに越したことはないか。
「しつこいっ!」
しまいには警部からもう一度頭を叩かれていた。
怪盗は不満げに目を細めながらそっぽを向く。
「まったく……ダイヤはお返しします。
ご協力ありがとうございました。特に仕掛けはなさそうですね」
警部からダイヤを受け取ると、俺はそそくさと金庫に戻す。
……怪盗が物欲しそうに見つめていた。
「ほら、行くぞ!」
警部が怪盗を連れて屋敷を出ていこうとする。
もう夜も遅いがこのまま連行するらしい。
「おい、いい加減に諦めろ! 壁にしがみつくな!
今日は部下もいないってのに……」
怪盗はと言うと、いやだいやだと駄々をこねるように非協力的だった。
最終的には引きずられるように覆面車両へと詰め込まれていく。
「はぁ、疲れた。
一体何だったんだ、この騒ぎは……」
俺は最後まで見送った後、重い溜息を吐く。
もう時刻は深夜近くになっていた。
流石に追加で使用人が飛び込んでくることもなく、俺は眠りについたのだった。
翌日の朝。
滅多に来客がない屋敷の呼び鈴がまた鳴っていた。
「はい」
「すみません、少し伺いたいのですが……」
使用人に呼ばれて応対をする。
どうやらまた警官のようだ。今度は二人組らしい。
ひょっとしたら昨日の警部が言っていた部下かも知れない。
解決の経緯が特殊だったから、まだ怪盗が捕まっていないと思っていても不思議はないだろう。
「ひょっとして怪盗の件ですか?
それなら上司の警部さんが解決して連行していきましたよ」
内心で呆れながらも表には出さず、俺は笑顔を見せた。
しかし、警官二人は「?」と顔を見合わせる。
「いえ、怪盗? の件とは無関係です。今日は注意喚起に来ました」
「注意喚起?」
怪盗以外にも犯罪者がうろついているのか。
随分と物騒になったものだ。
「はい。二人組の詐欺グループの目撃情報があったので、付近の住民の方に注意喚起しているのです」
「二人組の詐欺グループ……」
「どちらも演技が上手く巧妙に被害者を騙して金品を盗み取ります。
まるで演劇でもするかのような手口が特徴的なので気を付けてください」
「…………」
そう言って、一方の警官が紙を取り出して見せてくれる。
こちらはしっかりと写真である。
見覚えがあった。
変装していたようだが、あの怪盗と警部である。
俺は急いでダイヤの元へと走り出した。
改めて使用人に調べさせると、やはりダイヤは偽物だった。
「あの時だ……」
ニセ警部にダイヤを渡した時、怪盗に気を取られた一瞬ですり替えた。
思えば、結局は警部の部下にだって会ってはいない。
それどころかパトカーの一台だって見ていないじゃないか。
あの二人は怪盗役と警部役だったのだ。