青いハイブランドスーツを身に着け、店の前で烏丸さんを待つ。
彼はたくさんの購入品を自宅へ送る手続きをしてくれていた。
中にはドレスも一着混ざっている。
パーティーに出ることがあるからだ、と説明されたが、ドレスにはトラウマがひもづいており少々複雑な気分だった。
(発表会……私だけ講師演奏をさせてもらえなかったんだよね……)
新人だから、という言い訳は2年後、後輩が入社した時点できかなくなった。
(本当は弾きたかったなあ。生徒たちの前で私のピアノ)
少しだけメランコリックになっていたら、「あら。倉田さんじゃない」と聞き慣れた声がしてハッとした。
目の前に音楽教室の先輩がいた。
「
棘山さん……」
棘山
麗華28歳、ピアノ講師。
大きな企業の一人娘で、超セレブな彼女は、私を一番敵視していた人だ。
元々派手めな美人だったが、真っ赤なルージュに長い付けまつ毛、ピンク色のポニーテールウィッグとかなり盛っている。すれ違った程度なら気づかなかっただろう。
「なんだか雰囲気変わったわね。まさかもうパトロンが出来たの? あなたってうまくやるわねえ」
お互い様だったらしく、私の全身を舐めるように見ながら棘山さんは言う。
(どうしよう。烏丸商事の秘書なんてバレたら、何を言われるかわからない)
今回ばかりは確実にショートカットでこのポジションにいる。
自分でもズルいと思っているほどだ。
「あの、いえ、その……」
後ろめたさに、ついしどろもどろになってしまう。
「そうだ。ビッグニュースを教えてあげる。今夜、
栄保グループ創立10周年パーティーで私たちがピアノを弾くの。全世界に配信されるわ。凄いでしょう」
栄保グループ!
ショートドラマが大当たりして、世界にまでファンを広げている気鋭のエンターテイメント企業だ。そのパーティーでピアノを弾けるなんて……。
すごすぎる。
(そうか。だから舞台用のメイクなんだ)
ドレスには楽屋で着替えるのだろう。
彼女はニッと笑いかけてきた。
「羨ましいでしょ。たとえ在籍しててもあなたの順番は来ないけどね」
「確かに」
同調したら、棘山さんの目がつり上がった。
「あ、これは別に意地悪されたからとかではなく、他にも理由が」
「意地悪? 人聞き悪いわね」
「あ、すいません」
ナチュラルに本音が出てしまい、頭を下げる。いけないいけない。
ストレート過ぎた。しかし。
「あなたが辞めてから、ついてるのよね。ビル内のパーティーだから、あなたも暇なら来てみれば? レベルの差をたっぷり見せつけてあげるから」
うん。やっぱり意地悪だよね。
どういう生き方をしてきたら、こんな嫌味を立て続けに繰り出せるのだろう。
「あの……」
私は言った。
「何?」
棘山さんはにやついている。
「頑張ってください。応援には行けないけど……素晴らしい晴れ舞台だと思いますから」
うん。自分が在籍していた時にはそんな話、全然なかった。
心からその価値がわかっているからこそ、全力を尽くしてほしい。
それに。
(私には……そんな舞台に立つ勇気なんて……なかったかも)
確かに、と言ったのは、それもある。
私は自分の弱さを知っている。だから、誰かに嫉妬なんてしようがないのだ。
「余裕ぶっちゃって……! あんた、私をバカにしてるでしょ。そういうところが大っきらい」
棘山さんはみるみる険しい顔になり、つん、と思いっきり顔をそむけて立ち去っていく。
「はああ」
緊張が解け、私は思わずため息をついた。
なんで今、気分を害したんだろう。先の「意地悪」発言の時はさほどでもなかったのに。
どっちにしても彼女は苦手だ。いつも喧嘩腰で気分がコロコロ変わる。
そして絶妙に罪悪感を煽ってくるから神経が削られる。
と、拍手が聞こえてくる。いつの間にか烏丸さんがいた。
「君、やるな」
「え?」
「格の違いを見せつけただろう」
「格……? あっ!」
私は青ざめた。
「もしかして話を」
「ああ。最初から聞いてた」
烏丸さんの目が細められた。
「よく頑張ったな。君の勝ちだ」
「勝ち……」
「そう。圧勝」
翻訳が上手な烏丸さんを私はマジマジと見上げた。
今のやり取りを勝負にたとえて、何故か私の勝ち、だなんて。
(全然理屈に合わない。でも……)
烏丸さんの目に嘘はなくて、私の胸は温かくほころぶ。
そう言ってくれるなら、そういう事にしておいたので、いいのかも。
烏丸さんはニヤリと笑った。
「しかし俺は君ほど人間が出来てないんでね。攻撃されたら完膚なきまでに叩き潰す。というわけで栄保のパーティー、チケットが届いてる。俺達も行くぞ」
「えっ」
「ドレスを買っておいて良かった。腕が鳴るな」
烏丸さんはまっすぐに私を見る。
「君はきらめくダイヤモンドだ。その価値を、節穴どもにわからせてやる」