8 棘のある再会

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 青いハイブランドスーツを身に着け、店の前で烏丸さんを待つ。
 彼はたくさんの購入品を自宅へ送る手続きをしてくれていた。
 中にはドレスも一着混ざっている。
 パーティーに出ることがあるからだ、と説明されたが、ドレスにはトラウマがひもづいており少々複雑な気分だった。

(発表会……私だけ講師演奏をさせてもらえなかったんだよね……)

 新人だから、という言い訳は2年後、後輩が入社した時点できかなくなった。

(本当は弾きたかったなあ。生徒たちの前で私のピアノ)

 少しだけメランコリックになっていたら、「あら。倉田さんじゃない」と聞き慣れた声がしてハッとした。
 目の前に音楽教室の先輩がいた。

棘山(とげやま)さん……」

 棘山麗華(れいか)28歳、ピアノ講師。

 大きな企業の一人娘で、超セレブな彼女は、私を一番敵視していた人だ。
 元々派手めな美人だったが、真っ赤なルージュに長い付けまつ毛、ピンク色のポニーテールウィッグとかなり盛っている。すれ違った程度なら気づかなかっただろう。

「なんだか雰囲気変わったわね。まさかもうパトロンが出来たの? あなたってうまくやるわねえ」

 お互い様だったらしく、私の全身を舐めるように見ながら棘山さんは言う。

(どうしよう。烏丸商事の秘書なんてバレたら、何を言われるかわからない)

 今回ばかりは確実にショートカットでこのポジションにいる。
 自分でもズルいと思っているほどだ。

「あの、いえ、その……」

 後ろめたさに、ついしどろもどろになってしまう。

「そうだ。ビッグニュースを教えてあげる。今夜、栄保(えいほ)グループ創立10周年パーティーで私たちがピアノを弾くの。全世界に配信されるわ。凄いでしょう」

 栄保グループ!
 ショートドラマが大当たりして、世界にまでファンを広げている気鋭のエンターテイメント企業だ。そのパーティーでピアノを弾けるなんて……。
 すごすぎる。

(そうか。だから舞台用のメイクなんだ)

 ドレスには楽屋で着替えるのだろう。
 彼女はニッと笑いかけてきた。

「羨ましいでしょ。たとえ在籍しててもあなたの順番は来ないけどね」
「確かに」

 同調したら、棘山さんの目がつり上がった。

「あ、これは別に意地悪されたからとかではなく、他にも理由が」
「意地悪? 人聞き悪いわね」
「あ、すいません」

 ナチュラルに本音が出てしまい、頭を下げる。いけないいけない。
 ストレート過ぎた。しかし。

「あなたが辞めてから、ついてるのよね。ビル内のパーティーだから、あなたも暇なら来てみれば? レベルの差をたっぷり見せつけてあげるから」

 うん。やっぱり意地悪だよね。
 どういう生き方をしてきたら、こんな嫌味を立て続けに繰り出せるのだろう。

「あの……」

 私は言った。

「何?」

 棘山さんはにやついている。

「頑張ってください。応援には行けないけど……素晴らしい晴れ舞台だと思いますから」

 うん。自分が在籍していた時にはそんな話、全然なかった。
 心からその価値がわかっているからこそ、全力を尽くしてほしい。
 それに。

(私には……そんな舞台に立つ勇気なんて……なかったかも)

 確かに、と言ったのは、それもある。
 私は自分の弱さを知っている。だから、誰かに嫉妬なんてしようがないのだ。

「余裕ぶっちゃって……! あんた、私をバカにしてるでしょ。そういうところが大っきらい」

 棘山さんはみるみる険しい顔になり、つん、と思いっきり顔をそむけて立ち去っていく。

「はああ」

 緊張が解け、私は思わずため息をついた。
 なんで今、気分を害したんだろう。先の「意地悪」発言の時はさほどでもなかったのに。
 どっちにしても彼女は苦手だ。いつも喧嘩腰で気分がコロコロ変わる。
 そして絶妙に罪悪感を煽ってくるから神経が削られる。
 と、拍手が聞こえてくる。いつの間にか烏丸さんがいた。

「君、やるな」
「え?」
「格の違いを見せつけただろう」
「格……? あっ!」

 私は青ざめた。

「もしかして話を」
「ああ。最初から聞いてた」

 烏丸さんの目が細められた。

「よく頑張ったな。君の勝ちだ」
「勝ち……」
「そう。圧勝」

 翻訳が上手な烏丸さんを私はマジマジと見上げた。
 今のやり取りを勝負にたとえて、何故か私の勝ち、だなんて。

(全然理屈に合わない。でも……)

 烏丸さんの目に嘘はなくて、私の胸は温かくほころぶ。
 そう言ってくれるなら、そういう事にしておいたので、いいのかも。
 烏丸さんはニヤリと笑った。

「しかし俺は君ほど人間が出来てないんでね。攻撃されたら完膚なきまでに叩き潰す。というわけで栄保のパーティー、チケットが届いてる。俺達も行くぞ」
「えっ」
「ドレスを買っておいて良かった。腕が鳴るな」
 
 烏丸さんはまっすぐに私を見る。

「君はきらめくダイヤモンドだ。その価値を、節穴どもにわからせてやる」



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 彼はたくさんの購入品を自宅へ送る手続きをしてくれていた。
 中にはドレスも一着混ざっている。
 パーティーに出ることがあるからだ、と説明されたが、ドレスにはトラウマがひもづいており少々複雑な気分だった。
(発表会……私だけ講師演奏をさせてもらえなかったんだよね……)
 新人だから、という言い訳は2年後、後輩が入社した時点できかなくなった。
(本当は弾きたかったなあ。生徒たちの前で私のピアノ)
 少しだけメランコリックになっていたら、「あら。倉田さんじゃない」と聞き慣れた声がしてハッとした。
 目の前に音楽教室の先輩がいた。
「|棘山《とげやま》さん……」
 棘山|麗華《れいか》28歳、ピアノ講師。
 大きな企業の一人娘で、超セレブな彼女は、私を一番敵視していた人だ。
 元々派手めな美人だったが、真っ赤なルージュに長い付けまつ毛、ピンク色のポニーテールウィッグとかなり盛っている。すれ違った程度なら気づかなかっただろう。
「なんだか雰囲気変わったわね。まさかもうパトロンが出来たの? あなたってうまくやるわねえ」
 お互い様だったらしく、私の全身を舐めるように見ながら棘山さんは言う。
(どうしよう。烏丸商事の秘書なんてバレたら、何を言われるかわからない)
 今回ばかりは確実にショートカットでこのポジションにいる。
 自分でもズルいと思っているほどだ。
「あの、いえ、その……」
 後ろめたさに、ついしどろもどろになってしまう。
「そうだ。ビッグニュースを教えてあげる。今夜、|栄保《えいほ》グループ創立10周年パーティーで私たちがピアノを弾くの。全世界に配信されるわ。凄いでしょう」
 栄保グループ!
 ショートドラマが大当たりして、世界にまでファンを広げている気鋭のエンターテイメント企業だ。そのパーティーでピアノを弾けるなんて……。
 すごすぎる。
(そうか。だから舞台用のメイクなんだ)
 ドレスには楽屋で着替えるのだろう。
 彼女はニッと笑いかけてきた。
「羨ましいでしょ。たとえ在籍しててもあなたの順番は来ないけどね」
「確かに」
 同調したら、棘山さんの目がつり上がった。
「あ、これは別に意地悪されたからとかではなく、他にも理由が」
「意地悪? 人聞き悪いわね」
「あ、すいません」
 ナチュラルに本音が出てしまい、頭を下げる。いけないいけない。
 ストレート過ぎた。しかし。
「あなたが辞めてから、ついてるのよね。ビル内のパーティーだから、あなたも暇なら来てみれば? レベルの差をたっぷり見せつけてあげるから」
 うん。やっぱり意地悪だよね。
 どういう生き方をしてきたら、こんな嫌味を立て続けに繰り出せるのだろう。
「あの……」
 私は言った。
「何?」
 棘山さんはにやついている。
「頑張ってください。応援には行けないけど……素晴らしい晴れ舞台だと思いますから」
 うん。自分が在籍していた時にはそんな話、全然なかった。
 心からその価値がわかっているからこそ、全力を尽くしてほしい。
 それに。
(私には……そんな舞台に立つ勇気なんて……なかったかも)
 確かに、と言ったのは、それもある。
 私は自分の弱さを知っている。だから、誰かに嫉妬なんてしようがないのだ。
「余裕ぶっちゃって……! あんた、私をバカにしてるでしょ。そういうところが大っきらい」
 棘山さんはみるみる険しい顔になり、つん、と思いっきり顔をそむけて立ち去っていく。
「はああ」
 緊張が解け、私は思わずため息をついた。
 なんで今、気分を害したんだろう。先の「意地悪」発言の時はさほどでもなかったのに。
 どっちにしても彼女は苦手だ。いつも喧嘩腰で気分がコロコロ変わる。
 そして絶妙に罪悪感を煽ってくるから神経が削られる。
 と、拍手が聞こえてくる。いつの間にか烏丸さんがいた。
「君、やるな」
「え?」
「格の違いを見せつけただろう」
「格……? あっ!」
 私は青ざめた。
「もしかして話を」
「ああ。最初から聞いてた」
 烏丸さんの目が細められた。
「よく頑張ったな。君の勝ちだ」
「勝ち……」
「そう。圧勝」
 翻訳が上手な烏丸さんを私はマジマジと見上げた。
 今のやり取りを勝負にたとえて、何故か私の勝ち、だなんて。
(全然理屈に合わない。でも……)
 烏丸さんの目に嘘はなくて、私の胸は温かくほころぶ。
 そう言ってくれるなら、そういう事にしておいたので、いいのかも。
 烏丸さんはニヤリと笑った。
「しかし俺は君ほど人間が出来てないんでね。攻撃されたら完膚なきまでに叩き潰す。というわけで栄保のパーティー、チケットが届いてる。俺達も行くぞ」
「えっ」
「ドレスを買っておいて良かった。腕が鳴るな」
 烏丸さんはまっすぐに私を見る。
「君はきらめくダイヤモンドだ。その価値を、節穴どもにわからせてやる」