「……もう、終わりにしよう」
その言葉が落ちるのと同時に、胸の奥に冷たい水が流れ込んだような感覚がした。
校舎裏、夕焼けに染まった壁がまぶしくて、三神静馬は一瞬、目を細めた。
目の前には、幼なじみであり、数ヶ月前から恋人になった篠原美琴。
彼女の隣には、見たことのない男がいた。親しげに肩が触れ合っている。
「……え?」
それ以上、言葉が出てこなかった。
言い訳をしてくれると思った。
「違うの」とか「説明させて」とか、そう言ってくれると思った。
だけど、美琴は一歩も引かず、ただ静かに告げる。
「好きな人ができたの。……それだけ」
言葉を選んだつもりなんだろう。
でも、それはまるで告げ口みたいに軽くて、残酷だった。
静馬は口を開きかけて、やめた。
無理に引き止めたって、彼女の隣にはもう別の誰かがいる。
それがすべてだった。
「……そうか。わかった」
そう言った自分の声が、ひどく他人みたいに思えた。
気づけば歩いていた。どこに向かっているのか、自分でもよくわからなかった。
足だけが勝手に前に進んでいて、頭はずっと止まったままだった。
夕焼けはとうに消え、気づけば薄暗い空が広がっていた。
辿り着いたのは、昔、何度も遊びに来た町外れの廃遊園地。
数年前に閉園してから放置されたままのその場所は、今では誰も近づかない。
さびたフェンス、止まった観覧車、色あせたキャラクターの看板。
静かで、空っぽで、まるで今の自分みたいだと思った。
静馬はフェンスの隙間から忍び込み、売店の裏を通って観覧車の奥へ進む。
崩れた足場の向こう、草むらの影にぽっかりと口を開けた地下通路を見つけた。
どうして入ろうと思ったのか、自分でもわからない。
でも、その時だけは“何かに呼ばれた”ような気がした。
地下は湿っていて、冷たかった。
階段を降りた先には、妙に広い空間が広がっていた。
壁一面にびっしりと貼られた札。
中央に黒く焼け焦げたような石碑があり、何重にも鎖が巻きついている。
空気が重い。
息を吸い込むたびに、胸の奥がひりつくような感覚。
そして――その時だった。
「……あーあ、やっと誰か来た」
ふいに、耳の奥に声が響いた。
それは、女の声だった。気だるげで、甘さと鋭さが入り混じった、妙に耳に残る声。
「ねぇ、そこの君。少しだけ付き合ってくれない?」
「……誰だ」
警戒よりも先に、好奇心が勝った。
だって、どうでもよかったのだ。
フラれたばかりで、心の居場所もなくして、何もかもが空っぽになっていた。
「話すだけでいいなら……まあ、ヒマだし」
返事をすると、鎖の巻かれた石碑の奥から、ふっと柔らかな笑い声が漏れた。
「ふふっ……いい返事。じゃあ、今日からよろしくね。退屈な人間くん」
この日、三神静馬と“封印された彼女”との、奇妙な関係が始まった。
それが、世界を変えることになるとは、まだ誰も知らない。