第7話 魔女狩りの影と、焼き栗の香り

ー/ー



 王都の冬は、日に日にその厳しさを増していく。
 広場の時計塔が午後六時を告げる頃、空からは粉雪ではなく、大粒のボタン雪が降り始めていた。

「……今日は、平和だったなぁ」

 ジルは、噴水の縁に腰掛け、紙袋に入った「焼き栗」を眺めていた。

 今日の彼は、誰にも邪魔されず、静かにパトロールを終えようとしていた。あまりの寒さに、広場を行き交う人々もまばら。そんな中、彼は自分をいつも困らせる三人の少女たちのために、なけなしの小銭で温かな焼き栗を買ったのだ。

「あ、騎士様! もしかして、それ……」

 雪の向こうから、赤い鼻をさらに赤くしたリネが駆けてくる。その後ろから、優雅に(だが足取りは速く)モニカとクララも現れた。

「……お疲れ様。今日はもう店仕舞いだろ? ほら、みんなでこれを食べて温まれ」

 ジルの差し出した焼き栗から、香ばしく甘い香りが立ち上る。

「わあぁ、ありがとうございます!」
「騎士様、わたくしの分は特別に大きく剥いてくださる?」
「……ありがとう。ジルさまぁ」

 三人が栗を頬張り、束の間の平和な時間が流れる。
 だが、クララの懐で、銀色のペンダントが不気味に赤く脈打っていた。それは魔女狩り組織からの通信――「ターゲット(リネ)の抹殺または拘束を急げ」という、最後通牒だった。

(……わかっているわよ。あの子を捕まえれば、私の任務は終わる)

 クララは隣で栗を幸せそうに食べるリネを見た。そして、その様子を親のように見守るジルを見る。
 もし自分が任務を遂行すれば、この「温かな焼き栗」を囲む時間は二度と訪れない。

「ねえ、リネさん。……あなた、もし自分が一番大切な人を守るために、大きな魔法を使わなきゃいけなくなったら、どうする?」

 クララの唐突な問いに、リネは栗を口に含んだまま、「ふぇ?」と首を傾げた。

「えっと……私、いつも暴走しちゃうけど……でも、騎士様がピンチなら、街がジャングルになっても、一生懸命マッチを擦ると思います!」
「……そう。あなたらしいわね」

 クララは自嘲気味に笑った。その時、彼女のペンダントが限界まで発光する。組織が強制的に「魔力探知・追跡魔法」を発動させようとしていた。

「(マズいわ、組織の強制介入が来る……!)」

 クララは咄嗟にジルの影に隠れながら、自らの殺気を隠蔽する魔法を放とうとした。しかし、それよりも早く、リネが彼女の「異変(震え)」に気づいてしまった。

「クララさん、顔色が真っ青ですよ! もしかして、栗の食べすぎ……じゃなくて、すごく寒いんじゃ! よーし、私に任せてください!」
「ちょっと、リネ! 今はダメ、マッチを擦っちゃ――」

 シュッ!!

 止める間もなかった。
 リネが願ったのは「クララさんの震えを止める、太陽のような温かさ」。
 だが、そこにクララの「魔女狩り組織の追跡魔力」が干渉した。

 ドゴォォォォン!!

 噴水広場に、新たな奇跡が顕現した。
 焼き栗の袋の中から、魔力によって巨大化した「自走式・爆裂焼き栗ゴーレム」が三体、飛び出したのである。

「栗が……栗が歩いてる!? しかも、殻をキャノン砲みたいに射出してるわよ!」
「熱っ! 殻が当たると熱い! 誰か、この栗の進撃を止めてくれ!」

 ゴーレム化した巨大な栗たちは、広場を「一番温めるべき場所」と判断し、街灯やベンチを次々と殻でデコレーション(物理攻撃)し始めた。
 ジルが抜剣しかけたその時、モニカが力強く扇子を叩いた。

「皆様、落ち着きなさい! これこそが、我が商会がお届けする今夜限りの冬至祭イベント――『自動剥き身・プレミアムロースト・ショー』ですわ!」
「……はぁ!? モニカ、何を言って――」
「ジル様、黙ってわたくしに合わせなさい! ……さあ王都の皆様! 今このマッチを買った方には、この巨大栗が自ら殻を脱ぎ捨てて提供する、ホクホクの『聖なる実』を食べる権利を差し上げますわ! 殻の破裂音は祝砲、舞い散る破片は幸運のスパイスですの!」

 モニカの圧倒的な声量と自信に、怯えていた通行人たちが足を止めた。

「えっ、あれってモンスターじゃなくて演出なの?」
「自動で剥ける栗……なんか凄そう!」
「祝砲なら縁起がいいな!」

 モニカはすかさずリネに目配せした。

「リネさん! 暴走ついでに、あのゴーレムたちに『美味しそうな匂い』の魔法を上書きなさい! クララさんはその……ハンターの勘で、一番美味しいタイミングで栗を地面に落とさせなさい!」
「わ、わかりました! えいっ!」
「……やれやれ。捕獲対象と協力して調理するなんてね」

 リネが香ばしい香りの魔法を振りまき、クララが飛来する殻を正確に叩き落として「剥き身」だけを安全に市民の手元へ誘導する。

 さっきまで恐怖の対象だった巨大ゴーレムは、モニカの巧みな宣伝によって「広場で配られる無料の(マッチ代のみの)ご馳走」へと見事に定義を書き換えられてしまった。

「う、美味い!」
「さすが王都の騎士団が警護してるだけあるな、演出も派手だ!」
「ジル様、ありがとう!」

「……え、あ、ああ。楽しんでくれ……(誰が警護だ)」

 押し寄せる市民たちの熱気と満足げな顔。

 三体のゴーレムは、中身をすべて振る舞い終えると、最後は温かな湯気となって雪の中に消えていった。

 結果として、広場には平和と、焼き栗の甘い余韻と、モニカの鞄に詰め込まれた大量の金貨(マッチ代)だけが残った。

「モニカさん……。さすがです!! 名案でした!!」

 リネが目を輝かせて拍手する。

「ビジネスとは、ピンチをプレミアムに変えることですわ。……さて、ジル様? 警備のお礼に、わたくしのマッチを箱買いしてくださるかしら?」
「……勘弁してくれ。今日買った焼き栗の代金で、もう一銭も残ってないんだ」

 冬至の祭、午後八時。

 クララのペンダントの光は完全に消えた。強力な魔力反応は「商業イベント」として処理され、組織の追跡も空振りに終わったのだ。

 ジルは空になった焼き栗の袋を握りしめ、三人の少女の笑顔を見ながら、明日もまたこの広場に立つ覚悟を決めるのだった。




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 王都の冬は、日に日にその厳しさを増していく。
 広場の時計塔が午後六時を告げる頃、空からは粉雪ではなく、大粒のボタン雪が降り始めていた。
「……今日は、平和だったなぁ」
 ジルは、噴水の縁に腰掛け、紙袋に入った「焼き栗」を眺めていた。
 今日の彼は、誰にも邪魔されず、静かにパトロールを終えようとしていた。あまりの寒さに、広場を行き交う人々もまばら。そんな中、彼は自分をいつも困らせる三人の少女たちのために、なけなしの小銭で温かな焼き栗を買ったのだ。
「あ、騎士様! もしかして、それ……」
 雪の向こうから、赤い鼻をさらに赤くしたリネが駆けてくる。その後ろから、優雅に(だが足取りは速く)モニカとクララも現れた。
「……お疲れ様。今日はもう店仕舞いだろ? ほら、みんなでこれを食べて温まれ」
 ジルの差し出した焼き栗から、香ばしく甘い香りが立ち上る。
「わあぁ、ありがとうございます!」
「騎士様、わたくしの分は特別に大きく剥いてくださる?」
「……ありがとう。ジルさまぁ」
 三人が栗を頬張り、束の間の平和な時間が流れる。
 だが、クララの懐で、銀色のペンダントが不気味に赤く脈打っていた。それは魔女狩り組織からの通信――「ターゲット(リネ)の抹殺または拘束を急げ」という、最後通牒だった。
(……わかっているわよ。あの子を捕まえれば、私の任務は終わる)
 クララは隣で栗を幸せそうに食べるリネを見た。そして、その様子を親のように見守るジルを見る。
 もし自分が任務を遂行すれば、この「温かな焼き栗」を囲む時間は二度と訪れない。
「ねえ、リネさん。……あなた、もし自分が一番大切な人を守るために、大きな魔法を使わなきゃいけなくなったら、どうする?」
 クララの唐突な問いに、リネは栗を口に含んだまま、「ふぇ?」と首を傾げた。
「えっと……私、いつも暴走しちゃうけど……でも、騎士様がピンチなら、街がジャングルになっても、一生懸命マッチを擦ると思います!」
「……そう。あなたらしいわね」
 クララは自嘲気味に笑った。その時、彼女のペンダントが限界まで発光する。組織が強制的に「魔力探知・追跡魔法」を発動させようとしていた。
「(マズいわ、組織の強制介入が来る……!)」
 クララは咄嗟にジルの影に隠れながら、自らの殺気を隠蔽する魔法を放とうとした。しかし、それよりも早く、リネが彼女の「異変(震え)」に気づいてしまった。
「クララさん、顔色が真っ青ですよ! もしかして、栗の食べすぎ……じゃなくて、すごく寒いんじゃ! よーし、私に任せてください!」
「ちょっと、リネ! 今はダメ、マッチを擦っちゃ――」
 シュッ!!
 止める間もなかった。
 リネが願ったのは「クララさんの震えを止める、太陽のような温かさ」。
 だが、そこにクララの「魔女狩り組織の追跡魔力」が干渉した。
 ドゴォォォォン!!
 噴水広場に、新たな奇跡が顕現した。
 焼き栗の袋の中から、魔力によって巨大化した「自走式・爆裂焼き栗ゴーレム」が三体、飛び出したのである。
「栗が……栗が歩いてる!? しかも、殻をキャノン砲みたいに射出してるわよ!」
「熱っ! 殻が当たると熱い! 誰か、この栗の進撃を止めてくれ!」
 ゴーレム化した巨大な栗たちは、広場を「一番温めるべき場所」と判断し、街灯やベンチを次々と殻でデコレーション(物理攻撃)し始めた。
 ジルが抜剣しかけたその時、モニカが力強く扇子を叩いた。
「皆様、落ち着きなさい! これこそが、我が商会がお届けする今夜限りの冬至祭イベント――『自動剥き身・プレミアムロースト・ショー』ですわ!」
「……はぁ!? モニカ、何を言って――」
「ジル様、黙ってわたくしに合わせなさい! ……さあ王都の皆様! 今このマッチを買った方には、この巨大栗が自ら殻を脱ぎ捨てて提供する、ホクホクの『聖なる実』を食べる権利を差し上げますわ! 殻の破裂音は祝砲、舞い散る破片は幸運のスパイスですの!」
 モニカの圧倒的な声量と自信に、怯えていた通行人たちが足を止めた。
「えっ、あれってモンスターじゃなくて演出なの?」
「自動で剥ける栗……なんか凄そう!」
「祝砲なら縁起がいいな!」
 モニカはすかさずリネに目配せした。
「リネさん! 暴走ついでに、あのゴーレムたちに『美味しそうな匂い』の魔法を上書きなさい! クララさんはその……ハンターの勘で、一番美味しいタイミングで栗を地面に落とさせなさい!」
「わ、わかりました! えいっ!」
「……やれやれ。捕獲対象と協力して調理するなんてね」
 リネが香ばしい香りの魔法を振りまき、クララが飛来する殻を正確に叩き落として「剥き身」だけを安全に市民の手元へ誘導する。
 さっきまで恐怖の対象だった巨大ゴーレムは、モニカの巧みな宣伝によって「広場で配られる無料の(マッチ代のみの)ご馳走」へと見事に定義を書き換えられてしまった。
「う、美味い!」
「さすが王都の騎士団が警護してるだけあるな、演出も派手だ!」
「ジル様、ありがとう!」
「……え、あ、ああ。楽しんでくれ……(誰が警護だ)」
 押し寄せる市民たちの熱気と満足げな顔。
 三体のゴーレムは、中身をすべて振る舞い終えると、最後は温かな湯気となって雪の中に消えていった。
 結果として、広場には平和と、焼き栗の甘い余韻と、モニカの鞄に詰め込まれた大量の金貨(マッチ代)だけが残った。
「モニカさん……。さすがです!! 名案でした!!」
 リネが目を輝かせて拍手する。
「ビジネスとは、ピンチをプレミアムに変えることですわ。……さて、ジル様? 警備のお礼に、わたくしのマッチを箱買いしてくださるかしら?」
「……勘弁してくれ。今日買った焼き栗の代金で、もう一銭も残ってないんだ」
 冬至の祭、午後八時。
 クララのペンダントの光は完全に消えた。強力な魔力反応は「商業イベント」として処理され、組織の追跡も空振りに終わったのだ。
 ジルは空になった焼き栗の袋を握りしめ、三人の少女の笑顔を見ながら、明日もまたこの広場に立つ覚悟を決めるのだった。