「……今日こそ、平穏を。……いや、せめて逮捕者だけは出さないでくれ」
冬至の祭、当日。午前九時の鐘。
新人騎士ジルは、もはや騎士の鎧ではなく「魔力絶縁体で作られた巨大な潜水服」のような異様な姿で広場に立っていた。
昨日の「虹色全裸氷像事件」のせいで、彼の広場は騎士団本部から『不法魔法行使の温床』として完全に目を付けられていた。
「ジル、説明しろ。この広場の、この……『破廉恥な輝き』は何だ」
地響きのような声と共に現れたのは、ジルの上司である堅物な小隊長、バルトだった。
その後ろには、魔力測定器と「不法魔法使い拘束網」を構えた重装歩兵たちが並んでいる。
「あ、バルト隊長! これは、その……芸術の爆発というか、最新の広告技術というか……」
「とぼけるな。この規模の物体を一夜で作り上げるなど、高位の魔導士の仕業に決まっている。もし未登録の魔女が潜伏しているなら、即刻拘束し、塔へ送らねばならん」
バルトの鋭い視線が、噴水の周りにたむろする三人の少女に向けられた。
リネは恐怖で顔を引きつらせていた。
(ど、どうしましょう! 私が魔女だとバレたら、騎士様まで『魔女を匿った罪』でクビになっちゃう……!)
リネは騎士様を助けたい一心で、最後の一線を越えた。
「騎士様を助けるために……広場の『証拠』を全部消しちゃいます!」
シュッ!!
リネがイメージしたのは「広場の汚れを落とす石鹸水」。だが、彼女の制御不能な魔力は、洗浄液に「生命」と「攻撃性」を与えてしまった。
ドボドボと噴水から溢れ出したのは、意志を持つ巨大な「高圧バブル・スライム」の群れだった。
「ギョパパパパッ!」
スライムたちは猛烈な勢いで広場を泡まみれにし、バルト小隊長や騎士たちを「不浄な存在」として捕獲、強制的に洗濯し始めた。
「な、なんだこの泡は!? 目が、目が開かん! しかも服まで脱がされているぞ! 離せ、私は小隊長だ!」
「ひゃあああ! ごめんなさい、綺麗にするつもりが、騎士団の方々まで洗っちゃいましたぁ!」
広場が泡の海と化し、混乱が極致に達した時、クララが動いた。
「……マズいわね。ジル、この状況は私の『魔女封印煙幕』で隠蔽するわ。……大丈夫、霧の中なら何をしていても見えないから」
クララが組織の禁じ手である『魅了の煙幕』を散布。広場は真っ白な霧と泡に包まれた。
彼女はその中で、潜水服を着たジルを「泡で滑って危ないから」と押し倒し、手慣れた手つきで潜水服のボルトを外していく。
「ジル、この中も洗わないと不潔よ……。ほら、私のハンターとしての経験上、全身を密着させて魔力を中和するのが一番効率的なの……っ。恥ずかしがらなくていいわ、これは緊急救命活動なんだから……っ」
「クララ君、それは中和じゃなくて誘惑だ! 霧の向こうで隊長が『私のズボンを返せ!』って悲鳴を上げてるのが聞こえないのか!」
絶望するジル。だが、この惨状すら「商機」に変える女がいた。
「素晴らしい! まさに『王都の浄化』ですわ!」
モニカがどこからか防水の看板を立て、避難する市民たちに叫んだ。
「皆様! 今ならこのマッチ一箱で、騎士団推奨の『全身自動洗浄・バブルバス体験』にご招待いたしますわ! ついでに、泡の中からランダムで出現する『騎士団員の忘れ物オークション』も開催ですの! ジル様の予備のパンツは金貨十枚からスタートですわよ!」
「僕の私物を売るなーっ!!」
泡まみれで洗濯される騎士団。霧の中でクララに密着されるジル。その横で、隊長たちの装備を換金するモニカ。
バルト隊長は泡の中から這い出し、全裸に近い姿でジルの赤い子供用マフラーを掴み、同情半分に呟いた。
「……ジル。……貴様、こんな地獄で毎日働いていたのか。……今日はもういい。撤収だ。心の傷を癒やしてこい」
バルトたちが這うように去っていくと、ジルはその場に膝をついた。
「……寿命が、十日は縮んだぞ」
「ごめんなさい騎士様! 私がもっと上手に魔法を隠せれば……」
「リネさん、次は『見えないマッチ』を開発すればよろしいんじゃありませんこと?」
「それより騎士様、汚名返上のために、私と一緒にパトロールに行きませんか? 二人きりで、じっくりと……」
「……もう、今日は何もしないでくれ。頼むから」
冬至の祭、当日。
泡まみれの広場で、砕かれた自分の氷像の破片を片付けながら、ジルは三人の少女からの視線に、昨日よりも重い「熱」を感じていた。
不運な十日間の、六日目が終わる。