王都セント・フォンが、一年で最も輝く「冬至の祭」の前夜祭を迎えた。
広場の中心にある噴水は、モニカが寄贈した魔石によって七色にライトアップされ、周囲には色とりどりのリボンが結ばれた屋台が並び、街中が浮き足立っている。
だが、そんな華やかな喧騒の中心で、新人騎士ジルは一人、人生の底を打っていた。
「……マフラーどころか、外套も、予備のブーツまで盗まれるなんて。この国の治安はどうなっているんだ」
今日のジルは、騎士団の薄い制服一枚でガタガタと震えていた。パトロール中、迷子の子供を助けようとして身をかがめた隙に、プロの引ったくり集団に「装備一式」を剥ぎ取られるという、彼らしい、あまりに彼らしい不運に見舞われたのだ。
「騎士様! そんな、そんなガタガタ震えて……唇が青いですよ! 私のマッチで、最高の暖炉を見せてあげますから!」
雪の影から、赤いフードを揺らしてリネが駆け寄ってくる。彼女は修行中の魔法少女だが、今は「不幸なマッチ売り」としてジルに接触している。
「騎士様、わたくしの家では『冬至の日に冷えた男を放置するべからず』という家訓がありますの。今ならこの『最高級アザラシ毛皮(レンタル版)』が、マッチ一箱に付いてきますわよ!」
「……あら。モニカさんのような『商売物の温もり』なんて、騎士様には似合わないわ。……ジル、私のこの……使い古した毛布に入りなさい。二人で包まれば、体温が……そう、魔力的に増幅されるはずよ……っ」
モニカとクララも参戦し、凍えるジルの腕を左右から奪い合う。
ジルは思った。彼女たちはなぜ、これほどまでに自分を「温めよう」と必死なのだろうか。
「……君たち。……どうしてそこまでしてくれるんだ?」
ジルの震える声での問いに、三人は一瞬、言葉を詰まらせた。
リネは「一人前の魔法使い……じゃなくて、女の子として認められたい」と俯き、クララは「標的を……逃がさないためよ(本音:離れたくない)」と目を逸らし、モニカは「家の名のため……そして、先行投資ですわ」と不敵に笑う。
三者三様の譲れない事情。ジルは、少しだけ彼女たちを「守るべき市民」として愛おしく感じ、震える手で最後の銀貨を取り出した。
「わかった。……じゃあ、三人のマッチを一つずつ買おう。それで、この広場をパトロール中の僕を……少しだけ温めてくれないか?」
ジルの「さりげない優しさ」が、今夜最大の間違いだった。
三人の少女が、ジルの期待に応えようと、同時に、全力で、それぞれの想いを込めてマッチを擦ったのだ。
「「「任せてください(なさい)!!」」」
シュッ、シュッ、シュッ!!
三つの火花が混ざり合い、リネの強大な魔力が、クララのハンターとしての殺気と、モニカの黄金への執念を飲み込んで巨大化した。
リネがイメージしたのは「祭を彩るオーロラ」。
だが、そこにクララの「冷気」と、モニカの「豪華絢爛」の要素が干渉し、魔力は物理的な質量を持った「極彩色の巨大粘着ジェル・オーロラ」へと変質した。
「えっ……空から、キラキラした『餅』みたいなのが降って――痛いっ!? 痛い痛い!」
キラキラと輝く美しい光の帯。しかしそれは、一粒一粒がナイフのように鋭く、かつ接着剤のようにベタつく「氷の結晶」だった。
それらが地表に降り積もると、瞬時に積み上がり、広場の中央に「全高十メートルの、全裸のジルの氷像(ネオンカラー発光仕様)」が爆誕したのである。
「な、なんだこれはーっ! しかも、なんで脱いでるんだ僕は! なんで全身が虹色に光ってるんだ!」
「ああっ、リネさんの魔力が『ジル様のありのままの美しさ』を七色に具現化してしまったんですわ!」
「……悪くないわね。このジェルの粘着力……ジルさまぁ、離れようとしても無駄よ。私と一緒にこの像の一部になりましょう……っ」
「クララ君、剥離剤を持ってきてくれ! 像と僕の背中がくっついて離れないんだ!」
粘着ジェルのオーロラが舞い踊る中、自分の巨大な裸体像と背中合わせで「合体」してしまったジルは、寒さと恥ずかしさで意識が遠のくのを感じた。
「素晴らしい! まさに『光り輝く騎士』ですわ!」
モニカが即座にメガホンを取り、避難する市民たちに叫んだ。
「皆様! 聖夜の奇跡ですわ! 今このマッチを買えば、この『虹色に光る裸の騎士様』と暗闇で握手ができる特典付きですわよ! 騎士様、もっと腰をくねらせて! 輝きが足りなくてよ!」
「僕を街灯代わりにするなーっ!」
冬至の祭、前夜。
王都の人々は、広場に出現した「光り輝く騎士の巨大裸体像」を、新しい神の降臨だと勘違いして拝み始めた。
ジルの尊厳は、オーロラの輝きと共に王都の彼方へと消え去っていったのである。