第4話 氷点下のピクニック

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 午前九時の鐘が鳴る頃、王都セント・フォンの気温は氷点下五度まで下がっていた。
 噴水広場の石畳には、昨日の「ホットチョコ噴水」の甘い香りが微かに残っているものの、その表面は再び薄い氷の膜に覆われている。

「……今日は装備を万全にしてきた。何が起きても動じないぞ」

 新人騎士ジルは、自分に言い聞かせるように呟いた。

 今日の彼は、騎士団の倉庫から借り出してきた、耐火・耐冷・防水加工が施された特注の重装甲冑に身を包んでいる。マフラーはもう諦めた。その代わり、首元まで金属でガードしたその姿は、パトロールというよりは今からドラゴンでも退治しに行くかのようだ。

 だが、そんな彼の決意は、噴水の前に広がる異様な光景によって一瞬で崩れ去った。

「あら、ジル様! お待ちしておりましたわ」

 モニカが、雪の上に真っ赤な絨毯を敷き、その上に豪華な銀食器が並んだテーブルを用意していた。

「パトロール中の騎士様に、王室御用達の温かい紅茶とスコーンはいかが? 今ならこの『モニカ特製・金貨の重みで温まるカイロ』とセットで、特別価格にてご提供いたしますわよ」

「広場で勝手にティーパーティーを始めるな! 営業許可はどうした!」

 ジルの怒鳴り声に、今度は噴水の陰からクララが力なく這い出してきた。

「うぅ……騎士様。モニカさんのような厚かましい温もりではなく、私のこの、凍えそうな指先を……あなたの甲冑の隙間に差し込ませてはいただけませんか? 人肌が、一番の薬ですわ……」

「隙間から指を入れるな! 霜焼けになるぞ!」

 クララの「薄幸アピール」という名の物理攻撃を必死に回避するジル。そこに、最後の一人が息を切らせて駆け寄ってきた。

「二人ともずるいです! ジル様を一番温められるのは、私のマッチなんだから!」

 リネだ。彼女は今日、気合を入れるために赤いケープを新調していた。
「昨日みたいなチョコは失敗でした。今日は反省して、もっとシンプルに、焚き火のようなポカポカする幻を見せます! 私が最高の『あったか毛布ピクニック』を用意しちゃいます!」

「リネ君、待て。君の『シンプル』は、大抵シンプルじゃない結果を招くんだ!」

 しかし、ジルの制止が届くよりも早く、リネは「最高にポカポカする暖炉」を強く念じながらマッチを擦った。

 シュッ!

 灯った火花は、彼女の「二人(ライバル)に負けたくない」という熱い情熱を糧にして、膨れ上がった。

 リネがイメージしたのは「ふかふかの羊毛毛布」。だが、魔力は「生きる温もり」を追求しすぎた。

 ドォォォォン! と実体化したのは、毛布ではなく、全身がメラメラと燃える炎の毛で覆われた「体長三メートルの爆走・火炎羊」の群れだった。

「メェェェエエエ(高熱)!!」

「リネさん! あれはどう見ても暖炉ではなく、火属性の魔獣ですわよ!」
「羊が……羊が火を噴きながら突進してくる!? 助けてくれ、広場がジンギスカン会場になる!」

 逃げ惑うリネとモニカ。クララは「あら、魔女の証拠がまた一つ……」と呟きながら、ちゃっかりジルの背後に隠れて盾にしている。

「……チッ、またあの魔女が。ジル様、下がってなさい! 私がその……『害獣』を駆除してあげるわ!」

 クララが影から飛び出した。彼女は魔女狩り用の銀の鎖を振るい、次々と火炎羊を絡め取る。だが、その鎖の端はなぜかジルの腰にも巻き付けられた。

「よし、捕獲完了! ……ジル様、危ないからこのまま私の背中に隠れてなさい。心音で、私の愛……じゃなくて、警戒心が伝わるでしょ?」
「メェェェエエエ(超高熱)!!」
「ぐええええ、クララ君、鎖がキツい! ひ、羊と一緒に引きずられてるぞ!」

 クララは「これも任務よ」と嘯きながら、炎の熱を利用してジルと無理やり「おしくらまんじゅう」の状態に持ち込んだ。

「皆様! シャッターチャンスですわ! 伝説の『火炎羊』が、今なら騎士様との格闘ショー付きで見学できますわよ!」

 モニカがどこからか客席を用意し、観客から入場料を徴収し始めた。

「さらに! このマッチを買った方には、この火炎羊の火で焼いた『超高級・火炎マトンの串焼き』をセットで差し上げますわ! 騎士様、もっと羊に追いかけられて! その方が肉の締まりが良くなりますの!」
「おお!! それはうまそうだ!!」
「私も買います!!」

 モニカは満面の笑みで、羊肉を売りさばいていく。

「あ、ぼちぼち助けますわ、ジル様! この『消火用高級シャンパン』を一本、金貨三枚で――」
「あとで払うから、商売してないで早くかけろ!!」

 雪の舞う噴水広場。
 炎を纏った羊たちに抱きつかれ、蒸気機関車のように煙を上げながら疾走するジル。
 その後ろを、泣きながらマッチを振るリネと、計算書を抱えたモニカ、そして「いい運動ですわね」と優雅に眺めるクララが追いかけていく。


 冬の王都。午前十時。

 ジルの特注甲冑は、ものの数分で使い物にならなくなった。




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 午前九時の鐘が鳴る頃、王都セント・フォンの気温は氷点下五度まで下がっていた。
 噴水広場の石畳には、昨日の「ホットチョコ噴水」の甘い香りが微かに残っているものの、その表面は再び薄い氷の膜に覆われている。
「……今日は装備を万全にしてきた。何が起きても動じないぞ」
 新人騎士ジルは、自分に言い聞かせるように呟いた。
 今日の彼は、騎士団の倉庫から借り出してきた、耐火・耐冷・防水加工が施された特注の重装甲冑に身を包んでいる。マフラーはもう諦めた。その代わり、首元まで金属でガードしたその姿は、パトロールというよりは今からドラゴンでも退治しに行くかのようだ。
 だが、そんな彼の決意は、噴水の前に広がる異様な光景によって一瞬で崩れ去った。
「あら、ジル様! お待ちしておりましたわ」
 モニカが、雪の上に真っ赤な絨毯を敷き、その上に豪華な銀食器が並んだテーブルを用意していた。
「パトロール中の騎士様に、王室御用達の温かい紅茶とスコーンはいかが? 今ならこの『モニカ特製・金貨の重みで温まるカイロ』とセットで、特別価格にてご提供いたしますわよ」
「広場で勝手にティーパーティーを始めるな! 営業許可はどうした!」
 ジルの怒鳴り声に、今度は噴水の陰からクララが力なく這い出してきた。
「うぅ……騎士様。モニカさんのような厚かましい温もりではなく、私のこの、凍えそうな指先を……あなたの甲冑の隙間に差し込ませてはいただけませんか? 人肌が、一番の薬ですわ……」
「隙間から指を入れるな! 霜焼けになるぞ!」
 クララの「薄幸アピール」という名の物理攻撃を必死に回避するジル。そこに、最後の一人が息を切らせて駆け寄ってきた。
「二人ともずるいです! ジル様を一番温められるのは、私のマッチなんだから!」
 リネだ。彼女は今日、気合を入れるために赤いケープを新調していた。
「昨日みたいなチョコは失敗でした。今日は反省して、もっとシンプルに、焚き火のようなポカポカする幻を見せます! 私が最高の『あったか毛布ピクニック』を用意しちゃいます!」
「リネ君、待て。君の『シンプル』は、大抵シンプルじゃない結果を招くんだ!」
 しかし、ジルの制止が届くよりも早く、リネは「最高にポカポカする暖炉」を強く念じながらマッチを擦った。
 シュッ!
 灯った火花は、彼女の「二人(ライバル)に負けたくない」という熱い情熱を糧にして、膨れ上がった。
 リネがイメージしたのは「ふかふかの羊毛毛布」。だが、魔力は「生きる温もり」を追求しすぎた。
 ドォォォォン! と実体化したのは、毛布ではなく、全身がメラメラと燃える炎の毛で覆われた「体長三メートルの爆走・火炎羊」の群れだった。
「メェェェエエエ(高熱)!!」
「リネさん! あれはどう見ても暖炉ではなく、火属性の魔獣ですわよ!」
「羊が……羊が火を噴きながら突進してくる!? 助けてくれ、広場がジンギスカン会場になる!」
 逃げ惑うリネとモニカ。クララは「あら、魔女の証拠がまた一つ……」と呟きながら、ちゃっかりジルの背後に隠れて盾にしている。
「……チッ、またあの魔女が。ジル様、下がってなさい! 私がその……『害獣』を駆除してあげるわ!」
 クララが影から飛び出した。彼女は魔女狩り用の銀の鎖を振るい、次々と火炎羊を絡め取る。だが、その鎖の端はなぜかジルの腰にも巻き付けられた。
「よし、捕獲完了! ……ジル様、危ないからこのまま私の背中に隠れてなさい。心音で、私の愛……じゃなくて、警戒心が伝わるでしょ?」
「メェェェエエエ(超高熱)!!」
「ぐええええ、クララ君、鎖がキツい! ひ、羊と一緒に引きずられてるぞ!」
 クララは「これも任務よ」と嘯きながら、炎の熱を利用してジルと無理やり「おしくらまんじゅう」の状態に持ち込んだ。
「皆様! シャッターチャンスですわ! 伝説の『火炎羊』が、今なら騎士様との格闘ショー付きで見学できますわよ!」
 モニカがどこからか客席を用意し、観客から入場料を徴収し始めた。
「さらに! このマッチを買った方には、この火炎羊の火で焼いた『超高級・火炎マトンの串焼き』をセットで差し上げますわ! 騎士様、もっと羊に追いかけられて! その方が肉の締まりが良くなりますの!」
「おお!! それはうまそうだ!!」
「私も買います!!」
 モニカは満面の笑みで、羊肉を売りさばいていく。
「あ、ぼちぼち助けますわ、ジル様! この『消火用高級シャンパン』を一本、金貨三枚で――」
「あとで払うから、商売してないで早くかけろ!!」
 雪の舞う噴水広場。
 炎を纏った羊たちに抱きつかれ、蒸気機関車のように煙を上げながら疾走するジル。
 その後ろを、泣きながらマッチを振るリネと、計算書を抱えたモニカ、そして「いい運動ですわね」と優雅に眺めるクララが追いかけていく。
 冬の王都。午前十時。
 ジルの特注甲冑は、ものの数分で使い物にならなくなった。