第2話 同情するならマッチを買え

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 大聖堂の鐘が午前九時を告げた。

 王都の噴水広場は、昨日の「局地的ジャングル化事件」の面影を微塵も残していない。騎士団総出による決死の草刈りと、魔力中和剤の散布によって、広場はようやく元の銀世界に戻っていた。

「……今日は、平和であってくれよ」

 防具の隙間から入り込む寒風に身を震わせながら、ジルは祈るような心地で噴水の前に立った。彼のマフラーは昨日、熱帯の猿に奪われて行方不明になったため、今はさらに短い、子供用のような赤いマフラーを巻いている。

「あの……。もし、騎士様。マッチを……恵んでいただけませんか?」

 昨日とは違う、だがどこか聞き覚えのある「マッチ売り」の台詞。
 振り返ったジルの目に飛び込んできたのは、膝を抱えて雪の中にうずくまる、一人の黒髪の少女だった。

 ボロボロの灰色の布を纏い、白く細い指先を青白く震わせている。凍てついた湖のようなブルーサファイアの瞳は、今にも涙が溢れそうだ。

(……この子も、苦労しているんだな)

 ジルの「不幸体質」ゆえの同情心が、警戒心を上回った。
 だが、彼は知らなかった。この少女――クララの正体が、この街に蔓延る「異常な魔力」を追う魔女狩り屋であることを。

「ああ、一つ買おう。そんなに震えていては体に障る。何か温かいものでも――」
「わぁっ! 騎士様、今日もお会いできましたね!」

 ジルの言葉を遮るように、噴水の反対側から赤い影が飛び出してきた。
 一話目の元凶、魔法少女リネである。彼女は今日も元気に「マッチ売りのふり」をしながら、千本売りのノルマに励んでいた。

「……昨日ぶりだね、リネ君。今日も営業か?」
「はいっ! でも、そっちの人は誰ですか? もしかして、新しいライバル……!?」

 リネのルビー色の瞳が、クララを捉える。
 一方、クララは心の中で毒づいていた。

(……チッ、この娘が例の『異常魔力源』ね。あんな馬鹿っぽい子が魔女だなんて信じられないけど、今は『守られ女子』のポジションを奪われるわけにいかないわ)

 クララは即座に表情を「さらに不幸」なものへと切り替えた。

「うっ、うう……。騎士様、怖いですわ。この方、なんだか熱苦しいオーラが出ていて……私、寒さで目眩が……っ」

 クララがわざとらしくジルの腕に倒れかかる。
 それを見たリネの心臓が、嫉妬と焦りで跳ね上がった。

「えっ、ずるい! 私だって騎士様を温めたいのに! よーし、見ててください、今度は最高に情緒的な、心が温まる幻を見せますから!」

「待て、リネ君! マッチを擦るな、落ち着け!」

 ジルの制止は、またしても間に合わなかった。
「騎士様の腕を取り戻したい」というリネの必死な想いが、マッチの火に過剰な魔力を注ぎ込む。

 シュッ!

 灯ったのは、火ではなかった。
 リネの想像した「情緒的な温かさ」が、なぜか物理的な「巨大なコタツ」となって実体化し、空から降ってきたのだ。

「えっ、重――ぶふぉっ!?」

 ドスン!

 噴水の前に突如出現した、畳四畳分はあろうかという豪華な掛け布団付きの特大コタツ。その重みによって、ジルと、彼にしがみついていたクララは、見事に布団の下敷きになった。

「あ、あれ……? 温かい家の中の幻を見せるつもりが、また本物に……」
「ぐ、苦しい……! 誰だ、この布団の中に高出力の魔石ヒーターを仕込んだのは!」

 布団の中からジルの悶絶する声が響く。

 さらに悪いことに、クララはコタツの中でジルと密着する形になり、顔を真っ赤にしていた。計算で抱きついたはずが、あまりの至近距離と、コタツの魔力的な心地よさに、魔女狩り屋としての冷静さが溶け始めていた。

「な、何よこれ、出られないじゃない……。でも、あったかい……」
「騎士様、今助けますから! もう一本マッチを擦って、コタツを消す魔法を――」

 パニックになったリネが、さらにマッチを擦る。「コタツにはこれが必要です!」
 すると、コタツの四隅から「全自動みかん射出機」が飛び出し、広場中に硬いみかんの弾丸を乱射し始めた。

「いてっ! いててて! みかんで狙撃するな!」
「ああっ、騎士様! 私がこのコタツの中で、一生守ってあげますわ……っ(密着)」
「あわわ、コタツさん落ち着いて!」

 リネが三本目のマッチを擦ると、コタツに「意志」が宿った。コタツは巨大な脚を出し、ジルを中に閉じ込めたまま、広場を爆走し始めたのだ。

「待て! 降ろせ! 僕は仕事中なんだ!」
「離しませんわ、ジル様! 私は今、任務よりもあなたとのマッチングを優先します!」
「ジル様、今、わ、わたしがマッチでなんとか、し、しますね!!」
「やめろ! もうこれ以上、マッチを擦るんじゃない!」


 冬の広場、午前十時。

 巨大なコタツが猛スピードで走り回り、その背後をみかんの皮を撒き散らしながらリネが泣いて追いかける。
 ジルの「死ぬほど不運、でも女子に密着されている」という地獄のラブコメは、さらに加速していく。

 雪の降りしきる広場に、巨大なコタツと、その中から響くジルの悲鳴。
 通りがかりの騎士団の同僚たちが、「ジルが広場で女二人とコタツに入っている」という噂を広め始めるのに、時間はかからなかった。




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 大聖堂の鐘が午前九時を告げた。
 王都の噴水広場は、昨日の「局地的ジャングル化事件」の面影を微塵も残していない。騎士団総出による決死の草刈りと、魔力中和剤の散布によって、広場はようやく元の銀世界に戻っていた。
「……今日は、平和であってくれよ」
 防具の隙間から入り込む寒風に身を震わせながら、ジルは祈るような心地で噴水の前に立った。彼のマフラーは昨日、熱帯の猿に奪われて行方不明になったため、今はさらに短い、子供用のような赤いマフラーを巻いている。
「あの……。もし、騎士様。マッチを……恵んでいただけませんか?」
 昨日とは違う、だがどこか聞き覚えのある「マッチ売り」の台詞。
 振り返ったジルの目に飛び込んできたのは、膝を抱えて雪の中にうずくまる、一人の黒髪の少女だった。
 ボロボロの灰色の布を纏い、白く細い指先を青白く震わせている。凍てついた湖のようなブルーサファイアの瞳は、今にも涙が溢れそうだ。
(……この子も、苦労しているんだな)
 ジルの「不幸体質」ゆえの同情心が、警戒心を上回った。
 だが、彼は知らなかった。この少女――クララの正体が、この街に蔓延る「異常な魔力」を追う魔女狩り屋であることを。
「ああ、一つ買おう。そんなに震えていては体に障る。何か温かいものでも――」
「わぁっ! 騎士様、今日もお会いできましたね!」
 ジルの言葉を遮るように、噴水の反対側から赤い影が飛び出してきた。
 一話目の元凶、魔法少女リネである。彼女は今日も元気に「マッチ売りのふり」をしながら、千本売りのノルマに励んでいた。
「……昨日ぶりだね、リネ君。今日も営業か?」
「はいっ! でも、そっちの人は誰ですか? もしかして、新しいライバル……!?」
 リネのルビー色の瞳が、クララを捉える。
 一方、クララは心の中で毒づいていた。
(……チッ、この娘が例の『異常魔力源』ね。あんな馬鹿っぽい子が魔女だなんて信じられないけど、今は『守られ女子』のポジションを奪われるわけにいかないわ)
 クララは即座に表情を「さらに不幸」なものへと切り替えた。
「うっ、うう……。騎士様、怖いですわ。この方、なんだか熱苦しいオーラが出ていて……私、寒さで目眩が……っ」
 クララがわざとらしくジルの腕に倒れかかる。
 それを見たリネの心臓が、嫉妬と焦りで跳ね上がった。
「えっ、ずるい! 私だって騎士様を温めたいのに! よーし、見ててください、今度は最高に情緒的な、心が温まる幻を見せますから!」
「待て、リネ君! マッチを擦るな、落ち着け!」
 ジルの制止は、またしても間に合わなかった。
「騎士様の腕を取り戻したい」というリネの必死な想いが、マッチの火に過剰な魔力を注ぎ込む。
 シュッ!
 灯ったのは、火ではなかった。
 リネの想像した「情緒的な温かさ」が、なぜか物理的な「巨大なコタツ」となって実体化し、空から降ってきたのだ。
「えっ、重――ぶふぉっ!?」
 ドスン!
 噴水の前に突如出現した、畳四畳分はあろうかという豪華な掛け布団付きの特大コタツ。その重みによって、ジルと、彼にしがみついていたクララは、見事に布団の下敷きになった。
「あ、あれ……? 温かい家の中の幻を見せるつもりが、また本物に……」
「ぐ、苦しい……! 誰だ、この布団の中に高出力の魔石ヒーターを仕込んだのは!」
 布団の中からジルの悶絶する声が響く。
 さらに悪いことに、クララはコタツの中でジルと密着する形になり、顔を真っ赤にしていた。計算で抱きついたはずが、あまりの至近距離と、コタツの魔力的な心地よさに、魔女狩り屋としての冷静さが溶け始めていた。
「な、何よこれ、出られないじゃない……。でも、あったかい……」
「騎士様、今助けますから! もう一本マッチを擦って、コタツを消す魔法を――」
 パニックになったリネが、さらにマッチを擦る。「コタツにはこれが必要です!」
 すると、コタツの四隅から「全自動みかん射出機」が飛び出し、広場中に硬いみかんの弾丸を乱射し始めた。
「いてっ! いててて! みかんで狙撃するな!」
「ああっ、騎士様! 私がこのコタツの中で、一生守ってあげますわ……っ(密着)」
「あわわ、コタツさん落ち着いて!」
 リネが三本目のマッチを擦ると、コタツに「意志」が宿った。コタツは巨大な脚を出し、ジルを中に閉じ込めたまま、広場を爆走し始めたのだ。
「待て! 降ろせ! 僕は仕事中なんだ!」
「離しませんわ、ジル様! 私は今、任務よりもあなたとのマッチングを優先します!」
「ジル様、今、わ、わたしがマッチでなんとか、し、しますね!!」
「やめろ! もうこれ以上、マッチを擦るんじゃない!」
 冬の広場、午前十時。
 巨大なコタツが猛スピードで走り回り、その背後をみかんの皮を撒き散らしながらリネが泣いて追いかける。
 ジルの「死ぬほど不運、でも女子に密着されている」という地獄のラブコメは、さらに加速していく。
 雪の降りしきる広場に、巨大なコタツと、その中から響くジルの悲鳴。
 通りがかりの騎士団の同僚たちが、「ジルが広場で女二人とコタツに入っている」という噂を広め始めるのに、時間はかからなかった。