かつて「廃棄都市」とだけ呼ばれていたこの場所。
記録上は住むには不適とされ、マップすら削除された存在しない土地。
それが今、その場所は息を吹き返し、光を、風を、緑を取り戻し始めていた。
研究者たちは自らの施設に緑を植えた。
技術者たちは倒壊した塔を再構築し、天の光を再び地に落とした。
そして住民候補たちは、自分たちの住まうモジュールに名前をつけ始めた。
「もう廃棄都市なんて呼びたくないよ。だってここは、生きてる」
リアのつぶやきにカイが笑った。
「じゃあ、名前をつけよう。ちゃんとした、私たちの名を」
カイは迷わず言った。
「エデン――でどうだ?」
一瞬の静寂。そして、拍手。
それは始まりの響きだった。
エデンと名付けられてから、わずか二週間。
そこは、目に見えて変貌を遂げていた。
仮設だった住居ユニットはモジュール化され、居住区画としての基礎構造が完成した。人工重力制御装置と気候調整ユニットの調整により、常に適温・適湿が保たれ、住民たちはここでの暮らしを実感し始めていた。
中央広場には小さな市場が生まれ、研究員たちが持ち寄った植物や改良種子、技術品が並ぶ。通信衛星のリンクが復旧したことで、外部都市とのデータ取引や報告も活発になり、エデンは地図上の「存在する都市」として登録された。
「思った以上の速さね」
リアが街の見晴らし台から眼下の広場を見下ろす。
「人ってすごいな。動き出したら、あっという間だ」
ゲイルが隣で笑う。
再構築されたエネルギー中枢は安定稼働を維持し、都市全体への供給力は当初の400%まで増強された。
さらにクラリッサの演算補助により、区域外から輸送される資材や技術は最適化されたルートで即時配備されるようになった。
だが――最も大きな変化は人の表情だった。
「ここに住んでもいいか、と聞かれました。技術者ではない、ただの避難民の方から」
クラリッサが静かに言った。
「もちろん、歓迎する」
カイの返答に、彼女は一拍置いて続けた。
「ならば彼らに居場所を与える枠組みを作りましょう。ここにいていいと、制度として示す必要があります」
「自治……か」
カイが呟いた。
「そう。エデンはもうただの研究基地じゃない。人が生きるための都市だ。なら、それを支える仕組みを俺たちで作らないと」
こうして、エデンに初の自治評議会が設置された。
クラリッサはアドバイザーとして、カイが代表的な調整役となり、技術、環境、防衛、民間支援の四つの委員会が組織される。
その日の夜、都市の中心区画にある高層の通信塔が点灯した。
人工の星が、空を照らした。
それはある朝、クラリッサからの報告で始まった。
「カイ。移住希望者数、最新の推定値が出ました。現在、1,824名。この一週間で倍増しています」
「……予想以上の速さだな」
カイは思わず眉をひそめた。
廃棄都市がエデンとして蘇ったという噂は、瞬く間に周辺領域へと広まっていた。
研究者、技術者、退役軍人、環境難民、都市追放者、さらには一攫千金を狙う民間商人まで――
あらゆる立場の人間がここに住みたいと名乗り出てきた。
「すべてを受け入れるには限界があります。環境処理と食料生産は軌道に乗りつつありますが、居住区画と治安維持機構は未整備です」
クラリッサは冷静に分析を述べた。
「選ばなきゃならないってことだな」
ゲイルが腕を組む。
「選定基準を、私たちが決めるの?」
リアの問いに、カイは静かに頷いた。
「エデンはもう都市だ。なら誰に住む資格があるかを示す必要がある。
でもそれは、能力や知識だけじゃない。何のためにここで生きたいのか。それが重要なんだと思う」
「だからって、審査なんて……気が重いよ」
リアがぽつりと漏らすと、クラリッサが淡々と答えた。
「感情ではなく、理念を軸にした共生型の審査フローを提案します。
過去の職歴や実績だけでなく、面接と誓約を必須とし、必要なら試用滞在期間も設定する」
「面倒だが……それしかないか」
バルナがうなずく。
申請者たちは、それぞれの言葉で自分の理由を語った。
「ここで医療施設の建設に関わりたい」
「都市を追放された。でも、再出発の場所がほしい」
「旧時代の遺構に魅せられた考古学者だ。記録保全に命をかけたい」
「ここでなら、もう一度、人とつながって生きられると思った」
クラリッサが言う。
「選定は、統計でも、情でもなく――信頼できる意志を測る行為です」
そしてカイは、そのひとつひとつに目を通し、面接室に立ち会い、言葉を交わした。
すべての審査の終わりに、彼は必ず問いかけた。
「君にとって
、とは何だ?」
その答えの中に、人々が本当に求める“希望”と“再生”が宿っている――そう、信じていた。