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第3回

ー/ー



 どうやら背伸びして、さらに顎を伸び切らせてようやくのぞきこめているらしく、丸くて大きな幼い目が自分を見ているのが分かる。
 同時に、それが少女であると気付いた少年は、壁を向いていた身をねじって、そちらへと正面を向けた。

「あなた? みんなが捕まえたって騒いでた魅魎って。
 お友達の悪口言うなんて、ずいぶん薄情なのね」
「……俺は魅魎じゃない」

 先の男を相手にしたときと比べればかなりマシだが、やはりふてくされた声で答える。
 その返事に、少女は小首を傾げたようだった。

「でもあなた、見たこともない闇色の肌をしてるわ。それに、結界師さまだって言ってたわ、町に闇の気配がするって。
 だからみんな、あなたを捕まえに行ったのよ?」
「もう少し南に行けばこんな肌のやつなんか、ザラにいる。めずらしくもない。
 それに、ここの結界師が何言ったかなんて知るもんか。俺が魅魎なら、何人いようとただの人なんかで捕まえられるはずねぇし、もし捕まったとしても、気がついた時点でさっさとここから出てってるさ。
 こんな辛気臭い場所にいたがるやつなんか、いるもんか」

 いくら襲われて間もないからといって、人と魅魎の区別もつかないたあ、とんだ野巫(やぶ)だ。そんな野巫結界師だから町を守りきれなかったんだな。

 ブツブツ愚痴る少年の言葉をしっかりと聞きつけて、途端少女の細い眉がコイル巻きになる。

「結界師さまの悪口言わないで! とっても優しくていい方なんだから! あなたを捕まえられたのだって、結界師さまの術のおかげなのよ。もっと、ずっとずうーーーーっとすごいことだってできるんだから!
 結界師さまの悪口言うなんて、やっぱりあなた、魅魎だわ!」

 そのあまりに飛躍した論法に面食らい、一瞬頭の中が空白化する。

「あ、あのねぇ……」

 まさかこんな小さい子ども相手に怒鳴るわけにもいかないし。うーん、困ったぞ、とカリカリ頭をかきながら、かといってこのまま肯定するわけにもいかないから、とりあえず何か否定の言葉を言おうとしたのだが。

「魅魎だわ! あなた、絶対魅魎よっ!!」

 先を遮って、少女が言いきった。

「だから違うって。俺はね――」

 ここを助けに来てやったんだよ、と続けようとした口をそこで不自然に止め、少年は少女の目の上に開けた空間へと視線を移した。
 少女の背後に新たな人の気配を感じ取ったからだ。

 少女とは違い、完壁に気配を殺して近付いていたその無作法さに、敵意をはらんだ目でにらみつける。
 突然強い光を放ちだした少年の険しい目を不思議に思い、その視線を追って仰いだ少女は、次の瞬間、これ以上はないというほど砕顔した。

「結界師さまっ」

 少年を相手にしていたときとはずいぶん違う、明るい声を出して、ひょこんと少女の姿が格子窓から消える。どうやら背伸びを解いたらしい。
 少女の頭に向かい、細い腕が伸ばされたのが見え、そして声が聞こえた。

「ティカナ。こんな所にいたんですか」
「ええ。だって、黒い子どもの姿をした魅魎が捕まったって聞いたから、見てみたかったの」
「今から尋問を始めますが、おそらく彼は魅魎ではないでしょう」
「そうなの?」

 少女の声のテンションがあからさまに下がった。
 がっかりしているようだ。

「そうです。
 それより、姉さんたちが心配してきみを捜していましたよ。また黙って1人で外へ出たんじゃないかと。だから、早く行って安心させてあげなさい」
「はーいっ」

 素直に返事を返して、パタパタと走り去って行く軽い足音がする。
 そして、格子からは少女の代わりに、まだ若い男の顔が現れた。

 伏せられた目。
 周囲が暗いため色までは分からないが、おそらくは薄い銀だろう。まるで糸のような細くて長い髪をしている。
 特にどこがきれいというわけではないのだが、妙に全てがうまく整った顔立ちや異常なほど細い輪郭線のせいか、まるで楚々とした美女のように見える。だが、身を包む気配、先に聞いた凛とした声、そのどちらもが男の持物だった。

 いやなタイプだ。

 今までの経験という偏見でそう決めつけ、舌打ちする。

 どうもこういうおしとやかな優男タイプのやつとはソリが合わないんだ。ちょっとつついただけで簡単に骨でも折りそうっていうか、脅かしただけで心臓止めてポックリくたばっちまいそうなんだよなあ。
 金の交渉とかしてもすぐ息切れしてついてこれなさそうで、ハタから見る分には弱い者いじめに見えるだろーし。

 それじゃあまるきり俺が悪人じゃないか。
 なんだってこういうやつが存在するんだ。そりゃ、べつにいるだけなら悪くないが、どうせならただの一般市民やってろよ。代表者だとか責任者だとか、俺と関わりあうような役職につくなよ。
 何だってまあ、責任者っていうのはよりによってこういうやつが多いんだろね。ったくよ。

 隠すつもりはさらさらないのかーーそれともそういう気遣いとは全く無縁の性格をしているのか、少年は見るからにいやそうに眉を寄せる。

「俺は結界師を呼んだつもりはないぜ。それとも、今はあんたがここの責任者ってことか?」

 声にもイバラさながらに棘がぐるぐる撤かれている。
 魅魎の襲撃に遭った場合、一時的に魅魎の専門家である結界師や魔剣士などが差配を振るうのはよくあることだ。

「そうです。とりあえず、ですが」

 にっこり。少年の放った棘など届く前にすべて粉砕してしまったような、にこやかな笑顔をもって男は少年の言葉を肯定した。


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 どうやら背伸びして、さらに顎を伸び切らせてようやくのぞきこめているらしく、丸くて大きな幼い目が自分を見ているのが分かる。
 同時に、それが少女であると気付いた少年は、壁を向いていた身をねじって、そちらへと正面を向けた。
「あなた? みんなが捕まえたって騒いでた魅魎って。
 お友達の悪口言うなんて、ずいぶん薄情なのね」
「……俺は魅魎じゃない」
 先の男を相手にしたときと比べればかなりマシだが、やはりふてくされた声で答える。
 その返事に、少女は小首を傾げたようだった。
「でもあなた、見たこともない闇色の肌をしてるわ。それに、結界師さまだって言ってたわ、町に闇の気配がするって。
 だからみんな、あなたを捕まえに行ったのよ?」
「もう少し南に行けばこんな肌のやつなんか、ザラにいる。めずらしくもない。
 それに、ここの結界師が何言ったかなんて知るもんか。俺が魅魎なら、何人いようとただの人なんかで捕まえられるはずねぇし、もし捕まったとしても、気がついた時点でさっさとここから出てってるさ。
 こんな辛気臭い場所にいたがるやつなんか、いるもんか」
 いくら襲われて間もないからといって、人と魅魎の区別もつかないたあ、とんだ|野巫《やぶ》だ。そんな野巫結界師だから町を守りきれなかったんだな。
 ブツブツ愚痴る少年の言葉をしっかりと聞きつけて、途端少女の細い眉がコイル巻きになる。
「結界師さまの悪口言わないで! とっても優しくていい方なんだから! あなたを捕まえられたのだって、結界師さまの術のおかげなのよ。もっと、ずっとずうーーーーっとすごいことだってできるんだから!
 結界師さまの悪口言うなんて、やっぱりあなた、魅魎だわ!」
 そのあまりに飛躍した論法に面食らい、一瞬頭の中が空白化する。
「あ、あのねぇ……」
 まさかこんな小さい子ども相手に怒鳴るわけにもいかないし。うーん、困ったぞ、とカリカリ頭をかきながら、かといってこのまま肯定するわけにもいかないから、とりあえず何か否定の言葉を言おうとしたのだが。
「魅魎だわ! あなた、絶対魅魎よっ!!」
 先を遮って、少女が言いきった。
「だから違うって。俺はね――」
 ここを助けに来てやったんだよ、と続けようとした口をそこで不自然に止め、少年は少女の目の上に開けた空間へと視線を移した。
 少女の背後に新たな人の気配を感じ取ったからだ。
 少女とは違い、完壁に気配を殺して近付いていたその無作法さに、敵意をはらんだ目でにらみつける。
 突然強い光を放ちだした少年の険しい目を不思議に思い、その視線を追って仰いだ少女は、次の瞬間、これ以上はないというほど砕顔した。
「結界師さまっ」
 少年を相手にしていたときとはずいぶん違う、明るい声を出して、ひょこんと少女の姿が格子窓から消える。どうやら背伸びを解いたらしい。
 少女の頭に向かい、細い腕が伸ばされたのが見え、そして声が聞こえた。
「ティカナ。こんな所にいたんですか」
「ええ。だって、黒い子どもの姿をした魅魎が捕まったって聞いたから、見てみたかったの」
「今から尋問を始めますが、おそらく彼は魅魎ではないでしょう」
「そうなの?」
 少女の声のテンションがあからさまに下がった。
 がっかりしているようだ。
「そうです。
 それより、姉さんたちが心配してきみを捜していましたよ。また黙って1人で外へ出たんじゃないかと。だから、早く行って安心させてあげなさい」
「はーいっ」
 素直に返事を返して、パタパタと走り去って行く軽い足音がする。
 そして、格子からは少女の代わりに、まだ若い男の顔が現れた。
 伏せられた目。
 周囲が暗いため色までは分からないが、おそらくは薄い銀だろう。まるで糸のような細くて長い髪をしている。
 特にどこがきれいというわけではないのだが、妙に全てがうまく整った顔立ちや異常なほど細い輪郭線のせいか、まるで楚々とした美女のように見える。だが、身を包む気配、先に聞いた凛とした声、そのどちらもが男の持物だった。
 いやなタイプだ。
 今までの経験という偏見でそう決めつけ、舌打ちする。
 どうもこういうおしとやかな優男タイプのやつとはソリが合わないんだ。ちょっとつついただけで簡単に骨でも折りそうっていうか、脅かしただけで心臓止めてポックリくたばっちまいそうなんだよなあ。
 金の交渉とかしてもすぐ息切れしてついてこれなさそうで、ハタから見る分には弱い者いじめに見えるだろーし。
 それじゃあまるきり俺が悪人じゃないか。
 なんだってこういうやつが存在するんだ。そりゃ、べつにいるだけなら悪くないが、どうせならただの一般市民やってろよ。代表者だとか責任者だとか、俺と関わりあうような役職につくなよ。
 何だってまあ、責任者っていうのはよりによってこういうやつが多いんだろね。ったくよ。
 隠すつもりはさらさらないのかーーそれともそういう気遣いとは全く無縁の性格をしているのか、少年は見るからにいやそうに眉を寄せる。
「俺は結界師を呼んだつもりはないぜ。それとも、今はあんたがここの責任者ってことか?」
 声にもイバラさながらに棘がぐるぐる撤かれている。
 魅魎の襲撃に遭った場合、一時的に魅魎の専門家である結界師や魔剣士などが差配を振るうのはよくあることだ。
「そうです。とりあえず、ですが」
 にっこり。少年の放った棘など届く前にすべて粉砕してしまったような、にこやかな笑顔をもって男は少年の言葉を肯定した。