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第2回

ー/ー



●隻眼の少年

 少年が目を覚ました時、そこは暗い牢の中だった。
 じわじわと足元から侵食してくる冷気と湿り気。よほど空気の入れ換えがなってないのだろう、カビ臭さが、ここが地下であることを教えていた。

 まず己の体を点検し、剣と荷袋を取り上げられている以外何もされてはいないようだと確かめておいてから、ぐるり見回す。
 格子窓つきの扉があるだけの、ほとんど真四角のこの部屋には、およそ寝台になりそうな物は一切なく、灯1つ、暖を取る毛布1枚見当たらなかった。
 わずかに(かし)いだ隅のほうでは何やら水溜まりらしきものができているようだし、月光すら入ってこない。

 この様子だと、どうやらここに閉じこめられる囚人は、相当不当な扱いを受けるらしい。言い変えれば、不当な扱いを受けても仕方のないやつが入る牢なわけだ。

 それはそれとして。
 そういったやからと自分を同じ扱いにするとは、一体どういう了見だ。

 すっかり気を損ねたと、少年は腕を組んで憤然とした目で鉄柵越しに前方の扉をにらみつけた。

 ここの壁は微弱ながら発光する石でできているらしく、慣れればぼんやりと物の形程度は見えてくる。
 格子窓の付いた、見るからに厚そうな金属製のドアの向こうからは、こちらをじっと覗きこんでいる人の気配があった。

「起きたのか?」

 格子窓をずっとにらんでいることで存在に気付かれたことを知った扉の向こうの男が、もそもそと、歯切れの悪い聞き取りづらい声で言ってくる。

「ああ」

 ぶすったれた声で少年が返す。

「そうか」

 男は少し沈黙したあと、言葉を付け足した。

「痛いところはないか?」
「……っ、体中いてえよ! んなの決まってるだろ! よってたかっててめぇらでしこたま殴りつけやがったくせに!
 んなことより、さっさとここの責任者を呼んできやがれ! これが客に対する態度かよ!」

 まるで腫物に触るような、ピントのずれた切り出し方にいらつき、たまりかねたように少年は怒鳴りつけた。

 しかし先の折り、広場であれだけ自分のほうから挑発しておきながら、こうして捕まった途端『客』とは、またずいぶん自分勝手な発言である。つい勢いでロにしたにせよ、目をそらすか赤面すればまだ可愛いげもあるが、いけしゃあしゃあと胡坐(あぐら)をかき、(かかと)に手をやってギッとにらみつける強気な姿など、ロ達者なだけの小憎らしいガキにしか見えない。

 見張り番らしい男もこの開き直ったふてぶてしさには閉ロし、眉を寄せたようだったが、相手はまだ子どもだということで留飲を下げ、あえて真面目に反論しようとはせずに、ただ「呼んでこよう」と口にしただけで、向こうへ行ってしまった。

 遠ざかる足音と気配からそれを確かめた少年は、ドアへ背を向けると、さて、と息をつく。

 気を緩めたのではなく、引きしめたのだ。

 さて、どうしてくれようか。

 腕組みをし、斜にかまえる。
 この分だとどうやらまだ最悪の状態は免れてるようだが、しかし甘く見ていい状況でもなさそうだ。
 何よりすっかり自分のやる気がしぼんでしまっている。これは問題だ。シシャルカータ国の外れにある、このサマルァという町が今、中継地をなくして孤立し、魅魑に襲われやすい状態にあるという情報を仕入れてはるばるやって来たというのに、入った早々こんな扱いを受けるとは。

 先のことを思い出し、ふん、としかめっ面になる。

 これって、おそろしく不条理なんじゃないか? しかも敵さんのほうが先に来ている。ひどく気に入らない。これだと値上げの交渉がしづらいじゃないか。せめて町に損害が出てなきゃ容赦なくしぼれるが、あれだけ徹底的にやられたとなると、復興に金がいるよなあ。
 ヘタな額出したらやっぱ、困るだろーなあ。かわいそう、というのに俺は弱いんだ。けど、こっちだって命賭けるんだから相応の謝礼をもらわなきゃわりに合わないし、今後よそでやりづらぐなるのはゴメンだし――いてっ、傷に触っちまった。青痔になってやがる。

 うん、ここの態度もやっぱり気にくわない。なんだって人を気絶させるだけであんだけ殴らなきゃいけない? へたくそどもめ。おかげで体中が痛いぞ。これが仕事にひびいたらどうしてくれるんだ。おかげでこれの分も料金に含まなき皇ならなくなったぞ。また値上げだ。ちくしょう。どれくらい人に料金割高にさせりゃ気がすむんだ。ほんとに魅魎退治してもらいたいのか、あほうどもめ。

 ああっ、まったくもって失礼な!

「いっそのこと、井戸を破壊してきゃ良かったんだ、ばか魅魎め!」

 そうすりゃここのやつらだって見切りをつけてさっさと町を捨ててただろうし、俺だって高い仕事しなくてすんだんだ。

 などなど。えらく矛盾した言葉を吐きながら、いら立ちのあまり両手を振り上げる。それを床めがけて振り降ろそうとした、そのときだ。

「やだ。過激ね」

 失笑しつつ、はたしていつからいたものか、ドアの格子越しに中をのぞきこんでいた者が言った。


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●隻眼の少年
 少年が目を覚ました時、そこは暗い牢の中だった。
 じわじわと足元から侵食してくる冷気と湿り気。よほど空気の入れ換えがなってないのだろう、カビ臭さが、ここが地下であることを教えていた。
 まず己の体を点検し、剣と荷袋を取り上げられている以外何もされてはいないようだと確かめておいてから、ぐるり見回す。
 格子窓つきの扉があるだけの、ほとんど真四角のこの部屋には、およそ寝台になりそうな物は一切なく、灯1つ、暖を取る毛布1枚見当たらなかった。
 わずかに|傾《かし》いだ隅のほうでは何やら水溜まりらしきものができているようだし、月光すら入ってこない。
 この様子だと、どうやらここに閉じこめられる囚人は、相当不当な扱いを受けるらしい。言い変えれば、不当な扱いを受けても仕方のないやつが入る牢なわけだ。
 それはそれとして。
 そういったやからと自分を同じ扱いにするとは、一体どういう了見だ。
 すっかり気を損ねたと、少年は腕を組んで憤然とした目で鉄柵越しに前方の扉をにらみつけた。
 ここの壁は微弱ながら発光する石でできているらしく、慣れればぼんやりと物の形程度は見えてくる。
 格子窓の付いた、見るからに厚そうな金属製のドアの向こうからは、こちらをじっと覗きこんでいる人の気配があった。
「起きたのか?」
 格子窓をずっとにらんでいることで存在に気付かれたことを知った扉の向こうの男が、もそもそと、歯切れの悪い聞き取りづらい声で言ってくる。
「ああ」
 ぶすったれた声で少年が返す。
「そうか」
 男は少し沈黙したあと、言葉を付け足した。
「痛いところはないか?」
「……っ、体中いてえよ! んなの決まってるだろ! よってたかっててめぇらでしこたま殴りつけやがったくせに!
 んなことより、さっさとここの責任者を呼んできやがれ! これが客に対する態度かよ!」
 まるで腫物に触るような、ピントのずれた切り出し方にいらつき、たまりかねたように少年は怒鳴りつけた。
 しかし先の折り、広場であれだけ自分のほうから挑発しておきながら、こうして捕まった途端『客』とは、またずいぶん自分勝手な発言である。つい勢いでロにしたにせよ、目をそらすか赤面すればまだ可愛いげもあるが、いけしゃあしゃあと|胡坐《あぐら》をかき、|踵《かかと》に手をやってギッとにらみつける強気な姿など、ロ達者なだけの小憎らしいガキにしか見えない。
 見張り番らしい男もこの開き直ったふてぶてしさには閉ロし、眉を寄せたようだったが、相手はまだ子どもだということで留飲を下げ、あえて真面目に反論しようとはせずに、ただ「呼んでこよう」と口にしただけで、向こうへ行ってしまった。
 遠ざかる足音と気配からそれを確かめた少年は、ドアへ背を向けると、さて、と息をつく。
 気を緩めたのではなく、引きしめたのだ。
 さて、どうしてくれようか。
 腕組みをし、斜にかまえる。
 この分だとどうやらまだ最悪の状態は免れてるようだが、しかし甘く見ていい状況でもなさそうだ。
 何よりすっかり自分のやる気がしぼんでしまっている。これは問題だ。シシャルカータ国の外れにある、このサマルァという町が今、中継地をなくして孤立し、魅魑に襲われやすい状態にあるという情報を仕入れてはるばるやって来たというのに、入った早々こんな扱いを受けるとは。
 先のことを思い出し、ふん、としかめっ面になる。
 これって、おそろしく不条理なんじゃないか? しかも敵さんのほうが先に来ている。ひどく気に入らない。これだと値上げの交渉がしづらいじゃないか。せめて町に損害が出てなきゃ容赦なくしぼれるが、あれだけ徹底的にやられたとなると、復興に金がいるよなあ。
 ヘタな額出したらやっぱ、困るだろーなあ。かわいそう、というのに俺は弱いんだ。けど、こっちだって命賭けるんだから相応の謝礼をもらわなきゃわりに合わないし、今後よそでやりづらぐなるのはゴメンだし――いてっ、傷に触っちまった。青痔になってやがる。
 うん、ここの態度もやっぱり気にくわない。なんだって人を気絶させるだけであんだけ殴らなきゃいけない? へたくそどもめ。おかげで体中が痛いぞ。これが仕事にひびいたらどうしてくれるんだ。おかげでこれの分も料金に含まなき皇ならなくなったぞ。また値上げだ。ちくしょう。どれくらい人に料金割高にさせりゃ気がすむんだ。ほんとに魅魎退治してもらいたいのか、あほうどもめ。
 ああっ、まったくもって失礼な!
「いっそのこと、井戸を破壊してきゃ良かったんだ、ばか魅魎め!」
 そうすりゃここのやつらだって見切りをつけてさっさと町を捨ててただろうし、俺だって高い仕事しなくてすんだんだ。
 などなど。えらく矛盾した言葉を吐きながら、いら立ちのあまり両手を振り上げる。それを床めがけて振り降ろそうとした、そのときだ。
「やだ。過激ね」
 失笑しつつ、はたしていつからいたものか、ドアの格子越しに中をのぞきこんでいた者が言った。