7 数ミリの魔法

ー/ー



 最初に袖を通したのは、超ハイブランドのフォルムに似た白いスーツだった。

(どうしよう。果てしなく貧相なんだけど)

 地味と言われた自前のスーツは、しっかりと私自身に馴染んでいた。しかしセレブ御用達のこの感じは……
 私という素材の定位置をありありと浮き立たせている。

(せっかく選んでもらったのに)

 不甲斐ないモデルで申し訳ない。
 フィッティングルームから出ると、彼の前に立ち、

「いかがでしょうか?」

 くるりと1回転して見せた。パフォーマンスで乗り切ろう。
 ……と思ったのに烏丸さんは何故か、神妙な表情へと変わっていく。

「え? あの、」
「もしかして俺を悩殺する気?」

 彼の目が、足元へと移動していく。もしかして、盛大に回りすぎた?
 案外太ももが目立つデザインだと気が付き、私は慌てた。

「えっ? そ、そ、そんな滅相もない!」

 必死の面持ちで弁解する。

「確かに私は烏丸さんが好き……いえ、烏丸さんの声が好きでした。でも今は違います。そんな邪な気持ちなんて一ミリも」
「一ミリも?」

 真実を見透かすような彼の瞳に射抜かれる。

「はい……」

 私はタジタジだ。
 烏丸さんは神様がこしらえた特別な男性だ。
 私なんぞのパフォーマンスが通用するなんて思ってもいません!

 ――深層心理までは知らないけど。だって、自分では到達できないから深層なんだし!

「まあ、からかうのは此処までとして。それは顔映りが今ひとつだな。次に行くか」

 テキパキとジャッジが下される。
 まさかのからかいだったとは。
 私は唖然として、裏方へ引っ込んだ。ホッとしたような無念なような。
 毎回翻弄されてしまうのは、やっぱり悔しい。

(もう何も考えない。鏡も見ない)

 そう。今は私がシンデレラなのだ。
 烏丸さんじゃなく自分自身に集中しなきゃ。
 2着目を試着して烏丸さんの前へ。

「どうでしょうか」

 真正面に立ち胸を張る。

「イマイチだな」
「えっ」

 唖然とする私。

「やっぱり私にハイブランドは似合わない……」

 ぽん、と頭を軽く叩かれる。

「わかりやすく落ち込むな。素材じゃなくて着こなしだ」

 彼の手が私の肩を挟み込んだ。
 次の瞬間、私は鏡へと向き直させられていた。
 背後から覆いかぶさるようにして、肩口に触れた。
 距離が近い。微かな香水の香りが鼻腔をくすぐる。
 心臓が大きく跳ね上がった。

「肩のラインがな、微妙にズレてる」

 真剣な眼差しで左右を整え、今度は腰へ指を伸ばした。
 多分フィッティングを直してくれているのだろうが、私としてはそれどころじゃない。
 間近にある彼の体温と、服の上からとはいえ、体に触れられる慣れていないスキンシップに、心臓が今にも爆発しそう。

「これでよし。あとは背筋を伸ばせ。自信がない人間に人は魅力を感じないぞ」
「は、はいっ」

 私は赤くなりながらも、ぴん、と背筋を伸ばした。
 烏丸さんは顔から下に視線を向けており、熟れきったトマトみたいな私の頬に気づかない。

(は、早く立て直さなきゃ。平常心、平常心……)

 自分に集中すると決意した後なのに、もう私の関心は烏丸さんにばかり向いている、なんて。

(ストーカー決定だ。ダメダメ。烏丸さんに嫌われちゃう)

 親指をつねって気持ちを落ち着かせる。
 と、烏丸さんはまた私を反転させた。1メートルほど距離を取り私の全身を舐めるように見る。そして満足げに言った。

「よし。鏡を見ろ」

 言われて、私は顔を上げた。

「あ……」

 大きな変化に内心驚く。
 彼が動かした布地は多分、ほんの数ミリ程度。それだけなのに、うんと洗練されて見えるのだ。

「似合っているだろ? 普段の君より数ランクレベルが上がってるはずだ」
「……ええ。本当に……」

 鏡に顔を近づける。

「……加工アプリなんて入ってませんよね」
「君の発想は面白いな」

 烏丸さんはふっと笑う。

「え? そうでしょうか」
「面白くて……そこはかとなく可愛い」

 か、可愛い……?
 異性への免疫0なチョロい元音楽教師はすぐに有頂天になりかけたけれど……。
 烏丸さんの表情がとても優しく感じられて……ときめきが、温かいものへと変わっていく。
 今彼が何を思い出しているのか、なんとなくわかってしまった。

「あの、烏丸さんって、私を素敵に翻訳してくださいますよね」
「ん?」
「だって、私なんて、なんの取り柄もない凡人なのに、烏丸さんが面白いって言ってくれると、凄腕のエンターテイナー気分になっちゃいます」

 買いかぶられるのは苦手だけれど……。
 この人の言葉はもっと素直に聞くべきなのかも。
 それに……。

(可愛いって言われたの、やっぱり嬉しい……例え、愛玩動物的な意味だとしても)

 女だもの。
 かつての推しに褒められたら、内心舞い上がっちゃうよ。

「俺の解釈が特別なんじゃない。君が……」

 烏丸さんはじっと私を見つめた。

「……?」

 条件反射のように私もその瞳を見つめ返す。
 綺麗すぎる眼差しを受け続けるのは、一種の我慢大会だ。でも、だんだん、耐久時間が伸びている気がする。
 ポンポン、と頭を撫でられた。

「……! また……!」

 我慢できない。

「妹さんを思い出してたんでしょう」

 妹。つまりポメラニアン。

「バレたか」

 烏丸さんはそう言ってにっこりと笑ったのだった。


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 最初に袖を通したのは、超ハイブランドのフォルムに似た白いスーツだった。
(どうしよう。果てしなく貧相なんだけど)
 地味と言われた自前のスーツは、しっかりと私自身に馴染んでいた。しかしセレブ御用達のこの感じは……
 私という素材の定位置をありありと浮き立たせている。
(せっかく選んでもらったのに)
 不甲斐ないモデルで申し訳ない。
 フィッティングルームから出ると、彼の前に立ち、
「いかがでしょうか?」
 くるりと1回転して見せた。パフォーマンスで乗り切ろう。
 ……と思ったのに烏丸さんは何故か、神妙な表情へと変わっていく。
「え? あの、」
「もしかして俺を悩殺する気?」
 彼の目が、足元へと移動していく。もしかして、盛大に回りすぎた?
 案外太ももが目立つデザインだと気が付き、私は慌てた。
「えっ? そ、そ、そんな滅相もない!」
 必死の面持ちで弁解する。
「確かに私は烏丸さんが好き……いえ、烏丸さんの声が好きでした。でも今は違います。そんな邪な気持ちなんて一ミリも」
「一ミリも?」
 真実を見透かすような彼の瞳に射抜かれる。
「はい……」
 私はタジタジだ。
 烏丸さんは神様がこしらえた特別な男性だ。
 私なんぞのパフォーマンスが通用するなんて思ってもいません!
 ――深層心理までは知らないけど。だって、自分では到達できないから深層なんだし!
「まあ、からかうのは此処までとして。それは顔映りが今ひとつだな。次に行くか」
 テキパキとジャッジが下される。
 まさかのからかいだったとは。
 私は唖然として、裏方へ引っ込んだ。ホッとしたような無念なような。
 毎回翻弄されてしまうのは、やっぱり悔しい。
(もう何も考えない。鏡も見ない)
 そう。今は私がシンデレラなのだ。
 烏丸さんじゃなく自分自身に集中しなきゃ。
 2着目を試着して烏丸さんの前へ。
「どうでしょうか」
 真正面に立ち胸を張る。
「イマイチだな」
「えっ」
 唖然とする私。
「やっぱり私にハイブランドは似合わない……」
 ぽん、と頭を軽く叩かれる。
「わかりやすく落ち込むな。素材じゃなくて着こなしだ」
 彼の手が私の肩を挟み込んだ。
 次の瞬間、私は鏡へと向き直させられていた。
 背後から覆いかぶさるようにして、肩口に触れた。
 距離が近い。微かな香水の香りが鼻腔をくすぐる。
 心臓が大きく跳ね上がった。
「肩のラインがな、微妙にズレてる」
 真剣な眼差しで左右を整え、今度は腰へ指を伸ばした。
 多分フィッティングを直してくれているのだろうが、私としてはそれどころじゃない。
 間近にある彼の体温と、服の上からとはいえ、体に触れられる慣れていないスキンシップに、心臓が今にも爆発しそう。
「これでよし。あとは背筋を伸ばせ。自信がない人間に人は魅力を感じないぞ」
「は、はいっ」
 私は赤くなりながらも、ぴん、と背筋を伸ばした。
 烏丸さんは顔から下に視線を向けており、熟れきったトマトみたいな私の頬に気づかない。
(は、早く立て直さなきゃ。平常心、平常心……)
 自分に集中すると決意した後なのに、もう私の関心は烏丸さんにばかり向いている、なんて。
(ストーカー決定だ。ダメダメ。烏丸さんに嫌われちゃう)
 親指をつねって気持ちを落ち着かせる。
 と、烏丸さんはまた私を反転させた。1メートルほど距離を取り私の全身を舐めるように見る。そして満足げに言った。
「よし。鏡を見ろ」
 言われて、私は顔を上げた。
「あ……」
 大きな変化に内心驚く。
 彼が動かした布地は多分、ほんの数ミリ程度。それだけなのに、うんと洗練されて見えるのだ。
「似合っているだろ? 普段の君より数ランクレベルが上がってるはずだ」
「……ええ。本当に……」
 鏡に顔を近づける。
「……加工アプリなんて入ってませんよね」
「君の発想は面白いな」
 烏丸さんはふっと笑う。
「え? そうでしょうか」
「面白くて……そこはかとなく可愛い」
 か、可愛い……?
 異性への免疫0なチョロい元音楽教師はすぐに有頂天になりかけたけれど……。
 烏丸さんの表情がとても優しく感じられて……ときめきが、温かいものへと変わっていく。
 今彼が何を思い出しているのか、なんとなくわかってしまった。
「あの、烏丸さんって、私を素敵に翻訳してくださいますよね」
「ん?」
「だって、私なんて、なんの取り柄もない凡人なのに、烏丸さんが面白いって言ってくれると、凄腕のエンターテイナー気分になっちゃいます」
 買いかぶられるのは苦手だけれど……。
 この人の言葉はもっと素直に聞くべきなのかも。
 それに……。
(可愛いって言われたの、やっぱり嬉しい……例え、愛玩動物的な意味だとしても)
 女だもの。
 かつての推しに褒められたら、内心舞い上がっちゃうよ。
「俺の解釈が特別なんじゃない。君が……」
 烏丸さんはじっと私を見つめた。
「……?」
 条件反射のように私もその瞳を見つめ返す。
 綺麗すぎる眼差しを受け続けるのは、一種の我慢大会だ。でも、だんだん、耐久時間が伸びている気がする。
 ポンポン、と頭を撫でられた。
「……! また……!」
 我慢できない。
「妹さんを思い出してたんでしょう」
 妹。つまりポメラニアン。
「バレたか」
 烏丸さんはそう言ってにっこりと笑ったのだった。