光の柱が天から差し込んだのは、戦の終結を告げる凱旋の夜だった。
魔族の侵略を退け、国を救った英雄──カインの帰還にセレファリア王国の王都は沸き立っていた。
門をくぐるその姿を一目見ようと人々は路地にまで溢れ
子どもたちは花を投げ、老兵は涙を流した。
「万歳! 英雄カイン!」
「我らを救った、王国の剣!」
誰もがその名を叫び、騎士たちは敬礼し、同僚の騎士団員たちは胸を張って彼の背を誇った。その姿はまさに、王国が生んだ奇跡そのものだった。
その中に、ひときわ控えめな声が混ざっていた。
「……よかった。無事で」
カインはふと、その声の方へ目を向けた。
人混みの奥からひっそりと覗いていたのは若い娘だった。
セリス――王都から遠く離れた村の娘で、カインの幼なじみだ。
祝賀の宴が始まり、酒と歌と虚飾に満ちた空間でカインは早々に抜け出した。
薄暗い中庭の噴水前。
すでにそこには、花束を抱えたセリスが立っていた。
「待たせたな」
「ううん、私が勝手に来ただけ」
小さな笑顔と、揺れる瞳。
セリスは黙って花束を差し出した。
それは、二人が子どもの頃に野原で摘んだ花と同じ種類だった。
「覚えてる? よく川のそばで見つけてたやつ」
「ああ。懐かしいな」
沈黙。
言葉が足りないほどに、想いが溢れていた。
カインがゆっくり口を開く。
「戦はいったん終わった。少し休めるかもな」
「じゃあ……村に、帰るの?」
「……ああ。帰ろう、セリス。お前も一緒に」
王エルヴァンは、宴の喧騒が去った王城の奥で、一人ワインを傾けていた。
窓の外、凱旋式の様子が思い出される。
「民どもは、あの騎士を“英雄”と讃えていたな……虫唾が走る」
カインの名は戦場では栄誉、民からは称賛、騎士団からは信頼を集めていた。
王の威光すら霞むほどに。
だがそれが気に入らない。
自分以外の者が崇められることを王は許さない。
「あの男……もはや騎士ではない。民の偶像と化した“異物”だ」
王にとって、カインはもはや功臣ではなかった。
民衆に名を讃えられ、騎士団からは信頼され、若き兵士たちの目標とされる男。
──その存在は、自らの権威を食う影になりつつあった。
「英雄とは、長く王のそばに置くべきではない」
「ならば、“処分”の時だ」
王はすでに、幾つかの策を巡らせていた。
偽の密命、捏造された命令違反、あるいは王宮の不義密通。
“罪”などいくらでもでっち上げられる。
問題は、民がそれを信じるかどうか──そのための導火線が、必要だった。
その時だった。
神殿から使者が走り込み、玉座の前でひれ伏した。
「陛下……神託が。聖女の印を帯びた者が、ついに現れました!」
王の眉がわずかに動く。
──聖女の顕現。
神殿に差した光は、確かに告げていた。
選ばれし者の名は、村の娘──セリス。
よりにもよって、カインの傍にいた少女だった。
「……ふん。神とは、なんとも気まぐれな。このタイミングで神託を出すとは」
王の口元に、皮肉と欲望の入り混じった笑みが浮かぶ。
「これで役者は揃った。あの娘は私の聖女となり、カインは裏切り者となる」
「――もはや、彼の存在に意味などない」
玉座の影で、静かに幕が上がる。
すべては王の手のひらの上で、予定通りに進んでいた。