烏丸さんと2人で烏丸本社ビルのファッションフロアへ。
「あ、あれが例の?」
「逃げたのに、会長を助けてまた採用されたんでしょ」
「運がいいよね」
耳のいい私は通りすがりのそんな声を拾ってしまう。
水上さんといい今の人たちといい、昨日の出来事を把握している情報網に驚いた。
そして。
運がいい。
決して咎められたわけではないのに、楽してその座を射止めたと言われている気がしてつい、身をすくめてしまう。
私は他の人たちみたいに、吟味を重ねて選ばれたわけじゃない。
運命のカードが落ちてきて、たまたま拾った文字通りのラッキーガールだ。
「注目されてるな。期待に応えろ」
烏丸さんも聞いていたらしく、短い言葉で発破をかけられる。
私はハッとして「頑張ります」と拳を握る。
分不相応な運をつかんだのだから、せめて役に立つ存在にならねば。
彼が私を連れてきたのは、高級感漂うセレクトショップだった。
落ち着いた内装のフロアにはスタイリッシュな夏のスーツやワンピースが並んでいる。
「烏丸様。ご来店誠にありがとうございます」
黒スーツの店員が頭を下げる。
烏丸さんも丁寧に挨拶を返し、「私が選びますので」と店員を退けた。
烏丸さんのスタイリング……。
どうしよう。今からドキドキしてしまう。
こっそり値札を見ると、桁が違い過ぎて心臓が止まりかけた。
どれだけ働いても払えない。緊張はすっかり焦りへと置き換わる。
私は烏丸さんをフロアの隅っこへと引っ張っていった。
「……私、昨日まで無職で……! 金欠なんです。私が購入できる範囲の店で、それなりに良いものを買わせていただけないでしょうか?」
恥ずかしいけれど、正直に告げる。
「俺が出すから君は心配しなくていい。秘書を磨くための正当な投資だよ」
つまり、烏丸さんが買ってくれるって事?
私の服を?
「そんな……そこまで甘えられません!」
烏丸さんは腕を組んだ。
「倉田」
うわ。名前を呼ばれた。
「はい」
「俺が最も大切にしているものは何か知ってるよな?」
もちろんだ。
「時間です……だから! 申し訳なくて」
「このやりとりこそが無駄なんだ。それに昨日のワンピースは似合ってた。今からセンスを磨く必要はないだろう」
「え? そうなんですか?」
ただひたすらTPOを外した、だめコーディネートだと思いこんでいた。
「ああ。まるで川べりに咲く花のようだったぞ」
「えっ」
もしかして褒められた?
嬉しさよりも驚きに目を見開く私の前で、烏丸さんは続ける。
「俺はな、野の花が華やかなバラへと変わる瞬間を見たいんだよ」
え?
ちょっと待って。
ひどすぎる。昨日もそうだったけれど、烏丸さんは妙に人を褒める癖がありそうだ。
そんなの駄目だ。
「お、耳まで赤くなった」
不躾な視線とセリフに私はあたふたと弁解する。
「烏丸さんのせいですよ。駄目です。そんなに褒めちゃ。勘違いされますよ」
そう。特に男性に免疫のない元音楽講師なんて、チョロいんだから。
彼の何気ない一言で、雲の上まで舞い上がってしまう。
「君なら勘違いしてもいいんだがな」
「えっ?」
「まあ、四の五の言わず俺のワガママにつきあえ」
烏丸さんはひょいひょいと洋服を選び、用意されていたコロつきのラックへかけかえる。
(もしかして……楽しんでくれてるのかな。こういうの。いや、きっと私の気持ちを軽くしてくれたんだ)
思った以上にいい人なのかも。
真剣な目でスーツを選ぶ彼の背中を追いながら、いつしか胸の奥が温かくなった。
「広い!」
広々としたフィッティングルームに私は感嘆の声をあげる。
壁一面が継ぎ目のない巨大な鏡になっており、フロアの中央には革製のソファと、木製のローテーブルが置かれている。
烏丸さんは小部屋のドアをあけ、壁のフックに選んだ洋服をかけていく。無駄のない動きについ目を奪われた。
振り向いた彼と目が合って、内心かなり動揺した。そういえば、ここはなんとなくホテルに似ている。
密室に2人きり、なんて思ってしまう。
「何? 俺に見とれてんの?」
ニヤリと笑うその笑みは少年みたいで、ドキッとした。
これはもしかして、からかいモード?
烏丸さんのパターンが読めてきたけれど、それでもお約束のように心臓が震える。
「すみません、そんな風にテキパキ動けたらいいのにな、って……ちょっと思って」
本当はカッコいいな、なんてミーハーな事を考えていた。
でも内緒。ただでさえ、半分ストーカーだったとバレているのだ。
邪な気持ちは絶対に隠すべき。
「へえ。俺の美貌に目がくらんだかと思った」
煽るかのようなセリフが返ってきた。
「そんなっ! 絶対に! そんな事は! ありませんっ!」
大嘘だった。
なんて綺麗なんだろう、神様が特別扱いしてこしらえたみたいだ、と心の中で称賛しまくっていた。
私は声フェチ。ルックスにはこだわりがないはずなのに。
烏丸さんはフフッと、全てを見透かすかのような胡散臭い笑みを浮かべた。
ああ、このモード。あたふたしてる私を見て面白がってる。
「まあ、そういう事にしといてやろう……今日の主役は君だからな」
烏丸さんは私を鏡の前に立たせると、背後から肩に手を置いた。
ちょっと本気で待ってほしい。これは、この体勢は反則でしょう!
「あ、あ、あの」
鏡に縦に並ぶ烏丸さんと私。
鏡の私が見つめられていて、その顔はトマトみたいに赤くなっていて、いたたまれなさに気が遠くなる。
密室に2人、なんてワード、どうして思いついたんだろう。
酸欠で息が止まりそう。
「今の自分を覚えておけ。俺がシンデレラに変えてやる」
彼の声が鼓膜に響く。麗しい姿と声のダブルコンボに私の胸は大きく跳ねる。
シンデレラの物語は空で言えるほど知っている。
村娘を変身させるのは魔法使いだ。
でも。
鏡に映る烏丸さんは白馬の王子にしか見えなかった。