6 セレクトショップ

ー/ー



 烏丸さんと2人で烏丸本社ビルのファッションフロアへ。

「あ、あれが例の?」
「逃げたのに、会長を助けてまた採用されたんでしょ」
「運がいいよね」

 耳のいい私は通りすがりのそんな声を拾ってしまう。
 水上さんといい今の人たちといい、昨日の出来事を把握している情報網に驚いた。
 そして。
 運がいい。
 決して咎められたわけではないのに、楽してその座を射止めたと言われている気がしてつい、身をすくめてしまう。
 私は他の人たちみたいに、吟味を重ねて選ばれたわけじゃない。
 運命のカードが落ちてきて、たまたま拾った文字通りのラッキーガールだ。

「注目されてるな。期待に応えろ」

 烏丸さんも聞いていたらしく、短い言葉で発破をかけられる。
 私はハッとして「頑張ります」と拳を握る。
 分不相応な運をつかんだのだから、せめて役に立つ存在にならねば。




 彼が私を連れてきたのは、高級感漂うセレクトショップだった。
 落ち着いた内装のフロアにはスタイリッシュな夏のスーツやワンピースが並んでいる。

「烏丸様。ご来店誠にありがとうございます」

 黒スーツの店員が頭を下げる。
 烏丸さんも丁寧に挨拶を返し、「私が選びますので」と店員を退けた。
 烏丸さんのスタイリング……。
 どうしよう。今からドキドキしてしまう。
 こっそり値札を見ると、桁が違い過ぎて心臓が止まりかけた。
 どれだけ働いても払えない。緊張はすっかり焦りへと置き換わる。
 私は烏丸さんをフロアの隅っこへと引っ張っていった。

「……私、昨日まで無職で……! 金欠なんです。私が購入できる範囲の店で、それなりに良いものを買わせていただけないでしょうか?」

 恥ずかしいけれど、正直に告げる。

「俺が出すから君は心配しなくていい。秘書を磨くための正当な投資だよ」

 つまり、烏丸さんが買ってくれるって事?
 私の服を?

「そんな……そこまで甘えられません!」

 烏丸さんは腕を組んだ。

「倉田」

 うわ。名前を呼ばれた。

「はい」
「俺が最も大切にしているものは何か知ってるよな?」

 もちろんだ。

「時間です……だから! 申し訳なくて」
「このやりとりこそが無駄なんだ。それに昨日のワンピースは似合ってた。今からセンスを磨く必要はないだろう」
「え? そうなんですか?」

 ただひたすらTPOを外した、だめコーディネートだと思いこんでいた。

「ああ。まるで川べりに咲く花のようだったぞ」
「えっ」

 もしかして褒められた?
 嬉しさよりも驚きに目を見開く私の前で、烏丸さんは続ける。

「俺はな、野の花が華やかなバラへと変わる瞬間を見たいんだよ」

 え?
 ちょっと待って。
 ひどすぎる。昨日もそうだったけれど、烏丸さんは妙に人を褒める癖がありそうだ。
 そんなの駄目だ。

「お、耳まで赤くなった」

 不躾な視線とセリフに私はあたふたと弁解する。

「烏丸さんのせいですよ。駄目です。そんなに褒めちゃ。勘違いされますよ」

 そう。特に男性に免疫のない元音楽講師なんて、チョロいんだから。
 彼の何気ない一言で、雲の上まで舞い上がってしまう。

「君なら勘違いしてもいいんだがな」
「えっ?」
「まあ、四の五の言わず俺のワガママにつきあえ」

 烏丸さんはひょいひょいと洋服を選び、用意されていたコロつきのラックへかけかえる。

(もしかして……楽しんでくれてるのかな。こういうの。いや、きっと私の気持ちを軽くしてくれたんだ)

 思った以上にいい人なのかも。
 真剣な目でスーツを選ぶ彼の背中を追いながら、いつしか胸の奥が温かくなった。



「広い!」

 広々としたフィッティングルームに私は感嘆の声をあげる。  
 壁一面が継ぎ目のない巨大な鏡になっており、フロアの中央には革製のソファと、木製のローテーブルが置かれている。  
 烏丸さんは小部屋のドアをあけ、壁のフックに選んだ洋服をかけていく。無駄のない動きについ目を奪われた。
 振り向いた彼と目が合って、内心かなり動揺した。そういえば、ここはなんとなくホテルに似ている。
 密室に2人きり、なんて思ってしまう。

「何? 俺に見とれてんの?」

 ニヤリと笑うその笑みは少年みたいで、ドキッとした。
 これはもしかして、からかいモード?
 烏丸さんのパターンが読めてきたけれど、それでもお約束のように心臓が震える。

「すみません、そんな風にテキパキ動けたらいいのにな、って……ちょっと思って」

 本当はカッコいいな、なんてミーハーな事を考えていた。
 でも内緒。ただでさえ、半分ストーカーだったとバレているのだ。
 邪な気持ちは絶対に隠すべき。

「へえ。俺の美貌に目がくらんだかと思った」

 煽るかのようなセリフが返ってきた。

「そんなっ! 絶対に! そんな事は! ありませんっ!」

 大嘘だった。
 なんて綺麗なんだろう、神様が特別扱いしてこしらえたみたいだ、と心の中で称賛しまくっていた。
 私は声フェチ。ルックスにはこだわりがないはずなのに。
 烏丸さんはフフッと、全てを見透かすかのような胡散臭い笑みを浮かべた。
 ああ、このモード。あたふたしてる私を見て面白がってる。

「まあ、そういう事にしといてやろう……今日の主役は君だからな」

 烏丸さんは私を鏡の前に立たせると、背後から肩に手を置いた。
 ちょっと本気で待ってほしい。これは、この体勢は反則でしょう!

「あ、あ、あの」

 鏡に縦に並ぶ烏丸さんと私。
 鏡の私が見つめられていて、その顔はトマトみたいに赤くなっていて、いたたまれなさに気が遠くなる。
 密室に2人、なんてワード、どうして思いついたんだろう。
 酸欠で息が止まりそう。

「今の自分を覚えておけ。俺がシンデレラに変えてやる」

 彼の声が鼓膜に響く。麗しい姿と声のダブルコンボに私の胸は大きく跳ねる。
 シンデレラの物語は空で言えるほど知っている。
 村娘を変身させるのは魔法使いだ。

 でも。

 鏡に映る烏丸さんは白馬の王子にしか見えなかった。



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 烏丸さんと2人で烏丸本社ビルのファッションフロアへ。
「あ、あれが例の?」
「逃げたのに、会長を助けてまた採用されたんでしょ」
「運がいいよね」
 耳のいい私は通りすがりのそんな声を拾ってしまう。
 水上さんといい今の人たちといい、昨日の出来事を把握している情報網に驚いた。
 そして。
 運がいい。
 決して咎められたわけではないのに、楽してその座を射止めたと言われている気がしてつい、身をすくめてしまう。
 私は他の人たちみたいに、吟味を重ねて選ばれたわけじゃない。
 運命のカードが落ちてきて、たまたま拾った文字通りのラッキーガールだ。
「注目されてるな。期待に応えろ」
 烏丸さんも聞いていたらしく、短い言葉で発破をかけられる。
 私はハッとして「頑張ります」と拳を握る。
 分不相応な運をつかんだのだから、せめて役に立つ存在にならねば。
 彼が私を連れてきたのは、高級感漂うセレクトショップだった。
 落ち着いた内装のフロアにはスタイリッシュな夏のスーツやワンピースが並んでいる。
「烏丸様。ご来店誠にありがとうございます」
 黒スーツの店員が頭を下げる。
 烏丸さんも丁寧に挨拶を返し、「私が選びますので」と店員を退けた。
 烏丸さんのスタイリング……。
 どうしよう。今からドキドキしてしまう。
 こっそり値札を見ると、桁が違い過ぎて心臓が止まりかけた。
 どれだけ働いても払えない。緊張はすっかり焦りへと置き換わる。
 私は烏丸さんをフロアの隅っこへと引っ張っていった。
「……私、昨日まで無職で……! 金欠なんです。私が購入できる範囲の店で、それなりに良いものを買わせていただけないでしょうか?」
 恥ずかしいけれど、正直に告げる。
「俺が出すから君は心配しなくていい。秘書を磨くための正当な投資だよ」
 つまり、烏丸さんが買ってくれるって事?
 私の服を?
「そんな……そこまで甘えられません!」
 烏丸さんは腕を組んだ。
「倉田」
 うわ。名前を呼ばれた。
「はい」
「俺が最も大切にしているものは何か知ってるよな?」
 もちろんだ。
「時間です……だから! 申し訳なくて」
「このやりとりこそが無駄なんだ。それに昨日のワンピースは似合ってた。今からセンスを磨く必要はないだろう」
「え? そうなんですか?」
 ただひたすらTPOを外した、だめコーディネートだと思いこんでいた。
「ああ。まるで川べりに咲く花のようだったぞ」
「えっ」
 もしかして褒められた?
 嬉しさよりも驚きに目を見開く私の前で、烏丸さんは続ける。
「俺はな、野の花が華やかなバラへと変わる瞬間を見たいんだよ」
 え?
 ちょっと待って。
 ひどすぎる。昨日もそうだったけれど、烏丸さんは妙に人を褒める癖がありそうだ。
 そんなの駄目だ。
「お、耳まで赤くなった」
 不躾な視線とセリフに私はあたふたと弁解する。
「烏丸さんのせいですよ。駄目です。そんなに褒めちゃ。勘違いされますよ」
 そう。特に男性に免疫のない元音楽講師なんて、チョロいんだから。
 彼の何気ない一言で、雲の上まで舞い上がってしまう。
「君なら勘違いしてもいいんだがな」
「えっ?」
「まあ、四の五の言わず俺のワガママにつきあえ」
 烏丸さんはひょいひょいと洋服を選び、用意されていたコロつきのラックへかけかえる。
(もしかして……楽しんでくれてるのかな。こういうの。いや、きっと私の気持ちを軽くしてくれたんだ)
 思った以上にいい人なのかも。
 真剣な目でスーツを選ぶ彼の背中を追いながら、いつしか胸の奥が温かくなった。
「広い!」
 広々としたフィッティングルームに私は感嘆の声をあげる。  
 壁一面が継ぎ目のない巨大な鏡になっており、フロアの中央には革製のソファと、木製のローテーブルが置かれている。  
 烏丸さんは小部屋のドアをあけ、壁のフックに選んだ洋服をかけていく。無駄のない動きについ目を奪われた。
 振り向いた彼と目が合って、内心かなり動揺した。そういえば、ここはなんとなくホテルに似ている。
 密室に2人きり、なんて思ってしまう。
「何? 俺に見とれてんの?」
 ニヤリと笑うその笑みは少年みたいで、ドキッとした。
 これはもしかして、からかいモード?
 烏丸さんのパターンが読めてきたけれど、それでもお約束のように心臓が震える。
「すみません、そんな風にテキパキ動けたらいいのにな、って……ちょっと思って」
 本当はカッコいいな、なんてミーハーな事を考えていた。
 でも内緒。ただでさえ、半分ストーカーだったとバレているのだ。
 邪な気持ちは絶対に隠すべき。
「へえ。俺の美貌に目がくらんだかと思った」
 煽るかのようなセリフが返ってきた。
「そんなっ! 絶対に! そんな事は! ありませんっ!」
 大嘘だった。
 なんて綺麗なんだろう、神様が特別扱いしてこしらえたみたいだ、と心の中で称賛しまくっていた。
 私は声フェチ。ルックスにはこだわりがないはずなのに。
 烏丸さんはフフッと、全てを見透かすかのような胡散臭い笑みを浮かべた。
 ああ、このモード。あたふたしてる私を見て面白がってる。
「まあ、そういう事にしといてやろう……今日の主役は君だからな」
 烏丸さんは私を鏡の前に立たせると、背後から肩に手を置いた。
 ちょっと本気で待ってほしい。これは、この体勢は反則でしょう!
「あ、あ、あの」
 鏡に縦に並ぶ烏丸さんと私。
 鏡の私が見つめられていて、その顔はトマトみたいに赤くなっていて、いたたまれなさに気が遠くなる。
 密室に2人、なんてワード、どうして思いついたんだろう。
 酸欠で息が止まりそう。
「今の自分を覚えておけ。俺がシンデレラに変えてやる」
 彼の声が鼓膜に響く。麗しい姿と声のダブルコンボに私の胸は大きく跳ねる。
 シンデレラの物語は空で言えるほど知っている。
 村娘を変身させるのは魔法使いだ。
 でも。
 鏡に映る烏丸さんは白馬の王子にしか見えなかった。