5 シンデレラスタート
ー/ー
渋谷の真ん中にどん、とそそり立つ烏丸商事本社ビル。
一階はレストランとロビーになっており、小さな公園がその前にある。
スタイリッシュな男女が闊歩し、透明なエレベーターが高速で上がっていった。
(音楽教室から近いのに……全然違う世界だわ)
一着だけ持っていた紺色のスーツを着てきた私。
回転ドアに吸い込まれていく人たちと比べてあまりにも野暮ったい。
昨日といい今日といい、私ってTPOを外しまくってる。
「倉田さん?」
背後から名前を呼ばれ振り向くと、見覚えのある男性が立っていた。
「あ、……水上さん、ですよね」
水上さんはにっこり笑いかけてきた。
すごく安心感のある笑顔。地獄で味方を見つけた気がする。
「そうそう。やっぱり倉田ひかりさんだ。話は怜から聞いてます。おめでとうございます」
怜?
呼び捨てって、どういう関係なんだろう。同期とか?
いや、そんな事よりも。
「すいませんっ。逃げたりして」
私は頭を下げた。
「こちらこそ、振り回してしまいました。それよりも会長を助けてくださってありがとうございました。あ、社長室まで案内します」
水上さんは前に立って歩き出した。
(会長さんの事、知ってるんだ)
昨日の今日なのに。ずいぶん伝達が速い気がする。それくらいフレンドリーな会社なのだろうか。
エレベーターを下りると、水上さんは重厚なドアの前で立ち止まった。
ノックの後「失礼します!」と言いドアを開ける。
「さ、どうぞ」
私はごくりと唾を飲み込みながら、
「失礼します」
大きく頭を下げ、室内へと足を踏み入れた。
社長室の窓の外には摩天楼。
窓側に大きなデスクが、中央に黒革のソファと小さなテーブルが置かれている。
烏丸さんは窓際に立っていたが、くるりとこちらを振り返った。
高い鼻、シャープな顎、整い切ったスタイル。
自信に満ち溢れた立ち姿。
ハリウッド映画の1シーンみたいだ。
「おはよう。引率つきか。また迷子?」
にやり、と笑われドキッとする。方向音痴をからかわれたのだ。
「じゃ、また」
水上さんはニコッと笑って去っていく。
「おはようございます。今日から一生懸命働きますから、よろしくお願いします!」
私は元気よく頭を下げた。
「つきましてはこちらを」
気合を入れて書き上げてきた履歴書を渡す。
「パソコン検定1級か」
顔をあげた彼と視線が絡みドキッとしつつも
「はい。キーボードなら得意です!」
私は胸を張った。
「何でも申し付けてください」
「なるほど。しかし残念なお知らせだ。秘書にパソコンは支給しない」
「えっ!?」
「事務はほとんど自動化してる。タブレットの方が機動性高いしな。それよりも」
烏丸さんはデスクにもたれて、人差し指をくいくいと曲げた。
「こっちへ」
「え?」
「ほら、早く」
言われるがままに顔を近づける。
星がいくつも瞬いているような、綺麗な瞳が私をじっと見つめている。
(何、これ。美しすぎて、辛いんですけど??)
嘘じゃない。あまりに綺麗で胸がキリキリ痛み始めた。
目をそらしたいけれど、今日から私はこの人の部下。
言いつけには全部従うと決めた。我慢しなきゃ。
「……何かが足りないんだよなあ」
烏丸さんは言う。そりゃそうでしょうとも。
私は足りないものだらけだ。ゆるりとした拷問が終わり、ホッとしながら内心思う。
「ああ、そうか。わかった」
烏丸さんは立ち上がると私の目の前に移動した。
この体勢。昨日もだったけど、背が高すぎて首が疲れる。
長い指が髪に触れた瞬間、ゾクッと背筋に電気が走る。ゴムを外されふわっと髪が背中に広がった。
「……!」
手首が握られ、手のひらにゴムが載せられる。
そして烏丸さんは、私の髪に指を差し込み、ふわっと持ち上げて風を入れた。
ど、ど、っと心臓が激しく脈打つのは異性との接触に慣れてないせいで。
決して烏丸さんにドキドキしてるわけじゃない、と呪文のように心で唱える。
でも本当は一連の行動の全てに、私の全身が反応していた。
つまり結論。
烏丸怜はスキンシップが過剰だ!
イケメンを自覚して自重して欲しい。
「素材はいいのに、あと一歩足りない。よし、今から君を磨き上げるぞ」
磨き上げる?
こんな綺麗な人が、この私を?
「それは、どう言う……」
「君を変身させるんだ。俺の隣に相応しいように」
私は青ざめた。
「変身だなんて! 私なんかのために、そんな時間、勿体ないです!」
「は? 私なんか? と言ったか?」
烏丸さんの目が鋭くなる。
「あ、だって、時間はその、生命だから」
「その時間をかけるだけの値打ちがあると言ってるんだよ」
そして烏丸さんはきっぱり言った。
「君は俺が見つけたダイヤモンドだ。今からその価値をわからせてやる」
イケメンボイスで放たれる謎の言葉。
私の胸は不安と微かな期待で大きく波打っていた。
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
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スタイリッシュな男女が闊歩し、透明なエレベーターが高速で上がっていった。
(音楽教室から近いのに……全然違う世界だわ)
一着だけ持っていた紺色のスーツを着てきた私。
回転ドアに吸い込まれていく人たちと比べてあまりにも野暮ったい。
昨日といい今日といい、私ってTPOを外しまくってる。
「倉田さん?」
背後から名前を呼ばれ振り向くと、見覚えのある男性が立っていた。
「あ、……水上さん、ですよね」
水上さんはにっこり笑いかけてきた。
すごく安心感のある笑顔。地獄で味方を見つけた気がする。
「そうそう。やっぱり倉田ひかりさんだ。話は怜から聞いてます。おめでとうございます」
怜?
呼び捨てって、どういう関係なんだろう。同期とか?
いや、そんな事よりも。
「すいませんっ。逃げたりして」
私は頭を下げた。
「こちらこそ、振り回してしまいました。それよりも会長を助けてくださってありがとうございました。あ、社長室まで案内します」
水上さんは前に立って歩き出した。
(会長さんの事、知ってるんだ)
昨日の今日なのに。ずいぶん伝達が速い気がする。それくらいフレンドリーな会社なのだろうか。
エレベーターを下りると、水上さんは重厚なドアの前で立ち止まった。
ノックの後「失礼します!」と言いドアを開ける。
「さ、どうぞ」
私はごくりと唾を飲み込みながら、
「失礼します」
大きく頭を下げ、室内へと足を踏み入れた。
社長室の窓の外には摩天楼。
窓側に大きなデスクが、中央に黒革のソファと小さなテーブルが置かれている。
烏丸さんは窓際に立っていたが、くるりとこちらを振り返った。
高い鼻、シャープな顎、整い切ったスタイル。
自信に満ち溢れた立ち姿。
ハリウッド映画の1シーンみたいだ。
「おはよう。引率つきか。また迷子?」
にやり、と笑われドキッとする。方向音痴をからかわれたのだ。
「じゃ、また」
水上さんはニコッと笑って去っていく。
「おはようございます。今日から一生懸命働きますから、よろしくお願いします!」
私は元気よく頭を下げた。
「つきましてはこちらを」
気合を入れて書き上げてきた履歴書を渡す。
「パソコン検定1級か」
顔をあげた彼と視線が絡みドキッとしつつも
「はい。キーボードなら得意です!」
私は胸を張った。
「何でも申し付けてください」
「なるほど。しかし残念なお知らせだ。秘書にパソコンは支給しない」
「えっ!?」
「事務はほとんど自動化してる。タブレットの方が機動性高いしな。それよりも」
烏丸さんはデスクにもたれて、人差し指をくいくいと曲げた。
「こっちへ」
「え?」
「ほら、早く」
言われるがままに顔を近づける。
星がいくつも瞬いているような、綺麗な瞳が私をじっと見つめている。
(何、これ。美しすぎて、辛いんですけど??)
嘘じゃない。あまりに綺麗で胸がキリキリ痛み始めた。
目をそらしたいけれど、今日から私はこの人の部下。
言いつけには全部従うと決めた。我慢しなきゃ。
「……何かが足りないんだよなあ」
烏丸さんは言う。そりゃそうでしょうとも。
私は足りないものだらけだ。ゆるりとした拷問が終わり、ホッとしながら内心思う。
「ああ、そうか。わかった」
烏丸さんは立ち上がると私の目の前に移動した。
この体勢。昨日もだったけど、背が高すぎて首が疲れる。
長い指が髪に触れた瞬間、ゾクッと背筋に電気が走る。ゴムを外されふわっと髪が背中に広がった。
「……!」
手首が握られ、手のひらにゴムが載せられる。
そして烏丸さんは、私の髪に指を差し込み、ふわっと持ち上げて風を入れた。
ど、ど、っと心臓が激しく脈打つのは異性との接触に慣れてないせいで。
決して烏丸さんにドキドキしてるわけじゃない、と呪文のように心で唱える。
でも本当は一連の行動の全てに、私の全身が反応していた。
つまり結論。
烏丸怜はスキンシップが過剰だ!
イケメンを自覚して自重して欲しい。
「素材はいいのに、あと一歩足りない。よし、今から君を磨き上げるぞ」
磨き上げる?
こんな綺麗な人が、この私を?
「それは、どう言う……」
「君を変身させるんだ。俺の隣に相応しいように」
私は青ざめた。
「変身だなんて! 私なんかのために、そんな時間、勿体ないです!」
「は? 私なんか? と言ったか?」
烏丸さんの目が鋭くなる。
「あ、だって、時間はその、生命だから」
「その時間をかけるだけの値打ちがあると言ってるんだよ」
そして烏丸さんはきっぱり言った。
「君は俺が見つけたダイヤモンドだ。今からその価値をわからせてやる」
イケメンボイスで放たれる謎の言葉。
私の胸は不安と微かな期待で大きく波打っていた。