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第81話 戦況

ー/ー



 吾郎と孝子は食堂で向かい合わせに座って話を続けていた。

「ところで吾郎、本当に実戦経験がないのか?」と孝子。

「ああ、先週まで商船を改装した駆逐艦早波に航海長として乗っていた。だが足は遅いし、装備はビーム砲一門だけで、装甲が紙っぺらのように薄い。とても前線に出られる代物じゃない」と吾郎。「敵を見たら防空隊に通報して逃げろって言われている。普段は哨戒の名目で物資を輸送してるんだ」

「それもまっとうな巡洋艦が建造されるまでの辛抱だと言われていた」と吾郎。「だから軍令部の連中も比叡と春日の建造に興奮していた。二隻とも明日、フォックス重工のドックで引き渡される予定だけど、よく考えてみたら実戦の経験者が誰もいなくて、素人同然の俺が艦長になる始末だよ。どうすりゃいいんだ」

「前線では、子供も戦ってるよ」と孝子。「それに、装甲のない船であっても先制攻撃するように義勇軍の教範には書かれている。攻撃は最大の防御だからな。反撃されたら操艦で切り抜けるのが普通だ」

「え?」と吾郎。「どこでの話だ?」

「現在の前線はアステロイドベルトと木星軌道のトロヤ群あたりだよ」と孝子。「半年前にカリスト沖で大きな海戦があった。そこで敵主力を殲滅(せんめつ)して制海権を確保したんだ。朝風も後詰でアステロイドベルトまで進出していた」

「どこにそんな戦力が?」と吾郎。

「魔女狩りが始まった後、義勇軍は戦力の大半を隠したんだ」と孝子。

「何だって!」と吾郎。

「それが『奇跡の防衛戦』で涙の魔術師様の再臨が明らかになって以降、義勇軍が政府に接触を始めた。先月『瑠璃子白書』が公表されてからは義勇軍が公式の場に出始めている」と孝子。「二十年間、戦力を温存して隠れていたんだ。その間に人口を増やして、生産力を上げていた。フォックス重工がこっそり支援していたんだ」

「そうなのか」と吾郎。

「そもそもアリサ様が半年もかけてわざわざ地球圏まで来たのは、第二次特別攻撃作戦の打ち合わせとパープルキティ受領のためだけではないよ。第一の目的は涙の魔術師様に拝謁するためだ」と孝子。「アステロイドベルト圏の代表者として、涙の魔術師様の再臨を確認に来られたのだ」

「それで、本物だったのか?」と吾郎

「当り前だ」と孝子。「アリサ様は感動のあまり、涙の魔術師様に抱きついて大泣きされたそうだ」

「死に別れた主従のご対面か。お涙頂戴ものだな」と吾郎。

「目的はもう一つあって、アステロイドベルト圏での自治権の交渉だ」と孝子。

「何だって!」と吾郎。

「義勇軍は地球圏の暫定統治機構からの独立を望んでいる」と孝子。「そのための交渉を始めたのだ。まずは涙の魔術師様と後ろ盾の冥界の女王様の承諾を得たいのだと思う」

「それでどうだった?」と吾郎。

「分からない。私たち末端には何も知らされていない」と孝子。「噂では、アステロイドベルトの防衛を引き受ける代わりに、領土権を主張するそうだ」

「無茶苦茶だ」と吾郎。「宇宙の資源は人類の共有財産のはずじゃないか」

「義勇軍は魔女狩り以降、二十年の間にアステロイドベルトと木星軌道付近に定住して、現地で生まれた子供がいる。そして彼らは異星生物との戦いに主力として貢献している」と孝子。「いまさら追い払うことはできない。それに物資のひっ迫した地球圏には、彼らを受け入れる余裕がないだろう」

「自給しているのか?」と吾郎。

「ああ、そうだ」と孝子。「魔女狩り直後はフォックス重工からの支援が微々たるものだったから、自給自足するしかなかったらしい」

「そこで生まれて住んでるからって、領土権が認められるはずがない」と吾郎。

「認めなければ、地球圏が義勇軍に制圧される」と孝子。「地球圏の戦力は連合海軍と防空隊のみだからな。それに防空隊だって、どちらに着くか分からない。なにしろ、防空隊の少将である瑠璃子様の名前で出された『瑠璃子白書』が、政府から陰謀論扱いされているからな。瑠璃子様と参謀の方々は頭を抱えておられる」

「連合海軍の名前が残らないということか?」と吾郎。

「何を悠長なことを言ってるんだ。この戦争が終結して、義勇軍が地球圏に乗り込んできたら、海軍の幹部なんて全員縛り首だぞ。涙の魔術師暗殺と魔女狩りの件で義勇軍は海軍を心底憎悪している。この期に及んでいまだに詫びを入れてこない海軍に呆れてすらいるよ」と孝子。

「そんな……」と吾郎。

「もう海軍のことはあきらめろ」と孝子。「第二次特別攻撃作戦が汚名挽回の最後のチャンスだが、どう見てももうダメだ。主力艦隊の旗艦の艦長にお前が任命されるくらいだからな」

 吾郎はうつむいたまま動かなかった。

「戦後、お前はホルスト・ヴィーラントとして生きていけばいい。私がかばってやるから心配するな」と言って孝子は立ち上がった。

 孝子は冷たい目で吾郎をちらりと見た。吾郎は下を向いたままだった。

「今後は他の海軍士官とあまり仲良くするな。後で言い訳しにくくなるからな」と言い残して孝子は立ち去った。


 吾郎は再び議長室のドアをノックした。中から「どうぞ」と声がした。ドアを開けると、武史が近づいてきた。

 吾郎は武史に敬礼をした。
「お父さん、行ってきます」

 武史は吾郎の目を見た。
「しっかりとな」

 武史は息子の肩を強く掴んだ。



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 吾郎と孝子は食堂で向かい合わせに座って話を続けていた。
「ところで吾郎、本当に実戦経験がないのか?」と孝子。
「ああ、先週まで商船を改装した駆逐艦早波に航海長として乗っていた。だが足は遅いし、装備はビーム砲一門だけで、装甲が紙っぺらのように薄い。とても前線に出られる代物じゃない」と吾郎。「敵を見たら防空隊に通報して逃げろって言われている。普段は哨戒の名目で物資を輸送してるんだ」
「それもまっとうな巡洋艦が建造されるまでの辛抱だと言われていた」と吾郎。「だから軍令部の連中も比叡と春日の建造に興奮していた。二隻とも明日、フォックス重工のドックで引き渡される予定だけど、よく考えてみたら実戦の経験者が誰もいなくて、素人同然の俺が艦長になる始末だよ。どうすりゃいいんだ」
「前線では、子供も戦ってるよ」と孝子。「それに、装甲のない船であっても先制攻撃するように義勇軍の教範には書かれている。攻撃は最大の防御だからな。反撃されたら操艦で切り抜けるのが普通だ」
「え?」と吾郎。「どこでの話だ?」
「現在の前線はアステロイドベルトと木星軌道のトロヤ群あたりだよ」と孝子。「半年前にカリスト沖で大きな海戦があった。そこで敵主力を|殲滅《せんめつ》して制海権を確保したんだ。朝風も後詰でアステロイドベルトまで進出していた」
「どこにそんな戦力が?」と吾郎。
「魔女狩りが始まった後、義勇軍は戦力の大半を隠したんだ」と孝子。
「何だって!」と吾郎。
「それが『奇跡の防衛戦』で涙の魔術師様の再臨が明らかになって以降、義勇軍が政府に接触を始めた。先月『瑠璃子白書』が公表されてからは義勇軍が公式の場に出始めている」と孝子。「二十年間、戦力を温存して隠れていたんだ。その間に人口を増やして、生産力を上げていた。フォックス重工がこっそり支援していたんだ」
「そうなのか」と吾郎。
「そもそもアリサ様が半年もかけてわざわざ地球圏まで来たのは、第二次特別攻撃作戦の打ち合わせとパープルキティ受領のためだけではないよ。第一の目的は涙の魔術師様に拝謁するためだ」と孝子。「アステロイドベルト圏の代表者として、涙の魔術師様の再臨を確認に来られたのだ」
「それで、本物だったのか?」と吾郎
「当り前だ」と孝子。「アリサ様は感動のあまり、涙の魔術師様に抱きついて大泣きされたそうだ」
「死に別れた主従のご対面か。お涙頂戴ものだな」と吾郎。
「目的はもう一つあって、アステロイドベルト圏での自治権の交渉だ」と孝子。
「何だって!」と吾郎。
「義勇軍は地球圏の暫定統治機構からの独立を望んでいる」と孝子。「そのための交渉を始めたのだ。まずは涙の魔術師様と後ろ盾の冥界の女王様の承諾を得たいのだと思う」
「それでどうだった?」と吾郎。
「分からない。私たち末端には何も知らされていない」と孝子。「噂では、アステロイドベルトの防衛を引き受ける代わりに、領土権を主張するそうだ」
「無茶苦茶だ」と吾郎。「宇宙の資源は人類の共有財産のはずじゃないか」
「義勇軍は魔女狩り以降、二十年の間にアステロイドベルトと木星軌道付近に定住して、現地で生まれた子供がいる。そして彼らは異星生物との戦いに主力として貢献している」と孝子。「いまさら追い払うことはできない。それに物資のひっ迫した地球圏には、彼らを受け入れる余裕がないだろう」
「自給しているのか?」と吾郎。
「ああ、そうだ」と孝子。「魔女狩り直後はフォックス重工からの支援が微々たるものだったから、自給自足するしかなかったらしい」
「そこで生まれて住んでるからって、領土権が認められるはずがない」と吾郎。
「認めなければ、地球圏が義勇軍に制圧される」と孝子。「地球圏の戦力は連合海軍と防空隊のみだからな。それに防空隊だって、どちらに着くか分からない。なにしろ、防空隊の少将である瑠璃子様の名前で出された『瑠璃子白書』が、政府から陰謀論扱いされているからな。瑠璃子様と参謀の方々は頭を抱えておられる」
「連合海軍の名前が残らないということか?」と吾郎。
「何を悠長なことを言ってるんだ。この戦争が終結して、義勇軍が地球圏に乗り込んできたら、海軍の幹部なんて全員縛り首だぞ。涙の魔術師暗殺と魔女狩りの件で義勇軍は海軍を心底憎悪している。この期に及んでいまだに詫びを入れてこない海軍に呆れてすらいるよ」と孝子。
「そんな……」と吾郎。
「もう海軍のことはあきらめろ」と孝子。「第二次特別攻撃作戦が汚名挽回の最後のチャンスだが、どう見てももうダメだ。主力艦隊の旗艦の艦長にお前が任命されるくらいだからな」
 吾郎はうつむいたまま動かなかった。
「戦後、お前はホルスト・ヴィーラントとして生きていけばいい。私がかばってやるから心配するな」と言って孝子は立ち上がった。
 孝子は冷たい目で吾郎をちらりと見た。吾郎は下を向いたままだった。
「今後は他の海軍士官とあまり仲良くするな。後で言い訳しにくくなるからな」と言い残して孝子は立ち去った。
 吾郎は再び議長室のドアをノックした。中から「どうぞ」と声がした。ドアを開けると、武史が近づいてきた。
 吾郎は武史に敬礼をした。
「お父さん、行ってきます」
 武史は吾郎の目を見た。
「しっかりとな」
 武史は息子の肩を強く掴んだ。