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第80話 魔女孝子

ー/ー



 吾郎は武史と目を合わすことなく、無言でよたよたと議長室を出た。

 ドアを出てすぐ、防空隊の士官の制服を着た女に声をかけられた。
「山口吾郎中佐殿」

 女の顔を見ると、従姉の佐々木孝子だった。

「佐々木中尉……」と吾郎。「孝子がどうしてここに?」

「元気がないな。久しぶりに会えたのに」と孝子。「もっと嬉しそうな顔をしろ」

「そんな気分じゃないよ」と吾郎。

「ひどい顔をしてるな」と孝子。

「放っといてくれ」と吾郎。

「そうはいかないよ」と孝子。「かわいい弟だからな」

「知っていたのか?」と吾郎。

「リリス様から聞いていた」と孝子。「エリナ・ヴィーラントは著名な魔女だった」

 吾郎は返事をしなかった。

「食堂へ行こう」
 孝子が誘った。

 孝子は吾郎の背中を押して、士官用の食堂に入った。 

 二人はカフェテリアでコーヒーを受け取り、周りに人がいない小さなテーブル席で向かい合わせに座った。

「孝子は冥界の魔女なのか?」と吾郎。

「そうだ。涙の魔術師様に名付け親になっていただいた」と孝子。

 吾郎は驚いた顔をした。
「お前は、あの魔術師を殺した人物の娘なのにか?」

「あのお方は、口は悪いが心の広いお方だ」と孝子。

「嫌がらせをされたりとか、ないのか?」と吾郎。

「むしろ可愛がられていると思う」と孝子。「あのお方が朝風の艦長だったときには、ときどき空戦の稽古をつけてもらっていた」

「そうなのか」
 吾郎は、孝子の胸につけられた翼状の記章をちらりと見た。
「いまやお前は、統合軍のエースパイロットだからな。大したものだよ」

「元気がないな」と孝子。

「それに比べて、俺は実戦経験がないのに明日から巡洋艦の艦長だ」と吾郎。

「すごいな、中佐殿」と孝子。「最新鋭巡洋艦比叡だと聞いたよ」

「ちゃかすなよ」と吾郎。「さっき、高田アリサ大佐って人に会ったよ。本物の艦長だった」

「アリサ様は戦歴四十年の猛者だよ」と孝子は笑った。「吾郎が敵うわけないだろ」

「艦長なんて俺には絶対無理だってわかったよ」と吾郎。「どうすればいいんだ」

「きっと大丈夫だ」と孝子。「朝風の乗組員も初めは全員が経験のない素人だったんだ。そのうえ、艦隊司令は瑠璃子様だったんだよ」

「だが、艦長は涙の魔術師の生まれ変わりだったのだろう?」と吾郎。

「そうだよ。私たちは知らなかったけどね。士官はみんな生意気な小学生だと思ってた」と孝子。

「どんな人なんだ、涙の魔術師は?」と吾郎。

「自分勝手でわがままで気分屋だ」と孝子。「しかもかまってもらえないと、すぐに拗ねてしまう」

「子供じゃないか」と吾郎。

「そうだよ。実際、体は子供だ」と孝子。「自分に正直に生きている」

「よくそんな無責任な人物についていけるな」と吾郎。

「無責任とはちがう。むしろ自分の責任をよくわきまえている人だよ」と孝子。「ただ、他の人と折り合うのが苦手なだけだと思う」

「誰の命令も聞かないそうじゃないか」と吾郎。

「命令から逃げ回るが、ちゃんと仕事をさせられていたよ」と孝子。「ただ気ままなだけだ、あのお方は」

「今でも政府を乗っ取ろうとしていると噂だが」と吾郎。

「そんなのはデマだよ」と孝子。「ありえない。あのお方がそんな面倒なことをするとは思えないよ」

「今でもまったく政府に従わないじゃないか」と吾郎。「招待された公式行事にすら一度も顔を出していない。まったく失礼じゃないか」

「そういう、ものぐさなお方なのだ」と孝子。「しかも前線で戦わされていたし、今は第二次特別攻撃作戦の準備でお忙しい」

「幸い、敵の攻勢が弱まっていてよかった」と吾郎。

「現在、第二次防衛戦争末期ぐらいの激戦中だぞ」と孝子。「知らないのか?」

「え、嘘だろ?」と吾郎。

「情報統制されているとは聞いていたが、海軍の上層部も知らないのか?」と孝子。「統合作戦会議では情報が共有されているそうだけど。父さんから何か戦況について知らされなかったのか?」

「いや、何も聞いていない」と吾郎。

「まあ、海軍は戦力にはならないから、仕方がないか」と孝子。



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 吾郎は武史と目を合わすことなく、無言でよたよたと議長室を出た。
 ドアを出てすぐ、防空隊の士官の制服を着た女に声をかけられた。
「山口吾郎中佐殿」
 女の顔を見ると、従姉の佐々木孝子だった。
「佐々木中尉……」と吾郎。「孝子がどうしてここに?」
「元気がないな。久しぶりに会えたのに」と孝子。「もっと嬉しそうな顔をしろ」
「そんな気分じゃないよ」と吾郎。
「ひどい顔をしてるな」と孝子。
「放っといてくれ」と吾郎。
「そうはいかないよ」と孝子。「かわいい弟だからな」
「知っていたのか?」と吾郎。
「リリス様から聞いていた」と孝子。「エリナ・ヴィーラントは著名な魔女だった」
 吾郎は返事をしなかった。
「食堂へ行こう」
 孝子が誘った。
 孝子は吾郎の背中を押して、士官用の食堂に入った。 
 二人はカフェテリアでコーヒーを受け取り、周りに人がいない小さなテーブル席で向かい合わせに座った。
「孝子は冥界の魔女なのか?」と吾郎。
「そうだ。涙の魔術師様に名付け親になっていただいた」と孝子。
 吾郎は驚いた顔をした。
「お前は、あの魔術師を殺した人物の娘なのにか?」
「あのお方は、口は悪いが心の広いお方だ」と孝子。
「嫌がらせをされたりとか、ないのか?」と吾郎。
「むしろ可愛がられていると思う」と孝子。「あのお方が朝風の艦長だったときには、ときどき空戦の稽古をつけてもらっていた」
「そうなのか」
 吾郎は、孝子の胸につけられた翼状の記章をちらりと見た。
「いまやお前は、統合軍のエースパイロットだからな。大したものだよ」
「元気がないな」と孝子。
「それに比べて、俺は実戦経験がないのに明日から巡洋艦の艦長だ」と吾郎。
「すごいな、中佐殿」と孝子。「最新鋭巡洋艦比叡だと聞いたよ」
「ちゃかすなよ」と吾郎。「さっき、高田アリサ大佐って人に会ったよ。本物の艦長だった」
「アリサ様は戦歴四十年の猛者だよ」と孝子は笑った。「吾郎が敵うわけないだろ」
「艦長なんて俺には絶対無理だってわかったよ」と吾郎。「どうすればいいんだ」
「きっと大丈夫だ」と孝子。「朝風の乗組員も初めは全員が経験のない素人だったんだ。そのうえ、艦隊司令は瑠璃子様だったんだよ」
「だが、艦長は涙の魔術師の生まれ変わりだったのだろう?」と吾郎。
「そうだよ。私たちは知らなかったけどね。士官はみんな生意気な小学生だと思ってた」と孝子。
「どんな人なんだ、涙の魔術師は?」と吾郎。
「自分勝手でわがままで気分屋だ」と孝子。「しかもかまってもらえないと、すぐに拗ねてしまう」
「子供じゃないか」と吾郎。
「そうだよ。実際、体は子供だ」と孝子。「自分に正直に生きている」
「よくそんな無責任な人物についていけるな」と吾郎。
「無責任とはちがう。むしろ自分の責任をよくわきまえている人だよ」と孝子。「ただ、他の人と折り合うのが苦手なだけだと思う」
「誰の命令も聞かないそうじゃないか」と吾郎。
「命令から逃げ回るが、ちゃんと仕事をさせられていたよ」と孝子。「ただ気ままなだけだ、あのお方は」
「今でも政府を乗っ取ろうとしていると噂だが」と吾郎。
「そんなのはデマだよ」と孝子。「ありえない。あのお方がそんな面倒なことをするとは思えないよ」
「今でもまったく政府に従わないじゃないか」と吾郎。「招待された公式行事にすら一度も顔を出していない。まったく失礼じゃないか」
「そういう、ものぐさなお方なのだ」と孝子。「しかも前線で戦わされていたし、今は第二次特別攻撃作戦の準備でお忙しい」
「幸い、敵の攻勢が弱まっていてよかった」と吾郎。
「現在、第二次防衛戦争末期ぐらいの激戦中だぞ」と孝子。「知らないのか?」
「え、嘘だろ?」と吾郎。
「情報統制されているとは聞いていたが、海軍の上層部も知らないのか?」と孝子。「統合作戦会議では情報が共有されているそうだけど。父さんから何か戦況について知らされなかったのか?」
「いや、何も聞いていない」と吾郎。
「まあ、海軍は戦力にはならないから、仕方がないか」と孝子。