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肝試しの夜

ー/ー



少女「もう、懐中電灯一つだけ渡されて、森の中の祠で御札にハンコ押してって…」

 SE[風]

少女「うわわ、何かいる!」
少年「わ!」
少女「(全力の悲鳴、5秒以上)」
少年「…びっくりしたー」
少女「それはこっちのセリフよ!」
少年「あっはっはっは、ゴメンゴメン。お前が順路を間違えたかもしれないって運営のやつらが言ってたからさ」
少女「ウソ?私、間違えてるの?」
少年「見てたやつらは『いきなり全然関係無い小道を進みだした』って言ってたぞ」
少女「なにそれ、私、ヤバい人みたいじゃん」
少年「実際、ヤバいだろ。お前の方向音痴は」
少女「そ、そんな事ないし。別に、迷ったりしないし」
少年「ショッピングモールで何回迷子になったか。で、そのたびにオレが駆り出されるし」
少女「それは子供のころの話でしょ!」
少年「中学校に進学した時は『はじめてのおつかい』みたいに、ご近所の人たちが応援しながら登下校してたし」
少女「え、みんな優しかったの、それでなんだ」
少年「で、高校は最寄駅からスクールバスが出てるところにしろって説得されたろ?」
少女「あれって、そういう意味だったんだ…」
少年「分かったか?」
少女「分かった」
少年「ま、オレがそばにいてよかったぜ」
少女「…ありがと」
少年「なーにー、聞こえなーい」
少女「(全力で)ありがと!」
少年「キレて大声出すのも変わってねーのな」
少女「うっさい。…で、順路ってどっち?」
少年「あー、この辺りなら順路を探すより、逆から回った方が早いだろう」
少女「逆?」
少年「そ。お前がどれだけ方向音痴かよくわかっただろ」
少女「はぁ。じゃあ道案内よろしく」

 [少年、少女、移動開始]

少女「でも、逆から回って大丈夫なの?」
少年「大丈夫って、何が?」
少女「だから、脅かし役の人たちよ。逆から回ったら、むしろ私たちが脅かし役の背後から現れる事になるんだし」
少年「それなら先に言っておいた。『たぶん逆から回ると思うんで』って」
少女「なにそれ。ムカつく(肩のあたりを叩く)」
少年「いってーな。ムカつくって何だよ。だって、そうしないと肝試し、ちゃんと楽しめないだろ?」
少女「ちゃんと楽しむって何よ」
少年「ちゃんと狙った場所で脅かし役に驚かされて、悲鳴を上げたりする事?」
少女「なんて趣味の悪い事を…」
少年「それが肝試しってモノだろ?」
少女「…そうかも」

 SE[茂みの揺れる音]

少女「(息を飲む)」
少年「(クククと笑いながら)それ。それこそが肝試しの正しい楽しみ方」
少女「え、今のアンタがわざとやったの?信じらんない!(肩をぺしぺし叩く)」
少年「実演した方が分かりやすいだろ?」
少女「サイテー」
少年「イグザクトリー」
少女「そんな良い発音で言っても許さないんだから!」
少年「へーへー、分かってますよ。パピコ、両方だな」
少女「うむ、許す」
少年「ほら、そう言ってる間に、最初の祠だ」
少女「あそこの祠に、このお札を…。あれ?」
少年「おい、まさか」
少女「無い」
少年「おい!」
少女「だってしょうがないじゃない!アレよ。たぶんアンタに最初、脅かされた時に」
少年「オレのせいかよ!」
少女「そうよ!全部アンタが悪いんじゃない!」
少年「………。分かったよ。オレが悪かった。って謝っても御札は戻って来ないし、探すのも無理」
少女「どうするのよ」
少年「とりあえず、祠行ってハンコ押したってのが分かれば良いんだから、手の甲にでも押すか」
少女「それで良いの?」
少年「良いだろ。祠にはそれぞれ違うデザインのハンコがあるみたいだし、見れば分かるよ」
少女「本当に?」
少年「なら、他に良い案はありますか?」
少女「…無い」
少年「よし。…昔だって迷子札無くして手の甲から肩まで名前と住所とうちの電話番号書いた事、あったろ」
少女「よく覚えてるね、そんな事」
少年「ほら、さっさと1つ目のハンコ、押して来いよ」
少女「アンタは?」
少年「オレはちゃんとした参加者じゃないから」
少女「それもそっか。…押したよ」
少年「じゃ、次行くぞ」
少女「待って。せっかくだから御参りしとく。(柏手打ち)よし」
少年「あんまり遅くなると、脅かし役も帰っちまうぞ」
少女「それも、なんかヤだな」
少年「なんかヤだ、って、暗いのも怖い、脅かされるのも怖い。でも、誰も居ないのも怖い、とか、ワガママにもほどがあ…」
少女「し!何か聞こえない?」
少年「何かって、何?」
少女「何か…、お経みたいな声」
少年「何だ?今度はオレを脅かすつもりか?」
少女「そんなんじゃないって!ほら、聞こえる」

 [アドリブコーナー]
 脅かし役三人くらいで、お経のような平坦さで
 『寿限無』や『外郎売り』を輪唱したり
 『ウルトラソウル』を歌ったり
 元素周期表や中国の王朝名、円周率を暗唱したり
 徒然草と平家物語と注文の多い料理店の三重唱したり
 少女、少年役は、それぞれのネタに、乗っても良いし、突っ込んでも良い
 脅かし役は、それぞれのリズムで、缶詰めのお尻叩いて木魚のような音も出せると良いかと

少女「何だったの?今の」
少年「さあ…。思わず逃げて来ちゃったけど」
少女「ねえ、あの灯り、二つ目の祠じゃない?」
少年「お、そうみたいだな。ほら、ハンコ押して来いよ」
少女「うん。(柏手打ち)オッケー、今度は反対の手に押してきた」
少年「よかった」
少女「ん?何が?」
少年「同じ手に、重ねて押してたら、後でチェックする時に『押してない』って突っ込まれると思ってたから」
少女「あー…。その可能性はあった」
少年「御札が三枚だった事を思い出せよ」
少女「言われてみれば、そっか」
少年「じゃあ、次で最後だ」
少女「そんなに遠くないと良いんだけど」
少年「ん?疲れたか?」
少女「そーゆーワケじゃないんだけど。何だか頭の中がモヤモヤしてるんだよね」
少年「大丈夫だよ。祠もスタート地点も、そんなに距離は無いから」
少女「でも、私が迷ってたから、無駄に移動距離が長くなったりしてないかな?」
少年「安心しろって。オレが着いてるから。いつだって迎えに行って、ちゃんと家に帰れただろ?」
少女「それもそっか。ありがとね」
少年「珍しい。照れ隠しもせず、ちゃんとお礼言えた」
少女「うっさい」
少年「ほら、一つ目の祠だ」
少女「ん、行ってくる」
少年「…ん?どうした?」
少女「今、両手にハンコ押してあるんだけど、三つ目、どこに押そうか、って思って」
少年「おでこでいいじゃん。目立つし」
少女「それ、名案。(柏手打ち)終わったよー。…あれ、どこ?」
少年「(声を潜めて)シ!何か変なのが居る!」
少女「(釣られて声を潜める)え、なに、やだ!」
少年「そのまままっすぐ歩いて行けば、森を出られるから」

 [少しずつ、周りから『どこだー』『返事してー』『こっちだよー』『おーい』など、五人くらいが呼びかける声がする]

少女「アンタはどうするの?」
少年「オレは囮になるから、お前は逃げろ」
少女「やだ!私の方向音痴、知ってるでしょ!」
少年「大丈夫。お前はもう迷わない。」
少女「何でそんなこと分かるの?」
少年「迷わないための祠のハンコだから」
少女「ワケ分かんない!」
少年「いいから行け!周りの声に惑わされるな!まっすぐ森の外を目指せ!」

 [ここまでの間に、呼びかけの声が大きくなり、低くなり、不気味さを強くしていく]

少女「分かった。分かったから、アンタもちゃんと逃げきってよね!」
少年「何だ、オレの足が速いのも忘れてるのか?」
少女「気遣いだから!分かれ、バカ!」
少年「サンキュ。じゃ、行け!」

 [少年、ガサガサと音を立てながら走り去る。それと共に、呼びかけの声も遠ざかる]

 [少女、場内を転々としながらセリフ]

少女「まっすぐ、まっすぐ、まっすぐ…。まっすぐって言ったって、暗いし木も生えてるからどっちがまっすぐか分かんなくなってくるよ…」
少女「あいつ、ちゃんと逃げられたよね?」
少女「そう言えば、あいつの名前、何ていったっけ?」
少女「私のこと色々知ってたから、知らない人じゃないんだろうけど…」
少女「あいつが話した事、思い出せるから、昔から仲良かったやつのはず…」

 [低い呼びかけの声が聞こえはじめる]

少女「やば、こっち来た!まっすぐ、まっすぐ、まっすぐ!」
少女「何でこんなに暗いのよ!こんなの暗すぎて懐中電灯の意味無いじゃん!」
少女「あれ、あっち、明るい。…でもまっすぐじゃない!とりあえず、無視してまっすぐ!」

 [低い呼びかけの声が、だんだんバケモンじみてくる]

少女「何でこんなにあいつの事、信用してるんだろう。知らない人じゃないけど、それだけじゃない。もっと、深い所でつながっているような…」
少女「ってか、あいつの名前もだけど、自分の名前も思い出せない…、何で?」
少女「方向音痴の事とか、パピコ両方とか、腕に迷子札の事とか…」

 [少女、手をパンと叩く。呼びかけの声が消える]

少女、少年「ひなた!」
少女「思い出した!私、ひなた!で、あいつは、双子の兄で…」

少女「陽介!」

 SE[脈拍計が規則正しく鳴っている]

母親「ひなた!」
父親「ひなた!」
母親「分かる?お母さんの顔、分かる?」
父親「どこか痛い所は無いか?おい、先生を呼んでくれ!ひなたが目を覚ました!」
少女「ねえ、私、生きてるの?」
母親「そうよ。もう大丈夫だから」
少女「私、一人だけ?陽介は?」
父親「陽介はお前をかばったんだ」
少女「じゃあ、もしかして…」
先生「安心してください。陽介君も、今しがた目覚めたそうです」
母親「先生…!」
父親「よかった。二人とも、本当によかった…!」

少女「その後、しばらく入院していたけど、私も陽介も、骨折などの大きな外傷も無いため退院することになった」

少女「ねえ、本当に覚えてない?真っ暗な森の中で肝試ししてた事」
少年「オレだって意識無くてヤバかったんだから、覚えてるワケ無いだろ」
少女「そっか」
少年「でも、ひなた、ちょっとの間だけ異世界に転生してたって事か」
少女「確かに。トラックに跳ねられてたからね」
少年「だろ?」
少女「でも、お父さんもお母さんも、本当に心配してたから」
少年「だな。誰かが悲しむなら。異世界に行くのも気が引ける」
少女「当事者や関係者は大変だもんね」
少女、少年「(笑い合う)」
少年「そう言えば頭の包帯、まだ取れてないんだな」
少女「あー、コレ?…笑わない?」
少年「何を笑うんだよ」
少女「そのさ、肝試しの時、最後の祠でおでこに押したハンコが残ってるの」
少年「なにそれ、見たい!」
少女「あと、今は消えてるけど、両手にもハンコの跡があったの」
少年「マジで?」
少女「マジで」
少年「なにそれ、奇跡体験かよ」
少女「かもね」
少年「なら、その肝試しの時にオレが言ってたっていう『もう迷わない』ってのも確かめたくない?」
少女「え、どうやって?ヤな予感しかしないんだけど」
少年「今度、お祭りで、肝試しやるんだってさ!」
少女「ぜったい、イヤ!」


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少女「(全力の悲鳴、5秒以上)」
少年「…びっくりしたー」
少女「それはこっちのセリフよ!」
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少女「ウソ?私、間違えてるの?」
少年「見てたやつらは『いきなり全然関係無い小道を進みだした』って言ってたぞ」
少女「なにそれ、私、ヤバい人みたいじゃん」
少年「実際、ヤバいだろ。お前の方向音痴は」
少女「そ、そんな事ないし。別に、迷ったりしないし」
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少女「それは子供のころの話でしょ!」
少年「中学校に進学した時は『はじめてのおつかい』みたいに、ご近所の人たちが応援しながら登下校してたし」
少女「え、みんな優しかったの、それでなんだ」
少年「で、高校は最寄駅からスクールバスが出てるところにしろって説得されたろ?」
少女「あれって、そういう意味だったんだ…」
少年「分かったか?」
少女「分かった」
少年「ま、オレがそばにいてよかったぜ」
少女「…ありがと」
少年「なーにー、聞こえなーい」
少女「(全力で)ありがと!」
少年「キレて大声出すのも変わってねーのな」
少女「うっさい。…で、順路ってどっち?」
少年「あー、この辺りなら順路を探すより、逆から回った方が早いだろう」
少女「逆?」
少年「そ。お前がどれだけ方向音痴かよくわかっただろ」
少女「はぁ。じゃあ道案内よろしく」
 [少年、少女、移動開始]
少女「でも、逆から回って大丈夫なの?」
少年「大丈夫って、何が?」
少女「だから、脅かし役の人たちよ。逆から回ったら、むしろ私たちが脅かし役の背後から現れる事になるんだし」
少年「それなら先に言っておいた。『たぶん逆から回ると思うんで』って」
少女「なにそれ。ムカつく(肩のあたりを叩く)」
少年「いってーな。ムカつくって何だよ。だって、そうしないと肝試し、ちゃんと楽しめないだろ?」
少女「ちゃんと楽しむって何よ」
少年「ちゃんと狙った場所で脅かし役に驚かされて、悲鳴を上げたりする事?」
少女「なんて趣味の悪い事を…」
少年「それが肝試しってモノだろ?」
少女「…そうかも」
 SE[茂みの揺れる音]
少女「(息を飲む)」
少年「(クククと笑いながら)それ。それこそが肝試しの正しい楽しみ方」
少女「え、今のアンタがわざとやったの?信じらんない!(肩をぺしぺし叩く)」
少年「実演した方が分かりやすいだろ?」
少女「サイテー」
少年「イグザクトリー」
少女「そんな良い発音で言っても許さないんだから!」
少年「へーへー、分かってますよ。パピコ、両方だな」
少女「うむ、許す」
少年「ほら、そう言ってる間に、最初の祠だ」
少女「あそこの祠に、このお札を…。あれ?」
少年「おい、まさか」
少女「無い」
少年「おい!」
少女「だってしょうがないじゃない!アレよ。たぶんアンタに最初、脅かされた時に」
少年「オレのせいかよ!」
少女「そうよ!全部アンタが悪いんじゃない!」
少年「………。分かったよ。オレが悪かった。って謝っても御札は戻って来ないし、探すのも無理」
少女「どうするのよ」
少年「とりあえず、祠行ってハンコ押したってのが分かれば良いんだから、手の甲にでも押すか」
少女「それで良いの?」
少年「良いだろ。祠にはそれぞれ違うデザインのハンコがあるみたいだし、見れば分かるよ」
少女「本当に?」
少年「なら、他に良い案はありますか?」
少女「…無い」
少年「よし。…昔だって迷子札無くして手の甲から肩まで名前と住所とうちの電話番号書いた事、あったろ」
少女「よく覚えてるね、そんな事」
少年「ほら、さっさと1つ目のハンコ、押して来いよ」
少女「アンタは?」
少年「オレはちゃんとした参加者じゃないから」
少女「それもそっか。…押したよ」
少年「じゃ、次行くぞ」
少女「待って。せっかくだから御参りしとく。(柏手打ち)よし」
少年「あんまり遅くなると、脅かし役も帰っちまうぞ」
少女「それも、なんかヤだな」
少年「なんかヤだ、って、暗いのも怖い、脅かされるのも怖い。でも、誰も居ないのも怖い、とか、ワガママにもほどがあ…」
少女「し!何か聞こえない?」
少年「何かって、何?」
少女「何か…、お経みたいな声」
少年「何だ?今度はオレを脅かすつもりか?」
少女「そんなんじゃないって!ほら、聞こえる」
 [アドリブコーナー]
 脅かし役三人くらいで、お経のような平坦さで
 『寿限無』や『外郎売り』を輪唱したり
 『ウルトラソウル』を歌ったり
 元素周期表や中国の王朝名、円周率を暗唱したり
 徒然草と平家物語と注文の多い料理店の三重唱したり
 少女、少年役は、それぞれのネタに、乗っても良いし、突っ込んでも良い
 脅かし役は、それぞれのリズムで、缶詰めのお尻叩いて木魚のような音も出せると良いかと
少女「何だったの?今の」
少年「さあ…。思わず逃げて来ちゃったけど」
少女「ねえ、あの灯り、二つ目の祠じゃない?」
少年「お、そうみたいだな。ほら、ハンコ押して来いよ」
少女「うん。(柏手打ち)オッケー、今度は反対の手に押してきた」
少年「よかった」
少女「ん?何が?」
少年「同じ手に、重ねて押してたら、後でチェックする時に『押してない』って突っ込まれると思ってたから」
少女「あー…。その可能性はあった」
少年「御札が三枚だった事を思い出せよ」
少女「言われてみれば、そっか」
少年「じゃあ、次で最後だ」
少女「そんなに遠くないと良いんだけど」
少年「ん?疲れたか?」
少女「そーゆーワケじゃないんだけど。何だか頭の中がモヤモヤしてるんだよね」
少年「大丈夫だよ。祠もスタート地点も、そんなに距離は無いから」
少女「でも、私が迷ってたから、無駄に移動距離が長くなったりしてないかな?」
少年「安心しろって。オレが着いてるから。いつだって迎えに行って、ちゃんと家に帰れただろ?」
少女「それもそっか。ありがとね」
少年「珍しい。照れ隠しもせず、ちゃんとお礼言えた」
少女「うっさい」
少年「ほら、一つ目の祠だ」
少女「ん、行ってくる」
少年「…ん?どうした?」
少女「今、両手にハンコ押してあるんだけど、三つ目、どこに押そうか、って思って」
少年「おでこでいいじゃん。目立つし」
少女「それ、名案。(柏手打ち)終わったよー。…あれ、どこ?」
少年「(声を潜めて)シ!何か変なのが居る!」
少女「(釣られて声を潜める)え、なに、やだ!」
少年「そのまままっすぐ歩いて行けば、森を出られるから」
 [少しずつ、周りから『どこだー』『返事してー』『こっちだよー』『おーい』など、五人くらいが呼びかける声がする]
少女「アンタはどうするの?」
少年「オレは囮になるから、お前は逃げろ」
少女「やだ!私の方向音痴、知ってるでしょ!」
少年「大丈夫。お前はもう迷わない。」
少女「何でそんなこと分かるの?」
少年「迷わないための祠のハンコだから」
少女「ワケ分かんない!」
少年「いいから行け!周りの声に惑わされるな!まっすぐ森の外を目指せ!」
 [ここまでの間に、呼びかけの声が大きくなり、低くなり、不気味さを強くしていく]
少女「分かった。分かったから、アンタもちゃんと逃げきってよね!」
少年「何だ、オレの足が速いのも忘れてるのか?」
少女「気遣いだから!分かれ、バカ!」
少年「サンキュ。じゃ、行け!」
 [少年、ガサガサと音を立てながら走り去る。それと共に、呼びかけの声も遠ざかる]
 [少女、場内を転々としながらセリフ]
少女「まっすぐ、まっすぐ、まっすぐ…。まっすぐって言ったって、暗いし木も生えてるからどっちがまっすぐか分かんなくなってくるよ…」
少女「あいつ、ちゃんと逃げられたよね?」
少女「そう言えば、あいつの名前、何ていったっけ?」
少女「私のこと色々知ってたから、知らない人じゃないんだろうけど…」
少女「あいつが話した事、思い出せるから、昔から仲良かったやつのはず…」
 [低い呼びかけの声が聞こえはじめる]
少女「やば、こっち来た!まっすぐ、まっすぐ、まっすぐ!」
少女「何でこんなに暗いのよ!こんなの暗すぎて懐中電灯の意味無いじゃん!」
少女「あれ、あっち、明るい。…でもまっすぐじゃない!とりあえず、無視してまっすぐ!」
 [低い呼びかけの声が、だんだんバケモンじみてくる]
少女「何でこんなにあいつの事、信用してるんだろう。知らない人じゃないけど、それだけじゃない。もっと、深い所でつながっているような…」
少女「ってか、あいつの名前もだけど、自分の名前も思い出せない…、何で?」
少女「方向音痴の事とか、パピコ両方とか、腕に迷子札の事とか…」
 [少女、手をパンと叩く。呼びかけの声が消える]
少女、少年「ひなた!」
少女「思い出した!私、ひなた!で、あいつは、双子の兄で…」
少女「陽介!」
 SE[脈拍計が規則正しく鳴っている]
母親「ひなた!」
父親「ひなた!」
母親「分かる?お母さんの顔、分かる?」
父親「どこか痛い所は無いか?おい、先生を呼んでくれ!ひなたが目を覚ました!」
少女「ねえ、私、生きてるの?」
母親「そうよ。もう大丈夫だから」
少女「私、一人だけ?陽介は?」
父親「陽介はお前をかばったんだ」
少女「じゃあ、もしかして…」
先生「安心してください。陽介君も、今しがた目覚めたそうです」
母親「先生…!」
父親「よかった。二人とも、本当によかった…!」
少女「その後、しばらく入院していたけど、私も陽介も、骨折などの大きな外傷も無いため退院することになった」
少女「ねえ、本当に覚えてない?真っ暗な森の中で肝試ししてた事」
少年「オレだって意識無くてヤバかったんだから、覚えてるワケ無いだろ」
少女「そっか」
少年「でも、ひなた、ちょっとの間だけ異世界に転生してたって事か」
少女「確かに。トラックに跳ねられてたからね」
少年「だろ?」
少女「でも、お父さんもお母さんも、本当に心配してたから」
少年「だな。誰かが悲しむなら。異世界に行くのも気が引ける」
少女「当事者や関係者は大変だもんね」
少女、少年「(笑い合う)」
少年「そう言えば頭の包帯、まだ取れてないんだな」
少女「あー、コレ?…笑わない?」
少年「何を笑うんだよ」
少女「そのさ、肝試しの時、最後の祠でおでこに押したハンコが残ってるの」
少年「なにそれ、見たい!」
少女「あと、今は消えてるけど、両手にもハンコの跡があったの」
少年「マジで?」
少女「マジで」
少年「なにそれ、奇跡体験かよ」
少女「かもね」
少年「なら、その肝試しの時にオレが言ってたっていう『もう迷わない』ってのも確かめたくない?」
少女「え、どうやって?ヤな予感しかしないんだけど」
少年「今度、お祭りで、肝試しやるんだってさ!」
少女「ぜったい、イヤ!」