第三百六十九話
ー/ー「力の根源……? 一体、どう言うことなんですか」
ほんの少しの躊躇いの後に、何者かは渋々口を開くのだった。
『……あなたのちからを、かこいに『わたす』しかないのかもしれない』
「そ、それって……」
他でもなく、因子の譲渡手術を行うことか、ライセンス化であった。譲渡手術に関しては、当人から因子がきれいさっぱり無くなる代わりに、真人間に戻る。ただし、基本的に個の譲渡手術に関しては、因子保有者から無保有者に譲渡する過程にて、保有者の生命エネルギーやら何やら、基本的に根こそぎ持っていくために、死を前にした存在が手向けとして行うこと。
それに、ライセンス化のデメリットは……三年次である上田は既に知っていた。厳密には死するわけではなく、ましてや概念が消失するわけではない。しかし、広義にその後ライセンスとして生きる過程にて、自分の意思をライセンスとして残す代わりに、当人の意識やら何やら、全部を消去しなければ力の暴走の危険性は高まってしまう。要らぬ被害を周囲に与えない場合、自ずと自分の意識を消去……『自分を殺す』ことが最善策なのだ。
「――惹かれ合うものは感じていた。それが思春期特有の恋心だの、そういった軽い物じゃあないってことくらいは理解していた。俺は、きっとこの子と共に戦うことになるんだって……何となく理解していたさ」
しかし、上田はまだやりたいことがうんと存在した。未練が存在した。相応に恋がしたいし、何なら性行為だってしたい。何せ、どちらも未経験。かといって風俗に行くだなんて破廉恥かつ法令違反などそもそも出来やしない上に、万が一破ってやろうだなんて度胸もない。
「……俺が死ねば、院ちゃんは助かる……俺が日和ったら、院ちゃんは暴走して死ぬ……ッ……!!」
こんな究極の選択を任せるには、上田は心が弱く脆い存在であった。心だけではない、実に人間らしく欲深いからこそ、決めきれずに気持ちが右往左往していたのだ。
「――そんな簡単に、決められる訳ないだろ……! 俺は……俺は因子があるだけで普通の存在なんだ……ッ……!!」
二週間ほど前に相棒のような関係性になった。弱みを知られ、「それでも良い」と言ってくれた。ありのままで居て良いんだと、初めて心安らぐ相手に巡り合えた安心感は、たった二週間で瓦解する。
普通ならば、ちょっとした知恵熱かと考えるはずだ。いたって普通、頑張りすぎた結果の弊害、ただそれだけの印象であったはず。それなのに――近所のスーパーマーケットから帰ってきたら、急に命の取捨選択を迫られる。
ここで命を擲つことが、ある種英雄的な行動なのだろう。見捨てたら迫害されるのだろう。ただ、それを決めるには――何もかもが早すぎたのだ。
特別な因子を持っているだけの、普通の高校生男子。命を張るには、少々早すぎる年齢。これまでのことを後悔しながらも、今まさに人生最大の二択に立ち向かっていたのだ。
頭を抱え、恐怖から来る涙をみっともなく溢れさせる。どちらかの死が確定事項となった状況にて、男が漢になれるかもしれないだなんて名誉欲、そんなものは捨て去りたかった。どう迫害されようと、普通ならば自分の命が最優先。どこまで行っても、人間という物は利己的であるため、その発想を咎めることは誰にも出来やしない。
目を伏せ、体を震わせる。これ以上苦悶の声と、熱の波を受けることが嫌になった上田は、すぐ後方にて横たわる現実と向き合うことをやめたのだ。
しかし、ここで予期せぬ声が上がる。
「……上田、先輩……」
非常に衰弱した院の声。医療に精通している訳ではないのだが、持ってあと数十分と言ったところだろう。あまりにもの熱に、喉は乾燥しきり、汗が一滴も流れ落ちない、まるで木乃伊のようにほんの少し干からび始めている最悪の状況にあったのだ。
体を動かすことなど、普通は出来ないはず。それなのに、無い力を振り絞って――上田の震える肩に手を置くのだった。実に弱々しく、今にも風が吹けば飛ばされてしまいそうなほどに、木の枝と称することができるほどの、か細い腕≪かいな≫であった。とても、年頃の女子の腕とは思えない。死の淵に立たされた老婆、と表現した方が良いのかもしれない。
「――命を賭けることは、怖いことですわよね」
「……ああ、死ぬほど怖いさ!! 楽しげな行事に、俺が花を添えるのかなと思ったらこれだよ!! 後輩が熱出して倒れた、と思ったら死にかけているから命を張れだなんて……俺なんかに出来る訳がねえよ!!」
英雄、あるいはそれに供する武器の心構えとしては、実にお粗末なもの。しかし、それが『当然』なのだ。普通なら、この思考が正解なのだ。命を張るにしても、十年は共に過ごさない限り、覚悟の欠片など芽生えてはこない。臆病な存在なら、十年でも百年でも、結果は変わらないだろう。上田は、その言動通り臆病者でもあったために、振る舞いとしては後者であった。
そんな臆病者に、少しでも厳しい言葉を投げるのが、死の淵に立たされている存在としては妥当だろう。「御託は良いから何とかしろ」だの、「英雄なんだから、武器なんだから」だの、「男を見せろ」だの、時代錯誤とも思える言葉を羅列されようと、一切文句は言えないだろう。何せ、死にかけているのは元々そちら側であるからだ。
しかし。院は……上田の頭を静かに撫でたのだ。衰弱する一方である院の弱々しい枝のような腕で、まるで祖父母が孫に心からの慈愛の心で接するように撫でたのだ。
「――当然ですわ。死にたくないと考えるのは人間の常。どうか……気に病まないでくださいまし」
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