第六十話 魁誕生、時のうつろい
ー/ー
七月四日。
季節は今からが秋というのに、外は雪化粧に覆われている。
本来であれば昨日が私の魁選抜の試験日であり、その結果を得て、翌日の今日に就任式が行われる予定であった。しかし妖怪・桛木の乱入にて試験どころではなくなった内裏では、私と蒼士で激戦を繰り広げる展開となった。
そしてその後、雷龍の一番配下を名乗る姉弟の妖怪が現れ、巨大な妖気を見せつけた挙げ句に都の季節を冬へと変えた。奴らはそのまま立ち去ったが、我々は怪我の治療と戦闘の後始末に追われたのだ。
よって魁の試験は行われず、その結果は未だ出ていないはずなのである。
だが今、魁の就任式は予定どおり行われている。
位を認定する御簾越しの帝の前に、私は跪いて頭を垂れた。横には陰陽頭である雅章殿が、ある巻物を持って控えている。
「汝、安曇拓磨よ。これを以て其方を陰陽第一者の位、魁に命ず」
帝がそう言うと、雅章殿は持っていた巻物を私に贈呈した。
これは朝廷で保管されていた、魁のみが所有を許されている五行術の書だ。
――そう。
魁は私、安曇拓磨に決まったのである。
「魁の名に恥じぬよう責務を全うせよ。そして雷龍を討伐するのだ、拓磨」
「……はっ、仰せのままに」
帝の言葉に、私は再度深々と頭を下げた。
重苦しく慣れない式典を終え、私は清涼殿を後にした。まさか自分が正装である束帯に袖を通す日がくるとは思わなんだ。
手にしていた巻物を懐にしまいながら内裏の門をくぐると、その先に不機嫌そうな顔の男が塀に背を預けて立っているのが目に入った。凍えているように見えるが、どれほどの時間そこに居たのであろうか。
「何だその顔は、私を魁に推奨したのはお前と聞いたぞ。何故私を立てたのだ? 不服ならお前がなれば良かったであろう、蒼士」
そう声をかけると蒼士は「別に」と呟き、白い息を吐いてそっぽを向いた。
なんだかんだで魁になることを目指していたが、いざなってみるとやはり荷が重いもので。己が陰陽の第一者と正式に称される日がくるなど、誰が予想したか。それもどうゆう風の吹き回しか蒼士が辞退を申し出て、私を押し上げたのだ。
「言っておくぞ。魁はお前に譲ったが、華葉を諦めたわけではないからな!」
「はいはい、そーですか」
相変わらず食ってかかる蒼士を適度にあしらい、それ以上詮索するつもりもなく奴の前を通り過ぎようとした。しかしこの男が簡単に逃してくれるはずがない。
「おい、まだ話は終わってない。お前のその心力は何だ、普通ではないだろう」
……その話をするか、今、ここで。寒いから早く帰りたいのだが。
確かにあれほど莫大な力を使っていれば、この男なら奇怪に思うであろう。どうやら最後の紅火旋風を放った時から意識が戻っていたようだしな。
安曇陰陽記に記された心力の相生循環生成は、今のところ私しか知り得ぬもの。これは使い方を間違えれば恐ろしいほどの心力を手にすることになり、あの父上でさえも懸念を示していたのだ。故に口外は避けていた。
しかし、この男には教授しても良いのではないだろうか。
蒼士は嘉納の者といえど一目置く存在だ。それに根は呆れるほど真面目で、陰陽をこよなく愛している。
「あぁ、お前には……桛木討伐に加勢した礼として、教えてやっても良いかもな」
「何!? 思ったとおり秘密があったか。卑怯者め、やはり魁の位は僕によこせ!」
勢いよく絡んでくる蒼士を引き剥がそうとするも、不満そうな奴は人の顔を引っ張ってきた。子供の頃はこうして無邪気に喧嘩していたと、何だか懐かしく思った。
しかしあまりにしつこかったので、最終的に背負い投げをする形でなぎ倒した。
「次の土曜に寮で落ち合え、そうすれば教えてやる」
「……貴様、本気で投げおったな」
力なく地面に転がっている蒼士にそう告げると、今度こそ帰路の途についた。
背後で体を起した奴は、そこで私に問いかけた。
「そういえば赤鳥はどうした、一緒ではないのか。最近姿を見ないが」
その言葉に一瞬足を止めた。
それを聞きたいのは私の方だというのに。
「……さぁな、偵察にでも行っているのではないか?」
振り返らずそう答え、再び歩き出した。
暁は、帰ってきていないのだ。
私が魁の試験に行っている間に、屋敷から飛び出したきり。
◇
昨日の妖怪奇襲騒動の後、清涼殿にて緊急の議会が開かれた。
勿論、魁の決定をどうするかの話し合いをするためである。
結局、拓磨の試験は実施できずに一日が終わってしまった。彼一人だけの結果を見ずして、魁を認定することはできない。
しかし帝の日程は既に先までぎっしりと詰まっている。残り一日は就任式を執り行う予定であったため、その日に両方実施する手もあるのだが、何せ桛木とあの子たちが盛大に暴れてくれたお陰で、紫宸殿の庭は整備中で使えないのだ。
かと言って別の場所に帝を連れ出すわけにもいかない。騒動の直後で帝も幹部たちも疲弊気味で、結論に行き詰まっていた。
その時、一人の従者が私を呼び出しにきた。
<陰陽頭様、ご子息様がお見えです。何でも急用とのことで>
<蒼士が?>
議会を離席し息子に会いに行ってみれば、何やら神妙な面持ちだった。そしてあの子は意外な言葉を口にした。
<父上、僕は魁を辞退します。あの男こそ……、拓磨こそ相応しい陰陽師です>
というわけで、残る受験者は拓磨のみになってしまったことで、幹部たちを操る必要もなく、必然的に魁は無事に拓磨に任命することに決まった。
二次試験の結果だけ見ても拓磨が優秀であったことは皆分かっていたし、不服を申し立てる者は誰一人としていなかった。そもそも奴らは陰陽に関しては無能であり、何が凄くて何が駄目なのか判断力がないのだ。
どんな経緯にせよ、結果は私の望むとおりに進んだ。
一つを除いては。
雷龍め、何故あの時機に上級の妖怪を送り込んだのか。しかも私が見知らぬ子供の妖怪まで現れるときた。完璧な人の姿を模していたのは理想の域であるが。
就任式を終え肩の荷がようやく下りた今、再度腹が立ってきたのだ。とりあえず奴の言い訳を聞くために、例の洞窟へと向かうことにした。
だがその途中で、意外な者と出会った。
「おや、暁ではないか」
それは拓磨の式神の暁であった。
そういえば彼女は常に拓磨に付いて回っていたのに、一次試験以来姿を見ていない。いつもの明るさもどこへやら、まるで死人のような顔で川を眺めている。
『雅章様……』
「どうした、拓磨と喧嘩でもしたのか?」
とりあえず何の気もなしに話しかけてみると、彼女は無言でまた川の方に目をやってしまった。これはかなりの重症だ。
「魁は其方の主に決まったではないか、嬉しくはないのか?」
『嬉しいどころか悲観にございます。拓磨様は魁には興味がないと仰った、なのに華葉のせいで心変わりしたのです。あの子が来てから全てが狂いました』
……ほう。なるほど。
もしかして暁にとって、華葉は邪魔な存在になりつつあるのか。
この子は式神のくせに拓磨を男として好いておる。この様子から見て、拓磨もしくは華葉のどちらかが一方に惹かれて、拗ねているのであろう。惹かれ合っていれば尚のこと面白い。陰陽師と妖怪が相思相愛とは滑稽ではないか。
そうとあれば暁の言うとおり、拓磨が急に試験を受けたのは華葉のため、というのも強ち間違いないのかもしれぬ。
蒼士のみならず拓磨まで誘惑したか、華葉よ。
突如として現れた、麗しき妖怪の娘。
思い返せば、彼女が拓磨の屋敷に転がり込んでいたのは、雷龍が初めて拓磨と対峙した後だ。あの時の雷龍は尊の心力を吸収して妖力の最大値を増幅させていたのだが、気づいたらそれがまた減って憤怒していた。
これは奴が吸収した心力の器が他者に移ったと考えるが、もしその相手が華葉であるとすればどうだろうか。
思い出せ、奴は拓磨と戦って何と言っていた?
<挨拶代わりに雷光玉をお見舞いしたが、奴は腰を抜かしておったぞ。本当にあんな奴に期待して良いのか? 言われたとおり痛めつけずに雷光玉は放り投げたが。……何ぃ? 何処になど、そんなことは知らぬわ>
その雷光玉を受けた何かが、雷龍の妖気を得て妖怪化したのだとすると、全ての謎に合点がいく。私が雷龍に作らせている妖怪のように、何かと融合すれば不可能ではない。
『どうかなさいましたか? 雅章様』
暁に声をかけられるまで、自分が笑みを浮かべていることに気づかなかった。
華葉、其方の妖気が雷龍から明け渡されたものならば……丁重にお返し願おうか。
「何でもないさ。それにしても暁は心底、拓磨が好きなのだな」
『はい。ですが私は式神の身、あの方と結ばれるなど夢の話です』
「おや、忘れたか? 拓磨は今や魁、どんな術も思いのままであるぞ」
これは狂言だ。魁だけが使用できる巻物があるなど就任式で初めて知ったが、そんな都合の良い術あるわけがない。式神と結ばれたい陰陽師なんぞいるものか。
だが今の暁には十分すぎる悪魔の囁きよ。
『そうなのですか?』
「私は其方に嘘を吐かぬさ。拓磨の代わりにいつも報告に来てくれたではないか、可愛い娘のように思っておる」
私はお前の味方だ、と言わんばかりの殺し文句。そして。
「しかし……其方が懸念するとおり、華葉がいる限りは拓磨と一緒になれぬな」
『では、どうしたら良いのですか?』
そうだ、それで良い。お前はもう私の手中。
「可愛い娘のため、私が何とかしてやろう。それには一つ頼みがあるのだが――」
暁と別れた後、私は彼女のように川を眺めていた。
上手くいけばこれで安曇と華葉、両方の力が手に入る。
そして拓磨、いずれはお前の力も手にしよう。
何のためにお前を魁にしたのか。魁になったお前の力を手にするためだ。
そのためにはまず、お前の大切なものを壊してやろう。
「気の毒だ。其方の愛する息子さえ、何もかも奪われるぞ。……のう、吉乃」
そして戦いは、最終局面へと突入するのである――。
【第三幕 散舞 ~散れども終わらざりし時~ 上の巻・魁争奪編】
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七月四日。
季節は今からが秋というのに、外は雪化粧に覆われている。
本来であれば昨日が私の|魁《さきがけ》選抜の試験日であり、その結果を得て、翌日の今日に就任式が行われる予定であった。しかし妖怪・|桛木《かせぎ》の乱入にて試験どころではなくなった内裏では、私と|蒼士《そうし》で激戦を繰り広げる展開となった。
そしてその後、|雷龍《らいりゅう》の一番配下を名乗る姉弟の妖怪が現れ、巨大な妖気を見せつけた挙げ句に都の季節を冬へと変えた。奴らはそのまま立ち去ったが、我々は怪我の治療と戦闘の後始末に追われたのだ。
よって魁の試験は行われず、その結果は未だ出ていないはずなのである。
だが今、魁の就任式は予定どおり行われている。
位を認定する|御簾《みす》越しの帝の前に、私は跪いて頭を垂れた。横には|陰陽頭《おんみょうのかみ》である|雅章《まさあき》殿が、ある巻物を持って控えている。
「汝、|安曇拓磨《あずみのたくま》よ。これを以て|其方《そなた》を陰陽第一者の位、魁に命ず」
帝がそう言うと、雅章殿は持っていた巻物を私に贈呈した。
これは朝廷で保管されていた、魁のみが所有を許されている五行術の書だ。
――そう。
魁は私、安曇拓磨に決まったのである。
「魁の名に恥じぬよう責務を全うせよ。そして雷龍を討伐するのだ、拓磨」
「……はっ、仰せのままに」
帝の言葉に、私は再度深々と頭を下げた。
重苦しく慣れない式典を終え、私は|清涼殿《せいりょうでん》を後にした。まさか自分が正装である|束帯《そくたい》に袖を通す日がくるとは思わなんだ。
手にしていた巻物を懐にしまいながら内裏の門をくぐると、その先に不機嫌そうな顔の男が塀に背を預けて立っているのが目に入った。凍えているように見えるが、どれほどの時間そこに居たのであろうか。
「何だその顔は、私を魁に推奨したのはお前と聞いたぞ。何故私を立てたのだ? 不服ならお前がなれば良かったであろう、蒼士」
そう声をかけると蒼士は「別に」と呟き、白い息を吐いてそっぽを向いた。
なんだかんだで魁になることを目指していたが、いざなってみるとやはり荷が重いもので。己が陰陽の第一者と正式に称される日がくるなど、誰が予想したか。それもどうゆう風の吹き回しか蒼士が辞退を申し出て、私を押し上げたのだ。
「言っておくぞ。魁はお前に譲ったが、|華葉《かよう》を諦めたわけではないからな!」
「はいはい、そーですか」
相変わらず食ってかかる蒼士を適度にあしらい、それ以上詮索するつもりもなく奴の前を通り過ぎようとした。しかしこの男が簡単に逃してくれるはずがない。
「おい、まだ話は終わってない。お前のその|心力《しんりょく》は何だ、普通ではないだろう」
……その話をするか、今、ここで。寒いから早く帰りたいのだが。
確かにあれほど莫大な力を使っていれば、この男なら奇怪に思うであろう。どうやら最後の|紅火旋風《こうかせんぷう》を放った時から意識が戻っていたようだしな。
安曇陰陽記に記された心力の|相生《そうしょう》循環生成は、今のところ私しか知り得ぬもの。これは使い方を間違えれば恐ろしいほどの心力を手にすることになり、あの父上でさえも懸念を示していたのだ。故に口外は避けていた。
しかし、この男には教授しても良いのではないだろうか。
蒼士は嘉納の者といえど一目置く存在だ。それに根は呆れるほど真面目で、陰陽をこよなく愛している。
「あぁ、お前には……桛木討伐に加勢した礼として、教えてやっても良いかもな」
「何!? 思ったとおり秘密があったか。卑怯者め、やはり魁の位は僕によこせ!」
勢いよく絡んでくる蒼士を引き剥がそうとするも、不満そうな奴は人の顔を引っ張ってきた。子供の頃はこうして無邪気に喧嘩していたと、何だか懐かしく思った。
しかしあまりにしつこかったので、最終的に背負い投げをする形でなぎ倒した。
「次の土曜に寮で落ち合え、そうすれば教えてやる」
「……貴様、本気で投げおったな」
力なく地面に転がっている蒼士にそう告げると、今度こそ帰路の途についた。
背後で体を起した奴は、そこで私に問いかけた。
「そういえば赤鳥はどうした、一緒ではないのか。最近姿を見ないが」
その言葉に一瞬足を止めた。
それを聞きたいのは私の方だというのに。
「……さぁな、偵察にでも行っているのではないか?」
振り返らずそう答え、再び歩き出した。
暁は、帰ってきていないのだ。
私が魁の試験に行っている間に、屋敷から飛び出したきり。
◇
昨日の妖怪奇襲騒動の後、|清涼殿《せいりょうでん》にて緊急の議会が開かれた。
勿論、魁の決定をどうするかの話し合いをするためである。
結局、拓磨の試験は実施できずに一日が終わってしまった。彼一人だけの結果を見ずして、魁を認定することはできない。
しかし帝の日程は既に先までぎっしりと詰まっている。残り一日は就任式を執り行う予定であったため、その日に両方実施する手もあるのだが、何せ桛木とあの子たちが盛大に暴れてくれたお陰で、|紫宸殿《ししんでん》の庭は整備中で使えないのだ。
かと言って別の場所に帝を連れ出すわけにもいかない。騒動の直後で帝も幹部たちも疲弊気味で、結論に行き詰まっていた。
その時、一人の従者が私を呼び出しにきた。
<陰陽頭様、ご子息様がお見えです。何でも急用とのことで>
<蒼士が?>
議会を離席し息子に会いに行ってみれば、何やら神妙な面持ちだった。そしてあの子は意外な言葉を口にした。
<父上、僕は魁を辞退します。あの男こそ……、拓磨こそ相応しい陰陽師です>
というわけで、残る受験者は拓磨のみになってしまったことで、幹部たちを操る必要もなく、必然的に魁は無事に拓磨に任命することに決まった。
二次試験の結果だけ見ても拓磨が優秀であったことは皆分かっていたし、不服を申し立てる者は誰一人としていなかった。そもそも奴らは陰陽に関しては無能であり、何が凄くて何が駄目なのか判断力がないのだ。
どんな経緯にせよ、結果は私の望むとおりに進んだ。
一つを除いては。
雷龍め、何故あの時機に上級の妖怪を送り込んだのか。しかも私が見知らぬ子供の妖怪まで現れるときた。完璧な人の姿を模していたのは理想の域であるが。
就任式を終え肩の荷がようやく下りた今、再度腹が立ってきたのだ。とりあえず奴の言い訳を聞くために、例の洞窟へと向かうことにした。
だがその途中で、意外な者と出会った。
「おや、暁ではないか」
それは拓磨の式神の暁であった。
そういえば彼女は常に拓磨に付いて回っていたのに、一次試験以来姿を見ていない。いつもの明るさもどこへやら、まるで死人のような顔で川を眺めている。
『雅章様……』
「どうした、拓磨と喧嘩でもしたのか?」
とりあえず何の気もなしに話しかけてみると、彼女は無言でまた川の方に目をやってしまった。これはかなりの重症だ。
「魁は其方の主に決まったではないか、嬉しくはないのか?」
『嬉しいどころか悲観にございます。拓磨様は魁には興味がないと仰った、なのに華葉のせいで心変わりしたのです。あの子が来てから全てが狂いました』
……ほう。なるほど。
もしかして暁にとって、華葉は邪魔な存在になりつつあるのか。
この子は式神のくせに拓磨を男として好いておる。この様子から見て、拓磨もしくは華葉のどちらかが一方に惹かれて、拗ねているのであろう。惹かれ合っていれば尚のこと面白い。陰陽師と妖怪が相思相愛とは滑稽ではないか。
そうとあれば暁の言うとおり、拓磨が急に試験を受けたのは華葉のため、というのも強ち間違いないのかもしれぬ。
蒼士のみならず拓磨まで誘惑したか、華葉よ。
突如として現れた、麗しき妖怪の娘。
思い返せば、彼女が拓磨の屋敷に転がり込んでいたのは、雷龍が初めて拓磨と対峙した後だ。あの時の雷龍は|尊《たける》の心力を吸収して妖力の最大値を増幅させていたのだが、気づいたらそれがまた減って憤怒していた。
これは奴が吸収した心力の器が他者に移ったと考えるが、もしその相手が華葉であるとすればどうだろうか。
思い出せ、奴は拓磨と戦って何と言っていた?
<挨拶代わりに|雷光玉《らいこうぎょく》をお見舞いしたが、奴は腰を抜かしておったぞ。本当にあんな奴に期待して良いのか? 言われたとおり痛めつけずに雷光玉は放り投げたが。……何ぃ? 何処になど、そんなことは知らぬわ>
その雷光玉を受けた《《何か》》が、雷龍の妖気を得て妖怪化したのだとすると、全ての謎に合点がいく。私が雷龍に作らせている妖怪のように、何かと融合すれば不可能ではない。
『どうかなさいましたか? 雅章様』
暁に声をかけられるまで、自分が笑みを浮かべていることに気づかなかった。
華葉、其方の妖気が雷龍から明け渡されたものならば……丁重にお返し願おうか。
「何でもないさ。それにしても暁は心底、拓磨が好きなのだな」
『はい。ですが私は式神の身、あの方と結ばれるなど夢の話です』
「おや、忘れたか? 拓磨は今や魁、どんな術も思いのままであるぞ」
これは狂言だ。魁だけが使用できる巻物があるなど就任式で初めて知ったが、そんな都合の良い術あるわけがない。式神と結ばれたい陰陽師なんぞいるものか。
だが今の暁には十分すぎる悪魔の囁きよ。
『そうなのですか?』
「私は其方に嘘を吐かぬさ。拓磨の代わりにいつも報告に来てくれたではないか、可愛い娘のように思っておる」
私はお前の味方だ、と言わんばかりの殺し文句。そして。
「しかし……其方が懸念するとおり、華葉がいる限りは拓磨と一緒になれぬな」
『では、どうしたら良いのですか?』
そうだ、それで良い。お前はもう私の手中。
「可愛い娘のため、私が何とかしてやろう。それには一つ頼みがあるのだが――」
暁と別れた後、私は彼女のように川を眺めていた。
上手くいけばこれで安曇と華葉、両方の力が手に入る。
そして拓磨、いずれはお前の力も手にしよう。
何のためにお前を魁にしたのか。魁になったお前の力を手にするためだ。
そのためにはまず、お前の大切なものを壊してやろう。
「気の毒だ。其方の愛する息子さえ、何もかも奪われるぞ。……のう、|吉乃《よしの》」
そして戦いは、最終局面へと突入するのである――。
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