第三百六十六話
ー/ー高梨が普段住むタワーマンション。多くの芸能人やら著名人がそこにいることは、基本的に週刊誌の人間に筒抜けであるのだが、今日は珍しく誰も張り込んではいなかった。
ジャージから室内服に着替えてから、ある場所へ電話を掛ける高梨。コール数は少なく、ある存在が応答するのだった。
『――やあ、高梨さん。結論を聞こうか』
「……連絡、遅れたことまずは謝罪させて下さい。それに……『透ちゃん』についてのことも」
そう、電話の向こう側にいる存在は……信一郎であった。初対面は今回の仕事以前であったため、電話帳に登録してから久しいものである。何せ、芸能界に太いパイプがない限り今回の学園祭のような布陣を汲むことは出来ないために、連絡先を手に入れていることは当然と言えば当然である。
『……さっき、学園長室から事の流れは無音ながら見ていたよ。私も君の事情を知る存在だからこそ、胸が痛かったのは事実だ。何かしらの助け舟を出そうにも、私じゃア多少胡散臭く見えてしまう。何もしてやれなかったこと、今この場で謝らせてくれたまえ』
「いえ、実際問題それは当然なんです。だって……これは『私』の問題なんですから」
『厳密には、君の……高梨幸香と言う人間の悩みに、私が相乗りして計画を作り上げたくらいだけどね。そう考えると私の性格は……そんなによろしいものでは無いかな?』
「理に適っている、って言葉が一番適切ですよ」
電話の向こう側にいる信一郎は、微笑しながら高梨に再度最初の質問を持ち掛ける。
『……高梨さん、結論……教えてもらえるかな。私も……その通りに動き出すため
に』
「はい、信一郎さん。私は……」
早鐘を打つ心臓を抑えながら、真剣な表情でこれからの導線を示す。それは、高梨にとって苦難の道を歩む選択であり、同時に『守るべきもの』を助けるための、回り道でありながら最短の道のりであったのだ。
「私は……皆さんと共に、栃木支部にいる私の『仲間』を助けたい。和氣に支配されたあの支部を――壊滅させたいです」
その言葉に何度か頷く信一郎。結果、電話の向こうでは何者かに指示を出し、事態は動いていく。
『――本当、私も性格が非常に悪かった。栃木支部を潰そうとする考えを持ちかけた相手が、栃木支部に大切な存在を奪われた人物だったなんて。最初聞いた時はびっくりしたよ、奇妙な偶然もあるんだな、って。そして……よりにもよってその人物は因子持ち。英雄学園にスケジュールの関係上入学することすら叶わなかった、幻の存在……ようやく、歯車は動き出したんだね』
「詳しいことは……どうせなら、透ちゃんたちの前で話させて下さい。私は今日……彼女らを深く心配させるような言動をしてしまったので」
『その件についても了解。私の方で、それとなく働きかけてみるさ。誤解を解けば……まあその誤解は大分強固なダイヤル錠のようなものにはなっているが、それさえどうにかすれば……きっと君は栃木支部とも渡り合える。カルマが協力していようと、君がいればどうにかできるかもしれない……まさに、切り札そのものだ』
高梨は決意を語り切ると、信一郎に礼を述べ、電話を切った。
語るべきことは証拠と共に用意する。それには、大して物のない高梨の家のタンスをあさる必要がある。仕事終わりかつある程度気張った後であるため、多少なり休みたい心が芽生えるも、そんな暢気しているような状況ではないと自分自身に鞭を打つ。
頬を張って、目の前の難題から順に解決する。それこそ、最短の『回り道』であると信じて。
そして信一郎も、増産予定の無かった新たなデバイスドライバー、たった一台の製造を急ピッチで行うことを決めたため、発注先である学園地下の製造現場は騒々しかった。
「――しかし、本当に良いんですか、学園長」
傍でタブレット端末を操作しながら、高梨の経歴を全て確認する明石。非常に困惑に満ちたものであったが、信一郎には勝算があった。
「……大丈夫。彼女は曲がりなりにも『プロ』だ。抱えるものはそれ相応に重たいものであるけれど、それと同時に先ほど彼女が口にしてくれただろう、『守りたいもの』である『仲間』について。きっと、その存在が居る限り……女優・高梨幸香はどこまででも成長できる。逆境だなんて屁でもないくらいには……きっと強くなれるよ」
現在時刻、夜の八時。明石も信一郎も、残業確定コースであったが、その表情は重苦しいものでは無かった。
学園祭まで、残り三週間を切った。
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