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第三百六十四話

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 ほんの少しの憂慮。ほんの少しの寂寥感。通常、教会にそこまでの感情移入をする存在という物は、往々にして関係者であるか、知り合いがいるかのどちらかであると考えていた。礼安程のお人よしであっても、事情を知ってもなお誰かを傷付ける組織を相手にすれば、ある程度気持ちが引き締まるもの。
 現に、山梨と千葉を震撼させた大犯罪を行った来栖善吉を相手取った時には、これまでにないほど激昂し、平穏を取り戻すべく己が力を振るった。そして――透が目の当たりにした埼玉での事象もそうであった。寧ろそちらの方が透にとって印象が深いものであったのだが。

「……高梨さんは知らないかもしれないッスけど、俺……教会に親も実の妹も、何もかも殺されたんス。そこから最初は……復讐のために英雄(ヒーロー)になろうとしたくらいには――教会っていう存在が気に食わない。人に対して同じ物差し当てはめるってのは、おおよその場合において駄目な行為ッスけど……良く分からないんス、あそこでその感情になれたのが」

 吐露する痛みを聞き届けながら、彼女の痛みを理解していく高梨。

「どんな事情があるかは分からないけれど……少なくとも教会は手前(テメェ)が気に食わねえから大多数を切り捨てる判断も、周囲の被害を抑えるような常識も……何も持ち合わせていねェように思えるんスよ。『弱者救済』を謳いながら、結局は……カルマっていう自己中(エゴイスト)のための王国になりつつある」

 だからこそ、教会を許せない。復讐のために動きはしたが、今は無辜の民草を守るために動いている。自分では何も対策しようのない無力な人々の傘になり、教会を撲滅させるべく戦い続けるのだ。

「――教えてくださいよ、高梨さんと教会に……何の因果関係があるのか」

 しばらくの沈黙。お互い顔を向けることはないものの、その間には嫌な緊張感が走る。しかし、高梨は要らぬ争いを招きたくないために――口を開くのだった。

「……実は、栃木支部には――――」

 高梨が真実を語ろうとした矢先に、高梨のスマホが鳴る。仕事の電話らしく、透に申し訳なさそうな表情を見せながらもどうするべきか迷っていた。

「――良いッスよ、電話には出ないといけないでしょうし」

「……ごめんね、透ちゃ――――」

 その謝罪に対し、「ただし」と遮る透。その目は、これまで向けていた優しさの籠るものでは無く、猜疑心(さいぎしん)に塗れたものへと変わっていた。

「――俺は、真実が語られる時まで、高梨さんを『容疑者』として疑い続ける。そこまで……俺の内にある教会を憎む心ってのは……深く暗い海淵のようなものなんスよ。これまで特に何かしている訳じゃあないッスけど……院たちはもう騙させないッスよ」

「違う、違うの! 私は――」

「だったら!!」

 歯を食いしばりながら、ほんの少し涙を浮かべる透。高梨自体、義弟妹も好いている存在が多い。彼女の出演するドラマや映画は、ここに来てからかなりの本数閲覧している。
 ただ、今回ばかりはそれは情状酌量の要素としてはいささか弱い。透には、残された義弟妹を命がけで守る使命がある。無辜の民草を守る使命がある。一時の感情でブレが生じ、何も守れないだなんて……笑い話にもなりはしない。


「……だったら、納得のできる言い訳を考えてくださいよ。あるいは……後日語ってくださいよ。何かしらの……証拠付きで」


 スマホの画面には、一本の留守電が入る。相手はもちろん高梨の事務所、もとい高梨のマネージャーからなのだが、それだけではこの疑惑を晴らすことは出来ない。
 それに、高梨にとっても現時点において疑惑を晴らす判断材料が残されている訳ではない。涙を流す透に対して、良い訳のように聞こえる伝言を残し、背を向けることしかできないのだ。

「――ごめん、透ちゃん。今は、今は何も語れないけれど……私は『そうじゃあない』って事……明かせるから……ごめんね」

 高梨の目にも、大粒の涙が浮いていた。それが演技と思えるほどに、透の心はねじ曲がっていなかった。心からの、本気の涙。誰を騙す訳でもない、誰を嗤う訳でもない。本気の悔しさと無力感と辛さが入り混じった、涙。
 電話に応対するためにも、透に背を向けその場から足早に去る高梨。去らせた張本人である透も、そして高梨も――心に大きな傷跡と悔恨を残し別れてしまったのだった。



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 ほんの少しの憂慮。ほんの少しの寂寥感。通常、教会にそこまでの感情移入をする存在という物は、往々にして関係者であるか、知り合いがいるかのどちらかであると考えていた。礼安程のお人よしであっても、事情を知ってもなお誰かを傷付ける組織を相手にすれば、ある程度気持ちが引き締まるもの。
 現に、山梨と千葉を震撼させた大犯罪を行った来栖善吉を相手取った時には、これまでにないほど激昂し、平穏を取り戻すべく己が力を振るった。そして――透が目の当たりにした埼玉での事象もそうであった。寧ろそちらの方が透にとって印象が深いものであったのだが。
「……高梨さんは知らないかもしれないッスけど、俺……教会に親も実の妹も、何もかも殺されたんス。そこから最初は……復讐のために|英雄《ヒーロー》になろうとしたくらいには――教会っていう存在が気に食わない。人に対して同じ物差し当てはめるってのは、おおよその場合において駄目な行為ッスけど……良く分からないんス、あそこでその感情になれたのが」
 吐露する痛みを聞き届けながら、彼女の痛みを理解していく高梨。
「どんな事情があるかは分からないけれど……少なくとも教会は|手前《テメェ》が気に食わねえから大多数を切り捨てる判断も、周囲の被害を抑えるような常識も……何も持ち合わせていねェように思えるんスよ。『弱者救済』を謳いながら、結局は……カルマっていう|自己中《エゴイスト》のための王国になりつつある」
 だからこそ、教会を許せない。復讐のために動きはしたが、今は無辜の民草を守るために動いている。自分では何も対策しようのない無力な人々の傘になり、教会を撲滅させるべく戦い続けるのだ。
「――教えてくださいよ、高梨さんと教会に……何の因果関係があるのか」
 しばらくの沈黙。お互い顔を向けることはないものの、その間には嫌な緊張感が走る。しかし、高梨は要らぬ争いを招きたくないために――口を開くのだった。
「……実は、栃木支部には――――」
 高梨が真実を語ろうとした矢先に、高梨のスマホが鳴る。仕事の電話らしく、透に申し訳なさそうな表情を見せながらもどうするべきか迷っていた。
「――良いッスよ、電話には出ないといけないでしょうし」
「……ごめんね、透ちゃ――――」
 その謝罪に対し、「ただし」と遮る透。その目は、これまで向けていた優しさの籠るものでは無く、|猜疑心《さいぎしん》に塗れたものへと変わっていた。
「――俺は、真実が語られる時まで、高梨さんを『容疑者』として疑い続ける。そこまで……俺の内にある教会を憎む心ってのは……深く暗い海淵のようなものなんスよ。これまで特に何かしている訳じゃあないッスけど……院たちはもう騙させないッスよ」
「違う、違うの! 私は――」
「だったら!!」
 歯を食いしばりながら、ほんの少し涙を浮かべる透。高梨自体、義弟妹も好いている存在が多い。彼女の出演するドラマや映画は、ここに来てからかなりの本数閲覧している。
 ただ、今回ばかりはそれは情状酌量の要素としてはいささか弱い。透には、残された義弟妹を命がけで守る使命がある。無辜の民草を守る使命がある。一時の感情でブレが生じ、何も守れないだなんて……笑い話にもなりはしない。
「……だったら、納得のできる言い訳を考えてくださいよ。あるいは……後日語ってくださいよ。何かしらの……証拠付きで」
 スマホの画面には、一本の留守電が入る。相手はもちろん高梨の事務所、もとい高梨のマネージャーからなのだが、それだけではこの疑惑を晴らすことは出来ない。
 それに、高梨にとっても現時点において疑惑を晴らす判断材料が残されている訳ではない。涙を流す透に対して、良い訳のように聞こえる伝言を残し、背を向けることしかできないのだ。
「――ごめん、透ちゃん。今は、今は何も語れないけれど……私は『そうじゃあない』って事……明かせるから……ごめんね」
 高梨の目にも、大粒の涙が浮いていた。それが演技と思えるほどに、透の心はねじ曲がっていなかった。心からの、本気の涙。誰を騙す訳でもない、誰を嗤う訳でもない。本気の悔しさと無力感と辛さが入り混じった、涙。
 電話に応対するためにも、透に背を向けその場から足早に去る高梨。去らせた張本人である透も、そして高梨も――心に大きな傷跡と悔恨を残し別れてしまったのだった。