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第三百六十一話

ー/ー



 今日は基本的に授業が早上がりになる土曜日。その放課後になった直後、学園長室を訪ねる存在が一人いた。

「はーい、どうぞ~」

 今日は特にやることがないため、学生諸君の頑張りを学園長室後方のガラス張りの巨大な窓から眺めるばかりであったため、暇で仕方のなかった信一郎が、気の抜けたような応対をしていた。丁度明石も休みの日であったため、喋る相手もいなかった。
 そこに現れたのは、思いつめた表情の丙良であった。表情の深刻さから、すぐさま姿勢とスーツを正すと、彼に向き直るのだった。

「――どうしたのかな、丙良くん。千葉の一件から……随分表情が重いままじゃあないか」

「……信玄を、止められなかったから……」

「……随分、長いこと引きずっているね。普段からさっぱりしている君らしくない」

 しかし、そんな信一郎に対して、丙良は彼のテーブルを乱暴に叩く。高価なコーヒーカップが中のコーヒー含め一瞬だけ跳ねた。

「――何が、何が分かるって言うんですか……!」

「無論、何もわからないね。君からは、基本的に逐次連絡と言う形でしか情報を貰えなかった。来栖善吉の情報に対する守りはだいぶ強固で、ぼろが出ない限り基本的にこちらはやりようがなかった。対策は千葉支部や群馬支部との提携、という形で何とかできるくらいだったかな」

 実に冷静かつ理論的、それでいて実に無感情的な反論に対し、丙良は何も言い返せずにいた。何故なら、それがまさにその通りであったから。ここで多少なりこちらに寄り添うような台詞が出ない辺り、実に状況をよく理解している証である。

「本当なら、私が出張れば良かったのかもね。でも、基本的に私頼みでは……『計画』を実行するその時になったら、戦力が不足する読みだ。ある程度の自主性、そしてある程度の力の幅か厚みがない限り、将来はお先真っ暗。そんな中でおいそれと手出しができないのは……自明の理だろう」

「それでも……それでも……ッ」

 遂に、ぐうの音も出ないまま拳を震わせ涙を溢す丙良。それほどに、彼自身の中で無力感が蜷局(とぐろ)を巻き鎮座していたのだ。どこまで自分を宥めようと、罪悪感と無力感が当人を永遠に蝕み続ける。弱い英雄など要らない、過去の経験から培われた経験則、あるいは強迫観念が、丙良を壊し続けるのだ。

「――そんなに強くなりたいなら、私が相手になって修行を――」

 そう真剣に語る信一郎であったが、丙良の行動力の爆発力を甘く見積もっていた。信一郎のテーブル上に置かれた予告場をひったくり、中身を確認する。そこに入っていたものは、単純に予告状だけではなく、首を持ってくるであろう場所を指示していたのだ。
 信一郎の記憶の限りだと、栃木支部が置かれている場所は、そこからそこまで離れていない位置に存在する。地下道を通るなどの多少面倒な要素があるものの、今の丙良にそんなことを面倒臭がるほどの堕落じみた精神は存在しない。

「……まだこのことは、あの子たちには伝えていないと見ました。貴方の優しさはかなりのもの、少なくとも教会の介入によって娯楽の少ない状況下で、学園祭までも壊すような流れには持っていきたくはない。だからこそ……学園祭当日に貴方だけで綺麗に丸く収めるつもりだったんでしょうが……そんな大人のカッコつけに付き合っているほど……今の僕は大人じゃあないんですよ」

 予告状を手にしながら、丙良は「すみません」とだけ呟くと――信一郎を土の繭の中に閉じ込めたのだ。信一郎の力なら、その繭を壊し追いかけることは、朝飯前と言わんばかりに可能である。しかし、男の決めた覚悟を邪魔できるほどに、信一郎は非情ではなかったのだ。

「……丙良くん」

 少し離れた瞬間に、土の繭は魔力の残滓となり消えていき、そこには何も残らない。ただ、一人の男の無謀な挑戦を黙って見送る以外に、道は無かったのだ。その結果何が起ころうと、結局は自己責任なのだろうが……圧倒的な強さを持つ信一郎が、無力感に苛まれていたのだ。こうなるまで追い詰めてしまったことを、心から悔いていたのだ。
 その結果、丙良は単身栃木支部に攻め入り、大した結果を齎すことは出来ずにそのまま病院の世話に。これほどに、教育者として悲しくなることはなかった。


「――結局は、私の責任になるね」

「……畜生、少しくらい教えろってんだよ」

 男と言う生き物は、どうしても格好つけたがる。自分一人では抱えきれないであろう苦難も、たった一人でどうにかしようとしたがる、何とも意固地な部分が存在する。そして、それを解決した後に、武勇伝のように語ることを美徳と考えている、何とも子供のような生き物であるのだ。
 だが、基本的にそれによって受けた損害に関しては、同時に自分の責任であると背負いこむ癖もあるため、同時に深く傷つきやすい。さらにその傷を互いに共有し、治しにかかるのではなく、それすらも抱え込むのだ。「痛い」と声を上げはする。しかしそれを誰かに聞いてもらったり、誰かに治してもらったり……そういったことは良しとしない、気難しい一面が存在するのだ。
 だからこそ、信一郎と丙良は抱えた。信一郎は学園祭と音楽フェスを楽しみに待っている生徒たちのために。丙良は、かつて信玄を救えなかった無力感を、己が新たに強くなることで解消するために。

「――あの、良いですか学園長さん」

 その声に聞き覚えのあった信一郎は、こんな状況ながら思わずその方を見やる。怪しいサングラスと黒の不織布マスク、そして黒の野球帽を取り去って顔を露わにする。初めて女の正体を見た透は思わず声が出そうになるのを抑え、口を己が両手で抑える。

「……まさか、音楽フェス前にお会いできるとはね。高梨さん」

「――彼に関して、言えることがあります。今の彼は、正直精神面に難があります。彼の振るう巨大な剣にも……正直気迫は籠っていません。加えて、あの時共に暴漢と戦っていて、『魔力反応』も揺らぎがありました。ただ減少しているには、少々理由が付かないようなものです」

「……え? 何で、高梨さんがそんな事……分かるんですの」

 高梨はほんの少し目を伏せると、上半身のジャージをおもむろに脱ぎだす。すると、その瞬間に高梨の中に『因子』の鼓動を感じさせたのだ。驚く院と透をよそに、高梨は遂に自分の正体の一つを明かすのだった。


「私は……元々因子の保有者なの。入学試験には事務所のスケジュール等の都合で落ちたけど……本来なら英雄科に入学できるような『因子持ち』なんだ」



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 今日は基本的に授業が早上がりになる土曜日。その放課後になった直後、学園長室を訪ねる存在が一人いた。
「はーい、どうぞ~」
 今日は特にやることがないため、学生諸君の頑張りを学園長室後方のガラス張りの巨大な窓から眺めるばかりであったため、暇で仕方のなかった信一郎が、気の抜けたような応対をしていた。丁度明石も休みの日であったため、喋る相手もいなかった。
 そこに現れたのは、思いつめた表情の丙良であった。表情の深刻さから、すぐさま姿勢とスーツを正すと、彼に向き直るのだった。
「――どうしたのかな、丙良くん。千葉の一件から……随分表情が重いままじゃあないか」
「……信玄を、止められなかったから……」
「……随分、長いこと引きずっているね。普段からさっぱりしている君らしくない」
 しかし、そんな信一郎に対して、丙良は彼のテーブルを乱暴に叩く。高価なコーヒーカップが中のコーヒー含め一瞬だけ跳ねた。
「――何が、何が分かるって言うんですか……!」
「無論、何もわからないね。君からは、基本的に逐次連絡と言う形でしか情報を貰えなかった。来栖善吉の情報に対する守りはだいぶ強固で、ぼろが出ない限り基本的にこちらはやりようがなかった。対策は千葉支部や群馬支部との提携、という形で何とかできるくらいだったかな」
 実に冷静かつ理論的、それでいて実に無感情的な反論に対し、丙良は何も言い返せずにいた。何故なら、それがまさにその通りであったから。ここで多少なりこちらに寄り添うような台詞が出ない辺り、実に状況をよく理解している証である。
「本当なら、私が出張れば良かったのかもね。でも、基本的に私頼みでは……『計画』を実行するその時になったら、戦力が不足する読みだ。ある程度の自主性、そしてある程度の力の幅か厚みがない限り、将来はお先真っ暗。そんな中でおいそれと手出しができないのは……自明の理だろう」
「それでも……それでも……ッ」
 遂に、ぐうの音も出ないまま拳を震わせ涙を溢す丙良。それほどに、彼自身の中で無力感が|蜷局《とぐろ》を巻き鎮座していたのだ。どこまで自分を宥めようと、罪悪感と無力感が当人を永遠に蝕み続ける。弱い英雄など要らない、過去の経験から培われた経験則、あるいは強迫観念が、丙良を壊し続けるのだ。
「――そんなに強くなりたいなら、私が相手になって修行を――」
 そう真剣に語る信一郎であったが、丙良の行動力の爆発力を甘く見積もっていた。信一郎のテーブル上に置かれた予告場をひったくり、中身を確認する。そこに入っていたものは、単純に予告状だけではなく、首を持ってくるであろう場所を指示していたのだ。
 信一郎の記憶の限りだと、栃木支部が置かれている場所は、そこからそこまで離れていない位置に存在する。地下道を通るなどの多少面倒な要素があるものの、今の丙良にそんなことを面倒臭がるほどの堕落じみた精神は存在しない。
「……まだこのことは、あの子たちには伝えていないと見ました。貴方の優しさはかなりのもの、少なくとも教会の介入によって娯楽の少ない状況下で、学園祭までも壊すような流れには持っていきたくはない。だからこそ……学園祭当日に貴方だけで綺麗に丸く収めるつもりだったんでしょうが……そんな大人のカッコつけに付き合っているほど……今の僕は大人じゃあないんですよ」
 予告状を手にしながら、丙良は「すみません」とだけ呟くと――信一郎を土の繭の中に閉じ込めたのだ。信一郎の力なら、その繭を壊し追いかけることは、朝飯前と言わんばかりに可能である。しかし、男の決めた覚悟を邪魔できるほどに、信一郎は非情ではなかったのだ。
「……丙良くん」
 少し離れた瞬間に、土の繭は魔力の残滓となり消えていき、そこには何も残らない。ただ、一人の男の無謀な挑戦を黙って見送る以外に、道は無かったのだ。その結果何が起ころうと、結局は自己責任なのだろうが……圧倒的な強さを持つ信一郎が、無力感に苛まれていたのだ。こうなるまで追い詰めてしまったことを、心から悔いていたのだ。
 その結果、丙良は単身栃木支部に攻め入り、大した結果を齎すことは出来ずにそのまま病院の世話に。これほどに、教育者として悲しくなることはなかった。
「――結局は、私の責任になるね」
「……畜生、少しくらい教えろってんだよ」
 男と言う生き物は、どうしても格好つけたがる。自分一人では抱えきれないであろう苦難も、たった一人でどうにかしようとしたがる、何とも意固地な部分が存在する。そして、それを解決した後に、武勇伝のように語ることを美徳と考えている、何とも子供のような生き物であるのだ。
 だが、基本的にそれによって受けた損害に関しては、同時に自分の責任であると背負いこむ癖もあるため、同時に深く傷つきやすい。さらにその傷を互いに共有し、治しにかかるのではなく、それすらも抱え込むのだ。「痛い」と声を上げはする。しかしそれを誰かに聞いてもらったり、誰かに治してもらったり……そういったことは良しとしない、気難しい一面が存在するのだ。
 だからこそ、信一郎と丙良は抱えた。信一郎は学園祭と音楽フェスを楽しみに待っている生徒たちのために。丙良は、かつて信玄を救えなかった無力感を、己が新たに強くなることで解消するために。
「――あの、良いですか学園長さん」
 その声に聞き覚えのあった信一郎は、こんな状況ながら思わずその方を見やる。怪しいサングラスと黒の不織布マスク、そして黒の野球帽を取り去って顔を露わにする。初めて女の正体を見た透は思わず声が出そうになるのを抑え、口を己が両手で抑える。
「……まさか、音楽フェス前にお会いできるとはね。高梨さん」
「――彼に関して、言えることがあります。今の彼は、正直精神面に難があります。彼の振るう巨大な剣にも……正直気迫は籠っていません。加えて、あの時共に暴漢と戦っていて、『魔力反応』も揺らぎがありました。ただ減少しているには、少々理由が付かないようなものです」
「……え? 何で、高梨さんがそんな事……分かるんですの」
 高梨はほんの少し目を伏せると、上半身のジャージをおもむろに脱ぎだす。すると、その瞬間に高梨の中に『因子』の鼓動を感じさせたのだ。驚く院と透をよそに、高梨は遂に自分の正体の一つを明かすのだった。
「私は……元々因子の保有者なの。入学試験には事務所のスケジュール等の都合で落ちたけど……本来なら英雄科に入学できるような『因子持ち』なんだ」