「……ッたく、大丈夫か? 俺のように止めたらいいだろうに、煙草」
「――アタシは意思弱めだから、そう簡単には止めらんないの。なんせ……この銘柄も思い出のモノになったし」
そうして手にしたパッケージは、他でもなくファザー牧場にて差し出された、あの銘柄。以前は灰崎の手にしたものと千尋の手にした一本ずつ以外は、全部幻覚作用のあるものであったため、それ以降のごたごたに巻き込まれた状況の中では、その銘柄を味わえてはいない。
「――この銘柄、結構レアでね。今じゃア煙草の値段なんて五十年前と比べると大分値上がりしているけれど……それでも吸いたくなるのは、廉治との思い出があったからなんだ」
「……千尋」
最後に味わったのは、入学が決まってから最後の煙草、と称して学園都市内に存在する千尋の職場としての寮で吸った物。それ以降は受動喫煙の可能性を考え一本も吸っていない。
因子の持つ自浄作用のおかげで、灰崎の肺はもう健康体そのもの。まるで移植でも行われたかのような、美しいピンク色をしていた。入学前の検査時に発覚したらしい。以前はストレスによってヘビースモーカー同然の生活を送っていたため、真っ黒であったことは自覚済み、病院要らずの肉体に感謝している。
しかし千尋は、と言うと、また一緒に煙草がしばらくの間吸えないのか、と考えると……どことなく寂しい気持ちになっていたのだ。関係性としては近からず遠からずの距離をずっと彷徨い続ける、何とも言えない関係性であり続けることに、嫌気がさしていたのだ。
そこで聞いたのは、灰崎の本音。先ほど院や透との会話の中で漏らした、千尋を思いやる言葉の数々。確かにそうだ、と頷ける言葉がほとんどであったが、それは自分の気持ちに嘘をついている証拠でもあった。
「……アタシは、どんな思いをしようと……灰崎廉治と言う男の傍に居続けたい。廉治の弱みと言えない弱みになりたい。どんな心無い言葉を掛けられようと、本当の廉治を知っているのは……アタシたちなんだから」
その言葉には、多くの苦難を経験し、多くの一面を見てきた彼女だからこその、含蓄が大量に含まれた乙女としての表情が垣間見えた。そして、それを見て見ぬ振りできるほど、灰崎は自分に嘘をついていられなかった。
ここまで心に刺さる言葉を言わせておいて、見て見ぬふりなんて出来やしなかったのだ。
「――本当に、俺でいいのか? きっと……この先も俺絡みであることないこと言われるだろうに……その都度、俺が護ることは確定事項として……『本当に、良いのか』?」
「バーカ、アタシは
廉治じゃアなかったら嫌だね。これまで色々経験してきて、二人くらいとも付き合ったけれど……真に心に刺さる存在なんていやしなかったよ」
その言質を聞き届けた灰崎は、涙ぐみながらもほんの少し千尋を抱いた状態で、面と向かってある言葉を囁くのだった。
「――千尋。神崎、千尋。俺は……千尋が好きだ。こんな元極道者である俺に……どうか今後一生、護らせてくれないだろうか」
普通ならば、どうも重さを感じるくさい台詞に、思わず失笑してしまう千尋。自身の言葉を嗤われたと感じた灰崎は思わず顔を赤らめながら睨みつける。しかし、千尋はほんの少しの笑い涙を自分で拭いながら、その言葉に強く頷くのだった。
「――はい、分かったよ、勿論オーケーだよ。童貞感丸出しだったけど」
「なッ……!? お、俺は童貞……だが!!」
「でも、良いように言うと……その慣れていない感じが安心するわ。これまで女っ気が一切ない
紳士かつ
童貞だってのは理解していたけど……ようやっとアタシも身を固められるかもね」
その分かりやすい言葉に首をかしげる灰崎。実に鈍いところはこれから矯正していくとして、新たな青春を感じられるカップルの成立の瞬間であった。
少し離れた位置でも、院と透はお互いに拳をぶつけ合い、成就を喜んだのだとか。この時ばかりは、音楽フェスに意識を割かれた各学生たちに対し、心からの賛辞を述べるのだった。