表示設定
表示設定
目次 目次




第三百五十六話

ー/ー




 全ての話を聞き終えた透は、静かに目頭を押さえ涙を堪えていた。同じように地元の権力者に全てを奪われた透にとっては、彼女の痛みが容易に理解できたのだ。

「――透ちゃんの事情は、又聞きで聞かせてもらったの。ちょっと良くないかなとは思ったけれど……入学式の貴女が、どことなく以前の私を思い出しちゃって」

 誰彼構わず、たった一人が頂点であると考え、どこまで行っても孤高に戦う、未熟な存在。過去の自分と重なるからこそ、渡部はそんな存在と関わり、少しでも救ってあげたかったのだ。道を違える前に、大切な存在を失う前に。
 しかし、渡部がアクションを起こす前に、礼安たち含む面子は教会埼玉支部が核となっている、『埼玉事変』を経験している。多くの大衆を扇動しながら、埼玉支部を瓦解させた。その際に失った存在は確かにいる。透は思い出すたびに、救えなかった無念を口にするばかりであるが、過去ばかりを見つめている訳ではない。
 偏に、青が生きたかった分の命を生き抜く。確かに自分だけではなく、自分以外を多く害した超常的な屑であるグラトニーに、もう恨みは残っていないか、と言ったら嘘になる。今すぐにでも殺してやりたいほどの憎しみは未だ内包されている。戦時中に敵軍を害するために埋められ、戦後長いこと地中に埋まっている、対人地雷のように。
 しかし、それ以上に残された家族と自分を支えてくれる仲間のために、この先の未来を生きて、少しでも世のため人のために動く、そんな英雄たちの模範になりたい、そして己が根幹を担う『欲望』を満たすために、透は既に立ち上がっていたのだ。
 自分の助けなど要らない、そんなことは渡部自身分かり切っていた。しかし、数少ない自分の存在理由を否定することに他ならないと考えてしまった渡部は、極めて利己的な理由で透に近づいたのだ。

「――正直、今の貴女に私なんかが要らないことは分かってる。だから……私を切っても良いよ、透ちゃん。あの子たちにも悪いことしちゃったとは思っているし……私はそこまで力になれないだろうしさ」

 眼前の強い存在に、完全に委縮している様子の渡部。そんな渡部に対し、透は――平手打ちを叩き込んだのだ。
 対して力の籠っていないものであったが、渡部にとっては響く痛みが残っていた。

「……ここで引き下がるのは、駄目ッスよ。お互い似た者同士な中で、お互いを分かって思いやれるのは……そういないッス。なら、初志貫徹で勝って見せるのが……新たな可能性の見つけどころでしょうよ」

 上に存在する者に対する、肥大化した劣等感がある。でも他の道でのし上がってやろうという上昇志向はある。
 世の不条理を憎む心がある。でもそれと共にその状況でも起き上がってきた不屈の心がある。
 そこまでのハングリー精神を持ち合わせている以上、元来持ち合わせているものが似通っているからこそ高みを目指せるというもの。

「――俺は、渡部先輩のこと嫌いじゃアないっすよ。どことなく、俺の好きな奴に似てるんで。根本は全然違うッスけど、そんでもって、欲望の形も全然違うッスけど……なんだか、一緒に居て楽なんスよね」

 二人とも、想起する存在は瀧本礼安。エヴァ同様、今回の学園祭にも音楽フェスにも事実上の不参加であることを示した存在。何を抱えていても、笑顔であり続ける。それでいて、誰かの抱えている難題を共に抱えようとする。面白いほどに滅私奉公を地で行く存在ながら、支えたくなる危うさ、保護欲を刺激する要素も内包している。

「誰も、万能じゃアないんスよ。俺も、渡部先輩も、何ならエヴァ先輩も、礼安も。何かしらの超えられるものはどこかに存在する、その理論は確かに実証されてます。そこに、底なしの『貪欲さ』があれば……人はどこまでも成長できるもんッス。俺は未だに……礼安に直接対決挑んで勝つことは諦めてないッスし」

「『貪欲さ』……」

「何でもかんでも、とにかく自分に必要のない要素のように思えるものでも、取り入れる。全てを喰らって、バリエーションを増やすんス。活かす幅が生まれれば、そこにまだ見ぬ可能性が生まれる。可能性を模索することこそ……俺たちの本懐なんだと思うんス」

 透は静かに、自分に無頓着な渡部に手を差し伸べる。渡部よりも多くの苦労を知った、傷跡が多少残る、猛者の掌。ほんの一瞬逡巡するも、透の手を確かに握る。認識を擦り合わせていき、共に強くなることを決めた、結託の証である。


「――やるからには、全力で行こう……透ちゃん」

「いやそれじゃア足りないッスよ。やるからには……『天辺(テッペン)』取るんスよ」


 院たちのような似た者同士、不器用ながらも貪欲に音楽フェスを勝ち抜く、強力なタッグがまた一組完全に生まれた瞬間であった。



 翌日、学園長室にて。その中で寝泊まりを行っている信一郎は、学園内を飛び回りあらゆる人物に重要書類を届ける伝書鳩によって齎された、ある手紙一枚を開く。
 その中に記されたものは、彼の目を細めさせるには十分であった。

『――期日までに、高梨幸香を含む学園祭及びフェスに招致したVIPの内、三名の首を指定場所にまで寄越せ。さもなくば、学園祭を台無しにするだけではなく、一般人の命もないと思え。これ以上の戦力ダウンを恐怖するならば、栃木支部の言葉に従え』

「――まあ、想定通りかな。招致した対象も……縁深い相手ばかりをセレクトした訳だし」

 ネクタイをしっかりと締め、まだ見ぬ栃木支部の軍勢に対して笑んで見せるのだった。

「今回ばかりは……君らに多少なり同情するよ、栃木支部。だから子と言って殺しが許されるわけではないが……事態がしっかり収まったら、君らの代わりとして重要事実をリークさせてもらうから……悪く思わないでくれよ」



スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む 第三百五十七話


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…




 全ての話を聞き終えた透は、静かに目頭を押さえ涙を堪えていた。同じように地元の権力者に全てを奪われた透にとっては、彼女の痛みが容易に理解できたのだ。
「――透ちゃんの事情は、又聞きで聞かせてもらったの。ちょっと良くないかなとは思ったけれど……入学式の貴女が、どことなく以前の私を思い出しちゃって」
 誰彼構わず、たった一人が頂点であると考え、どこまで行っても孤高に戦う、未熟な存在。過去の自分と重なるからこそ、渡部はそんな存在と関わり、少しでも救ってあげたかったのだ。道を違える前に、大切な存在を失う前に。
 しかし、渡部がアクションを起こす前に、礼安たち含む面子は教会埼玉支部が核となっている、『埼玉事変』を経験している。多くの大衆を扇動しながら、埼玉支部を瓦解させた。その際に失った存在は確かにいる。透は思い出すたびに、救えなかった無念を口にするばかりであるが、過去ばかりを見つめている訳ではない。
 偏に、青が生きたかった分の命を生き抜く。確かに自分だけではなく、自分以外を多く害した超常的な屑であるグラトニーに、もう恨みは残っていないか、と言ったら嘘になる。今すぐにでも殺してやりたいほどの憎しみは未だ内包されている。戦時中に敵軍を害するために埋められ、戦後長いこと地中に埋まっている、対人地雷のように。
 しかし、それ以上に残された家族と自分を支えてくれる仲間のために、この先の未来を生きて、少しでも世のため人のために動く、そんな英雄たちの模範になりたい、そして己が根幹を担う『欲望』を満たすために、透は既に立ち上がっていたのだ。
 自分の助けなど要らない、そんなことは渡部自身分かり切っていた。しかし、数少ない自分の存在理由を否定することに他ならないと考えてしまった渡部は、極めて利己的な理由で透に近づいたのだ。
「――正直、今の貴女に私なんかが要らないことは分かってる。だから……私を切っても良いよ、透ちゃん。あの子たちにも悪いことしちゃったとは思っているし……私はそこまで力になれないだろうしさ」
 眼前の強い存在に、完全に委縮している様子の渡部。そんな渡部に対し、透は――平手打ちを叩き込んだのだ。
 対して力の籠っていないものであったが、渡部にとっては響く痛みが残っていた。
「……ここで引き下がるのは、駄目ッスよ。お互い似た者同士な中で、お互いを分かって思いやれるのは……そういないッス。なら、初志貫徹で勝って見せるのが……新たな可能性の見つけどころでしょうよ」
 上に存在する者に対する、肥大化した劣等感がある。でも他の道でのし上がってやろうという上昇志向はある。
 世の不条理を憎む心がある。でもそれと共にその状況でも起き上がってきた不屈の心がある。
 そこまでのハングリー精神を持ち合わせている以上、元来持ち合わせているものが似通っているからこそ高みを目指せるというもの。
「――俺は、渡部先輩のこと嫌いじゃアないっすよ。どことなく、俺の好きな奴に似てるんで。根本は全然違うッスけど、そんでもって、欲望の形も全然違うッスけど……なんだか、一緒に居て楽なんスよね」
 二人とも、想起する存在は瀧本礼安。エヴァ同様、今回の学園祭にも音楽フェスにも事実上の不参加であることを示した存在。何を抱えていても、笑顔であり続ける。それでいて、誰かの抱えている難題を共に抱えようとする。面白いほどに滅私奉公を地で行く存在ながら、支えたくなる危うさ、保護欲を刺激する要素も内包している。
「誰も、万能じゃアないんスよ。俺も、渡部先輩も、何ならエヴァ先輩も、礼安も。何かしらの超えられるものはどこかに存在する、その理論は確かに実証されてます。そこに、底なしの『貪欲さ』があれば……人はどこまでも成長できるもんッス。俺は未だに……礼安に直接対決挑んで勝つことは諦めてないッスし」
「『貪欲さ』……」
「何でもかんでも、とにかく自分に必要のない要素のように思えるものでも、取り入れる。全てを喰らって、バリエーションを増やすんス。活かす幅が生まれれば、そこにまだ見ぬ可能性が生まれる。可能性を模索することこそ……俺たちの本懐なんだと思うんス」
 透は静かに、自分に無頓着な渡部に手を差し伸べる。渡部よりも多くの苦労を知った、傷跡が多少残る、猛者の掌。ほんの一瞬逡巡するも、透の手を確かに握る。認識を擦り合わせていき、共に強くなることを決めた、結託の証である。
「――やるからには、全力で行こう……透ちゃん」
「いやそれじゃア足りないッスよ。やるからには……『|天辺《テッペン》』取るんスよ」
 院たちのような似た者同士、不器用ながらも貪欲に音楽フェスを勝ち抜く、強力なタッグがまた一組完全に生まれた瞬間であった。
 翌日、学園長室にて。その中で寝泊まりを行っている信一郎は、学園内を飛び回りあらゆる人物に重要書類を届ける伝書鳩によって齎された、ある手紙一枚を開く。
 その中に記されたものは、彼の目を細めさせるには十分であった。
『――期日までに、高梨幸香を含む学園祭及びフェスに招致したVIPの内、三名の首を指定場所にまで寄越せ。さもなくば、学園祭を台無しにするだけではなく、一般人の命もないと思え。これ以上の戦力ダウンを恐怖するならば、栃木支部の言葉に従え』
「――まあ、想定通りかな。招致した対象も……縁深い相手ばかりをセレクトした訳だし」
 ネクタイをしっかりと締め、まだ見ぬ栃木支部の軍勢に対して笑んで見せるのだった。
「今回ばかりは……君らに多少なり同情するよ、栃木支部。だから子と言って殺しが許されるわけではないが……事態がしっかり収まったら、君らの代わりとして重要事実をリークさせてもらうから……悪く思わないでくれよ」