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第三百五十五話

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 元々栃木の出であった渡部のこれまでは、そこまで隆盛が分かりやすく存在した、と言うわけではない。保育園、小学生のころなど目立った活躍の無い、非常におとなしい子供であった。目立ったいじめに見舞われることもなく、事なかれ主義を貫いていた。
 しかし、その影響か、目立った友達すら少なかったのだ。何故自分の周りには明確な友達と言える存在が少なかったんだか、その理由すらわからないままに、小学生時代を過ごしていったのだ。
 そして、そんな漠然とした質問、漠然とした悩みを誰かに打ち明けるほどの勇気はなく、そして誰彼構わず近づいて少しでも友好を深めようだなんて言う根気もなく。何事も目立った様子もなく渡部の小学生としての生活は幕を閉じた。
 ただ、中学生になってから、彼女はほんの少し変わることが出来た。それに関しては、自分の功績と言うよりは周りの功績、と言えるものだったのだが。
 それは、よくあるクラス全員のSNSグループに所属した事であった。そこから、実際に全員で自己紹介する以外にも、そのチャットグループ内にてより込み入った内容まで入り込めるほどに自分を紹介出来た結果、これまで友達のいなかった彼女に初めて明確な友達と言える存在が出来た。
 関係性としては実に浅いものであったが、それだけでも大きな進歩。彼女にとって、大いに喜べる事実であった。
 さらに、そこに連なって起きた奇跡。それは、水泳部に所属した事であった。元々、スイミングスクールには通っていた渡部であったが、大してそこに熱は無かった。何せ、競うような存在が居なかったからだ。人間、競い合うことを忘れてしまうと途端に腑抜けになってしまうほどに、惰弱な生き物であるのだが、ここからが渡部の人生における、一度目の盛り上がりであった。
 その理由こそ、これまで伸び悩んでいたタイムが、急激に縮んだことにある。
 彼女は、これまで中長距離の背泳ぎ(バック)の選手であったのだが、膂力も体力も中学の陸上トレーニングで強化された結果、本来の泳法に加え中長距離のバタフライの技術も獲得した。スイミングスクールにて四泳法きちんと学んでいたため、地盤が出来上がっていたのだ。
 これまで以上に、『切磋琢磨』出来る事実に、そしてその喜びに打ち震えながら、徐々に記録を伸ばしていく渡部。その結果、市大会や県大会だけでなく、関東地方大会にまで歩を進めるほどに成長した。
 そんなある日、彼女に二度目の盛り上がりが訪れる。それこそ――『因子の覚醒、その兆候』であった。
 これまでの膂力や体力の向上は、大雑把に語るなら因子の覚醒の兆候があったからこそ。切磋琢磨に意味がない、とまでは言わないものの、大部分は自分きっかけで起こったこと。
 そんなことを聞いてしまったら――これまで『仲間』という物を欲しがり、固執していた自分自身がもの知らずの馬鹿のように、あるいはただ状況をはき違えた道化のように思えて、仕方がなかった。
 深い絶望と、自分に対する憤りが臨界点に達した結果、渡部は一人で戦うことを決めたのだ。どんな状況においても、自分以外はただのお荷物。実に大したことのない雑兵でしかなく、掃いて捨てるほどの存在であると自らに言い聞かせ、多くの人間を寄せ付けなかった。
 人が変わった渡部を見て、多くの人は彼女の元から去って行った。


(因子の兆候が目覚めたからって、随分調子に乗っている女ね)

(結局は、仲間が……友達が欲しいってのは……嘘だったんだな)

(――あの人の近くにいると、息苦しい。自分が至上であるって勘違いしているのよ)


 どんな心無い言葉を投げかけられようと、我が道を歩み続けた渡部。しかし、そんな彼女の傍に、一人の子供だけは着いて回っていた。後輩と言うよりは、基本的に幼馴染に近い、近所付き合いのある小学校高学年の女の子であった。
 因子など縁のない最初の頃は、仲良く遊んでいたのだが、こうして孤高であることを選んだ中でも辛抱強く彼女の傍に居続けた。何故なら――彼女の危機を、渡部が救ったからこそだった。


(渡部お姉ちゃんだけは、私の英雄なの。だから、渡部お姉ちゃんは絶対に一人にさせない!)

(――そう)


 最初は、一人でいることなど、苦ではなかった。勉学に関しては、己の努力と吸収力を頼りにしてどうにか高水準をキープしていた。水泳部だけではなく、その学校全体の方針として、運動部に所属していても勉学に励まないと満足に大会に出場できるわけではない、と言う多少なり面倒な『文武両道(きまりごと)』があったため、是が非でもやらざるを得なかったのだ。
 しかし、次第に周りの真人間が羨ましく思えてきたのだ。チャット欄からも居なくなってしまった現状況の方が、やたら皆が輝いて見えたのだ。同じクラス内、たった一人で文武両道を貫き続けていた渡部が、どうも滑稽に見えて仕方がなかったのだ。
 努力を嗤うだなんてことはなかったのだが、それ以上にその年に出来ることを楽しむ、刹那主義のような生き方。最初はそんな馬鹿馬鹿しい生き方など出来やしない、そう考えていたのだが――隣の芝生は何とやら。因子の覚醒の兆候が見えたことで、生き方が窮屈に思えたのだ。
 ただ、自分のせいではない。因子の覚醒は良いことなんだ、と脳内に刷り込んでいき、自分を麻痺させていく。ただただ、『有り得たかもしれない未来』に思いを馳せることは無駄であると、自分を律し自分のために生きた。
 そんなある日――思いもよらぬことが起こる。近所の小学生が、交通事故に見舞われたのだ。『渡部は自分の英雄なんだ』と語っていたその子が、時の運命に翻弄された結果、実に呆気なく命を落としたのだ。
 しかも、その轢き殺した張本人は、その被害が発覚することを恐れた結果、その子の死体に細工を施し、死因を分からなくするために肉を溶かされ白骨化死体の状態で山に遺棄されたのだ。すぐに犯行の足取りが掴めた結果、犯人は捕まったのだが、望むような判決は出なかった。
 それもそのはず、その存在は著名な病院の院長を父に持つ、絵にかいたような『七光り(ボンボン)』。大して重い罪には問われず、挙句の果てに裁判中演技をして同情を誘った結果、大切な存在を失った渡部に対し「ご愁傷様」と嗤い逃げた。その瞬間に、怒りと憎しみが湧きあがり――因子が完全に目覚めた。遅すぎる覚醒に……渡部は唇を噛み締めたのだった。
 世間では、こういった存在を『上級国民』と蔑称され、大衆から酷い批判を浴びせられる格好の存在であるのだが、よりにもよって相手はそう言ったごもっともな反論すら『誹謗中傷』とみなし、一斉に情報を開示しにかかる。徹底的に自分のやったことを根本からもみ消さんと動き出したのだ。
 結果。自分は大して凄い存在ではない。自分よりも上の存在はごまんと存在する。自分の虚勢など、たかが知れている。そんなものを張ったところで、結局はそっちの方が無駄であると思い知ったのだ。
 現場に残された遺品である、彼女が大好きだった女児向けアニメの髪留め、それを事件を忘れないよう身に着けることを心に誓い――そういった存在が現れ暴走しないよう地母神のような存在を取り繕うこと、そして権力を笠に着て悪逆の限りを尽くす外道を許さないために、彼女は英雄学園武器科に入学。
 今の今まで、慣れないお節介を焼きながらも、いつか復讐の時を待ち望みながら――こうして自分のことには無頓着になりながらも、誰かのために動き続けるのだった。



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 元々栃木の出であった渡部のこれまでは、そこまで隆盛が分かりやすく存在した、と言うわけではない。保育園、小学生のころなど目立った活躍の無い、非常におとなしい子供であった。目立ったいじめに見舞われることもなく、事なかれ主義を貫いていた。
 しかし、その影響か、目立った友達すら少なかったのだ。何故自分の周りには明確な友達と言える存在が少なかったんだか、その理由すらわからないままに、小学生時代を過ごしていったのだ。
 そして、そんな漠然とした質問、漠然とした悩みを誰かに打ち明けるほどの勇気はなく、そして誰彼構わず近づいて少しでも友好を深めようだなんて言う根気もなく。何事も目立った様子もなく渡部の小学生としての生活は幕を閉じた。
 ただ、中学生になってから、彼女はほんの少し変わることが出来た。それに関しては、自分の功績と言うよりは周りの功績、と言えるものだったのだが。
 それは、よくあるクラス全員のSNSグループに所属した事であった。そこから、実際に全員で自己紹介する以外にも、そのチャットグループ内にてより込み入った内容まで入り込めるほどに自分を紹介出来た結果、これまで友達のいなかった彼女に初めて明確な友達と言える存在が出来た。
 関係性としては実に浅いものであったが、それだけでも大きな進歩。彼女にとって、大いに喜べる事実であった。
 さらに、そこに連なって起きた奇跡。それは、水泳部に所属した事であった。元々、スイミングスクールには通っていた渡部であったが、大してそこに熱は無かった。何せ、競うような存在が居なかったからだ。人間、競い合うことを忘れてしまうと途端に腑抜けになってしまうほどに、惰弱な生き物であるのだが、ここからが渡部の人生における、一度目の盛り上がりであった。
 その理由こそ、これまで伸び悩んでいたタイムが、急激に縮んだことにある。
 彼女は、これまで中長距離の|背泳ぎ《バック》の選手であったのだが、膂力も体力も中学の陸上トレーニングで強化された結果、本来の泳法に加え中長距離のバタフライの技術も獲得した。スイミングスクールにて四泳法きちんと学んでいたため、地盤が出来上がっていたのだ。
 これまで以上に、『切磋琢磨』出来る事実に、そしてその喜びに打ち震えながら、徐々に記録を伸ばしていく渡部。その結果、市大会や県大会だけでなく、関東地方大会にまで歩を進めるほどに成長した。
 そんなある日、彼女に二度目の盛り上がりが訪れる。それこそ――『因子の覚醒、その兆候』であった。
 これまでの膂力や体力の向上は、大雑把に語るなら因子の覚醒の兆候があったからこそ。切磋琢磨に意味がない、とまでは言わないものの、大部分は自分きっかけで起こったこと。
 そんなことを聞いてしまったら――これまで『仲間』という物を欲しがり、固執していた自分自身がもの知らずの馬鹿のように、あるいはただ状況をはき違えた道化のように思えて、仕方がなかった。
 深い絶望と、自分に対する憤りが臨界点に達した結果、渡部は一人で戦うことを決めたのだ。どんな状況においても、自分以外はただのお荷物。実に大したことのない雑兵でしかなく、掃いて捨てるほどの存在であると自らに言い聞かせ、多くの人間を寄せ付けなかった。
 人が変わった渡部を見て、多くの人は彼女の元から去って行った。
(因子の兆候が目覚めたからって、随分調子に乗っている女ね)
(結局は、仲間が……友達が欲しいってのは……嘘だったんだな)
(――あの人の近くにいると、息苦しい。自分が至上であるって勘違いしているのよ)
 どんな心無い言葉を投げかけられようと、我が道を歩み続けた渡部。しかし、そんな彼女の傍に、一人の子供だけは着いて回っていた。後輩と言うよりは、基本的に幼馴染に近い、近所付き合いのある小学校高学年の女の子であった。
 因子など縁のない最初の頃は、仲良く遊んでいたのだが、こうして孤高であることを選んだ中でも辛抱強く彼女の傍に居続けた。何故なら――彼女の危機を、渡部が救ったからこそだった。
(渡部お姉ちゃんだけは、私の英雄なの。だから、渡部お姉ちゃんは絶対に一人にさせない!)
(――そう)
 最初は、一人でいることなど、苦ではなかった。勉学に関しては、己の努力と吸収力を頼りにしてどうにか高水準をキープしていた。水泳部だけではなく、その学校全体の方針として、運動部に所属していても勉学に励まないと満足に大会に出場できるわけではない、と言う多少なり面倒な『|文武両道《きまりごと》』があったため、是が非でもやらざるを得なかったのだ。
 しかし、次第に周りの真人間が羨ましく思えてきたのだ。チャット欄からも居なくなってしまった現状況の方が、やたら皆が輝いて見えたのだ。同じクラス内、たった一人で文武両道を貫き続けていた渡部が、どうも滑稽に見えて仕方がなかったのだ。
 努力を嗤うだなんてことはなかったのだが、それ以上にその年に出来ることを楽しむ、刹那主義のような生き方。最初はそんな馬鹿馬鹿しい生き方など出来やしない、そう考えていたのだが――隣の芝生は何とやら。因子の覚醒の兆候が見えたことで、生き方が窮屈に思えたのだ。
 ただ、自分のせいではない。因子の覚醒は良いことなんだ、と脳内に刷り込んでいき、自分を麻痺させていく。ただただ、『有り得たかもしれない未来』に思いを馳せることは無駄であると、自分を律し自分のために生きた。
 そんなある日――思いもよらぬことが起こる。近所の小学生が、交通事故に見舞われたのだ。『渡部は自分の英雄なんだ』と語っていたその子が、時の運命に翻弄された結果、実に呆気なく命を落としたのだ。
 しかも、その轢き殺した張本人は、その被害が発覚することを恐れた結果、その子の死体に細工を施し、死因を分からなくするために肉を溶かされ白骨化死体の状態で山に遺棄されたのだ。すぐに犯行の足取りが掴めた結果、犯人は捕まったのだが、望むような判決は出なかった。
 それもそのはず、その存在は著名な病院の院長を父に持つ、絵にかいたような『|七光り《ボンボン》』。大して重い罪には問われず、挙句の果てに裁判中演技をして同情を誘った結果、大切な存在を失った渡部に対し「ご愁傷様」と嗤い逃げた。その瞬間に、怒りと憎しみが湧きあがり――因子が完全に目覚めた。遅すぎる覚醒に……渡部は唇を噛み締めたのだった。
 世間では、こういった存在を『上級国民』と蔑称され、大衆から酷い批判を浴びせられる格好の存在であるのだが、よりにもよって相手はそう言ったごもっともな反論すら『誹謗中傷』とみなし、一斉に情報を開示しにかかる。徹底的に自分のやったことを根本からもみ消さんと動き出したのだ。
 結果。自分は大して凄い存在ではない。自分よりも上の存在はごまんと存在する。自分の虚勢など、たかが知れている。そんなものを張ったところで、結局はそっちの方が無駄であると思い知ったのだ。
 現場に残された遺品である、彼女が大好きだった女児向けアニメの髪留め、それを事件を忘れないよう身に着けることを心に誓い――そういった存在が現れ暴走しないよう地母神のような存在を取り繕うこと、そして権力を笠に着て悪逆の限りを尽くす外道を許さないために、彼女は英雄学園武器科に入学。
 今の今まで、慣れないお節介を焼きながらも、いつか復讐の時を待ち望みながら――こうして自分のことには無頓着になりながらも、誰かのために動き続けるのだった。