その日の夜、およそ午前一時半頃のこと。透はふとした瞬間に目を覚ましてしまう。何かしら催していたわけではない、ただ嵐の前の静けさのような、戦いの前の高揚感のようなものを感じて仕方がなかった。
(――明日の準備は整えたはずだけど……何かどうも落ち着かねェ)
言い知れない不安感によって眠気が完全に立ち消えた透は、パジャマから普段のものよりも軽装に着替え、子供たちが寝静まっているのを確認し外に出る。鍵を閉めたのと同時に確認したのは、他でもなく学園の方角であった。
(……まだ、明かりがついてる。この時間に作業すんのは、当人の健康次第ではあるけどよ……そんな缶詰するほど現時点で追い詰められるような奴ってのは……居ないはずだ)
どうも気になった透は、その方へ駆けていく。方角としては
武器科の存在する第二校舎であったため、透も初めて立ち寄る校舎であった。勝手が分からなかったため、その光の方を辿っていたのだが、やがて辿り着くは二年一組の教室。エヴァが現在所属する組であり、そして透も知る存在が所属する組でもあった。
「――渡部さん、何してるんスか?」
「ひェっ!? な、何で透ちゃんがここに!?」
そう、渡部かなの教室でもある。寝ることすら忘れ熱心に作業を続けており、渡部の周りには作り終えた装飾用の飾りつけやら食べ終わった簡易栄養食の袋がまとめておいてあるコンビニの袋が転がっていた。
「――まだ学園祭までは時間的に余裕あるじゃあないッスか。今日にそこまでスパート掛けなくとも良くないッスか?」
「……まあ、そう思うよね。他の子からも言われた……エヴァちゃんからも」
『エヴァ』の名前が渡部の口から出てきた瞬間に、多少声色が変わった。その瞬間に、彼女がエヴァに対して抱いている感情がどういったものか、という物かが理解できた。
憧れ、羨望、嫉妬。マイナスの感情こそほんの少し存在するものの、全てひっくるめて「そのようになりたい」と言う欲望そのものであった。
「……今回、エヴァちゃんが
音楽フェスにも、学園祭にも出られないっていうのを聞いて……こんなこと言うのは違うけれど、正直ちょっと嬉しかった。だって、運動以外なんだって出来るような、大して欠点の無い可愛い人だからさ……私みたいな存在が背伸びしたって敵わないから、少しでも勝てる要素があるのなら勝ちたかったんだ、たとえあの子の苦手な要素だったとしても」
透は、入学後から長いことエヴァと絡んでいる存在であるが、彼女の美醜を全て知っている訳ではない。今も新たな要素を知れることに驚いてばかりである。同じ『計画』に相乗りした仲間だからこそ、彼女に対する劣等感という物は感じなかったのだが、彼女と長く同じ学年で過ごしてきた存在は……そうは思っていなかったのだ。
「――大して、この前準備に意味があるわけじゃアない。ただ、自分が満足するからやっていたい。それは全て……『あの子』を何かしらで超えたっていう、実感が欲しかったから。こんなこと、エヴァちゃんと多くの戦線を共にしてきた子に言っても……仕方ないだろうに……私って、馬鹿だよね」
「……ンなこと、ねェッスよ」
これまで、どうも彼女の優しさは空回りしていた。何かしらの優しさを施すには、ある程度事前に相手が「何が好きか」などの市場調査を行う必要性が存在する。しかし、それらを気にする前に、自分がその『施しを行った』と言う事実に惚れ、酔っていた。それが、どうも気になっていたのだ。
その根本にあったのは、『エヴァ・クリストフ』と言う絶対的な武器の天才、武器の
嬰児に対する強い憧れゆえであった。
「――あの子には、正攻法でやっても絶対に敵わない。武器に関するあらゆる知識も、それ以外のあらゆる勉学に対しても。あの子は、いつも教師陣に悪い意味で目を付けられないようにある程度の点数をキープしていることは周知の事実なんだけど……それが出来ることイコール、もっと高い点数を取れることに他ならない。どこまで行っても……敵わないんだ」
だからこそ、『それ以外』で上回れるよう、渡部は自分を変えることにしたのだ。
「――私ね、本当は……透ちゃんのような我の強いタイプだったんだ。今言っても信じられないだろうけど……中学生時代とかは本当その気が強くって……ワンマンプレイこそ上等であり常套、至高であり至福であると考えていたの。なんせ……私が因子目覚めたの……中学二年の頃だしさ」