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第三百五十三話

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 学園都市内に入り込んだ高梨。時間を超過している状況であるため、何とも不法侵入のような気分であったが、近くに院たちがいることで多少なり気分が和らいだ。居心地の悪さは相変わらずであったが。

「――それにしても、皆楽しそうだね。あれだけ最近教会云々の騒動に見舞われているのに」

「それらを色々解決してきたのが……最近だと院ちゃんたちかな?」

「まあ、そうですわね。私以外にも、今この場にいないですが瀧本礼安(タキモト ライア)天音透(アマネ トオル)、エヴァ・クリストフ、丙良慎介(ヘイラ シンスケ)森信玄(モリ ノブハル)……基本的には、四か月ほど前にあった合同演習会での事件は私含む六名が、山梨と千葉の案件に関してはそこに最近英雄学園に転入した灰崎廉治(ハイザキ レンジ)等、大人数が加わった状況での解決でした。何も、私一人の力で案件を収めた訳ではありませんわ」

 謙遜する院であったが、それに対して高梨はこれまで解決してきた案件に興味津々であった。一般人にとっては、そういったこまごまとした活躍の一つすら、輝かしいものに思える。高梨は一般人ではなく芸能人のはずだが、そういった常識を超越した事柄に心が躍るのだろう。

「凄いね、高校一年生の年でそんな多くの案件を片付けてるだなんて……」

「それほどでも。別に私たちは、賞賛や名誉のために戦っているのではありません。基本的に、礼安……私の『大切』のために戦っているのですわ」

「でも、院ちゃん……俺のようなまあまあな存在にも言えることだけど、君らのような超新星(スーパールーキー)は脅威そのもの。しかもそれが基本的に金や名声などの即物的なものを求めている訳じゃアないのは……通常では考えられないんだ、欲深な人間にとってはサ」

 しかし、院にとっては『至極当然』のようなもの。それ以外の考えに繋がらないのだ。英雄的(ヒロイック)思考が入学前から培われた結果、というものだけでは片付かないほどに、礼安たちその年次最強の存在は異質であったのだ。
 道行く学生たちは、その日あったことを語らいながら、アイスクリームを食べつつ帰路に就く。その会話内容は、将来どれ程金を稼いで安定を得るかなど、実際はそれが普通であることを示す。並外れた力を持っていても、根本に存在する欲求などそのようなものばかりであるはず。
 結局『異常であること』が、並外れて強くなれる秘訣なのかもしれない。

「――そう言えば、お腹減りましたね。何だかんだから揚げは全部上田先輩にあげましたし……」

「……あ」

 なんと、あのカラオケボックス内で、院は何も口にしていなかったのだ。そんな些細なことに気付いていなかった上田は、『食欲』丸出しであった当時の自分を酷く呪った。流石に相手の言葉を鵜呑みにして、自分だけが快楽を得る状況であったためである。

「あ、あまり気にしないでくださいまし! これから学園都市内の二郎系ラーメン店に向かおうと思うので」

「えッ意外、院ちゃんそんなの食べるの」

「滅茶苦茶に食べますよ、カロリーはその都度トレーニングで大分使うので」

 むしろ、透がだいぶ不思議な体質なのだ。礼安たちは基本的にトップクラスに運動量が多いため、大量にカロリーを摂取しそれをトレーニングで消費する、と言う流れが通常なのだが、唯一最強の存在の中で小食である。どこからそれ以外のトレーニング用のエネルギーを獲得しているのかが、何よりもの疑問である。

「あ、高梨さんも食べますか? 学内通貨を持ち合わせてないでしょうし、私が全て持ちましょう」

「あ……私はいいよ。お腹空いてないから、気遣わなくても大丈夫だよ」

 しかし、ただやんわりと断るにしては、高梨の腹の音の主張の強さが気になって仕方なかった。そそる匂いに、度を越えた空腹が反応してしまったのだ。

「――いや、本当に大丈夫! 私は本当に大丈夫だから!!」

「そんなこと言って……否定すればするほど俺の耳に入ってくる腹の音は……大分主張強めですなァ」

「撮影で食べる暇もなかったんでしょうし、翌日に響かない程度に食べましょうよ」

 あまりにもの腹のエラー音に、若人たちの不敵な笑みによる悪事への誘い。非常に悩む様子を見せていたが――遂に腹を括って、無言で院たちと共に、二郎系ラーメン店への道中を歩いていく。その足取りは、非常に軽いものであった。


「三名様、ニンニク入れますか?」

「俺は全マシ!」

「私は全マシマシで」

「――ルール分からないので、とりあえずそのままで?」

 三者三様、トッピングのコールを行い着丼。院が想像以上に『食べる』存在であることを知った上田と高梨は、非常に驚愕していた。院自体は実にありふれたコールを行っただけ、とでも言いたげなほどに澄ました表情であった。

「では、お互いの出会いに感謝しながら……」

「「「いただきます」」」

 手を合わせた後、院は器用にアブラのかかった野菜を食していく。大口を開け、次々に頬張っていくと、巨大な山脈は徐々に姿を消していく。その様子は、非常に末恐ろしいものであった。

「あれほどにお腹が鳴るだなんて、余程タイトなスケジュールですのね。食事の余裕すら用意してくれないクライアントは、正直酷いと思ってしまいますが……」

「――まあ、理由はあったんだ。私がこれまで食事を重要視しなかった、と言うか……食事の重要性を欠いていたのは」

 そう言って示されたのは、あるモデル雑誌の電子書籍版。一般には出回っていないものの、当人であることからデジタル版でも読めるように、出版社からアーカイブデータを提供されている。
 院自身はあまり興味がない若者向けの雑誌であったが、上田は違う。ある程度今の流行を把握してこそ、自分を偽る材料が創り出せる。そのため、男女拘らずある程度の流行が知れるファッション雑誌は読み込んでいた。

「これ、数年前の奴ですよね……変わらず大分美人ですよネ」

「いや……これは自分だから分かることがある。この時の写真って、今よりも大分太っている頃なの。今でもSNSとかでその時の画像を引っ張り出してきて、粘着質に責め立ててくるの。「お前は他のモデルよりも太っているんだから、もっと痩せろ」とかね。そこから、無茶なダイエットを繰り返して……いつしか私は食に対する概念に対して――恐怖心が芽生え始めたの」

 現代においても、周りと比較した上で己磨きを行う存在は一定数存在する。しかも、ある程度の知識すら入れることをせずに、無理なダイエットを行う輩は存在する。その結果、体調を崩したり思うような美貌を手に入れられなかったり。結局的外れの努力を恨むことになる。
 トップモデルになる前の、昔の高梨もそれと一緒であった。心無い声に心を蝕まれた結果、自分を過度に追い込むことになってしまう。
 心の強い存在であっても、酷い言葉を投げられ続けたらどうにかなってしまう。怒りに生きる羅刹となるか、悲しみに生きる権化となるか、あるいは全てねじ曲がってただの道化と成り果てるか。
 高梨は怒りと苦しみをばねに、心無い声を聞きながらも成長した。ただ、食に対する無頓着さも成長してしまった。それは大人になっても変わらず。時間があっても仕事に関する事象を進めるばかりで、人間が生存できる最低限の食事程度しか取ることはない。腹が鳴ったとしても、とにかく我慢。空腹になってしまう自分が悪いという間違った認識が、未だにこびり付いていたのだ。
 しかし、どこまでも突き詰めた人間ですら、解脱でもしない限り『欲』と縁を切ることは出来ない。特に若年の内は、多くの欲望を振り払うのではなく、付き合っていくのが使命のようなもの。
 例えモデル業と言う都合上、太ることが『天敵』であるだろうが、人の域を逸脱するほどにやせ細ってしまうのは、それはただの服を着せた棒を眺めているだけのようなもの。健康的な肉体と共に売り出したい服を魅せる、それこそがモデルとしてのあるべき姿なのだ。

「――今だけは、そんな心無い輩の声など気にせず、食欲と徹底的に仲良くありましょう。私の心から愛する妹も、私以上に食べますが……とんでもない美貌とプロポーションなので、結局は『当人の在り方』なんだと思いますわ」

 礼安の異次元の胃袋を引き合いに出すのはどうかとは思うが、伝えたいことは一緒。ある程度のスポンサー契約はあるだろうが、食べなさすぎるといざという時本当の意味で壊れ果ててしまう。病院の世話になる以上に、そのまま棺桶直送コース、だなんてことも考えられる。
 食べることは、生きること。食したものが、明日のより良い自分への糧になるのだ。

「だから、今この時は。思う存分食べちゃいましょう。それで付いてこれないようなファンは切ってしまえばいいのです。ある程度健康に生きる道を許容できない輩は、総じて他人に『使命』を押し付けて、大して背負うものの無い自分には大層甘いものですから」

「――そっか」

 高梨はそう呟くと、野菜や麺を啜り、頬張り始めた。これまで抑圧された食欲が刺激された結果か、食べるスピードが院以上に速かった。元々麺量もトッピング量も大して無かったのは理由として挙げられるが、単純に空腹と言うデバフを全力で解消しにかかっていく覚悟を持った結果、カロリーを体が欲するようになったのだ。
 院が諭したから、と言うよりは、元々これまでの思考が『間違っている』ことを自覚していたからこそ。
 実に幸せそうな表情で大量の麺量を胃袋に叩き込んでいく高梨を、困ったように笑いながら見つめる二人。幸せが辺りに満ちていく中で、目の前に聳え立つ巨大な山脈を消し飛ばす算段を、したたかに考え食していくのだった。
 結果的に、全員完食。院と高梨に関しては、まさかの汁まで完飲。女性陣の末恐ろしいほどの胃袋の巨大さに、上田だけでなく店員やバイト、その場にいた客もろとも、心から辟易とするのだった。


 学園都市内をある程度案内しきった後には、午後九時ごろにまで時間が経過。いよいよ明日の予定が見えてくるような時間となっていた。愛用のメモ帳に学園都市の全体構造やら、年齢ごとの人数分析、それぞれの嗜好分析など、今はオフであるはずなのに仕事熱心な面が垣間見えていた。
 連絡橋を渡り、本州へ渡った三人。変装をある程度解いた上で、院に対し頭を下げていた。

「――今日は、「予定もあるから」ってことで数時間だけとはいえ、学園都市のお勉強をさせてくれてありがとう、院ちゃん、上田くん。美味しいラーメン屋さんも知れて、たまの食の贅沢っていうのも悪くないんだって知れたよ」

「それに関しては、どこかの誰かさんの腹の虫が満たされたいと泣き叫んだ結果、私がお節介を焼いてそれを満たしてあげただけですわ」

 目を伏せながら不敵に笑って見せる院。年下の存在でありながら、非常に心強く見えたのだろう、高梨は心から喜んでいた。

「……本当にありがとう、院ちゃん」

 そうとだけ言い残すと、高梨はその辺りでタクシーを拾い、夜の街に消えていった。それを手を振って見送ると、二人はその場に立ち尽くしていた。

「――不思議な出会いでしたね。私もそれなりに真来家の跡継ぎである以上、財界には顔の広い存在である、そう認識しておりましたが……芸能人の方とこうして交流出来るだなんて、夢物語のようです」

「……そうだね」

 別れを惜しみどこかもの鬱気な院とは違い、何とも言えない反応を示す上田。出会ったときから、一般人が有名人に出会ったような浮かれ方と言うより、それ以外の複雑な反応と言うべきか。

(先ほどから少々微妙な反応なのは気のせいでしょうか……どうも引っ掛かりますわね)

 しかし、その正体を探ることは現時点でのやるべきことに含まれていないと判断した院は、上田と共に学園都市内に戻っていくのだった。



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「それらを色々解決してきたのが……最近だと院ちゃんたちかな?」
「まあ、そうですわね。私以外にも、今この場にいないですが|瀧本礼安《タキモト ライア》、|天音透《アマネ トオル》、エヴァ・クリストフ、|丙良慎介《ヘイラ シンスケ》、|森信玄《モリ ノブハル》……基本的には、四か月ほど前にあった合同演習会での事件は私含む六名が、山梨と千葉の案件に関してはそこに最近英雄学園に転入した|灰崎廉治《ハイザキ レンジ》等、大人数が加わった状況での解決でした。何も、私一人の力で案件を収めた訳ではありませんわ」
 謙遜する院であったが、それに対して高梨はこれまで解決してきた案件に興味津々であった。一般人にとっては、そういったこまごまとした活躍の一つすら、輝かしいものに思える。高梨は一般人ではなく芸能人のはずだが、そういった常識を超越した事柄に心が躍るのだろう。
「凄いね、高校一年生の年でそんな多くの案件を片付けてるだなんて……」
「それほどでも。別に私たちは、賞賛や名誉のために戦っているのではありません。基本的に、礼安……私の『大切』のために戦っているのですわ」
「でも、院ちゃん……俺のようなまあまあな存在にも言えることだけど、君らのような|超新星《スーパールーキー》は脅威そのもの。しかもそれが基本的に金や名声などの即物的なものを求めている訳じゃアないのは……通常では考えられないんだ、欲深な人間にとってはサ」
 しかし、院にとっては『至極当然』のようなもの。それ以外の考えに繋がらないのだ。|英雄的《ヒロイック》思考が入学前から培われた結果、というものだけでは片付かないほどに、礼安たちその年次最強の存在は異質であったのだ。
 道行く学生たちは、その日あったことを語らいながら、アイスクリームを食べつつ帰路に就く。その会話内容は、将来どれ程金を稼いで安定を得るかなど、実際はそれが普通であることを示す。並外れた力を持っていても、根本に存在する欲求などそのようなものばかりであるはず。
 結局『異常であること』が、並外れて強くなれる秘訣なのかもしれない。
「――そう言えば、お腹減りましたね。何だかんだから揚げは全部上田先輩にあげましたし……」
「……あ」
 なんと、あのカラオケボックス内で、院は何も口にしていなかったのだ。そんな些細なことに気付いていなかった上田は、『食欲』丸出しであった当時の自分を酷く呪った。流石に相手の言葉を鵜呑みにして、自分だけが快楽を得る状況であったためである。
「あ、あまり気にしないでくださいまし! これから学園都市内の二郎系ラーメン店に向かおうと思うので」
「えッ意外、院ちゃんそんなの食べるの」
「滅茶苦茶に食べますよ、カロリーはその都度トレーニングで大分使うので」
 むしろ、透がだいぶ不思議な体質なのだ。礼安たちは基本的にトップクラスに運動量が多いため、大量にカロリーを摂取しそれをトレーニングで消費する、と言う流れが通常なのだが、唯一最強の存在の中で小食である。どこからそれ以外のトレーニング用のエネルギーを獲得しているのかが、何よりもの疑問である。
「あ、高梨さんも食べますか? 学内通貨を持ち合わせてないでしょうし、私が全て持ちましょう」
「あ……私はいいよ。お腹空いてないから、気遣わなくても大丈夫だよ」
 しかし、ただやんわりと断るにしては、高梨の腹の音の主張の強さが気になって仕方なかった。そそる匂いに、度を越えた空腹が反応してしまったのだ。
「――いや、本当に大丈夫! 私は本当に大丈夫だから!!」
「そんなこと言って……否定すればするほど俺の耳に入ってくる腹の音は……大分主張強めですなァ」
「撮影で食べる暇もなかったんでしょうし、翌日に響かない程度に食べましょうよ」
 あまりにもの腹のエラー音に、若人たちの不敵な笑みによる悪事への誘い。非常に悩む様子を見せていたが――遂に腹を括って、無言で院たちと共に、二郎系ラーメン店への道中を歩いていく。その足取りは、非常に軽いものであった。
「三名様、ニンニク入れますか?」
「俺は全マシ!」
「私は全マシマシで」
「――ルール分からないので、とりあえずそのままで?」
 三者三様、トッピングのコールを行い着丼。院が想像以上に『食べる』存在であることを知った上田と高梨は、非常に驚愕していた。院自体は実にありふれたコールを行っただけ、とでも言いたげなほどに澄ました表情であった。
「では、お互いの出会いに感謝しながら……」
「「「いただきます」」」
 手を合わせた後、院は器用にアブラのかかった野菜を食していく。大口を開け、次々に頬張っていくと、巨大な山脈は徐々に姿を消していく。その様子は、非常に末恐ろしいものであった。
「あれほどにお腹が鳴るだなんて、余程タイトなスケジュールですのね。食事の余裕すら用意してくれないクライアントは、正直酷いと思ってしまいますが……」
「――まあ、理由はあったんだ。私がこれまで食事を重要視しなかった、と言うか……食事の重要性を欠いていたのは」
 そう言って示されたのは、あるモデル雑誌の電子書籍版。一般には出回っていないものの、当人であることからデジタル版でも読めるように、出版社からアーカイブデータを提供されている。
 院自身はあまり興味がない若者向けの雑誌であったが、上田は違う。ある程度今の流行を把握してこそ、自分を偽る材料が創り出せる。そのため、男女拘らずある程度の流行が知れるファッション雑誌は読み込んでいた。
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「いや……これは自分だから分かることがある。この時の写真って、今よりも大分太っている頃なの。今でもSNSとかでその時の画像を引っ張り出してきて、粘着質に責め立ててくるの。「お前は他のモデルよりも太っているんだから、もっと痩せろ」とかね。そこから、無茶なダイエットを繰り返して……いつしか私は食に対する概念に対して――恐怖心が芽生え始めたの」
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 心の強い存在であっても、酷い言葉を投げられ続けたらどうにかなってしまう。怒りに生きる羅刹となるか、悲しみに生きる権化となるか、あるいは全てねじ曲がってただの道化と成り果てるか。
 高梨は怒りと苦しみをばねに、心無い声を聞きながらも成長した。ただ、食に対する無頓着さも成長してしまった。それは大人になっても変わらず。時間があっても仕事に関する事象を進めるばかりで、人間が生存できる最低限の食事程度しか取ることはない。腹が鳴ったとしても、とにかく我慢。空腹になってしまう自分が悪いという間違った認識が、未だにこびり付いていたのだ。
 しかし、どこまでも突き詰めた人間ですら、解脱でもしない限り『欲』と縁を切ることは出来ない。特に若年の内は、多くの欲望を振り払うのではなく、付き合っていくのが使命のようなもの。
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「――今だけは、そんな心無い輩の声など気にせず、食欲と徹底的に仲良くありましょう。私の心から愛する妹も、私以上に食べますが……とんでもない美貌とプロポーションなので、結局は『当人の在り方』なんだと思いますわ」
 礼安の異次元の胃袋を引き合いに出すのはどうかとは思うが、伝えたいことは一緒。ある程度のスポンサー契約はあるだろうが、食べなさすぎるといざという時本当の意味で壊れ果ててしまう。病院の世話になる以上に、そのまま棺桶直送コース、だなんてことも考えられる。
 食べることは、生きること。食したものが、明日のより良い自分への糧になるのだ。
「だから、今この時は。思う存分食べちゃいましょう。それで付いてこれないようなファンは切ってしまえばいいのです。ある程度健康に生きる道を許容できない輩は、総じて他人に『使命』を押し付けて、大して背負うものの無い自分には大層甘いものですから」
「――そっか」
 高梨はそう呟くと、野菜や麺を啜り、頬張り始めた。これまで抑圧された食欲が刺激された結果か、食べるスピードが院以上に速かった。元々麺量もトッピング量も大して無かったのは理由として挙げられるが、単純に空腹と言うデバフを全力で解消しにかかっていく覚悟を持った結果、カロリーを体が欲するようになったのだ。
 院が諭したから、と言うよりは、元々これまでの思考が『間違っている』ことを自覚していたからこそ。
 実に幸せそうな表情で大量の麺量を胃袋に叩き込んでいく高梨を、困ったように笑いながら見つめる二人。幸せが辺りに満ちていく中で、目の前に聳え立つ巨大な山脈を消し飛ばす算段を、したたかに考え食していくのだった。
 結果的に、全員完食。院と高梨に関しては、まさかの汁まで完飲。女性陣の末恐ろしいほどの胃袋の巨大さに、上田だけでなく店員やバイト、その場にいた客もろとも、心から辟易とするのだった。
 学園都市内をある程度案内しきった後には、午後九時ごろにまで時間が経過。いよいよ明日の予定が見えてくるような時間となっていた。愛用のメモ帳に学園都市の全体構造やら、年齢ごとの人数分析、それぞれの嗜好分析など、今はオフであるはずなのに仕事熱心な面が垣間見えていた。
 連絡橋を渡り、本州へ渡った三人。変装をある程度解いた上で、院に対し頭を下げていた。
「――今日は、「予定もあるから」ってことで数時間だけとはいえ、学園都市のお勉強をさせてくれてありがとう、院ちゃん、上田くん。美味しいラーメン屋さんも知れて、たまの食の贅沢っていうのも悪くないんだって知れたよ」
「それに関しては、どこかの誰かさんの腹の虫が満たされたいと泣き叫んだ結果、私がお節介を焼いてそれを満たしてあげただけですわ」
 目を伏せながら不敵に笑って見せる院。年下の存在でありながら、非常に心強く見えたのだろう、高梨は心から喜んでいた。
「……本当にありがとう、院ちゃん」
 そうとだけ言い残すと、高梨はその辺りでタクシーを拾い、夜の街に消えていった。それを手を振って見送ると、二人はその場に立ち尽くしていた。
「――不思議な出会いでしたね。私もそれなりに真来家の跡継ぎである以上、財界には顔の広い存在である、そう認識しておりましたが……芸能人の方とこうして交流出来るだなんて、夢物語のようです」
「……そうだね」
 別れを惜しみどこかもの鬱気な院とは違い、何とも言えない反応を示す上田。出会ったときから、一般人が有名人に出会ったような浮かれ方と言うより、それ以外の複雑な反応と言うべきか。
(先ほどから少々微妙な反応なのは気のせいでしょうか……どうも引っ掛かりますわね)
 しかし、その正体を探ることは現時点でのやるべきことに含まれていないと判断した院は、上田と共に学園都市内に戻っていくのだった。