その帰り道。院は多少なり態度の正体に理解が出来たため、上田の軽口をすんなり受け入れていた。傍から見たら、変人が見目麗しい美少女に絡み、そしてその美少女が満更でもない空気感のまま共に歩くという、何とも言えないナンパ現場になるのだが。
「いやぁ、にしてもこれで、正式に約一カ月後の準備が整ったね、院ちゃん♪ だが慢心はしないよ、なんせ院ちゃんに嫌われちゃうからね♪」
「はいはい、とりあえず今回購入した荷物を学園都市に運びましょう。現在時刻は夕方六時、遅くなっては今日の準備の時間がパーになってしまいますわ」
音楽フェスだけではなく、お互いのクラスの学園祭での出し物準備のための重い荷物を抱えながら、本州と学園都市の間に存在する連絡橋付近にまでたどり着く。
すると、二人はある女性を目にすることになる。
その女性は、見たところ二十代半ばほど。髪はしっかりと後ろで束ねられているポニーテール、目元にはその奥を見ることすら叶わないほどの黒いサングラスをかけ、ご丁寧に不織布の黒いマスクを着用。それに、常時職務質問ウェルカムと言わんばかりの黒い野球帽に黒い無地のジャージ。
総じて、不審者そのものが、学園都市を眺めていたのだ。
(今時……こんな模範的な不審者ビジュアルの人っているの院ちゃん!?)
(それはこっちが聞きたいですの!! 教会関係者、と言うようなものはあまり感じさせませんが……)
声を潜め話す二人であったが、あまりにものエキサイト加減にその謎の不審者に話題にされていることがバレてしまう。思わず院はドライバーと二枚のライセンスを手に取って迎撃態勢を取るも、その女はすぐさま帽子とサングラス、そしてマスクを取り去る。
「ごめんなさいね、学生の皆さん。『職業柄』、こうしないと付き人なしに動き回れないの」
「――あ、貴女は」
最近のトレンドをあまり押さえていない院でも、顔を一目見ただけで存在を理解できるほどに、著名な存在。際限なしに上昇してしまいそうな声のボリュームを出来る限り抑えながら、その女の正体を、名前を呟くのだった。
「貴女が……
高梨幸香……さん??」
「ご明察。今を時めくトップクラス女優、
高梨幸香……らしいわ。私は別にそんな……自分のことを大層な人間だなんて思ったことは、一度たりともないけれどね」
多少吊り目ではあるものの、見るもの全てに感嘆の息を漏らさせるほどにシャープな顔立ち。化粧など一切していない今のタイミングで出会ったとしても、漏れ出る美のオーラは想像以上。院も十分美しい存在であるのにも拘らず、そしてそれなりに自分の美しさを理解している存在であるのにも拘らず、敗北感を抱くには十分な大人の美女であった。
「――上田先輩? 見とれるのは結構ですが……声だけは絶対に上げないように、お願いいたしますわ」
「……あ、ああ」
どことなく衝撃を受けていた表情の上田は、院の気遣いによって平静を取り戻す。何となく、その態度に違和感を覚えながらも、高梨に対して至極当然の質問を投げかけるのだった。
「――それにしても、なぜここにいらっしゃるのですか? まだ
音楽フェス、もとい学園祭は一カ月弱ほど先でしょう」
「まあ、当然の疑問だよね。でも私の仕事に対する向き合い方の一つとして……下準備は欠かさないようにしていてさ、見学とかしたかったんだ。でも仕事とか諸々巻いて終わらせたのにも拘らず、もう一般受付時間過ぎちゃって。だから……こうして入れるギリギリで学園都市の栄華を眺めていた、って訳」
その言動は本当のようで、「他言無用」として見せられた端末のスケジュール表を見せてもらうと、
仕事内容がびっしりと詰まっていた。流石に細部までは機密事項も記されているため見せられない、という至極ごもっともな言葉と共に概要だけ流し見する形ではあったが。
「今日も……ドラマの撮影が数本入っていてさ。終了予定時刻夜の九時頃だったから、これでも頑張って巻いた方なんだけど……」
「今日以外に、どうにかできる時間は……」
「んー、多分無いかも。こちらの学園祭まで、大分びっしり。ドラマの撮影だけじゃあなくって、テレビ番組の出演もあるし。何なら、生出演なんて時間一切ずらすこと出来ないから余計にね」
スケジュールとスケジュール、その板挟みの状況で、こうして変装までしてきたのにも拘らず、門前払いと言うのもなんだか辛いものを感じさせる。仕事に生きるストイック人間であるからこそ、全ての仕事に誠実でありたい、そんな彼女のオフでありながらオンの表情を見ることが出来た院は、ロボット警備員に一言断りを入れ、ある手続きをし出す。
「な、何をする気だい、院ちゃん?」
「決まってます、少しでもあの方に学園都市の雰囲気というものを味わってもらう必要があると思いまして……今、私たちの『友人』と言うことにして、何とか入れてもらいます」
何と言う力尽く。思わず高梨は呆けてしまうほどに、予想外そのものであった。
「騒ぎになってしまうかもしれないだろう院ちゃん!? そうなったらどうするんだい!?」
「まあ……そうなったらその時考えましょう。でも正直に言うと……私はこれまで『
高梨幸香』と言う存在を多少なり軽んじていました。若くして高い地位に至った存在は、往々にして『態度が横柄』であったり、『口調が軽薄』であったりすることがあります。しかし……今こうして私たちと接している
高梨幸香、と言う女性は……実に素晴らしく人間が出来ています」
ロボット警備員の持つ端末を操作しながら、特例と言う形でその申請を許可され、首から提げる許可証を手にし高梨の元にやってきた院は、実に清々しい表情をしていた。先ほど偽りの『軽薄』を許した院だからこそ、その行動がとれたのだろう。
「だからこそ、私は貴女の信念をどうにか果たさせてあげたかった、ただそれだけなのです。悪く言えば頑固なのかもしれませんが、いい意味で語るならば一本芯のある貴女のために、動きたくなった。ただ、それだけなのですよ」
「――貴女の名前、聞いても良いかしら」
「英雄学園
英雄科、一年一組所属――
真来院ですわ」