事件(?)現場から少し離れたカラオケボックス、その個室に二人で入り込んで、院がクラシックアルバムとノートPCを取り出し、これまでの空気感を取り戻しにかかる。
「――確か、音楽を選択しつつ当日の踊りを考えるのでしたよね、上田先輩?」
かすかに笑いかける院であったが、上田の表情は暗いままであった。しかも、その内に秘められた感情の過半数を占めるのは、『情けなさ』であった。
「……ごめんね、本当に情けない一面を見せちゃった」
「――何を気にする必要があるんですの、同じ学園の仲間なんですから……情けないところは見せてもらって当然。異性であるため多少なり抵抗はあるでしょうが……それが出来てこそ、本当の関係が構築できるというものでしてよ、上田先輩」
これまでの悪態は、院の嫌いな『軽薄』を貶し排他するもの。しかし、これまでの悪態はこれからの『
上田青空』と言う
彼に向けて放たれているものでは無いのだ。
これまでの態度と異なり、毅然とした態度にて上田を見つめる。別に、話してくれなくてもいい、ただ自分と言う存在はそれなりに頼れる存在であることを示したかったのだ。
これまでの偽りの姿ではなく、これから見せる姿を少しでも思ってくれる院に感謝しながら、上田は自身の身の上を語り始めたのだった。
始まりは、実に唐突。これまで人畜無害な普通の存在として生きてきた上田に、因子覚醒の兆候が起こったのは中学一年生の頃であった。
因子云々が一切関係のない、平凡な家庭で生まれたからこそ、親からも周りからも祝福された。それによるいざこざは起こらず、彼のやりたいことをやらせようという実に殊勝な主義の下、すくすくと育った。
やがて、その因子が本格化を起こし、上田の身体能力が向上していく過程で、同級生の才覚を全て潰さんと言わんばかりの成長を遂げた。元々音楽が好きで吹奏楽部に所属していたのだが、因子覚醒をきっかけに運動部の助っ人として引っ張りだこになるほどであった。
しかし、それを良く思わなかったのが、『その運動部に所属に元から所属している存在』であった。これは、同級生や先輩後輩、誰であれ同じ印象であった。
(ぽっと出の存在に――大会の出場権を奪われた)
(俺らの存在意義って、何なんだろうな)
(アイツさえいなければ、俺らは大成できた)
当時の上田は、多少『天狗』になっていたため、そんな声や雰囲気を意に介することなく、我が道を往っていた。ただその中でも、ほんの少し英雄学園に進んだ経緯の欠片である、「人のため」と言う精神があったため、余計に冗長していった。努力はすれど、他人の前で見せることはしたくないと意固地な部分もあったため、非常に面倒な存在であった。
「自分のやっていることは、学校の知名度を上げるため」。あるいは「自分の知名度のため」。多少なり邪念は存在しただろうが、決して悪心に満ちた心のまま動くような屑ではなかったのだ。
そして遂に。彼は初めての挫折を覚えるのだった。
ある日、教会の構成員が変身した怪人に、上田の同級生が襲われてしまった。それを恵まれた身体能力で何とか助けにかかるも――それを分かっていた構成員が複数来襲。目の前で抑えつけ、最悪の瞬間をわざと凝視させる。
(や、止めろ!! 止めてくれ!!)
そう、上田はあくまで一切の因子が存在しない相手ばかりに勝利して、自分の努力を怠った結果、いざ実践となった時に力の欠片すら発揮することが出来ずに――こうして地を舐めている。
それに、余計に空振ってしまう理由になったのは……襲われた存在が、自分が片思いしている相手だったのだ。救い出して、どうにか関係を進めてやろうという邪念が芽生えた結果、恥以上のものを経験することになるのだ。
結果。上田の目の前で、何も出来ることは無く殺害された。元々その子の両親が教会を信仰している存在であったのだが、数多くの騒ぎを起こす宗教であるという事実を突きつけた結果、両親に『売られた』のだ。
それでも少し抵抗しようとした結果、容赦なく殺されたのだ。
その後、プロ英雄が駆け付け事態を収めたが、後に残されたのは心に深い傷を負った上だと、物言わぬ想い人。「思い詰めないでいい」と語りかけられたものの、そこで気持ちを切り替えられるほど図太い存在ではなかった。そして、この時。因子は完全なる覚醒を迎えた。無力な存在が有力になるには――少々遅かった。
翌日から、上田は『死神』扱いであった。一人だけを目の前で喪っただけなのに、「因子持ちの癖に」と罵られるようになった。
そこから上田は、己の慢心を呪った。己の邪念を呪った。己の力を呪った。
それ以上何も喪いたくない、と言う強い願いや思いから、鍛錬を欠かすことは無かった。
周りにどんな心無い言葉を掛けられようと、そんな悲劇を二度と味わわないように、そして周りの誰かに味わわせないように。
しかし、どこまで行っても幻影は着いてくる。自身の守れなかった痛みが、具現化して昼夜問わず幻覚として見えるのだ。
少しでも、その罪悪感を打ち消すために。上田は虚勢を張ることを決めたのだ。ただ、普段もやっていたのならば精神的負担は二乗分。ならせめて下級生と接する時には、少しでも飄々とした男を演じた方が、心配させる材料にはなり得ないと考えたのだ。
努力家でありながら、その努力をおくびにも出さず。
いつだって余裕のある、しかし頼るには少々面倒な色物。
罪悪感の悪魔に殺されないために、強くあり続けるために、心火を燃やし続ける。ただし、その燃料に己をくべることは必須条件。
実に不器用、実に脆弱。それでも、そうあり続けることを選んだのだ。
「――俺って、馬鹿だよね。
毅然とした態度で飄々とした男を演じ続ける、って自分で決めたのに。いざ過去を知る存在と出会ったらこうだ。まるであの頃の軟弱な俺が蘇ったかのようだよ」
「……誰かの『死』を目の当たりにして、それでもこうして自分ではない誰かを演じ続けるだなんて……並大抵の努力でできるような芸当ではありません。心が修復不可能なほどに壊れたっておかしくないでしょうに」
院は、室内のタブレット端末を操作して、思春期男子の好きそうな料理を用意させる。誰であれ基本嫌いな存在はいない、から揚げセットであった。
「――よくあの場で手を出しませんでしたね。今回は先ほどの貴方の勇気に免じ、全て奢らせてくださいまし。幸い、ここの所臨時収入がちょくちょく入るもので。少しでもこれまでの無礼を謝罪させてくださいまし、勇気ある上田先輩」
「……院ちゃん……!」
この時、初めて院と上田は
音楽フェスを勝ち抜く、一心同体の
仲間となったのだった。