しかし。ここまで張り切った院であったが、昼食の時間が活動限界であった。
いつもなら授業を隣で熱心に受けている礼安の存在があったからこそ、こちらも無限に頑張れる努力の泉が湧きたっていたのだが、居ないとなるとエネルギーの底を簡単に突いてしまう。
「礼安ぁ……礼安ぁ……」
「――大丈夫、って問うのも無駄な様子だな、本当」
涙やら涎やら、あらゆるものが垂れ流し状態の院。妹欠乏症が極まった結果、こうなってしまったのだ。元来持ち合わせる美貌が台無しになってしまうほどに、全て垂れ流し状態であった。
「……基本的に入学式の時もニコイチで組み合わさって居はしたがよ……そこまで依存しているとは思わなんだ」
「昨日……いえもはや今日に差し掛かりましたが……ストレッサーが存在するので……」
「――まあ、それもあるわな……」
院の傍で今日の弁当を広げる透。基本的に学食ではなく、自分で作った弁当がほとんど――のはずなのだが、透も予想だにしない巨大な弁当がそこに広がっており、思わず驚愕の声を上げてしまった。
「……ど、どうしましたの……? 透さん、貴女超のつくほどの小食では?」
「――俺、こんな巨大なモン作ってねェぞ?」
基本的にさっと手早く作れる料理を、幼稚園児が使う弁当箱に栄養のバランスよく詰め込むことがほとんどなのだが、まるで運動部に所属する思春期男子の重箱一段目のような巨大な弁当箱に、『茶色』が大量に入り込んでいたのだ。内容物はから揚げ、肉そぼろ、竜田揚げ、照り焼きチキンソテー。
それがよりにもよって自分の予定していた弁当から逸脱して、別の弁当箱に重箱二段目に大量の白米と共に入り込んでいたのだ。
「イヤ俺こんな量食わねェって!?」
「幼児向けの小ささのお弁当箱で事足りますものね……透」
「絶対渡部先輩だろコレやったの! チビたちにはまだ包丁は危なっかしいから一切握らせてないからよ!?」
それぞれの言葉に呼応して、上田と渡部が英雄科一年一組の教室にどこから現れたかひょっこり現れる。
「「呼んだ!?」」
「「呼んでねェ/ないですの!!」」
教室で騒ぎになるのは少々迷惑になる、と言う上田の実に常識に則ったごもっともな提案を飲み、人がまばらな校舎屋上にて昼食と相成った。流石に透の弁当は一人では食べきれないため、院が渡部の手掛けた巨大弁当を苦心しながら頬張っていた。ちなみに院もそこまで量を摂取しないため、非常に苦しそうであった。
「――で、何で人の寮で盛大にフルコースクラスの料理してるんスか、俺こんな大量に食わねェのに」
「実はね? 謡ちゃんたちに……透ちゃんのこと心配されたの」
話を聞くと、義弟妹と謡が透の普段の食事を目の当たりにして、自分たちよりも少ない量の食事しかとらないことに疑問を抱いていたのだ。
基本的に透が小食なことも理由として存在するのだが、別の理由として透が食べる分を皆に分け与えていたから、自然と少食になったというのが理由として存在する。
しかし、いくら察しが良くても子供たちがその根源には気付かないため、全てを聞き及んだ渡部が二十四時間営業の学園内スーパーにて大量に食材を買い込み、これから共に良いものを作り上げていく結束の証として、あれほどの巨大な弁当を自分の寮で作り上げ、透の荷物に紛れ込ませたのだ。
全てを聞き、内容を咀嚼して生まれた感想はたった一つ。
「――いや重いッ!!」
「だよねぇ」
「……渡部ちゃん、流石にそれは俺も重いと思うわ」
「貴方が言えた口ですの」
ただ、渡部の表情は本当に罪悪感を抱いているものでありながら、自分の間違いに違和感を抱いているような困惑が同居していた。そこに謎の答えがある、と勘付いた透は、院に断りを入れ彼女の作った弁当の中身の内、から揚げをつまみながらその疑問を解消しにかかる。
「――申し訳ないッスけど、渡部先輩……何か『取り繕って』ませんか?」
「……え」
その透の単刀直入としか言えない質問に対し、しどろもどろになってしまう渡部。多少なり『悪い』と思いながらも、その問いをさらに発展させる。
「――何でしょうね、俺の近くに
瀧本礼安っていう有名人がいる影響で、度を越したお人よしと接する機会が多かったんス。でも……渡部先輩の『ソレ』はちょっと違うんスよね」
「……透、そろそろやめにしておいた方が……」
「――プライベートなことに片足突っ込んでるのは重々理解してます。でも……疑心暗鬼のままだったら、その間に出来上がるものも中途半端なものになるッス。俺嘘大嫌いなんで……何かあったんなら……教えて欲しいんスよ」
不器用な優しさが滲み出る、透の振る舞い。それを受け取って理解こそする渡部であったが、どうも反応は芳しくない。その瞬間に、透と院はそこにあるものの大まかな正体を知った。
それは、『
心的外傷』。誰しも、掘り返されたくない『何か』が存在する。それは嘘ではなく、秘密の類である。多少なり前に乗り出し追及していた透も体勢を直し、一つ息をつくと静かに頭を下げた。
「――申し訳ないッス。多分、今の俺どうかしてました。色々経験して、あらゆる物事に疑心暗鬼になってました」
「い、いや透ちゃんのせいじゃあないんだよ! 私が説明不足だっただけで……」
その間も渡部は慌てふためきながら、透に対して何とか弁解を図ろうとしていた中、その光景を眺める二人。
「――上田先輩も、まともな部分ありますのね」
「なァに、俺も舞台を静聴することはあるさ」
そして院も、透と同様何となくこれまでの経験により上田について勘付いていた。きっとこうして黙っている彼こそ、本当の『
上田青空』という男であり、今まで見せていた顔は取り繕っている別の
自分。
そして――それと同時に『渡部の
心的外傷について知る、数少ない存在』であることも理解したのだ。
「……ン、何だい院ちゃん? 俺を見つめて……何かしらのインスピレーションが湧きあがったかな?」
「――そうですわね、少し貴方のことを見直しているような気がしますわ」
「……そッか」